尖閣「国有化」後の中国の対日観(6)

2012.10.11

*10月10日付の中国メディアの対日関係の報道を読んで、二つの点に私は注目しました。一つは、日本国内に現れる変化の兆しに神経を研ぎ澄ませているなと感じたことです。もう一つは、そのことと関連して、日中関係の悪化が日本経済に影響を及び始めていることに関する報道が何本も現れているということです。いずれも、中国側としては、日中関係打開に関する中国政府の基本方針を打ち出したこと(コラム「尖閣問題に関する中国外交部スポ-クスマン発言」を見てください)を前提として、「ボールは日本側にある」ということで、日本側から何らかの動きが出ることを待っているということの表れと見て良いと思います。特に上記の二番目の点に関しては、戦後日中関係において日本の経済界が果たしてきた役割が大きいという歴史を踏まえ、中国側としては、日本の経済界が事態打開のために再び大きな役割を果たすことを期待していることの表れと見るべきでしょう。
 今回は、上記の一番目に関する報道を紹介しておきたいと思います。
また、10日付の人民日報海外版には、華益文署名の文章が掲載されているのですが、これも紹介しておきます。華益文の文章については、コラム「尖閣「国有化」後の中国の対日観(2)」でも紹介したことがあります。そのときの彼の文章「日本の島を盗み取る行動は侵略にほかならない」の内容の激しさを読み返していただいた上で、今回紹介する文章「釣魚島が何ごともなく平穏に向かうためのカギ」を読んでいただきたいのです。同じ人物の文章かと目を疑うほどに内容も表現も違うことが分かります。私は、中国側の対日不信感は変わっていないし、もはや変わりようもない(そういう状況に中国側を追いやった野田政権を含む民主党政権の責任はきわめて重いことを確認するとともに、私たちはそのことを厳粛に踏まえて今後の日中関係の進め方を考えなければならない)と思うのです。
そのことを踏まえた上でのことですが、しかし、華益文の今回の文章に見られるように、中国側としては、日中関係の最悪の事態を招来することだけはなんとかして回避したいという判断に基づいて行動している、ということを正確に読みとり、私たちとしても、それに応えていかなければならない、と確信します。野田政権にそれだけの能力があるかどうかは希望を持てませんが、事態のこれ以上の悪化は望んでいないアメリカからの圧力も当然あるでしょうから、「外圧に弱い」野田政権としても何らかの動きを取らざるを得ない状況に追い込まれているのではないかと想像しています.私は外圧頼みがもっとも嫌いですが、野田政権に関してはそう考えるほかないという絶望的な気持ちなのです(10月11日記)。

<日本国内の変化の兆し?>

 10日付の新華社HPは、「日本政府、中国側態度を詳細に観察 釣魚島に関して妥協草案を研究」と題する記事を掲載しました(午前9時40分)。人民日報HP日本語版も翻訳を掲載していますが、ここでは私の拙い訳を載せておきます。と言いますのは、共同通信の原文を検索しても見つからないので、どこまでが共同通信の記事で、この文章の中に中国側のニュアンスが入り込んでいるのかどうか、良く判断できないからです。それぐらいに、この記事では主語が曖昧なのです。有り体にいえば、それだけ悪文ということなので、共同通信報道の丸写しなのかどうか、現時点では判断できないのです。

 共同通信の10日付の報道によれば、日本政府は現在釣魚島問題に関する妥協の草案を研究しており、それは「主権問題は存在しない」という原則を堅持すると同時に、中国側の主権に関する主張については「認識している」立場を取るというものだ。
 報道によると、この草案に基づき、日本政府はこれまでの主張を変更しないと同時に、主権紛争が存在することを承認すべしとする中国の要求に対しても配慮することができる。しかし、仮に日本側が以上の立場を採用するとしても、中国側が受け入れ、かつ、関係改善のための行動を取るかどうかについてはなお予想することは難しい。日本政府は、中国側の今後の態度を詳細に観察した後に、妥協の草案を提出するかどうかを決定する計画である。
 中国は、日本政府が釣魚島国有化を取り消すことを強く要求し、日本側は一貫して拒否している。この状況のもとで、中国全国政治協商会議主席の賈慶林は、9月末に訪中した日本の友好団体に対して、日本側は「釣魚島紛争問題を正視」すべきだと述べた。
 日本側は、賈慶林の発言について分析を進め、中国は釣魚島国有化の取り消しを要求する原則的立場を堅持してはいるが、当面の目標としては日本が「主権紛争の存在」を承認することに置いていると判断した。この判断に基づき、日本政府は、対立緩和の方法の研究を開始した。
 日本政府は、妥協の草案を研究する際に1972年の日中共同声明を参考にした。この声明において、中国側は「台湾が中華人民共和国の不可分の一部である」ことを表明し、日本側はこれに対して「この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重」すると表明し、台湾の帰属について見解を明確に表明しなかった。
 釣魚島問題について、仮に日本側が中国側の主張を「十分理解し、尊重」すると表明すれば、「主権紛争の存在を承認する」と誤解される可能性がある。そこで日本政府は、「認識している」という表現を用いることによって自らの基本的立場と矛盾が生まれることを避けようと考えている。

 この報道に関し、同日付の新華社HPは、中国国際放送局のネットである「中国在綫」をソースとする「日本、日中関係改善草案を研究 中国側、反応を示す」という原題の記事を掲載しました(午後4時29分)。

 日本政府が日中関係改善を研究しているとの報道に関し、中国外交部スポークスマンの洪磊は10日北京で、当面重要なことは、日本側が現実を正視し、紛争を承認し、誤りを正し、交渉によって問題を解決する道に戻ってくることであるという反応を述べた。
 日本のメディアの報道によれば、日本政府は現在日中関係改善の草案を研究しており、例えば1972年の日中共同声明を参考にして、「主権紛争は存在しない」という原則を堅持すると同時に、「中国側の主権に関する主張は認識している」と述べる、という。この報道に対して、洪磊は反応して、中国側の釣魚島問題に関する立場は明確かつ一貫しており、当面重要なことは、日本側が中日関係の深刻な困難な局面を正視し、釣魚島に関して紛争が存在することを承認し、中国の主権を侵犯した誤った行動を是正し、釣魚島問題を交渉で解決するという道に戻ってくることだと述べた。(強調は浅井)

<華益文「釣魚島が何ごともなく平穏に向かうためのカギ」>

 日本が一手に作り出した釣魚島の事態は、中日関係をかつてない深刻な局面に直面させている。両国の有識者は、中日国交正常化40周年の機会に両国関係を新しい高みへと推し進めることを期待したが、この願望はほとんど泡となった。両国関係は、日本側の歴史問題に関する誤った言動により度々「政冷経熱」の状態に陥ったことがあるが、今日では、日本の釣魚島問題での誤った行動によって「政冷経涼」に変わってしまい、重要なバイ及びマルチの領域での協力が影響を受け、両国国民の対立感情はますます顕著になりつつある。…
 釣魚島の事態を通じて、中日関係の脆弱性は余すところなく暴露された。この脆弱性は、歴史問題、領土問題及び地縁政治という3要素に主として由来する。この3要素を巧みに処理すれば、中日関係は相対的に平穏に発展することができる。しからざれば、中日関係は波風がたち、面倒が絶えることがない。中日関係の40年間の発展の過程は、このことを十分に証明している。当面、日本国内政治の「右傾化」傾向は、中日関係の脆弱性をさらに深めている。
 この脆弱性は、中日双方及びこの地域全体の共同利益と合致しないことは明らかだ。この脆弱性を少なくすることができるかどうかのカギは、40年間で両国が作ってきた「4つの政治文献」に誠実に従うことができるかどうかにある。(4つの政治文献とは)1972年9月29日に発表された中日共同声明、1978年8月12日に署名された中日平和友好条約、1998年11月26日に発表された中日共同宣言及び2008年5月7日に署名された戦略互恵関係を全面的に推進することに関する中日共同声明だ。
 以上の4つの政治文献の核となる精神は「歴史を鏡として未来に向かう」ことだ。この精神を釣魚島問題の処理に応用できるか否かによって、釣魚島問題において何ごともなく平穏に向かうことを実現できるかどうかが決まる。日本について言えば、歴史を歪曲することに頼って「釣魚島は日本の固有の領土だ」と証明し、歴史を否認することに頼って中日間に「紛争棚上げ」の共通認識が存在しないことを証明し、現実を無視することに頼って釣魚島紛争の存在を否認し、あまつさえ一方的な行動に頼って日本側の主張を強化しようとすることは、すべて「歴史を鏡として未来に向かう」という精神に反し、両国の戦略互恵の基礎を損ない、両国の実務的協力の雰囲気を悪化させてきた。
 確かに、中日双方の釣魚島問題に関する基本的立場は短期間で取り繕うことは難しい。しかし国際紛争のなかでは、双方の立場が対立している表象のもとにおいても、十分な共同の利益が双方を一緒に歩むことを促し、矛盾を緩和させ、双方が共同の利益ひいては各自の利益を追求するために条件を創造するということが往々にしてあるものだ。このためには知恵と決断が必要だ。現段階においては、両国は、釣魚島問題をめぐって、共同の利益により多く集中するべきであり、対立的立場を強めるべきではない。この一点ができなければ、釣魚島の事態は激化するばかりだ。利益から出発するとき、中国側は事態を激化することを望まない。立場から出発するとき、中国は事態の激化を恐れない。
 中日双方の最大の共同利益は、平和的発展を実現することだ。中国は既に、平和的発展を長期にわたる国家戦略としている。日本は、平和的発展を長期にわたる国家戦略とするかどうかについて、重要な選択を行う分かれ道にいる。中日両国の発展及びこの地域の協力という長期的利益から出発し、釣魚島問題をきちんと処理することが何よりも重要である。現在、釣魚島を何ごともなく平穏に戻すためには、日本としては、紛争を承認し、紛争を棚上げする、ということを為す以外にない。(強調は浅井)

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