尖閣問題:志位・共産党委員長の新論点

2012.10.25

*日本共産党の志位委員長は、10月22日に放映されたBSイレブンの番組で尖閣問題について発言したことが新聞『赤旗』(24日付)で紹介されました。その内容の多くは旧聞に属するもので、私がコラム「尖閣問題に関する志位・共産党委員長発言に対する疑問」で提起した批判・意見に関して見直さなければならないと考えることはありませんでした。
 しかし、一点だけ事実関係に関する新しい指摘がありました。志位委員長の発言及び私のいくつかの疑問を明らかにしておきたいと思います(10月25日記)。

<BSイレブンでの志位委員長発言(赤旗報道)>

 「日本が尖閣諸島を台湾の付属島嶼としてかすめ取った」という中国側の主張は成り立たないとして、次のように語りました。
 志位 1895年の4月に下関条約が結ばれて、台湾と澎湖の割譲が決まる。これは日本が不当に奪った領土です。その後、6月に台湾を実際に清国から日本に引き渡すことがおこなわれました。「台湾受け渡しに関する公文」があり、「公文」に至る日中(日清)の交渉があるんです。その議事録を読んでみますと、「台湾の付属島嶼はどこなのか」が議論になっているんです。
 中国側は「島(付属島嶼)の名前をすべて書いてくれないと、後で福建省までとられたら困ることになる」と発言する。日本側は「福建省までとることはしない。台湾の付属島嶼は、それまでに発行された地図や海図で公認されていて明確だ」という。その発言を、中国側が応諾して終わっているんです。
 「台湾の付属島嶼」とは何か。当時の地図を調べてみますと、どの地図も彭佳嶼(ほうかしょ・台湾の北東56キロメートル)までを台湾の北限としていて、尖閣諸島は入っていません。このように日中双方が「尖閣諸島は台湾の付属島嶼ではない」ということを了解しあっているんです。
 中国側の主張は、「日本は尖閣諸島を台湾の付属島嶼として奪った」というものですが、これが成り立たないことは、歴史をひもといて調べれば明りょうです。

<私の疑問①:志位委員長の発言内容>

 まず私にとって、「台湾受け渡しに関する公文」というものが存在すること自体が初見だったので、この事実関係を提起した志位委員長には敬意を表し、感謝することを最初に表明しておきます。
 その上でのことですが、また重箱の隅を突っつくのは私の趣味ではありませんが、志位委員長の説明内容は、「日本側がかすめ取った(盗取した)という中国側の主張は成り立たない」とすることの証明にはまったくなっていないのではないか、と指摘せざるを得ません。志位委員長が調べたとする「当時の地図」とは何を指すかが具体的に示されていないのです。
中国政府のいわゆる釣魚島白書では、1579年の「琉球過海図」、1629年の「皇明象胥録」、1767年の「乾坤全図」と並んで、1863年の「皇朝中外一統輿図」において釣魚島を中国版図に入れていること、また、1785年に日本の林子平が著した『三国通覧図説』の付図「琉球三省及び36島之図」においても釣魚島を琉球36島の外に置いており、中国大陸と同色に描いている、という指摘があります。また、1809年にフランスの地理学者ピエール・ラビー等が描いた「東中国海沿岸各国図」、1811年にイギリスで出版された「最新中国地図」、1859年にアメリカで出版された「コットンの地図」、1877年にイギリス海軍が編纂した「中国東海沿海から香港に至る遼東湾海図」もすべて釣魚島を中国の版図に入れているという指摘があります。
もちろん、テレビ番組で一々何を指すかまで示してほしいというわけではありません。しかし中国側がこれだけ具体例を挙げていることは共産党も当然承知しているはずですから、新聞ではせめて「注書き」として共産党が調べた「当時の地図」の具体名は示すべきではないでしょうか。中国側が示しているものは「当時の地図」と称してもいいものを複数挙げているのですから、「中国側の主張は成り立たない」という立場を共産党があくまで堅持するのであれば、中国側指摘の地図と異なる反証を挙げてもらわないと、私たちとしては納得できないのは当然でしょう。そうなると、志位委員長の「日中双方が「尖閣諸島は台湾の付属島嶼ではない」ということを了解しあっている」という主張にも合点がいかなくなってしまうのです。

<私の疑問②:外交的判断の問題>

 私の根本的な疑問は、「志位委員長は、誰を対象にして、何のためにこれほどしゃかりきになって中国側の主張は成り立たないと主張するのか」ということです。私の強い印象をいえば、共産党が当初尖閣問題について党見解を明らかにした時点では、明らかに中国側の主張を批判し、日本に領有権があることを強調することに力点がありました。しかし、民主党政権が「交渉の余地なし」という立場を頑迷に固守して、日中関係が深刻な状況に陥ってからは、共産党の力点は明らかに「交渉による解決」に軸足を移してきていると思います。そのこと自体は、私は大賛成です。
しかし、本気で外交交渉で問題解決を図るというのであれば、自らの立場をがんじがらめに縛り上げるような主張をすることは自己矛盾ではないのか、と私は思うのです。ましてや、以上に述べたように、新論点が少しも説得力を伴わない(としか私には理解しようがない)のであれば、民主党政権の外交能力の眼を蔽うばかりの欠落を、共産党としてもあまり手厳しく批判している場合ではないのではないか、とすら思えます。

<私の疑問③:歴史感覚及び他者感覚の問題>

 共産党の歴史感覚の問題点についての私の疑問は前のコラムでも記しましたが、以上の発言でも改めてこの疑問を深刻に感じます。日清戦争で敗北した中国側の状況(日本政府の尖閣領土編入を知りうるようなアンテナを張る余裕はあり得なかった)、あるいは戦争で敗れる原因となった当時の清国の深刻な状況(清政府の腐敗及び混乱を考えれば、尖閣のような小さな島のことなど考える余地はあり得なかった)を考慮するのがバランスの取れた歴史感覚というものでしょう。しかも、共産党自身、下関条約は不当だとする歴史感覚は備えているのですから、尖閣領有だけは形式的理屈(無主先占について対外的に明らかにする必要はない)にこだわって「合法」とするのはいかにもおかしいと思います。
 また、前からずっと感じていることですが、志位・共産党からは他者感覚の働きを感じることができないという問題も指摘せざるを得ません。とにかく「オレの言っていることは正しい。異論は受け付けない」という臭いが鼻につくのです。中国研究者のなかにも、共産党員や支持者は少なくないと思うのですが、トップがある断定をしたらそれですべてが終わりで、その断定がおかしいということに関する異論がまったく聞こえてこないというのは、やはり異常と言うほかありません。

 私は、今の異常な日本政治、右傾化を強める一方の日本政治には深刻な危機感を持っています。この右傾化を食い止め、逆転させることを展望する上では、日本共産党に対する期待があります。それだけに共産党には広範な国民を納得させるだけの力量を備えてほしいと考えます。尖閣問題に志位・共産党がのめり込んでいるのは、この問題に対する世論の動向に敏感に反応しているつもりかもしれませんが、「木を見て森を見ず」のポピュリズム的発想では日本政治の根本的転換の大波を引き起こすことはできないのではないでしょうか。次回総選挙で600万票・議席倍増という目標のようですが、私の悲観的予想がはずれることを心から願わずにはいられません。

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