朝鮮情勢 -中国側見方-

2012.07.28

*中国新聞社のネット(中新網)の「国際ニュース」のページを毎日覗くようになりましたが、対日関係、対米関係以外の問題でも、新鮮な視点、分析にぶつかってハッとすることがしばしばです。シリア問題でも、日本の報道だけではどうにもなりませんが、中国側の指摘には「ああ、こういうことが起こっているのか、ああ、こういう見方もあるよな」と納得させられることがままあります。シリア情勢の推移も見ながら、節目ではシリア問題に関する中国側の見方も紹介したいと思います。
 朝鮮問題についても、中国側の関心は大きいことは当然ですが、やはり微妙な中朝関係(というよりは、主体性をなによりも重視する朝鮮をおもんばかる中国の党・政府の意向)を反映してか、朝鮮に関する報道は「客観報道」に徹する傾向が強いようです。私が前にコラムで紹介した、2009年当時の朝鮮の人工衛星打ち上げ及び第2回核実験に際して、中国側の対朝姿勢が大きな振幅を示した一連の報道は、むしろ例外に属すると言えるでしょう。
 そういう中で、朝鮮最高指導部における人事異動問題と政権の安定性を正面から取り上げた文章及び日韓間の軍事情報共有に関する取り決め問題を扱った文章が、それぞれの執筆者に徴しても、ひときわ目立ちました。中国はどうせ共産党の独裁で報道の自由なんかあり得ない、と考えている方もおられると思いますので、「解毒剤」の意味もかねて紹介します。
ちなみに私個人は、日本には憲法で保障された報道の自由は曲がりなりに存在するけれども、日本のマスコミの多くは惰眠を貪って報道の自由を自らの手で窒息化させているばかりではなく、実質的には進んで権力の御用機関に成り下がり、対外関係・国際問題に関しては特にアメリカのプリズムを通して見ることに安住しきっていることによって、日本における報道の自由は危殆に瀕していると思います(私は長年-それこそ大学生の頃から50年にわたって-朝日新聞を読んできましたが、朝日新聞のあまりの堕落ぶりにたまりかね、ついに8月からは東京新聞に切り替えることにしました。)。それと比べると、中国では報道の自由は確立していないかもしれませんが、対外問題に関してみる場合特にそうなのですが、執筆者、記者の国際問題に関する素養、問題意識、分析能力はおしなべて優秀で、本当に読み応えがあるものが多いのです。以下の文章は、そういう私の実感があながち誇張ではないことを示すものだと思います(7月28日記)。

<環球時報「朝鮮は安定が趨勢」>

 7月17日付の環球時報は、中国共産党幹部に対する最高教育・再訓練機関である中共中央党校教授の張漣瑰による「朝鮮は安定が趨勢」と題する文章を掲載しました。この文章は、日本のメディアでも大きく取り上げた朝鮮労働党政治局常務委員・朝鮮人民軍総参謀長の李英浩が病気を理由にしてすべての職務から外されたことについて、西側メディアが「朝鮮内部の改革派と保守派の闘争」とする解釈を行っていることを取り上げ、このような分析方法は単純化しすぎだと斥けつつ、「平穏かつ重大な人事変動は、国家指導者たる金正恩が直面する、その政治的資質を検証する材料だ」として、金正恩の指導者としての資質問題を正面から扱っています。これだけでも、私には興味津々なのですが、執筆者が中央党校教授となるとますます好奇心をかき立てられます。文章を紹介していきます。

 金正恩が朝鮮の最高指導者になってから、朝鮮には一定の変化が現れているが、現在の状況から見ると、これらの変化は服装とか演出プログラムとかの細かい事柄である。これらの変化から誰が改革派で誰が保守派かと定義するのは読みとして行きすぎであり、少なくとも時期尚早である。しかし、李英浩の解職は想定内のことであると言うべきで、彼の解職は朝鮮の対内対外政策をより明確で、より穏健にする可能性があると言えるだろう。

 私が外務省及び中国に在勤していた当時(2,30年も前のことですが)、朝鮮問題について質問すると、中国側の担当者や専門家が困惑の表情を浮かべて、自分たちも朝鮮内部の事情については本当に大した情報を持ち合わせていないのだ、中朝関係はとにかく内政相互不干渉が鉄則(このことは、中国が政治的激動に見舞われた1950年代後半から1960年代まで、金日成の朝鮮がその時々の中国指導部と付き合い、中国内部の闘争に一切かかわらない態度を堅持したことを、鄧小平が高く評価したことに基づいているのだそうです。つまり、朝鮮の内政に対する不干渉は、中国が自らに課している原則的姿勢なのです。)なのだから、という答えに接するのが常でした。
以上の文章を読むと、今日もなお、中朝関係の基調は相互内政不干渉であることを確認できるように思います。2009年に中朝が対立したのは、朝鮮の核実験はもはや朝鮮の内政事項にとどまらず、優れて中国の死活的利益にかかわると中国が判断したことによるものでした。

 我々はむしろ、今回の人事異動の背景を見るべきだ。年初以来、朝鮮の内外政策にはしばしば前後が一致しないことが現れた。例えば、2月下旬に朝鮮はアメリカとの交渉を復活させ、朝鮮が核実験及びミサイル発射を停止し、アメリカは食糧援助を行う、という非常に良い内容の取り決めを達成した。しかし3月中旬になると、朝鮮は衛星を発射すると宣言し、アメリカ特使の斡旋は成功せず、衛星発射は失敗に終わったが、アメリカとの取り決めは無効になった。このことは、朝鮮の中に朝米関係の改善も核実験停止も希望せず、強硬な内外政策を通じて、朝鮮にいかなる改革も出現することを断ち切ろうとした者がいたことを示しているようにも見える。
 同じように、朝鮮は4月に(日本の)朝鮮新報を通じて第3回核実験を行うというニュースを流し、米日韓及びロシアの情報部門も朝鮮が核実験を準備している兆候を観測した。しかし5月中旬になって、朝鮮は核実験の計画はないと表明した。以上のことは、核実験を行うか行わないかについて、朝鮮内部で今も2種類の主張が存在していることを明らかに示している。
 朝鮮は、対韓政策においても前後が一致しないことがある。本年4月下旬、朝鮮人民軍最高司令部は公告を発し韓国に対して特別な行動を展開すると表明し、李英浩が率いる総参謀部は6月4日に韓国に対して「最後通牒」を発し、謝罪か、さもなくば「聖戦」かとした。しかし、今日に至るまで、宣告したような後続行動には接していない。
 これらの矛盾した現象は理由のないことではない。このことは、朝鮮上層部において重大問題に関して異なる主張があるか、あるいは政策上の躊躇があることを説明している。もし、この背景のもとで李英浩解職を観察するならば、より多くのことを考え出すことが自然と可能になる。朝鮮では今後もなお重大な人事変動があり得る。もしも朝鮮が平穏裏に人事異動を行うのであれば、それは取りも直さず金正恩の政治上の成熟を証明するだろう。これは、朝鮮指導者が権力を固める一つのプロセスであり、金正恩が国家を統治する才能と素質を備えていることを証明するものでもある。
 朝鮮という国家の根本的利益及び人民の願望からすれば、朝鮮の指導者は今後も、変化する内外の環境に基づき、朝鮮の大政方針及び対外政策に対して然るべき調整を行うことは間違いない。民衆が必要としていることもまた、朝鮮が現下の困難な局面を抜け出すために必ずやらなければならないことであり、同時に指導者が権威を確立し、国家を治める能力をはっきり示すうえでも必要なことだ。この点から見れば、朝鮮は今後必ずや仕事の重点を経済建設の方面に移し、より多くの財力及び物力を国家経済の発展に投入することになるだろう。これが朝鮮の発展の大きな趨勢である。指導層の人事変動及び内外政策の調整を通じて、朝鮮の政局がさらに安定し、国際社会との対立感情も次第に緩和することが予見できる。要するに、安定的に発展していくということが朝鮮の将来における基本的趨勢である、というのが筆者の認識である。

 最後の予想にかかわる2文についてはともかく(多分に外交的配慮が入り込んでいるように思われます。)、対米交渉及び対韓アプローチというもっとも機微な問題を大胆に取り上げて、朝鮮指導部内において政策的・路線的な食い違いがあったとする判断を示すとともに、今後も平穏裏に重要人事が行われるのであれば、それは取りも直さず金正恩の指導者としての資質と能力を証明するものであり、そういう金正恩体制のもとで朝鮮が経済建設に軸足を移していくことを期待できる、とする判断には、私は基本的に同意するものです。
ただし、2月下旬に米朝取り決めが不成功に終わった原因は、「朝鮮は衛星を発射すると宣言し、アメリカ特使の斡旋は成功せず、…アメリカとの取り決めは無効になった」というのは正確ではなく、朝鮮が同意したミサイル発射停止には衛星打ち上げが含まれないとする朝鮮側の立場と、ミサイル発射には衛星打ち上げも含まれるとするアメリカ側の立場が対立した(双方の理科が完全にすりあわせされないままに合意が急がれた)ことが、取り決め失敗という結果を導いた、と見るべきではないかと私は考えます。ですから、この問題に限定する限り、これを朝鮮指導部内での意見の違いの存在の証左の一つと見なす張漣瑰の見解には、私としては疑問があります。
なお、張漣瑰が「服装とか演出プログラムとかの細かい事柄」と言及した点については、新華社が、7月24日付で「金正恩統治下の朝鮮の新気風」と題する平壌発のルポ記事を掲載しました。日本でも報道された7月6日のディズニーのキャラクターが登場した演出が孤立したものではなく、平壌市民の生活スタイルが明らかに各分野で変わってきている模様が事細かに報告されています。

<日韓軍事情報包括保護協定にかかわる中国青年報所掲文章>

 7月20日付の中国青年報は、石家荘陸軍指揮学院所属の胡効軍及び曹山丹の共同執筆の日韓軍事情報包括保護協定を肯定的に評価する文章(中国新聞社HPはタイトルを紹介していないので不明)を掲載しました。この文章(以下「胡曹文章」)については、中国国務院新聞弁公室から授権されているチャイナネット(中国網)にも日本語訳(抄訳)が出ているほどなので、党・政府公認の文章だと思うのですが、その内容は「軍事オタク」としか思えないもので、私は正直あっけにとられました。つまり、「民族感情を考慮せず、日韓が軍事情報分野での協力を実現した場合、少なくとも3つの大きなメリットがある」として、「情報源の総合性向上」「情報取得の敏捷性向上」「情報確認の正確性向上」にとって有利であると述べ、それぞれについて詳しく解説しているのです。
日韓が情報共有を行おうとしているのは朝鮮に関する情報であることを筆者が明確に理解していることは、末尾において次のように記している(ただし、チャイナネットの日本語訳ではこの部分は訳出されていません!!)ことから明らかです。

 韓日が軍事情報を共有することは、情報スパイが抜きんでた役割を発揮することを可能にする。近年において、朝鮮の核危機、ミサイル発射、金正日の健康及び後継者等の問題について、韓国が入手した内幕情報は総じてよりタイミングがよく、正確だったが、これは正に韓国の諜報活動者が重要な役割を果たしたことによるものだ。朝鮮側の資料(浅井注:資料名までは示していませんが、中国が朝鮮側から何らかの方法で入手したものであると思われます。)が示しているように、1994年以前に限っても、韓国は多様な形式及び多様なルートによって、朝鮮に1.4万名に上るスパイを派遣し、これらの要因は朝鮮の各レベルに浸透して、朝鮮の軍事情報を収集するために重要な役割を果たした。この方面においては、韓国は先天的優勢を備えている。

 そうであるからこそ、朝鮮からすれば、日韓の軍事情報共有への動きは敵対行動の最たるものであるわけで、到底容認できないものでしょう。地方とはいえ「陸軍指揮学院」所属の執筆者がそういう政治的な含意を承知していないはずはありません。冒頭で、「民族感情」を考慮せず、と断ったことにも、その一端が示されています。それにもかかわらず、「軍事的角度からのみ見れば」として日韓の情報共有の利点を滔々と述べ立てるその無神経さを、私は「軍事オタク」と形容するわけです。
 朝鮮中央通信は、7月14日付で「南朝鮮・日本軍事協定締結問題を通じて見た米国の本色」と題して、次のように述べました。

周知のように、南朝鮮と日本間に秘密裏に進められていた軍事情報包括保護協定の締結が内外の強い反発を受けて延期される事態となった。
このニュースに接して米国は不満感を表して、国務省のスポークスマンを通じて「米国が強力な両同盟国間に可能な限り強固な関係が構築されるよう期待する」などと言った。
協定締結問題に関するアメリカの本音を露骨にした発言である。
南朝鮮―日本関係を3角軍事同盟のつくり上げに有利に密着させて反共和国対決政策とアジア太平洋支配戦略の実現に利用しようとする陰険な下心の発露である。
南朝鮮のかいらいと日本が軍事協定の締結を進めている背後には実際上、米国の戦略と操縦がある。

 この文章は、日韓間の情報共有そのものを非難するものではなく、批判の矛先をアメリカに向けていますが、しかし、朝鮮が日韓の動きを警戒的に見ていることは十分読み取れるでしょう。胡曹文章は、そういう朝鮮側の不安・警戒に委細構わず(?)、軍事的観点に徹してその「大きなメリット」を指摘したのですから、私としてはそのセンス(センスのなさ)に呆れかえるという次第です。
 以上のことを十分に断ったうえでのことですが、胡曹文章からは、朝鮮情報に関する中国の立ち位置が窺われる内容が散見されることも事実であり、中朝関係を考えるうえでも見逃せないものであると思います。そういう視点から、胡曹文章をかいつまんで見ておきたいと思います。

〇情報源の総合性向上
 胡曹文章は、軍事情報は、映像情報、信号・通信監視情報及び人的情報の3種類のソース(情報源)からなるとしつつ、①映像情報については解像度1m弱の情報偵察衛星などを擁する日本に一日の長があり、協定署名は韓国にとって利点があること、②監視情報能力は双方が有しているが、情報共有は「1+1>2」の効果を生むこと、③人的情報に関しては、日本は在日朝鮮人・朝総聯に依拠してきた(文章はそれまで直裁的表現ではありませんが、文意からはそう読めるし、中国側ではそう受けとめられているというのも一つのポイントでしょう。)が、朝総聯の勢力が日増しに衰えるにつれて(朝鮮)上層部の核心的情報が取得できなくなったので、日韓情報共有で日本側が裨益すること、を指摘しています。
〇情報取得の敏捷性向上
 胡曹文章は、軍事情報は時間との勝負という性格が非常に強いとして、朝鮮のミサイル発射時間、核実験の核心的データを例に取り、「初動で(データを)取得できなければ、情報としての価値は大いに割引される。韓日が情報共有を実現すれば、韓国の地域的優勢と日本の技術的優勢を有効に結合させて、対朝鮮軍事情報収集の敏捷性を大幅に向上させる」とあっけらかんと指摘しています。また、「過去においては、日本原子力機構は、地震波の解析及び大気中の核物質のサンプル分析を通じて朝鮮の核実験の具体的状況を判断していたが、…韓日情報共有が実現すれば、韓国の陸上設置の探測機を利用しサンプル・データを利用して分析ができるようになるから、精度はさらに向上する」ともぬけぬけ述べる露骨さです。「軍事オタク」満開です。
〇情報確認の正確性向上
 胡曹文章は、軍事情報の正確性を確認する手段として、技術手段を用いて偵察データを確認する方法と様々なルートを通じて得た情報を総括整理して分析し確認する方法とを紹介したうえで、実際問題として、情報技術に長じたアメリカ軍も、後のもう一つの方法でその中身を確認する必要があると指摘し、「本年4月の朝鮮の衛星発射は、実際上はミサイルのテストだった。アメリカの偵察衛星は初動の段階で写真を撮影したが、その確認は、韓国が入手した、朝鮮の軍事基地の異動及びミサイル発射基の変化によって最終的に確認したのだ」と解説しています。胡曹文章はさらに、日本が情報確認において対米軍依頼度が大きいのだが、アメリカは対日提供を渋っているために、日本は必要とするすべての情報を入手できないので、韓国との情報共有は日本の対米依頼度を減少することを可能にする、という(私には)興味深い指摘もしています。
 また、胡曹文章は、韓国では一連の研究機構が政府と様々な関係を保っていて、政府のリソースも豊富で、直接政府に政策提言を行っているとしつつ、「2006年に、外交安保研究院が編集した『朝鮮ミサイル計画評価』は広範な関心を獲得し、「朝鮮のミサイル能力を理解する」教科書と称された」こと、また、「いくつかの民間研究機関、ソウル大学、高麗大学、延世大学等の高等学府は…長期にわたって朝鮮の金日成大学、金亨稷師範大学などと学術交流を維持しており、第一次研究資料を常に入手できる」ことを指摘しています。その上で、冒頭に紹介した、韓国のスパイ網による情報収集能力の高さの記述になっているのです(中国と韓国のいずれが、朝鮮の大学・研究機関との間での第一次資料入手に長じているのかは非常に注目されるところです。)。
 したがって、胡曹文章は、結論として、「総じていえば、日本が得をする部分のほうが大きい。しかし、韓国は、自主国防の観点から、日本との軍事情報協力を通じて米軍情報に対する依頼度を低めることが韓国の国家戦略上必要でもある」と述べています。

   以上に見たように、胡曹文章は、朝鮮の軍事情報に関する中国自身の収集分析能力についてはまったく触れるところがありません。しかし、朝鮮にスパイを忍び込ませて情報収集する韓国の実力を極めて高く評価していることは、正に行間ににじみ出ています。また、「2006年に、外交安保研究院が編集した『朝鮮ミサイル計画評価』は広範な関心を獲得し、「朝鮮のミサイル能力を理解する」教科書と称された」とするくだりにも、中国が韓国の分析能力に一目置いている様子が窺えます。朝鮮情報に関する限り、韓国側の報道にもっともっと注目していかなければいけないなと思いました。

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