尖閣問題に関する中国外交部スポークスマン発言

2012.10.02

*10月1日付の人民日報は、前日の9月30日に中国外交部スポークスマンの洪磊が明らかにした、尖閣問題に関する中国政府の公式の立場を報道しました。その内容は、中国政府が過去40年間の日中関係の歩みを肯定的に評価した上で、日中関係を「正常な発展軌道に戻す」用意があることを言明したもので、深刻な状況をなんとか打開しようとするための極めて重要な対日メッセージであると判断されます。そのことは、私がこのコラムで紹介してきた中国側の厳しい対日認識を踏まえれば、直ちに明らかになると思われます。
 また、この洪磊発言は、①一般に「棚上げ合意」とされていることに関する中国側の定義づけが行われていること(要するに、そういう合意はないとする前原前外相及び玄葉外相の発言を正し、日中間に共通の土俵を設定しようとする意図が込められていること)、②日本側が無主先占に基づく「固有の領土」論を展開してきたことに対して、外務省編纂文書を引用してその根拠欠落性を指摘したこと、③尖閣主権問題に関するアメリカ政府のコミット回避の所以の整理などの点においても、重要な内容が込められていると思います。
 報道全文を訳出して紹介するとともに、私が気づいたポイントを指摘しておきます(10月2日記)。

<スポークスマン発言に関する人民日報報道文>

 外交部スポークスマンの洪磊は、(9月)30日、メディアの質問に答えて、日本の政治屋(中国語「政客」)・前原誠司が釣魚島にかかわって行った発言は「非常に誤っている」と述べた。
 メディアの報道によれば、民主党の前政調会長の前原誠司は、29日、中国側が日本は釣魚島を窃取したと指摘・非難したのは「事実を歪曲している」と述べた。
 洪磊は次のように述べた。日本国内には、歴史を正視することができず、歴史を逃れようと試みる者が、個別の政治屋までを含めている。このように見れば、前原がかかる発言を行ったのは怪しむことではない。
 彼(洪磊)は、釣魚島及びその付属島嶼が中国の固有の領土であるという歴史的事実ははっきりしていると述べた。日本は、1884年にはじめて釣魚島を発見したとしているが、それよりも500年近く前に釣魚島はすでに中国の管轄下に置かれていた。日本外務省が編纂した『日本外交文書』の記載によれば、日本は1895年に釣魚島を窃取する前にこれらの島嶼が中国に属することを完全に理解していた。1951年に日本はアメリカなどとの間でサンフランシスコ平和条約を一方的に締結し、北緯29度以南の西南諸島をアメリカに引き渡して委任管理にしたが、その中には釣魚島及びその付属島嶼はまだ含まれていなかったのに、その後アメリカ側は勝手に管轄範囲を拡大して釣魚島をもその中に編入した。中国政府はこれに断固反対した。1971年、アメリカは日本と沖縄返還協定を締結し、釣魚島を琉球諸島とともに日本に「返還」したが、中国政府及び人民の強烈な反対を招き、アメリカ政府は釣魚島の主権帰属問題に関する立場を明らかにせざるを得なくなり、釣魚島の施政権を日本に引き渡しただけであり、当該島の主権に関する主張を損なうものではないと表明した。
 彼(洪磊)は次のように述べた。192年の中日国交正常化交渉及び1978年の中日平和友好条約交渉の時、日本国内には釣魚島の主権紛争(の存在)を極力否認しようとするものもいた。しかし、当時の関連する歴史資料によっても、またニュース報道によっても、釣魚島の主権紛争は客観的に存在していた事実であることが明確にされており、両国指導者は釣魚島問題について「置いておいて、後の解決を待つ」(中国語:"放一放、留待以后解決")という了解と共通の認識を達成した。
 彼(洪磊)は次のように述べた。本年9月10日、日本政府は理不尽にも釣魚島を「購入する」という誤った決定を行って中国の領土主権を深刻に侵犯し、中国の全人民の強烈な義憤を巻き起こし、中日関係をも深刻に損なった。中国側は、日本側が釣魚島紛争の事実を正視し、現在の事態の深刻さを認識し、直ちに誤りを是正する措置を取り、中国側とともに対話交渉を通じて問題を解決することを強烈に促す。
 洪磊は次のように述べた。中国側は一貫して中日関係を発展させることを高度に重視している。国交正常化の40年この方、中日間の各領域における交流協力は長足の発展を遂げ、両国及び両国人民に巨大な利益をもたらしてきた。この局面は容易には得がたいものであり、ますます大切にすべきである。日本各界の良識ある人々が、両国関係の大局から出発し、積極的な行動をとり、現在の困難を克服することを進め、両国関係を正常な発展軌道に戻すように希望する。

<スポークスマン発言に込められたメッセージ>

 今回の洪磊発言は、10月1日の国慶節を前にして、中国政府の対日政策を明確に示したものとして極めて重要であると思います。中国が日中(ひいては米中)軍事激突の最悪の事態をも深刻に覚悟しながら、しかし最悪の事態を回避するために、日本に対して精一杯の外交努力を行う用意があることを示したものであり、対日強硬論が支配的な中国国内の世論状況のもとでは、中国政府としてのギリギリの対話努力であることを認識する必要があります。特にその発言が国慶節当日の10月1日に中国共産党機関紙である人民日報によってキャリーされたという事実の重みを、私たちは理解するべきです。日中関係悪化に極めて重大な責任がある前原誠司を国内政治的な理由(!?)から閣内に取り込み、前原とともに責任重大な玄葉外相(後述参照)を留任させるなど、ずるずるべったりで極楽トンビ以外の何ものでもない野田政権とは、正に月とすっぽんの違いです。しかし、いかに脳天気な野田政権とは言え、この中国政府の対日メッセージのチャンスを見過ごしてしまうことは許されない、と言わなければなりません。
 洪磊発言の重要性はいくら強調してもしすぎることはありません。そのことを前提とした上で、さらに次の諸点についても注目する必要があると思います。

<尖閣問題に関する日中間の合意の内容の明確化>

 2010年のいわゆる中国漁船衝突事件以後に、前原外相(当時)が、日中間に領土問題は存在しない、「棚上げ」合意は中国側が勝手に言っていること、という発言を行って以来、民主党政権は一貫して日中間に「棚上げ」合意が存在することを否定してきました。玄葉外相も前原前外相と同罪であると中国側が見ていることについては、駐日大使を務めた徐敦信が、中国メディアのインタビューに答えて行った発言(9月28日付の新華社HP日本チャンネル)に明らかです。それによりますと、玄葉外相は、9月19日に行った発言で、日中国交正常化交渉の時に、田中首相と周恩来首相の間で釣魚島問題に関して共通認識が達成されたということに疑問を示したことを中国側は重大視しています。なぜならば、「日本政府筋がはじめて、当時の両国指導者の関係談話の内容を公に引用した上で、共通認識を否定したもの」ということだからです。
 洪磊発言は、前原誠司の発言を捉える形で行われたものですが、その意図は、「棚上げ」合意は存在しないとする民主党政権に対して、その認識の誤りを正させることを意図したものです。そのため洪磊は、日中間に「ボタンの掛け違い」による議論のすれ違いがこれ以上続かないようにするべく、日中指導者間の共通の認識と了解の内容をいわば明確に定義しています。
その定義とは、「両国指導者は釣魚島(の主権)問題について「置いておいて、後の解決を待つ」(中国語:"放一放、留待以后解決")という了解と共通の認識を達成した」というものです。平たく言えば、「棚上げ」合意とは、「置いておいて、後の解決を待つ」という1972年及び1978年当時の両国指導者間の「了解と共通の認識」を言う、ということです。このように中身を厳密に「定義」することにより、中国としては、民主党政権がそういう意味での「了解と共通の認識」はあったという了解と共通の認識に立ち返ることを求めているのです。
 その上で洪磊発言が、日本側に対して「直ちに誤りを是正する措置を取り、中国側とともに対話交渉を通じて問題を解決することを強烈に促す」と述べている点も重要です。つまり、「誤りを認めて謝罪せよ」と言っているのではなく、「誤りを是正する措置を取る」ことを求めているということです。ここには、野田政権にとっての「出口」を残しておこうとする中国側の精一杯の配慮が働いていることを見て取ることができるのです。

<日本の「固有の領土」論に対する反証提起>

 私の事実認識が間違っているか、それとも私が目を通したことがないだけなのかもしれませんが、洪磊発言が「日本外務省が編纂した『日本外交文書』の記載によれば、日本は1895年に釣魚島を窃取する前にこれらの島嶼が中国に属することを完全に理解していた」と指摘したことは、少なくとも私に関する限り初見です。つまり、日本政府が1895年以前の段階で、尖閣諸島が「無主」にはほど遠く、中国側の意向を憚って慎重に行動していたということを示す日本側資料が存在することに関する中国側指摘自体については、私もコラムで紹介してきたように、別に新しいことではないのですが、洪磊発言が「日本外務省が編纂した『日本外交文書』の記載」と明確に述べている点が私には初見なのです。洪磊発言はそれ以上に立ち入っているわけではありませんので、具体的な内容は私には分かりません。しかし、外交部スポークスマンがこのような発言を行う以上、中国側は何らかの具体的な資料を持っているとしか考えられません。ブラフ(はったり)とは考えにくいのです。
 ポツダム宣言の存在を前にしては日本の「固有の領土」論もあまり意味がないと私は判断しているのですが、日本政府がそれでもなお「固有の領土」論を維持しようとするのであれば、少なくとも「無主」論を維持する前提が維持できること(1895年以前の日本政府が本当に「無主」であると認識していたこと)を明らかにする必要はあるでしょう。

<アメリカの微妙な立場に関する指摘>

 洪磊発言はまた、尖閣の領土主権に関する曖昧な立場の依ってきたる所以を明確に指摘しています。事実関係に関しては特別に目新しい事実関係の指摘があるわけではないのですが、9月30日付の朝日新聞が報道した「尖閣返還 悩んだ米  沖縄調印前の(米政府の)公文書判明」の記事をも踏まえますと、洪磊発言の指摘は否応なしに重みを増す、と言わざるを得ないでしょう。

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