尖閣「国有化」後の中国の対日観

2012.09.13

*野田政権の尖閣「国有化」決定に対する中国側の反応は極めて厳しいものがあります。その中でも、特に人民日報系列の環球時報の9月11日付及び12日付社評(社説)が私にはいろいろな意味で考え込まされる、格別に印象深いものでした。中国側の対日観の変化及びその方向性を考える上で中身が濃いのです。両社評は今のところ日本語に訳されていないし、いずれにしても目にする機会がある日本人は多くないと思う(日本のジャーナリズムがしっかりしているならば、こういう内容のものは詳しく紹介するべきだと思うのですが)ので、抄訳を紹介しておきたいと思い立った次第です。特に注目させられた部分は強調にしてありますが、コメントはあえてつけません。強い反感を覚える方もいると思いますが、読む方一人ひとりが、これからの日中関係について考える際の材料として受けとめてくださることを希望しています(9月13日紀)。

<9月11日付社評「釣魚島 中国の「国有」の地位は変わらない」>

 …昨日(9月10日)、我々は、中国が釣魚島問題で受け身的立場に置かれていることを明確に感じとった。日本が釣魚島を「実際に支配している」ことにより、…この支配の局面が変わらない限り、日本側があるとき突然に我々に挑戦し、刺激する可能性は今後とも一貫して存在し続けることになる。
 したがって、中国のこの対日闘争は、釣魚島の支配の局面を変更することを長期目標とするべきだ。憤り、怒りはすべて役に立たず、この目標を据え付け、かつ、それを実現するために努力することこそが中国人の気概である。しかし我々は、これは困難を極める、息の長い事業であり、中国人が意志、智恵だけでなく高度な団結を持すべきことを求めていることを認識しなければならない。
 釣魚島の主権は交渉の余地はなく、日本もまた中国と交渉するはずがない。日本側の釣魚島を「防衛する」決意と意志もまた固いものがある。これは、確固(とした意志)同士の対決であり、「海軍を出動しさえすれば問題は解決できる」というが如き考え方は幼稚である。
 釣魚島の衝突は現在のところ中日間で展開されているように表面上見えるが、中国の圧力が強まると共に、アメリカが次第に前面に出て来て、中国対日米同盟の対抗という形態が出現する可能性がある。釣魚島の主権を守る上では、中国は少なくともこのような最悪に備える必要がある。
 中国は今もなお高度成長という戦略的チャンスの時期にあることに鑑み、中国としては、このチャンスの時期を主動的に犠牲にするばくちをすることはあり得ないが、この「チャンスの時期」を守るために領土主権を犠牲にすることもあり得ない。中国としては、この二者の間で戦略的な均衡を追求するだろう。
 我々がうまくやる限り、このようなバランスを追求することは、領土問題解決の重荷ではなく、相手を屈伏させる手段を絶えることなく獲得することに役立つだろう。
 総じて言えば、現在は未だ中国が紛争国との間で領土問題を「徹底的に解決する」最良のチャンスであるとは言えない。なぜならば、中国の現在の国力は急速に上昇中という状況であり、現在はまた中国がアメリカその他の西側から「もっとも厳しく監視されている」時であって、中国の現在の力量は、これらの「監視」を突破し、圧倒することによって、中国にとってもっとも有利な領土交渉環境を創造するには遠く及ばないからだ。現在「徹底的に解決する」ことをやれば、中国がバカを見る可能性は極めて高い。
 中国が現在もっともやるべきことは、第一、すべての海上領土の法的主権を堅持すること、第二、他国が占領し、「固有の領土」を主張することの紛争的性格を拡大することである。この二点をうまくやるという基礎の上で、中国は、大小のチャンスをつかまえ、これらの紛争島嶼に対する支配権において不断に前進する必要がある。
 以上のことを行うに当たっては、中国としては以下の原則を断固として実行する必要がある。一つは事を恐れてはならないということだ。主権を公知させるのは、外交部声明を発表するだけで足りるのであり、もっともやさしいことだ。紛争を保ち、拡大するためには行動がなければならず、釣魚島問題における行動とは、民間の釣魚島防衛運動、漁船を組織して操業に赴かせること、中国の巡視船による頻繁な巡視活動などがある。日本が支配行動を増やすに従い、我々の行動も不断にエスカレートする必要がある。

 紛争拡大を多くやれば、相手側の紛争島嶼に対する「実際的支配」を効果的に弱める。特別なチャンスに恵まれれば、我々は、我が方による支配を直接実現し、あるいは完全に実行することさえできる。黃岩島(注:フィリピンとの係争島嶼)は成功した一例だ。
 中国が釣魚島で相対している相手は南沙諸島とは異なり、日本の釣魚島に対する支配は固いのだが、一分の隙もないということでは決してない。…日本とは一日二日の闘いではなく、今後数十年にわたって釣魚島で圧倒し続ける必要がある。
 釣魚島はどこかに行ってしまうことはあり得ず、衰退する日本は最終的に守り切れない。釣魚島は中国の神聖な領土であり、対日闘争において予見できる、極めて手に入れやすいものだ。…中国が釣魚島を回復する過程は、日本という昔からの相手を屈伏させる過程にほかならない。我々が今日受け身であることは事実だが、一歩一歩主導権を奪回して、日本をして中国の力を改めて実感させることは必ずできる。

<12日付社評「二度と友好に幻想を持たず、真剣に日本に対処すべし」>

 日本政府は昨日(11日)、釣魚島のいわゆる「地権者」との間で正式に「島購入」の契約に署名した。したがって、昨日が中日関係における「9.11」(注:アメリカにおける9.11に対応するものとして捉える見方は、この社説に限らない)になった。20世紀70年代から発展して来た中日友好関係は、すでに以前から満身創痍だったが、昨日に至って完全に崩壊した。
 中国人が日本に対して一世紀以上にわたって抱いていた怒りは、昨日そのすべてが呼び覚まされたのであり、このことはまた、日本社会の中国に対する受けとめ方にも必ずや反映されることになるだろう。中日が再び相互に仇敵視する二つの民族となることは恐らく避けがたく、中日関係は必ずや大摩擦期に入っていくことになるだろう。
 中国側としては、中日関係がさらに悪化し、極端に悪化することにすら十分な準備をするべきだ。中国側の工作の重点は、両国関係の悪化の過程が中国の核心的利益を害さないことを確保することに置くべきだ。
 我々は一貫して善隣友好関係に尽力してきたが、釣魚島問題は中日をして解きがたいライバルに変えた。…これは必ずしもよいことではないということではない。…こういうライバルが身近で我々を刺激することは気持ちの良いことではないが、必ずや我々を励ますだろう。
 日本はアメリカの同盟国であり、中日友好が日米同盟を動揺させたことはなく、我々にとって中日友好の政治的意味は必ずしも大きくはない。現在、日本の中国市場に対する依存度はすでに中国の対日市場依存度を超えており、中日間の政治対立による中国経済の利益に対する損害は限定的だ。中国は核兵器国であるので、日本に対して強大な軍事的抑止を保持できる。
 したがって、中国は完全に日本をライバルとして対処することができる。日本の力量の程度は、中国にとってはもっともふさわしい。日本はフィリピンなどよりははるかに大きく、歴史及び日本の歴史に対する態度からして、このライバルは、中国社会の警戒と反省を動員するに足るものだ。しかも日本は世界の一流国家の強大さからはほど遠いので、中国に対して致命的な脅威となるすべはない。
 確かに日本はアメリカの容認のもとで再び軍国主義化し、ひいては核武装するかもしれない。しかし、仮にそうなっても、中国に対する脅威はやはり限られたもので、中国は日本を牽制する大量の手段を持っているし、周辺(諸国)も日本の軍事的台頭を制約する力を持っている可能性もある。
 中日友好のここ数年において、日本が中国に与えた面倒は少なくない。我々が日本をライバルと見なした後においても、将来における面倒がもっと多くなるということでもない。
 反対に、日本がアメリカに占領されてからの振る舞い及びロシアに対する振る舞いからはっきりすることは、日本は弱いものいじめをして強いものにはペコペコする国家だということだ。米ロは戦場において日本を打ち破ったことがあり、威力の名残がなお存在する。中国はもはや米ロの対日の歴史を繰り返すことはできないが、なんらかの形で日本に対してトータルな教訓を与え、明治維新以来の中国蔑視を徹底的に改めさせなければならない。
 中国は急速に発展しており、我々はその力を十分に蓄え、なんらかの衝突の際に日本に対して思いきり見せつけ、日本をして中国の力に対する畏敬を新たにさせる必要がある。そうしてのみ、日本は中国と交際するやり方を真剣に改めることになり、その時にはじめて中日友好が改めて開始することになるかもしれない。
 この過程が順調に進むとして恐らく30年前後が必要だろう。ということは、今日の青年及び中年が生きているうちには、日本が中国に対して今日とはまったく異なる顔つきになるのを見届ける可能性があるということだ。
 善隣友好は良い政策であるが、求め、あやし、譲ることで得られるものではない。日本をライバルとすることは、「一衣帯水」を語りかけることよりは、日本をして頭を醒まさせることにより効果的だ。中国にとっては、そうすることが民意に合致することでもある。

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