アメリカの「財政の崖」と日本政治の混迷(中国側見方)

2012.11.18

*私はこれまで、尖閣問題にかかわる中国側論調にしぼって紹介してきました。長期戦を覚悟している中国側の政策・立場には変化がありませんが、一時期と比べれば、尖閣関係の記事が減ってきていることは事実です。したがって、中国側の立場・見解を紹介することもこの辺りで一段落させても良いのかな、と思いました。しかし、大国として台頭する中国の問題関心はそれこそグローバルですし、様々な問題に対する中国側の見解は、私たちが「アメリカの色眼鏡」を通した日本のマス・メディアの報道ぶりを「当たり前」と思わないためにも、そして何より私たち自身の他者感覚を養う意味でも、心して接しておく必要があるのではないかと思います。  そういうささやかな気持ちから、今後も時にふれ、私が「これは」と思った中国側の文章について紹介していこうと思いました(息切れしたときには、お断りして中止します)。
今回は二つ紹介します。一つは、日本のマス・メディアでも頻りに取り上げられているアメリカの「財政の崖」問題です。11月17日付の中国新聞社HPをソースとする記事(阮煜琳記者署名 原題は不明)は、アメリカの「財政の崖」問題が世界経済及び中国経済に及ぼす深刻な可能性について、国連世界経済モニタリング・センター(United Nations Global Economic Monitoring Center)の洪平凡主任及び中国財政部の朱光耀副部長の発言を紹介しながら報道しています.もう一つは、日本の政局に関する中国側の見方です。同日付の環球時報掲載の中国商務部研究院日本問題専門家・唐淳風による文章(これも原題不明)です(11月18日記)。

<阮煜琳文章>

 アメリカの財政の崖という問題を中国側が深刻に認識していることが理解できる文章だと思います。

 国連世界経済モニタリング・センターの洪平凡主任は、中国新聞社記者のインタビューに対して次のように述べた。「アメリカで「財政の崖」が発生すれば、貿易、金融更には消費及び投資者心理に対する打撃などを通じて、直接的間接的に中国を含む他の経済体にも影響するだろう。」アメリカの需給が大幅に縮小すれば中国の輸出に対して深刻に影響を及ぼすだろう。中国の経済成長は2012年以後一貫して下降している。さらにアメリカの「財政の崖」がもたらす打撃に遭遇すれば、中国経済の成長の下降は明確になる。
 アメリカの金融危機の影響を受けて、2009年には世界の60ヵ国以上が景気後退となった。大量の経済刺激政策を採用したことにより、中国の経済成長率は2009年が8.7%、2010年は10.3%だった。しかし、2011年以後は、中国経済の成長率は低下しはじめ、2012年の第1~第3四半期の成長率は7.7%、第3四半期に限っていえば7.4%だった。
 「危機を前にして、中国だけ好況というわけにはいかない。」中国財政部の朱光耀副部長は、2013年は中国経済にとっての外部発展環境が極めて厳しい1年であると認識している。世界経済の不安定が重要な影響要因となる。現在中国の主要な輸出市場となっている欧州及びアメリカ経済が困難な調整段階にあり、ユーロ圏は間違いなく後退に陥っている。アメリカの「財政の崖」問題がうまく押さえ込まれないと、アメリカ経済は深刻な後退に陥り、世界経済に重大なショックを及ぼし、中国経済の成長率を1.2%押し下げる可能性がある。
 欧州の需給が徐々に収縮している状況の下で、アメリカは今や再び中国の最大の輸出先になっている。2011年における中国の対米輸出総額は3240億ドルで、中国の輸出総額の17.1%を占めた。同年の中国の対欧州輸出が輸出総額に占める比率は18.8%だったが、2012年には既に落ち込んでいる。もしもアメリカが欧州の後塵を拝して後退すると、欧米という中国の二大貿易相手国に対する輸出は収縮することとなり、グローバルな金融市場を動揺させる可能性がある。
 IMFのモデルによれば、アメリカが「財政の崖」に直面するという最悪のシナリオ・モデルの下では、アメリカの国内総生産は4.8%下降し、2013年の中国の経済成長率を1.2%押し下げる可能性がある。金融市場の圧力が予想以上のものになると、中国に対する影響は倍になる可能性がある。
 洪平凡は、次のように認識している。2007年のアメリカの貸し付け危機が爆発してから、アメリカ経済の後退及び低迷局面は既に6年であり、現在の情勢は相変わらず憂慮すべき状態にある。今次金融危機発生以来、アメリカでは800万に及ぶ就業機会が奪われ、現在まだ半分が回復したに過ぎない。「財政の崖」の不安定性という影響を受けて、企業投資は極めて慎重になっている。過去2年において商業投資はアメリカ経済回復の主要な推進力の一つであり、2011年にはアメリカの投資は8.6%増加したが、本年第3四半期にはゼロにまで落ち込んだ。
 洪平凡は次のように述べた。「最悪の状況の下では、議会が如何なる妥協も達成できない場合には、「財政の崖」の影響により、2013年のアメリカの社会総需給は約6000億ドル、GDPの約4%、減少し、アメリカは間違いなく景気後退に陥る。世界経済は現在既に非常に弱含みであり、欧州は2012年に既に景気後退に陥っており、最近の数字によれば日本も景気後退に入っており、中国を含む新興経済諸国の成長も明確に下降している。こういう状況の下で、もしもアメリカの財政の壁が発生すれば、グローバル経済に対する影響は巨大であろう。」
 「アメリカ大統領選挙の前、アメリカの民主党と共和党の間には巨大な政治的分裂があり、如何なる合意も達成することができなかった。選挙が終わった後も議会における両党間の政治的局面にはたいした変化がない。したがて、財政の崖が起こることを人々は心配している。」洪平凡は次のように認識している。現在のアメリカの「財政の崖」の理想的な解決方法は、アメリカ議会の両党が実務的な態度で妥協を達成し、重要な税収政策のいくつかについて2年間再延長し、その後段階的に取りやめていくことだ。同時に、いくつかの社会福祉の改革及び削減を通じ、並びにいくつかの税収の改革及び増加という方法を通じて、今後10年の債務を如何に削減するかについて合意を達成すれば、自動的に予算を削減する法律の発動を避けることができる。
 …中国の専門家は、中国は「財政の崖」がもたらす様々な可能性を十分に想定し、経済構造を調整し、内需主導経済成長モデルに切り替えることを提案している。

<唐淳風文章>

 唐淳風の指摘する「浪人文化」という表現での日本政治の特徴付けには強い違和感を覚えますが、しかし、政治信念に基づいて行動するのではなく、目先の利益に基づいて行動して恬として恥じない政治屋(政客)がわんさといる日本の政治の実体と、そういう土壌では本当の意味で政治家と呼ぶにふさわしい人材が生まれようがないという日本政治の最大の問題点の所在を唐淳風が指摘している点は、やはり耳の痛いところではあると思います。
 ちなみに、中国で政治指導部の交代が行われたことに関し、江沢民と胡錦濤との争いだけに焦点を当てた、いわゆる派閥争いの観点からの報道一色の日本ですが、私はこの手の「分析」には本当にうんざりします。まさに日本の中国学は百年一日の如しです。習近平指導部を評価するのはこれからですが、少なくとも言えることは、最高指導部を担う人材登用の仕組みに関する限り、唐淳風の指摘するような日本の最低な状況に比べれば、中国の方がはるかに有為な人材を登用する上で優れていると言わざるを得ないと思います。
もちろん政治の世界ですから派閥争いはつきものです。しかし、重要なことは、中国の新しい指導者たちが真に政治家と呼ぶにふさわしい識見と力量を持っているかどうかということであり、また、中国という国の舵取り・針路について彼らが大きな方向性で一致しているかどうかということなのです。私は、その点を基準にして新指導部を観察していきたいと思っています。それを「派閥争い」という次元に引きずり下ろしてしまうと、日本政治についての同じ見方しかできなくなるのがオチです。

 野田政府は16日に衆議院を解散し、日本はまたも新たな選挙を開始することになった。多くの人々は、選挙を通じて責任感ある政治家を選出し、首相が頻繁に交代する現象を終了させ、日本政治の生態の変化を強力に推進し、国家が進歩することを希望している。しかし筆者の見るところ、今回の選挙結果は恐らく多くの人々を失望させるだろう。というのは、日本の現在の政治文化の下では、選挙で主に比べられるのは経済的実力及び政治的権謀の強弱であり、国家の将来に対して真に責任を負うことができるか否かということではないからである。
 …日本の政治においては、強力な政客といえども、自らの利益集団の経営に精力を投入せざるを得ず、自らの集団の利益を最大化することによってのみ政治的地位の安定を維持することができる。この点からいえば、日本の政治文化はもっぱら私利を図ることにあると言ってもいいすぎではないのだ。
 他方においては、日本独特の「浪人文化」もまた今日の日本の政治が乱れている重要な原因の一つである。浪人が日本社会に占める地位はかつては高くなかったのであり、第二次大戦中は戦争で飯を食うことで一時的に名を売ったに過ぎない。…彼らにとって関心があるのは国家、民族及び人民の利益ではなく、もっぱら次の選挙で如何に政敵を打ち破るかということだけだ。彼らが付き従っていた親分が選挙で負ければ、彼らはすぐさま親分を乗り替える。日本の政客が今日はこの派閥に飛びつき、明日はあの派閥に飛びつき、今日はこの党を組織し、明日はあの党を組織するというのは、浪人文化の特性がなせる技なのだ。筆者の調べでは、1980年以来、日本で新しく成立した政党は、国民党、新生党、新進党、太陽党など35あり、小沢一郎だけで5~6の政党を組織している。その主な原因は、長期にわたって政権を握っていた自民党の親分たちの権勢が低下して、旗下の政治浪人を維持できなくなり、とは言え、新勢力もまだ決定的な優勢を形成できておらず、分裂したり合わさったり、組織を繰り返したりしているからだ。浪人文化が日本政治を支配していることが日本政治の劣悪化をもたらし、彼らの中から本当に戦略観、大局観、国際観を備えた政治家を選び出すということはほとんど不可能である。なぜならば、どのように中国と相処するべきか、如何に近隣諸国と関係をよくするかというようなことは、彼らの多くの胸の内にはないからだ。
 日本政治における浪人文化及びもっぱら私利を図るという文化のもとでは、古きを改めて新しくすること、新しい政治的出路を探し出すということは無理なのである。閉鎖的で保守的、裏取引、及び権力とお金の取り引きといった現象がますます激しくなり、これらは、日本の政治及び経済の改革を推進することの主要な障碍となっている。こういった現象はまた、各分野の優秀な人材が政治に足を踏み入れることに対する妨げとなり、日本の政党政治はますます活力及び視野を欠き、強力に社会の進歩を推進する、責任感ある指導者を生みだすことをますます望みがたくしているのだ。

<添付>
尖閣領有権問題:日中主張比較

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