中国の対朝鮮半島政策
-2009年当時の事件の推移と中国側対応-

2012.05.19

*私は最近、中国のオバマ政権登場(2009年)以来の対米政策を中心に、国際問題に関する中国側の見方について見直す作業に足を踏み入れています。長い間、中国語のネットからは足が遠のいていたのですが、石原慎太郎の尖閣購入の妄言に対する中国側の受けとめ方を見ようと思ったことがきっかけになってまた見始めたのです。その過程で、『中国新聞網』(海外華僑・華人及び関係外国人を主な対象とし、対外報道を主な任務とする中国新聞社のHP。以下『中国新聞HP』)に、「国際新聞(ニュース)」というページがあり、2008年以来の主要記事(中国新聞社だけでなく、中国国内各社の主要記事も含む。)を載せていることを知りました。そこで、本年(2012年)はアメリカの大統領選挙の年でもあり、この際この4年間(2009年~2012年)の中米関係及びオバマ政権の対外政策に対する中国側の見方をまとめて理解しておきたい、と思い立ったのでした。しかし、2009年前半(1月~6月)だけでもC&Pで400ページを超える始末で、何時になったら作業が終わるかは見当もつきません。
 閑話休題。本年4月の朝鮮の人工衛星打ち上げにかかわって、2009年4月当時の打ち上げについても興味深い記事がたくさんありました(中国語から身を遠ざけていた私が知らないだけで、多くの中国問題専門家の方々には旧知の事柄が多いのでしょうが)。特に、朝鮮が人工衛星を打ち上げてから二度目の核実験を行うに至る過程と、その過程における中国側の対応、そしてそれらの一種のまとめの意味を持つものとして、核問題一般及び中国の対朝鮮政策のあり方を論ずる二つの文章の存在を知りました。
 2009年と2012年という違いはありますが、今日及び将来に向けた中国の核戦略及び対朝鮮半島政策を考える上でも、2009年当時の記事から学ぶことは決して無意味ではなく、むしろ非常に示唆に富むと思います。そういう意味で、ここでまとめて紹介しておきたいと思います。約25000字にも及ぶ長文になってしまいましたが、拾い読みでもしていただければと思います。
長い文章をあらかじめまとめますと、主要点は以下のとおりです。

○対朝鮮政策見直しを表明していたオバマ政権のハッキリしない姿勢が朝鮮の人工衛星打ち上げを招いたのであり、朝鮮の「挑発的」行動とする米日韓の見方は当たらず、2009年における半島情勢緊張の責任はオバマ政権にあるとする中国側判断
○朝鮮の人工衛星打ち上げを額面どおり・肯定的に受けとめ、安保理でも米日韓の強硬策と一線を画すことを心掛けた中国政府
○安保理議長声明でも対抗措置をとることを警告した朝鮮の決意を軽くみて、決議採択を阻止すれば朝鮮をなだめられるとふんだ中国政府の読みの誤りが、朝鮮を「有言実行」の核実験に走らせてしまった
○中国にとって、核拡散(特に日本の核保有)阻止は、中国の安全にとっての至上課題であり、朝鮮側の主張如何にかかわりなく、その核実験は絶対に容認できず、自身の読みの誤りを認め、反省する余裕はなかった
○2009年の経験・教訓を朝鮮、中国が学びとって今後に生かすことを心掛けるかどうか(米日韓には何も期待できない)が、これからの朝鮮半島情勢の緊張回避・事態好転にとってカギとなる
朝鮮:核実験を行うことは中国にとってレッド・カードであることをどう認識するか
中国:米朝関係が改善しない限り、朝鮮の核開発の決意は固いことをどう踏まえるか
(G8サミットに出席した野田首相は、朝鮮の第3回核実験が近いという前提に立った発言をしたようですが、私は、金正恩指導部が2009年の経験からいかなる教訓をくみ上げたか、また、中国が2009年における朝鮮の行動に対する2度にわたる読み間違い-下記1.参照-が朝鮮を核実験に追いやった歴史的教訓から、中国が何を学びとったかによって、朝鮮の第3回核実験という事態になるかどうかは大きく影響されるのではないか、と思います。)
○アメリカの核固執政策が見直されない限り、中国が核政策を見直すこともあり得ないが、朝鮮の核保有問題は、米朝関係の正常化を前提とする朝鮮半島の非核化によって解決可能とする中国の立場

(5月19日記)

1.2009年の朝鮮の人工衛星打ち上げ及び第2回核実験と中国の対応

<朝鮮『労働新聞』評論の宇宙発展計画>

 『新華社HP』をソースとする2月7日付及び『環球時報』をソースとする2月8日付の二つの記事によりますと、2月7日付の朝鮮『労働新聞』は評論を発表し、2月2日にイランが自力で人工衛星打ち上げに成功したことを紹介して、宇宙は全人類に属するものであり、いかなる国家も宇宙の平和利用を行う権利があり、宇宙利用には「独占権」は存在せず、アメリカなどがあれこれ言うのは道理がないと指摘しました。そして、積極的に宇宙資源を利用し、人民生活に資することは朝鮮政府の政策であるとし、朝鮮政府の宇宙平和利用政策は「正当」であり、「いかなる力も阻止することはできない」と主張しました。この二つの記事によれば、朝鮮は「すでに専門の宇宙開発研究機構を成立」させたとしています。
 朝鮮は1998年に最初の人工衛星を打ち上げたわけですが、これらの二つの記事に基づけば、本格的な取り組み体制を朝鮮が作ったのはその後のことであることを窺うことができます。しかも、宇宙は全人類に属するものだという認識は宇宙条約に明確に述べられているものであることを踏まえれば、朝鮮は、1998年当時はともかく2009年の時点では同条約の存在を十分意識し、同条約に加盟し、国際的ルールに基づいて自らの取り組みを行う(アメリカなどから後ろ指を指されないようにする)ことを心掛けようとしていたことを理解することができます。

<オバマ政権の対朝鮮政策に対する中国側見解>

 2009年に登場したオバマ政権の対外政策について、当時注目されていたことの一つは、ブッシュ政権が「ならず者国家」と名指ししていたイラン及び朝鮮に対する政策にどのような変化が生まれるかということでした。大統領選挙期間中、オバマは両国に対する政策を見直すことをしばしば述べていたからです。アメリカの軍事的脅威をひしひしと感じていた朝鮮もオバマ大統領の政策に期待を込めて注目していましたし、6者協議を主催し、朝鮮半島非核化に意欲を燃やしていた中国もオバマの言動を強い関心をもって注視していました。
 『国際在線-世界新聞報』をソースとする2月18日付の記事は早くも、オバマ政権の対朝鮮政策がハッキリしないことに対する中国側の懸念を表明しています。そこでは、「ある分析によれば」と断りつつ、「(アメリカの政策が)ハッキリしないのは、アメリカの朝鮮半島における利害と関係がある。アメリカが欲しているのは、朝鮮半島が緊張を維持しながら戦争突発という事態にまでは至らないことで、このようにすることでアメリカの影響力が朝鮮半島で維持できると考えている。したがって、オバマ政権は、…できるだけ交渉によって朝鮮と問題を解決したいものの、朝鮮が乗ってこない時にはさらに強硬に出ようということだろう」と見ています。
 しかし当時は、これとは異なる見方もでていました。2月にはヒラリー国務長官が日韓中三国を訪問したのですが、この訪問を総括した、『瞭望新聞週刊』をソースとする2月24日付の「ヒラリーのアジア行寸評:進路模索の旅でシンボル的意味が大きい」と題する記事はアメリカの対朝鮮政策にも言及しています。この記事は、ヒラリーのアジア訪問に先立って米朝双方が互いにシグナルを送り合ったことに注目しながらも、朝鮮の主張する人工衛星打ち上げ問題に関して米朝間の認識の齟齬が露わになっていることを指摘し、朝鮮の李明博政権登場後の対韓姿勢が硬化していることも指摘しました。そして、「朝鮮の真意は、アメリカ政府が速やかにブッシュ政権の政策を見直すことを迫り、アメリカとの関係正常化または国交樹立を実現して、国際社会に溶け込むという戦略的目標を達成しようということだ。朝米関係は、クリントン政権末期に大幅に緩和したが、オバマ政権登場の1,2年の間に大きく転換する可能性は大きく、朝鮮の核問題もブレークスルー的な進展を見る希望がある」とする観測を示しています。
 しかし、その後の事態の展開で、中国側のオバマ政権に対する見方は厳しくなっていきました。 上記の楽観的な記事が流れたその日(2月24日)に朝鮮が2度目の人工衛星打ち上げ計画を発表したことに対して、同日、訪米した橋本首相とオバマ大統領は、朝鮮の人工衛星だとする主張を無視し、これを長距離ミサイル発射の行動としてその発射を中止するよう要求しました。また、米韓両国は、3月9日から12日間、「空前の規模」(3月10日の『中国新聞HP』をソースとする記事の表現)の軍事演習を行いますが、「これは朝鮮側にとっては間違いなくきわめて刺激的なもの」(同記事)であり、朝鮮は臨戦態勢に入って対抗する姿勢を露わにしました。このことに関して同記事は、「朝韓情勢の緊張はオバマの曖昧な政策によるもの」という小見出しをつけて次のような見方を示しました。

朝鮮がとった一連の強硬な対策は、アメリカに対して圧力を加えようという考慮にもよるものだ。
昨年(2008年)、朝鮮が寧辺の核冷却塔を賑々しく破壊した後、ブッシュ政権がシンボル的に朝鮮に対する「テロ支援国家」のレッテルを外し、朝鮮半島には和平の兆しが再び戻った。朝鮮は、オバマ政権がこの政策を継続することを当然のごとく望んだのだが、オバマ政権は今に至るまで朝鮮の核問題に対して口を閉ざしたままで、このことが朝鮮をして疑心暗鬼にさせている。
オバマの対朝鮮政策に対する疑惑のほか、アメリカが韓国と大規模な軍事演習を行うことに対しても、朝鮮は「失望」している。先頃行われた米朝将官級会談において、朝鮮側代表は、もし朝鮮に対する合同軍事演習を(アメリカが)堅持するならば、朝鮮は、この行動を「アメリカ政府が軍事的に朝鮮を扼殺する敵視政策を変更していないと見なす」と表明した。朝鮮としては、主導権をとるためには、「強硬」に対しては「超強硬」をもって対処する以外にないのだ。
メディアの分析によれば、朝鮮半島情勢が今日の緊張状態にまで発展したのは、優れてアメリカ新政府の朝鮮核問題に対する曖昧な政策によるものだ。朝鮮の最近の一連の動きは、オバマの政策の根底にあるものを探り、今後協議を回復する上での動きの余地を確保したいということに主な目的がある。オバマは、朝鮮問題に関して、明確な言い方を示すべきだ。(強調は浅井。以下同じ)

 以上の指摘からは、朝鮮情勢が悪化していくことへの懸念の深まりと、情勢悪化の原因はオバマ政権の曖昧な政策にある、という中国側のいらだちを込めた見方がハッキリ看取されます。オバマの政策がハッキリしないからこそ朝鮮としては強硬に出ざるを得ないのだ、という朝鮮に対してむしろ同情的な見方です。
 『人民日報海外版』をソースとする3月14日付の記事は、「(南北)対峙は今に始まったものではない」という小見出しの下、2007年末に李明博が韓国大統領に当選してから韓国の朝鮮に対する態度が強硬となった、と指摘します。これに対して朝鮮側は、李明博政権は親米であり、(金大中、盧武鉉以来の)朝鮮半島和解のプロセスを破壊したと考え、たまりかねて反応し、…韓国との対話を中止すると脅かし、だんだんと韓国との関係を断絶したのだとし、最近はアメリカが李明博に肩入れして介入したことによって南北関係はほとんど決裂した、と指摘しました。ここにも、朝鮮の態度硬化の責任は韓国側(李明博政権の対朝鮮政策)にあり、オバマ政権の李明博政権への肩入れにある、とする中国側の判断が明確に出ています。何かことが起こればすべて朝鮮が悪い、とする日本国内の受けとめ方とはずいぶん開きがあることが分かります。
オバマ政権に対する中国側の批判が決定的になったのは、『中国新聞HP』をソースとする3月24日付の署名記事です。筆者は張璉瑰・中国共産党中央党校(浅井注:中国共産党の幹部養成・訓練を担当する党直属の学校)国際戦略研究所所長とありますので、掛け値なしに中国の公式見解を反映したものと見ていいでしょう。この記事は、いろいろな意味で興味深いものでした。
一つは、朝鮮が打ち上げるものが「衛星」なのか「ミサイル」なのかは、技術的に言えばあまり区別がないとしていること(そのこと自体は一般常識です。)のニュアンスです。どちらも長距離運搬手段を使うのであり、格納するものが作戦系統のものならばミサイルだし、衛星を積み込むならばロケットだとしています。また、打ち上げ目的が異なることによって発射時の投射角度及び運行軌道が異なるだけのことだとするのです。この一般常識をわざわざ念入りに指摘する裏に、ミサイルと決めつける米日韓の頑なさに対する皮肉が込められているように、私は感じました。
今ひとつは、打ち上げ前の段階で「今後予想される展開の可能性」として4つのケースを挙げている(技術的原因を口実にした朝鮮の打ち上げ中止、打ち上げ失敗による数秒後の朝鮮近海墜落、衛星の打ち上げ成功、発射後に軌道が逸れて日本などの国家主権を侵す形になること)のですが、興味深いのは、衛星打ち上げが成功する場合についての記述でした。「打ち上げが成功して宇宙空間に投入され、国際法が規定する周辺国家の主権を侵犯しない」ケースについて、この記事は「この可能性は慶賀すべきこと」と言っているのです。つまり、中国は朝鮮が人工衛星を打ち上げること自体についてはまったく問題視していなかったことが理解されます。
第三にそしてより本質的なこととして、この記事は、アメリカの対朝鮮政策について次のような立ち入った分析をしています。その内容は、アメリカの政策の一貫性のなさを「機会主義」と断じ、そのことが危機を招いているとするもので、中国の対米(オバマ政権)認識がきわめて厳しくなっていったことを浮き彫りにしています。

朝鮮の「衛星」打ち上げが引き起こした今回の危機と比較してより深く考えるべきことは、朝米双方がこの事件において示した政策の方向性と動機である。
朝鮮が「衛星」(または「ミサイル」)打ち上げを行うことは想定の範囲内のことであるはずだ
どういう名目で、いかなる時にこのミサイルまたはロケットの発射を試みるかということは、技術的観点からすれば、二つの要素で決まるのであり、一つは朝鮮のミサイルまたはロケットの開発技術の成熟度であるが、今ひとつはふさわしい国際環境ということで、後者は、下手なことをすると深刻な結果を招くので小さなことではない。2月初にイランが衛星打ち上げに成功した後は、朝鮮には深刻な技術的困難はなかったと判断される(浅井注:このくだりは、朝鮮とイランとの間に協力関係があるという前提に書かれたものとも見られますが、その後の別の中国側の記事では、イランが朝鮮との協力関係はないと否定したことを紹介していますので、それにもかかわらず中国が朝鮮とイランとの間には協力関係があると判断しているとすれば、そのこと自体が一つのニュースではあります。)。しかも2009年において朝鮮の手元にある外交カードは増えている(浅井注:このくだりも興味深い判断です。)ので、今は朝鮮が行動するにもっともふさわしいチャンスだ。
2006年に朝鮮が核実験を行った時、アメリカの反応は意外なほどに「平静」だった。一貫して朝鮮に罵詈雑言を浴びせかけてきたブッシュ政権が、1994年のクリントン政権の朝鮮に対する時と比較してももっと「友好的」だった。当時(1994年)は朝鮮がIAEAの査察を拒否して核不拡散条約を脱退しただけで、クリントン政権は朝鮮の核施設に対して「外科手術的」な打撃を加えようとした。
 ブッシュ及びクリントン政権のこのコントラストに対しては多くの人がいぶかしく感じたのだが、実をいえば、2002年9月の小泉訪朝の時も、2005年6月の韓国の鄭東泳・統一部長官の平壌訪問の時も、朝鮮側は彼らに託してアメリカにメッセージを送っていた(浅井注:小泉訪朝時にこの文章が指摘するようなことがあったのかどうかについては、私は寡聞にして知りません。)。ブッシュ政権は、このことによって、アメリカに対して脅威となる長距離ミサイルを朝鮮に廃棄させ、朝鮮との間で一種の戦略関係を作り、朝鮮の核兵器を無害化させることがアメリカのグローバルな戦略の一つの選択肢たり得ると感じたのだ。したがって、ブッシュ政権は任期を終えるとき、口では朝鮮半島の非核化の目標は不変と言いながら、朝鮮の核問題に関して物理的・時間的な禁止ラインを設けなかったのだ。
ところが、朝鮮が長距離ミサイルの発射準備をしているという噂が流れるや否や、(オバマ政権の)ゲーツ国防長官は2月10日に直ちにアメリカが迎撃すると宣言した。2月24日に朝鮮が打ち上げるのは衛星であってミサイルではないと発表した後も、アメリカは相変わらず、ミサイルであろうと「衛星」であろうと、いったん禁止ラインを越えたらこれを破壊すると言い続けた。
オバマ政権の朝鮮に対する行動のこの迅速かつ劇烈な反応は、多くの国家にとって等しく意外なものだったが、アメリカのこの挙は、実際上は朝鮮の「ロケット」に明白この上ない禁止ラインを設けたもので、前政権のやり方とは大いに隔たりがあるものだった。なぜならば、朝鮮の射程6700キロの「テポドン2号」ミサイルはすでにアメリカ本土に脅威を及ぼしており、朝鮮の核兵器は無害なもの(中国語:「単刀剣」)から実害あるもの(中国語:「双刀剣」)になった以上、アメリカとしては大目には見ないということなのだ。
以上から分かることは、最近朝鮮半島に現出した一連の波瀾と危機はすべて朝鮮の核問題に起因するものであり、それ以前にこの問題で関係国がとった機会主義的な政策によって導かれた必然的な結果である。これはまだ始まりに過ぎない。朝鮮の核問題が解決しない限り、朝鮮半島ひいては東アジアの波瀾と危機は収まり得ず、ますます激しくなっていく可能性がある。

 『中国新聞HP』をソースとする、3月26日の「朝鮮、あくまでロケットを発射してアメリカに探りを入れる 米日による迎撃の可能性は低い」と題する記事は、「朝鮮はなぜあくまで発射を行うのか」という小見出しの下で次のように述べて、オバマに対する批判的姿勢をさらに強め、朝鮮の行動に対して理解を示す論調を展開しました。

 米日韓の一貫した巨大な圧力に直面しているのに、朝鮮は動揺することなく着実に打ち上げ準備を進めているようだ。彼らは、打ち上げの目的は平和的なものであるとし、どの国家も平和的に宇宙開発を行う権利があり、弾道ミサイル発射を禁止し、制裁するとした国連の決議はこれ(衛星打ち上げ)には適用されないという立場を堅持している。
 ロイターは、朝鮮の打ち上げ動機を分析して、韓国が7月に衛星打ち上げの意欲を表明したことがあるので、朝鮮としては韓国に先んじていることを証明したいのではないかとしている。また国際的には、朝鮮はその力量をオバマに対して示すことにより、朝鮮を厳粛に扱うべきことを明らかにしたいと考えてもいるだろう(とロイターは分析している)。
この後の指摘は分析に値する。オバマが登場して以来今に至るまで、朝鮮問題には堅く口を閉ざしており、朝鮮としては(オバマを)図りかねている。さらに、先頃の大規模な米韓軍事演習があり、朝鮮は、この行動に対して、「アメリカ新政府は、軍事的に朝鮮を絞め殺す敵視政策を変えていない」と見なしている。しかも、アメリカ側の対外コミットメントは気持ち次第でコロコロ変わるし、コミュニケの類も紙切れ扱いする例はきわめて多い朝鮮が主導権を握るためには、「強硬」に対して「超強硬」をもって対処してオバマの政策の本音を探る以外になく、自分の能力を示すことで今後の交渉において動きうる余地を広げておきたいということだ朝鮮にしてみれば、これこそが唯一の交渉上の資本だ

<オバマのプラハ演説と朝鮮の打ち上げに対する中国の姿勢>

 オバマは、4月5日にプラハで「核のない世界」というビジョンを掲げた演説を行って世界的に注目されました(この点に関する中国側の見方については3.参照)が、この演説は、オバマが朝鮮の人工衛星打ち上げを非難し、国連安保理の対朝鮮強硬策への道筋をつけるものでもありました。
 オバマはすでに4月1日に訪問先のロンドンで、朝鮮が発射するならば、アメリカは安保理に提起して制裁を行うという発言を行っていました(『中国新聞HP』をソースとする4月2日付記事)。また、フランスで行われたNATO成立60周年サミット開催に先だって行われた4日の共同記者会見の席上では、「我々はすでに朝鮮側に対し、そのロケット発射は挑発的であると明確に表明した」と述べ、強硬な言辞でその中止を要求しました。ただし、発射される運搬手段については、オバマは、以前は「テポドン2号」と呼んでいましたが、4日の時点では「ロケット」と言い換えていたことが指摘されています(『中国新聞HP』をソースとする5日付記事)。
 4月5日の朝鮮による人工衛星打ち上げに対する米日韓の反応は厳しいものでした。特にオバマはプラハ演説の中で、「国際共同体(浅井注:中国、日本を含め、international communityを「国際社会」と表ししていますが、international societyとinternational communityとは別概念です。)は、朝鮮がロケットを発射したことに対して強烈に対応しなければならない」と述べて、その後の安保理での強硬策をリードしていく口火を切りました。これに対して中国の楊潔虡外交部長は、米ロ日韓の外相と電話で意見交換し、次のように述べて、朝鮮の打ち上げに対する批判を一切封印し、米日韓と一線を画す態度を明確にしました(『中国新聞HP』をソースとする4月5日付の「朝鮮、衛星打ち上げ成功を宣言 米韓否定 国際社会は関心」と題する記事)。

 中国側は、朝鮮が実験通信衛星を打ち上げたと発表したことに留意しているし、関係方面が関心を表明していることにも留意している。朝鮮半島の隣国として、中国は、一貫して朝鮮半島及び東北アジアの平和と安定を守ることに尽力し、対話と協議を通じて問題を解決することを堅持し、情勢を複雑にし、緊張させる可能性があるいかなる行動にも賛成しない。ある時期以来、中国側はこの立場を多くの機会に関係方面に表明してきた。
 引き続き6者協議プロセスを推進して朝鮮半島の非核化を実現し、半島及び東北アジアの平和と安定を守ることは関係国共同の利益であり、国際社会が挙げて希望することであると、中国側は終始認識している。関係各方面は、大局と長期的視点に立ち、冷静さと自制を保ち、情勢をさらに緊張させる行動をとることを避けるべきだ。中国側は、建設的かつ責任ある態度で、当面の事態に対応し、関係する問題の妥当な解決のために努力し、関係方面と意思疎通を保つことを願っている。

 ちなみに、この楊外相の発言は、2.で紹介する中国人民大学国際関係学院の時殷弘教授の文章を参照しながら読むと、きわめて含蓄に富むものである(時殷弘の文章が中国政府の立場を敷衍するものである)ことが分かると思います。

<安保理議長声明と中朝間の受けとめ方の深刻な違いの表面化>

 朝鮮の打ち上げを受けて、安保理は直ちに協議に入った(4月5日)のですが、中国の張業遂国連大使は、その会合の後に記者のインタビューに答え、安保理の対応は「慎重かつ適度なもの」であるべきだと発言しています(『中国新聞HP』をソースとする4月6日付の記事)。「適度なもの」という基準は、真っ向から対立する朝鮮と米日韓の立場を踏まえて打ち出したものでした。その基礎には、「安保理決議1718は朝鮮がミサイル実験を行うことを禁止しているが、この決議は衛星には触れていない」(『国際先駆導報』をソースとする4月6日付記事で紹介された中国人民大学国際関係学院の時殷弘教授の発言)、「核兵器とは異なり、朝鮮が自分の衛星を持ちたいということに対して、誰もそれを阻止する権利はない」(同じく『国際先駆導報』をソースとする同日付の別の記事)という中国側のきわめて常識的な、宇宙条約を踏まえた判断が働いていたことがうかがわれるのです。
 なおロシア大使も、朝鮮のロケット発射問題では、感情に任せて物事を進める方法をとるべきではなく、朝鮮半島非核化の実現を前提とした共同の対応策を実現することが肝要だ、と慎重な立場を明らかにしました(『中国新聞HP』をソースとする4月7日付の記事)。また、同じソースの同日付のさらに別の記事は、安保理での議論においては、「朝鮮がそもそも誤った行動をとったかどうかという点についてすら、一致した意見に到達していない」と伝えています。
安保理で大きな争点になったのは、朝鮮の人工衛星打ち上げが安保理決議1718違反かどうかという点でした。
朝鮮の朴泰勛・国連常駐副代表は4月7日、「宇宙の平和利用はすべての国家の奪うべからざる権利だ」、「安保理がいかなる措置をとろうとも、我々は取り合わない。なぜならば、これは不正常で、民主的でなく、朝鮮を狙い撃ちにした二重基準だからだ」、「いくつかの国が数百回も衛星を打ち上げており、彼らはいいが、我々は同じことは許されないとでも言うのか。それは公平ではない」と発言しました。また、「弾道ミサイル技術を使用して打ち上げたことは安保理決議1718に違反するのではないか」という記者の質問に対し、「朝鮮が使用したのは他の国々が衛星を打ち上げる際に用いる技術と似ているものだ」と言っています(『中国新聞HP』をソースとする4月8日付の記事)。
中国側報道でも、決議1718第2項で言う「朝鮮がこれ以上いかなる核実験も弾道ミサイル発射も行わないことを要求する」という文言の解釈については意見が分かれているとしつつ、朝鮮はそもそもこの決議を受けいれていないが、米日韓はその範囲は「民生用」衛星打ち上げを含むあらゆる発射活動に及ぶという立場だと、第三者的に紹介しています(『中国新聞HP』をソースとする4月8日付の別の記事)。
中国外交部スポークスマンは4月7日、さらに突っ込んだ発言を行いました。即ち、決議1718にかかわる問題については、安保理は慎重に物事を進めるべきだとして、「ロケットとミサイルの技術の間には共通するものもあれば、区別もある。衛星打ち上げとミサイル発射・核実験とは性質が異なるし、各国の宇宙平和利用の権利にもかかわることで、安保理としては慎重に対応するべきだ」と述べました(『中国新聞HP』をソースとする4月8日付のさらに別の記事)。
 中国などの努力の結果、安保理は新たな決議を作るのではなく、議長声明で事態を収めることで一致しました。しかし、4月13日に出された議長声明は、4月5日の朝鮮の打ち上げを、安保理決議1718(2006年)に違反するとして、朝鮮を「譴責」し、これ以上発射活動をしないことを要求しました。また声明は、6者協議を支持し、その早期再開を呼びかけました。
この声明が出された後に、中国の張業遂大使は、この決議は「慎重で、適度なものだ」と評価し、中国側は今回安保理決議を採択することには反対だったし、朝鮮に新たな制裁を課すことにはさらに反対だった、と記者に対して語りました。この発言には、中国政府は決議採択には反対したが、議長声明の内容については米日韓と妥協したということが言外に込められています。
ちなみに、『中国新聞HP』をソースとする4月11日付の記事は、「周辺のいくつかの大国が制裁を含む新決議案に慎重な態度を崩さなかったために、国際的な包囲網を作ろうとした日本の試みはついにふいになった」と指摘しました。これは、決議採択に熱心だった日本を名指しで皮肉っているものです。
中国も賛成して採択された議長声明に、朝鮮は翌日(14日)外務省声明を出して激しく反発しました。声明は、「強権が横行する安保理に応対するため、我々は、国際社会が同意した宇宙条約及び国際法に基づいて、我が国の宇宙利用の権利を行使していく」と述べ、「あらゆる手段を講じて核抑止力を増強する」とし、6者協議については「もはや行う必要はない」、「この種の交渉には今後参加しないし、6者協議で達成された義務にももはや縛られない」と述べました。
このような強硬な内容の声明が出されたのには伏線がありました。すでに3月26日の段階で、朝鮮外務省は、安保理が朝鮮の人工衛星打ち上げに対して議長声明を出すならば、あるいは「安保理に持ち込んだりするだけでも」、もはや6者協議はあり得ず、核の無能力化に関する(朝鮮側の)措置も原状回復すると表明していたのです(『中国新聞HP』をソースとする4月14日付の記事)。  朝鮮のこのような強硬な反応に、中国は不意を突かれた可能性が濃厚です。『中国新聞HP』をソースとする、「中国ニュース週刊:朝鮮のロケットの波風、日本の「政治小国」のみっともなさを露わに」と題する4月9日付の記事(この記事を含めた中国の対日観については、また機会をみて紹介したいと思います。)には、「中国がもっとも望まない事態は、国際社会が圧力をかけすぎる結果、朝鮮が一方的に中国主導の6者協議を脱退してしまうことだ」とありました。中国政府としては、今回の議長声明は「中国側の積極的な斡旋によってできた各国の妥協の産物」(『解放日報』をソースとする4月15日付の記事)であるわけで、朝鮮にはむしろ中国の努力を評価し、不本意であってもこの決議を呑みこんでほしかったところです。先ほど朝鮮側の「伏線」に関する記事を紹介しましたが、中国政府はこれを軽くみていた(決議にさえしなければ、朝鮮は呑みこむだろうとふんだ可能性があるということ)ようです。
ところが朝鮮は正に、中国がもっとも恐れていたことをいきなりぶつけてきたのです。朝鮮のこの「強烈な反応」が中国の予想を超えたものであったことは、「朝鮮の打ち上げをめぐる"静かだった"数日間の事態が突然に急激な変化を迎えた」(『中国新聞HP』をソースとする4月14日付の記事)という報道でも明らかで、中国側が受けた衝撃の程度を物語っています。
 以上を踏まえますと、『国際先駆導報』をソースとする「朝鮮半島の賭博に直面する:そこまでやるか、気持ちは分かるが(中国語:「意料之外、情理之中」)」と題する4月16日付の記事は、朝鮮の行動に対する中国側のホンネの気持ちがうかがえる貴重なものです。以下はその抜粋です。

 「気持ちは分かる」というのは、朝鮮外務省が以前、(朝鮮の)衛星打ち上げに対して安保理が議長声明を出すならば、朝鮮はそれ以後6者協議には二度と出席しないし、核の無能力化についても原状回復すると表明していたのであり、(6者脅威)退出を正式に宣言したのは自らの誓約を実践しただけのことだからだ。「そこまでやるか」という意味は、6者協議という場を離れたら、朝鮮としては国家的な核心的利益を獲得するこれ以上の方法はなくなってしまうからだ。
 衛星打ち上げから6者協議退出まで、本年上半期における朝鮮半島情勢の進展の数多くのことには深層に横たわる原因がある。アメリカでオバマ新大統領が就任して以来、(オバマ政権は)朝鮮の核問題には遅々として態度を表明せず、6者協議の次のステップについても考えを示さなかった。こういう状況の下で、朝鮮は衛星打ち上げという方法を通じてアメリカの高度な関心を引き起こし、それによって米朝接触を推進しようとしたのだ。実際、6者協議の歴史においては、この種の状況は過去にもなかったわけではない。朝鮮は何度もいわゆる核爆発などの類似の手段で各国の朝鮮半島情勢に対する関心を高めてきた。
 他方、このプロセスの中で、朝鮮が秘かに核技術の歩みを進め、自らの核心的な戦略に役立てようとしてきた可能性も排除できない。今の状況では、核兵器を持ち、運搬ロケットあるいは大陸間ミサイルなどの長距離核運搬技術を開発することは、何にも勝る国家戦略だろう。国際環境の変化及びアメリカの対朝鮮政策の緩和の程度によって、朝鮮としては核の進行過程及びスピードを選択するというだけにすぎない。国家的利益にとって有利な環境の下では、一時的にその核問題について譲歩する可能性はあるが、根本において朝鮮が全過程を通じて核技術開発を完全に放棄するという発想はない
 したがって、6者協議を振り返ってみれば、関係国とくに中国が大変に努力したこの対話の場が、困難を経ながらも、実際に朝鮮半島の緊張した情勢を大いに引き延ばしたし、世界に対して東北アジアの安全保障メカニズムの中の理性的な要素であることを明らかにしてきた。6者協議が復活するかどうかはともかく、それは歴史的な機能を担った。…(6者協議だけにこだわるつもりではないという趣旨を述べた上で)カギとなる問題は、6者協議を離れた場合、朝鮮がその国家利益を獲得しうる理性的な場が他のどこにあるというのか、ということだ。

 ここにも、このような深刻な事態を導いてしまった原因はオバマ政権が朝鮮政策をハッキリさせてこなかったことにある、という中国側の今や根深い不満が率直に表明されています。それと同時に、核ミサイル開発は朝鮮の戦略的な最優先課題であり、6者協議の進捗状況は、朝鮮の政策方向や進め方のスピードに影響を及ぼしたかもしれないが、その効果は限定的だったという、諦めにも似た認識が示されています。しかし、6者協議は朝鮮にとっても唯一の可能性であるはずで、それを袖にするというのはどういうことなのだ、といういらだちもにじみ出ています。

<第2回核実験と中国の態度硬化>

 朝鮮外務省は、4月14日の声明(前述)の後、25日には実験炉から取りだした燃料棒の再処理を開始したことを明らかにしました(『中国新聞HP』をソースとする4月29日付の記事)。そして29日には、朝鮮外務省報道官の声明で、「安保理が速やかに謝罪しなければ、予定外の自衛措置を採用して共和国の最高利益を防衛する」と述べ、その中には核実験及び弾道ミサイル発射が含まれるとも述べました(『中国新聞HP』をソースとする4月29日付の別の記事)。
この声明で注目を要するのは「予定外の自衛措置」という言葉です。つまり、議長声明がなかったならば朝鮮が核実験を行う予定はなかった、と言っているわけです。もちろん、安保理が謝罪するわけはありませんから、朝鮮の第2回核実験は不可避だったわけですが、少なくとも中朝間では、中国政府が米日韓を押さえ込むことにより、朝鮮が核実験などのカードを切ることを自制する、という趣旨の了解があったことは窺わせる文言です。しかし、中国が朝鮮の期待に応えなかったために、朝鮮が核実験という「予定外の」カードを切ることになったと思われます。
5月25日に朝鮮中央通信社は、二度目の地下核実験を成功裏に行ったと発表しました(『中国新聞HP』をソースとする5月25日付の記事)。しかし、『中国新聞HP』の「国際ニュース」のページを見る限り、議長声明から核実験に至る1ヶ月強の間に朝鮮にかかわる目立ったニュースはありませんでした。『中国新聞HP』をソースとする5月25日付の別の記事が、「(第2回核実験という)この突然の事件は速やかに国際社会の強烈な反応を呼んだ」としていることでも、中国としてはまたもや不意打ちを受けというた様子が窺われます。そしてこの記事は、「朝鮮はなぜこの時に核実験を行ったのか」という小見出しの下で、次のように述べました。

 分析によれば、4月17日に安保理は朝鮮のロケット発射に対して譴責を行い、朝鮮は6者協議を脱退すると発表、その後彼らは核実験を行う計画を一貫して進めてきた。朝鮮がロケットを発射したのは、アメリカの意図を探り、国際社会の関心を集めることによって、交渉上のカードを増やそうとすることにあったのだが、最終的には効果はほとんどなかった。今回は、こうした意図に加え、朝鮮としてはさらに今後の6者協議で核兵器国として扱われたいと希望しているのであって、「非核化」問題を再度討議するということではない。 しかし、専門家によれば、朝鮮の今回の核実験は彼らの狙いどおりの結果を招くどころではなく、逆により厳しい制裁を招く可能性が高い。最終的には、国際的な圧力の下で、朝鮮が6者協議に戻る可能性が大きい。

 その後の中国政府の対朝鮮姿勢を見る時、この記事が「朝鮮の今回の核実験は…厳しい制裁を招く」と書いた時点においてはすでに、中国政府は朝鮮に対するそれまでの理解ある政策から強硬な姿勢で臨む政策に転換する腹を固めていたと判断されます。日本の要求に基づいて4月25日に開催された安保理会合の後、ロシア大使が、安保理の15の理事国は一致して、朝鮮の核実験は安保理決議1718(2006年)に違反し、安保理はこのことに対して「強烈な反対と譴責」を表明すると述べました。つまり、中国はこの時点で、朝鮮の核実験が安保理決議1718に違反するという判断に与していたのです(『中国新聞HP』をソースとする5月26日付の記事)。同日付の別の記事では、「中国は、朝鮮の核実験に断固として反対する」と出ています。つまり、中国は、人工衛星打ち上げについては安保理決議違反という議論に与しなかったのですが、核実験については決議違反とする主張に与したのです。
 中国の朝鮮に対する態度硬化と同時的に進行したのが、韓国と朝鮮の応酬でした。韓国は、朝鮮の核実験の翌日(5月26日)、ブッシュ政権が2003年に提唱した「拡散に対する安全保障構想」(PSI)に参加することを決定しました。
PSIとは、「国際社会の平和と安定に対する脅威である大量破壊兵器・ミサイル及びそれらの関連物資の拡散を阻止するために、国際法・各国国内法の範囲内で、参加国が共同してとりうる移転及び輸送の阻止のための措置を検討・実践する取組」(外務省HPの説明)ですが、「従来は、各国が自国の領域内において、国内管理、輸出管理等の措置を実施してきたが、PSIの下では、各国が、自国の領域内に限らず、自国の領域を越える範囲でも他国と連携して大量破壊兵器等の拡散を阻止する」(同)ことに狙いがあります。韓国は、朝鮮に対する考慮から参加してこなかったのですが、朝鮮が再度核実験を行い、ミサイルも発射したことから、もはや参加を引き延ばす理由がないとして参加の決定を行ったと説明しました(中国『中央電視台』の「ニュース1+1」をソースとする5月29日付記事)。そのもっとも深刻な意味は、朝鮮を出入りする船舶を米韓の艦船が洋上で臨検するということにあります。
これに対して朝鮮は、朝鮮軍が翌27日に声明を発表し、韓国が正式にPSIに加入したことは宣戦布告に等しく、朝鮮半島はすでに戦争状態に追い込まれたとし、対抗措置として、1953年の朝鮮停戦協定を脱退し、これ以上軍事停戦協定の束縛を受けないこと、米艦艦船及び一般船舶の航行の安全を保障しないこと等を宣言しました(同上記事)。
また、安保理は5月26日に協議を行ったのに続き、28日には朝鮮の核実験問題に関する決議草案の討議を開始しました(『新華社HP』をソースとする5月29日付の記事)。これに対して朝鮮外務省スポークスマンは29日に談話を発表し、安保理が朝鮮の核実験に対して制裁を行うならば、朝鮮はさらに自衛措置を講じると述べるとともに、朝鮮は核不拡散条約及びミサイル技術管理レジーム(MTCR)に加入していないので、「国家の最高利益が侵犯された時は、核実験及びミサイル発射を行う権利がある。これらは正当な防衛措置であり、いかなる国際法にも違反しない」と主張しました(『新華社HP』をソースとする5月29日付の別の記事)。
ちなみに、朝鮮が核不拡散条約とともに言及したMTCRとは、「大量破壊兵器運搬能力を有するミサイルの拡散を防止するとの目的を共有する諸国が、各国間で輸出管理の取り組みを調整するための非公式・自発的な集まり」で、「参加国は、ミサイル及び関連汎用品・技術に関して合意されたリストの品目については、全地域を対象として、国内法令…に基づき輸出管理を実施」することになっています(外務省HP)が、「法的拘束力を有する国際約束に基づくものではない」(同)とされています。朝鮮がそのような性格のMTCRに自分から言及したのには、私は少々驚きました。
安保理での議論は難航しましたが、17日間の協議を経て、6月10日にようやく決議草案が正式に提出されました(『中国新聞HP』をソースとする6月11日付記事)。この草案について、中国では、「各国は、自国の管轄範囲内で朝鮮が貿易禁止となっている物品を検査及び没収する義務を有するだけでなく、自国国旗を掲げた船舶が検査を受ける義務を有するという未だかつてない検査措置」や、ミサイル及び核兵器に使用される資金の朝鮮流入を防止するための金融面での広範な措置が盛り込まれたと報道されました(同上)。決議が成立する前にその内容を中国側メディアが詳しく伝えたのは異例です。
この記事にある「未だかつてない」という形容は、アメリカのライス国連大使が得意げに使ったものです。彼女は決議採択後の記者会見で、この決議が臨検を拒否する船舶に対して軍事力を行使することまで授権したものではないことを認めつつも、「今回ほど明確にメンバー国の義務及び責任を定めた決議案は未だかつてない」と述べたのです。どのような状況の下でアメリカは軍事力を使用する可能性があるか、という記者の質問に対しては、ライスは、いかなるスペキュレーションもしないが、オバマ大統領はいかなる必要な行動をもとり、アメリカの国家的安全を守るだろう、と答えました(『中国新聞HP』をソースとする6月13日付記事)
しかし、中国政府は速やかに反応しました。決議1874が採択された直後に、中国の張業遂大使は次のような詳しい説明を行って、決議の狙いはあくまで交渉による平和的解決であり、貨物検査については米日韓が暴走しないように釘を刺したのです(『中国新聞HP』をソースとする6月13日付記事)。

中国の国連常駐代表である張業遂は、投票後の発言で、中国は安保理が朝鮮の核実験に対して適当かつバランスが取れた反応を行ったことを支持する、と述べた。
張業遂は次のように述べた。本年5月25日、朝鮮は国際社会があまねく反対しているのを無視して、再び核実験を行った。中国外交部は声明を発表し、断固反対すると表明した。我々は、朝鮮が非核化の誓約を誠実に守り、情勢のさらなる悪化を招きうるような行動をやめ、6者協議の軌道に再び戻ることを強烈に要求する。
張業遂は次のように述べた。中国は一貫して、国際的な核不拡散体制を擁護し、朝鮮半島の非核化実現を推進し、朝鮮半島及び東北アジア地域の平和及び安定という大局を守ることに力を尽くしてきた。朝鮮は再び核実験を行い、安保理の関係決議に違反し、国際的な核不拡散体制の有効性を傷つけ、地域の平和と安全に影響を与えた。我々は、安保理が朝鮮の核実験に対して適当かつバランスの取れた反応を行ったことを支持する。先ほど通過した決議に含まれる措置は、安保理が憲章第7章第41条に基づいてとったものだ。安保理決議は、朝鮮の核実験に反対する国際社会の確固とした立場を表明するとともに、朝鮮に対して積極的かつふさわしいシグナルを送り、安保理が対話と交渉という手段によって朝鮮の核問題を平和的に解決する立場と決意を明らかに示した。以上により、中国代表団は決議に賛成票を投じた。
張業遂は次のように強調した。朝鮮の主権、領土保全、合理的な安全に対する関心及び発展・利益は尊重されるべきだ。朝鮮は、核不拡散条約に復帰した後は、締約国の核エネルギーを平和利用する権利を享有すべきだ。安保理の行動は、朝鮮のデモクラシー及び発展に影響を与えるべきではなく、朝鮮に対する人道的援助にも影響しない。決議の関係パラグラフが述べているように、朝鮮が決議の関連規定を遵守すれば、安保理は朝鮮に対する制裁の一時停止または取り消しを審議することになろう。
 張業遂は、次のように指摘した。特に強調すべきことは、貨物の検査問題は複雑で敏感であり、各国は国内法及び国際法に厳格に従って慎重に行うべきであり、かつ、合理的な理由及び十分な証拠を前提としなければならない関係者は、矛盾を激化する可能性のある言行を避けるべきだ。いかなる状況の下でも、軍事力または軍事力による脅威を用いてはならない
 張業遂は次のように述べた。中国政府は一貫して、政治的及び外交的手段を通じて朝鮮半島の核問題を解決することを主張してきた。朝鮮が再度核実験を行うという消極的事態が表れたとはいえ、我々はやはり、制裁は安保理の行動の目的ではなく、政治的外交的チャンネルが関連する半島の問題を解決し、半島の非核化及び東北アジア地域の平和と安定を実現する唯一の正確な道であると考えている。
 張業遂は次のように述べた。現在の情勢の下では、関係各国は冷静と自制を保ち、情勢のエスカレ-ションを導く行動は控えるべきだ。このことが関係各国の共通の利益に合致する。中国は引き続き、責任を負い及び建設的な態度で関係各国との意思疎通を強化し、妥当な対応を心掛け、速やかに6者協議を復活することを推進し、半島非核化、半島及び東北アジアの平和と安定的発展を守るために積極的に役割を担う。

 張大使の上記発言は、「朝鮮が全面的かつ正確に安保理決議の内容を理解し、賢明な行動をとる」(『中国新聞HP』をソースとする6月13日付の別の記事が紹介した、清華大学の劉江永教授の発言)ことを願ったものであることは間違いありません。しかし、朝鮮の核実験が安保理諸決議違反だとする張大使の発言は曖昧ですし、「国際的な核不拡散体制の有効性を傷つけ」たとする指摘そのものは間違いないとしても、朝鮮がNPTを脱退している以上、条約(国際法)違反とまでは言えないわけで、張大使の発言は中国政府の苦しい胸の内を反映した形です。
また、朝鮮がNPTに復帰すれば、条約上の平和利用の権利を享有できる、とする指摘も説得力が乏しいものです。なぜならば、原子力の平和利用の権利がNPTによって創設的に設けられたものではなく、NPTに加盟しなければ原子力の平和利用はできないなどという理屈は成り立たないからです。少なくとも、NPTを脱退した朝鮮が「なるほど」と納得するような代物ではありません。
朝鮮は、安保理決議1874採択の翌日(6月13日)、外務省スポークスマンの声明を発表し、核計画を絶対に放棄せず、すべてのプルトニウムを「兵器化」するとともに、ウラン濃縮プロセスも全面的に開始するという強硬な反応を示しました(『中国新聞HP』をソースとする6月13日付のさらに別の記事)。また、朝鮮は15日に平壌で「安保理決議糾弾」大衆大会を開催し、人民武力部の朴在京副部長は、朝鮮休戦協定が「すでに失効」し、朝米が「戦争状態にある」もとで、朝鮮は、いかに些細な挑発に対しても直ちに先制攻撃を行い、アメリカの「急所」を攻撃すると述べました。また、朝鮮労働党の金己男中央書記は、安保理決議は「朝鮮の武装を解除し、経済的に朝鮮を窒息させ、朝鮮の(自主)思想及び体制を転覆することを狙っている」とし、アメリカなどの敵対勢力のこの企てが実ることはあり得ない、と発言しました(『新華社HP』をソースとする6月16日付の記事)。
朝鮮は、こうして自らを崖っぷちにまで追い込みました。しかし、全面的な朝鮮戦争が勃発する事態は、中国としては何が何でも回避したい最悪のケースであり、中国は、さらに難しい対応を迫られることになりました。

2.中国の対朝鮮政策

 以上の経緯を踏まえ、『中国新聞HP』をソースとする6月29日付の記事は、中国人民大学国際関係学院の時殷弘教授執筆の文章を掲載し、朝鮮の核問題に関する中国側の立場及び政策を示しました。もちろん文章は時教授の個人的な見解ですが、朝鮮問題に関して彼がしばしば発言してきたことに鑑みれば、彼の発言が中国政府の立場・政策を色濃く反映していると判断しても大きな誤りはないでしょう。主な発言内容を紹介します。

 昨年(2008年)秋以来、朝鮮の対外姿勢はますます急激に強硬、挑発ひいては極端な方向に悪化した。即ち、ひっきりなしに韓国に対して軍事的な脅威となる言辞を用い、長距離ロケット発射を制裁する安保理決議1718(2006年)に背き、国際社会及び安保理声明が譴責すると6者協議及び6者協議で達成されたすべての合意から脱退し、核施設を再開し、半島南北間で長年にわたってきた対話と達成された様々な経済交流及び協力の合意を廃棄した。
 本年5月25日には、東アジアの平和と安全に深刻な影響を及ぼし、国際核不拡散体制及び安保理の対朝決議に深刻に背く重大な行動である第2回核実験を行った。その後、朝鮮の第2回核実験により韓国がアメリカ主導のPSIに全面的に加入することを決定したのに対し、1953年の朝鮮休戦協定脱退を宣言し、韓国の軍事力行使の脅威に対してとことんまでエスカレートするに至った。要するに、朝鮮の行為により、国際社会が当面する朝鮮核問題の情勢はきわめて困難になり、半島の安全状況は2003年(浅井注:6者協議開始の年)以来でもっとも悪化した局面に陥った。…

 冒頭から、朝鮮に対してきわめて批判的な見解が表明されていることに、私は正直言って驚きました。少なくとも朝鮮が第2回目の核実験を行うまでは、中国は人工衛星打ち上げには理解ある姿勢を示していた(時殷弘自身がそういう理解ある発言をしていたことはすでに紹介しました。)し、ましてや朝鮮の行動を全面的に批判するようなことはなかったのですから、このような態度硬化は優れて朝鮮の核実験を受けての変化だということが分かります。中国は、朝鮮の人工衛星打ち上げと核実験とを区別し、後者の問題をそれだけ深刻視しているのです。これは、両者を区別しない米日韓の扱い(ブッシュ政権に至っては、朝鮮が長距離ミサイルを持たない限り、朝鮮の核保有はアメリカにとって実害はないとすら見ていた節があることはすでに紹介しました。)との比較においても留意しておくべき点だと思います(3.参照)。

<原則堅持>
 (朝鮮の第2回核実験後に中国外交部が示した立場を紹介した上で)半島の非核化と中国の戦略的安全及び外交的環境とは切り離せない。…中国が警戒せざるを得ない将来の危険性の所在は次の4点だ。
(1) 最悪の事態を想定する時、ある日の朝、何らかの問題で核圧力が降りかかり、しかもその状況下で中国が進退両難の戦略的局面または対外政策上の境地に陥るという可能性が絶無ではない。
(2) 朝鮮がかなりの規模の核兵器を保有すれば、日本(さらには韓国でさえ)が刺激されて核武装の道に進み、大規模にミサイル能力その他の攻撃能力を身につける可能性がある
(3) 朝鮮が核攻撃能力を持てば、朝鮮半島及び東北アジアの情勢は終始これによって激化させられるし、アメリカ及びその同盟国と朝鮮との間で深刻な軍事衝突または戦争が勃発しうるし、もし新たな朝鮮戦争が勃発すれば、仮に中国が直接巻き込まれないとしても、戦略決定上の深刻な困難に逢着し、様々な深刻な間接的損害を被ることになる。
(4) 朝鮮が核兵器を擁することにより、中国が様々な想定可能なバイ及びマルチの外交上の困難に直面する可能性がある。
 中国外交部スポークスマンが朝鮮の2回目の核実験の後に強調したとおり、いかなる状況下でも半島非核化の目標を堅持しなければならず、現在及び予見しうる時間内にはできないとしても、この原則を放棄することはできない。なぜならば、中国の重要な国家的利益に基づき、このことを遅かれ早かれ実現しなければならず、しかも中国の今後ますます増大する能力から言えば、これは遅かれ早かれ実現できるし、少なくとも実現できる可能性があるからだ。
 歴史の経験が数多く証明するように、中国の援助及び寛大さだけでは対中友好を獲得できるものではなく、朝鮮の核問題ではなおさらそうだ
 我々はまた次のことを認識する必要がある。即ち、我々はすでに、核兵器を保有し、それを放棄することを拒否し、それ大いに開発している朝鮮という存在に相対しているということだ。一般論としていえば、中国のいかなる外国に対する態度及び政策をも決定するもっとも重要なあるいは少なくとも主要な一つの要因は、その国の対中姿勢であり、中国のその国に対する政策の主要目的の一つは、その国が中国に対して、中国の基本的利益及び最低限の尊厳に合致する態度をとるように、その国を持っていくあるいは促すことである。これは国際関係における当然の常理であり、中朝関係も例外ではない。
 中国は、引き続き提供する中国の援助に確固として合理的な政治条件を付帯するべきであり、(その条件とは)対中友好、平和的な対外政策方向及び非核化の進展である。

 以上からは、中国の対朝鮮政策の根本に据えられているものは、あくまで中国にとって何がいちばん利益になるかという「国家理性」(丸山眞男)であることが分かります。朝鮮に対する援助も、朝鮮に対して理解ある態度をとるかどうかという判断も、国家理性に基づいて行われることを宣明しているのです。極端な(しかし分かりやすい)言い方をすれば、人工衛星(あるいはロケット)打ち上げはOK、しかし核実験(核開発)はNOということです。朝鮮の核開発は、国際法に違反するかどうかにはかかわりなく、中国の死活的利害に影響を及ぼすが故に、朝鮮の思いどおりにさせるわけにはいかない、というのが中国の立場であることが分かります。

<忍耐強さ>
 大雑把に中国が約6年間にわたって朝鮮の核問題で行ってきた経歴と直接的な利害だけを見るということは、中国の対朝鮮及び対朝鮮半島政策の一面だけを見ているにとどまるのであって、全部というにはほど遠い。実際には、これらの経歴及び得失をより広い視野及びより深い「奥行き」の中に置いて見ることが可能であり、それは即ち地域の地政学の全局及びその長期的未来ということになるのだが、そこから出てくる景観は中国にとってはるかに有利なものである。
 もっとも決定的な大事態とは、中国が近年急速に台頭して巨大な国際経済関係を備えた大型経済大国になり、これにより規模及び効率において未だかつてない国際政治の影響上の資源を備えるに至ったことだ。そのことは、これに伴うより広範でより積極的な、同時に総じて穏健さを失わない国際政治への介入とあいまって、アメリカの東アジアにおける権勢及び安全保障上の機能が次第に衰頽し、ワシントンとしては中米間の選択的安全協力の必要がますます増大するという背景のもとで、中国は、朝鮮の核問題に伴う困難と挫折に直面しているとはいえ、早晩東側の隣国である朝鮮半島に対する影響がもっとも大きい国家となるだろう。
 歴史上、このような事態はしばしば見られることだ。中長期的に見れば、巨大な民族国家の規模の優勢及び発展と比較した力量の優勢は決定的なものであり、これらの優勢は、短期的及び局部的な戦略的な欠陥・失策や政策的欠陥を補ってあまりあるのだ。
 中国の朝鮮及び韓国に対する政策・行動は、主要な方面から見れば、依然として中国の半島に対する影響力にとって有利であ…ることも明らかであると言うべきだ。中国は、朝鮮非核化のために完全に朝鮮と疎遠にするということをせず、並外れた気力で、主として相手側の行為に基づく関係上の困難を堪え忍んできたし、最大の援助国として根気よく朝鮮を援助し、同時に対朝貿易・投資をコントロールすることで、朝鮮にとっての経済交流国の中でダントツだ。
 韓国に関して言えば、中国は一貫して積極的に経済関係を発展させ、すでに韓国の最大の貿易パートナーとなったことに加え、中韓間の論争及び紛争を慎重にコントロールし、削減することに努めてきたし、ここ1,2年の間は、両国の政治関係を発展させることを積極的に追求し、2008年5月には韓国とともに、中韓関係を「戦略的協力パートナーシップ」に高めることを宣言した。
 朝鮮及び韓国に対する中国の「優劣をつけない」とも言える政策的努力が示しているのは、中国ならではの忍耐心及び粘り強い「落ち着き」により、半島における中国の長期的利益、即ち半島の平和、安定、将来的繁栄ひいては半島の自主的平和的統一という展望と結びついた長期的利益を追求し、しかも将来にわたる政策的選択の余地を保持・開拓することにつながっているということだ。
 このことに関して言えば、中国が朝鮮核問題の解決に深い関心をもってかかわっていることはまた大いに裨益するところがある。なぜならば、このことによって中朝及び中韓間の政治的交流の頻度と密度が増え、そのことによって中国の半島における政治的影響力が増大し、しかも(朝鮮核問題関係で注目されている中米間の協議とあいまって)半島の国際政治における中国の誰もが認める地位を強化しているからだ。「道はるかにして馬力を知る」という中国の成語は、中国の半島政策の前途及び半島をめぐる国際政治の将来に対する最高の譬えである。

 以上の文章から再度確認させられることは、中国の対朝鮮半島政策が「中国の長期的利益」に対するしたたかな考察(国家理性)に貫かれていることです。それをどのように評価するかということは、何を価値尺度(モノサシ)に置くかにより異なってくるのは当然です。私のように、人間の尊厳という普遍的価値を基準に置くものにとっては、このような中国の政策のあり方には、正反両面の感想がよぎります。しかし、一つだけ明確に言えるのは、こういう長期的(歴史的)視点を踏まえるかどうかが、例えば中国と日本の外交を決定的に分けている、ということです。

3.中国の核政策

 雑誌『半月談』をソースとする「核の力比べにおける欺し合いの底の深さ 多核世界はいずこへ」と題する6月29日付の記事は、朝鮮の2回目の核実験で核問題に対する中国内外の関心が高まったことを念頭において、国防大学の韓旭東が執筆したものです。執筆者の肩書きからみて、中国政府の考え方を濃厚に反映していると思います。長い文章ですので、私が興味深いと感じた箇所を中心に紹介します。
 私は、「大国という目標を追求することが核兵器を開発・保有する内在的な動力だ」とする冒頭の文章でまず驚きました。私には、核問題に関しては、安全保障上の考慮がまず最初に来るはずだという先入主があるので、「大国」という政治目標を正面に掲げる筆者の説明には戸惑いを感じたのです。しかし、そういう物事の捉え方は、2.の時殷弘教授の文章ときわめて共通していることも間違いありません(私は2010年に香港で開催された国際シンポジウムに出席したことがありますが、中国からの参加者がアメリカの参加者との間で徹頭徹尾権力政治power politics的発想に立って激論を交わす様子を見て強烈な違和感を覚えましたが、時殷弘、韓旭東の議論は正に権力政治そのものです。)。
それはともかく、筆者によれば、米ソ英仏中は、それによって「大いに国際的地位を高めた」というのです。筆者の見方からは、「新しい歴史的条件の下で、核兵器の技術的ハードルがますます低くなっており、しかもその抑止力は相変わらず巨大なものがあるので、…自国の国際的地位を急速に押し上げて不利な局面を打開するために、…国によっては核兵器開発に力を入れるものがある」という解釈になり、それがイスラエル(「1973年に成功」と書いています。)、インド(「独立2年目の1948年には開発に着手した」とあります。)、パキスタンそして朝鮮を核開発に向かわせたという説明になります。
ちなみに、インドに関しては、「核実験を行った目的は、国際的な核大国の地位を獲得し、国連安保理常任理事国を狙い、軍事的に南アジアで覇を唱えてパキスタン及びいわゆる中国の脅威に対抗することだった、と説明を加えています。中国の脅威への対抗という安全保障上の考慮が最後に挙げられているのです。
「大国という目標」から核開発の動機を説明する筆者の議論は、「世界には核兵器を生産する技術を完全に備えた国がある」ということで、日本、イラン、シリア、韓国、ブラジル、オーストラリアなど数十の国家が核兵器に「非望を抱いている」という指摘に向かいます。しかも、「民生用核エネルギーと軍事用核エネルギーとの間には越えられない技術的障壁はない」ので、原子力発電が世界に広がることは「多くの国々が最終的に核兵器を保有する上できわめて好都合な条件を提供している」のです。「テロ組織が核兵器を獲得するのもそんなに遠い先のことではない」という物騒な見解も示されます。そして、世界的な非核化を妨げている原因の一つとして、アメリカの核に関する二重基準の政策を挙げています。
筆者は次に、「核問題に関する各国間の欺し合いは極点に達していると言うべきで、そのことがグローバルな核不拡散の目標(拡散防止、大国の核軍縮及び核の平和利用)の実現を困難にしている」と説き起こして、世界の核状況に議論を進めます。
この文章が書かれたのは、オバマのプラハ演説の約2ヶ月後ですので、筆者も当然プラハ演説について言及しています。しかし、その受けとめ方は、当時の日本国内のフィーバーぶりとは異なり、斜に構えたものです。
筆者によれば、この演説は、「世界の民心をつかみ取るための一大世論攻勢であり、モラル的主導権をとろうとするものだった」のです。この演説を見て、「アメリカの安全保障観に変化が起こった。核のない世界に向かうチャンスが現れた」と受け取る向きもあったが、この演説は「智力によるばくち」に過ぎないと一蹴しています。「試しに考えてみろ。核の棍棒で他人を恫喝する人間が核の棍棒を放棄するなんてことがあり得るか。実際は、アメリカとしてはロシアをぎゅうと言わせようとしたのだ」ということなのです。
もちろん、「ロシアも自己「表現」する機会を無駄にはしない。オバマの「核のない世界」論が出るや否や、ロシアはすぐさま反応して、アメリカその他の核兵器国が核兵器を放棄したいのであれば、ロシアも核兵器を放棄するだろうと述べた。その意味するところは、ロシアは核のない世界を支持するが、真っ先に核兵器を放棄することはない、ということで、ロシアはボールをアメリカに蹴り返したのだ」と筆者は述べています。私は、オバマ演説については、当時の内外のフィーバーぶりに辟易したものの一人です(この筆者ほど斜に構えてはいませんでしたが)し、米ロ間のやりとりに限って言えば、筆者の言うとおりのことだったと思います。
核軍縮が遅々として進まない根本原因として、筆者はアメリカの核先制攻撃政策の存在を重視します。その点について次のように述べています。

中国の「自衛防禦核戦略」とは異なり、アメリカの核戦略は一貫して「抑止を重んじ、核の実戦(使用)にも基づく」もので、アメリカ及びその同盟国は核兵器の先制不使用にコミットすることを一貫して拒否している。アメリカ国防総省の2005年の「連合核作戦行動原則」はさらに、大規模殺戮兵器を使用する敵対国及びテロ分子に対しては、アメリカ軍が先制核攻撃を加えることがありうると規定している。しかもアメリカにおける核兵器の使用権限は戦区司令官レベルにまで引き下げられており、「全面的核抑止」の真実性を強めている。

 筆者によれば、「NATOの不断の東方拡大により、ロシアの通常兵力は西側の侵攻に対抗できないという状況の下で、ロシアとしてはますます核兵器を重視せざるを得なくなっている」ということです。筆者はそれ以上何も言わないのですが、ロシアよりはるかに規模の少ない核兵器保有で「自衛防禦核戦略」をとる中国としては、アメリカの先制核攻撃戦略に対して自発的に核兵器を放棄するという選択肢はあり得ない、という言外の意味が込められていることを見て取るのは難しいことではありません。
 筆者の文章に即してみますと、ですから、米ロのいずれも、「核軍縮によって自らの核軍事力を弱めることは考えておらず、核兵器の数を制限し、削減する条約に合意することがあったとしても、両国の核能力が実質的に削減したということはない」という指摘になるわけで、私もこの見方にはまったく同感です。
 筆者はまた、「核軍縮の協議は最終的には机上の空論に終わっており、大規模殺戮兵器が身を落ち着ける場所はますます増えるばかりだ。その主な原因は、核軍縮に参与するほとんどの国々が、これを通して相手方の核能力を弱め、同時に自らの核能力を高めようとするからだ」と辛辣です。筆者によれば、バイかマルチかを問わず、いかなる核軍縮・管理の条約・協定も、「国内法のように強制的に執行しなければならないというものではなく、一種の約束に過ぎず、いかなる国も自らの国家的利益のためには約束を履行しない」のだということです。その例として筆者が挙げるのが1972年の米ソABM条約です。ブッシュ政権が、テロリストやならず者国家によるミサイル攻撃に備えるという理由で2001年12月に脱退したケースです。筆者によれば、ソ連解体後の米ロ間でも同じことで、「米ロが核軍縮を弄ぶ技術はなんと優れていることか」という皮肉に満ちた言葉で締めくくられています。
 最後に筆者は、中国の立場に簡単に触れて、次のように述べています。

中国は、もっとも確固とした核軍縮の唱道者であり、「核兵器は人工のものであり、人類は必ず核兵器を廃棄できる」と確信しているが、残酷な事実は、中国がすでに「核」の包囲の中にあるということである。推計によれば、中国の周辺の核弾頭は総計2万発以上に達する。しかも、朝鮮が核実験を行った地点は、中国国境から100キロと離れていない。今回の核実験は震度4.7の地震を引き起こし、中国の延辺地方ではハッキリとした揺れを感じた。もしも核洩れとか核汚染とかが起これば、その影響は想像もつかない。
 伝統的な安全保障は各国の国防が直面する重要な任務であることにより、核能力の低下は取りも直さず伝統的な安全保障の低下を意味する。したがって、世界的核軍縮の前途は、相変わらず灯りの兆しが見られず、人々は引き続き核の脅威という影の下で生活していく

 中国の核政策及びその政策の基になる核に関する認識については、この一文だけで推し測るわけにはいきません。しかし、アメリカの核政策が変わらない限り何ごとも始まらず、中国としては現在の核政策を変えるわけにはいかない、という牢固とした立場は改めて確認できます。
同時に中国としては、朝鮮の核開発が日本(さらには韓国)の核兵器保有の導火線になることを、中国の安全保障にもっとも深刻な影響を及ぼすものとして、万難を排してでも防ぎたいと考えていることは、以上の文章及び1.で紹介した時殷弘の文章からも明らかです。朝鮮だけの非核化はあり得ない(朝鮮が同意するはずがない)からこそ、朝鮮半島の非核化をなんとかして実現しなければならない。その可能性を提供するのは、(米朝直接対話の可能性を除けば)今のところ6者協議の場しかない。朝鮮は能の非核化という課題は、中国の核政策全般という枠組みの中に位置づけられていると思います。

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