朝鮮の人工衛星打ち上げと安保理決議

2012.05.16

*私は、朝鮮の人工衛星打ち上げは宇宙条約で認められる朝鮮の国際法上の権利であり、安保理決議はこの権利を奪いあげる権限を持ちえないことを明らかにしてきました。今回、安保理決議そのものの内容を検証する文章を書く機会があり、安保理決議は宇宙条約に対して無力・無効であるのみならず、百歩譲っても、宇宙条約を意識せざるを得ない安保理決議の中身そのものが矛盾だらけで、朝鮮の行動を縛るものにはなり得ていないことを明らかにすることができました。以下はその内容です(5月16日記)。

 朝鮮民主主義人民共和国(以下「朝鮮」)の人工衛星打ち上げは、これまでに1998年、2009年及び本年(2012年)と3回を数える。朝鮮側の発表では、前2回が実験衛星、今回は実用衛星ということだ。しかし、米日韓3国は一貫して、朝鮮側の公式発表を「ごまかし」であるとし、これらは長距離弾道ミサイルの発射であると批判してきた。また国連安全保障理事会(安保理)は、2009年の打ち上げに際して決議1874を採択して米日韓の批判を裏書きした。その結果、日本国内では、朝鮮の主張を無視し、危険で挑発的な、日本にとって脅威であるミサイル発射だとする受け止めが、政府・マスコミが一体となったキャンペーンとあいまって、国民の間に浸透した。
 私は、朝鮮の言い分に客観的な正当性があることを、宇宙開発に関する各国の権利義務を定める国際的な基本法である宇宙条約に基づいて指摘してきた。同条約第1条は、「宇宙空間は、すべての国がいかなる種類の差別もなく、平等の基礎に立ち、かつ、国際法に従って、自由に探査し及び利用することができる」、「宇宙空間における科学的調査は自由」(強調は筆者。以下同じ)と定めている。また、第4条は宇宙の軍事利用の原則禁止を定めるが、「平和的目的のために軍の要員を使用すること(英語:the use of military personnel)は、禁止しない」としているように、宇宙開発に軍事的要素が絡むことをすべからく禁止しているわけではない。要するに条約上は、平和利用を目的とするかどうかが問題であって、平和利用をいかなる手段で行うかは問題ではないのだ。
 摩訶不思議なことは、安保理決議の存在を根拠として朝鮮を難詰する論者の誰からも宇宙条約への言及がないことだ。もちろん、宇宙条約には、安保理決議とこの条約との関係性に触れた規定はない。例えば、イランの原子力平和利用の違反云々の問題に関しては、国際原子力機関(IAEA)憲章に、「機関(IAEA)の事業に関して安全保障理事会の権限内の問題が生じたときは、…機関は、…安全保障理事会に通告する」(第3条B4)という規定があり、これをいわば「引き金」にして安保理が動き出す仕組みになっている。そのような引き金条項は宇宙条約のどこにもないのだ。
 さらにおかしいことは、「世界各国が公然とミサイルの開発を行っているのに、なぜ朝鮮だけはいけないのか」という点についても、私は納得できる説明にお目にかかったことがない。説明どころか、主権国家の対等平等性という国際関係の基本にかかわるこれほど重要な問題を取り上げる向きもない。
断っておきたいが、私は人間の尊厳という普遍的価値を何よりも重んじる者として、人間の尊厳を根底から否定しさる戦争には断固反対だし、朝鮮のミサイル開発や核開発を肯定する気持ちはさらさらない。しかし、そのことと、国際関係の歴史的発展段階を踏まえて物事のあり方を客観的に位置づけることとはまったく次元を異にする。
 以下においては、朝鮮を難詰して止まない論者たちが金科玉条とする安保理決議そのものが矛盾だらけであり、朝鮮批判の根拠とはなし得ないことをハッキリさせたい。

<決議1540>

 まず、ミサイル開発を禁止することはもちろん、これを規制するいかなる国際法もないという事実だ。朝鮮関連で引用されるのが常の2004年4月採択の安保理決議1540がそのことを認めている。それは当然で、この決議はミサイルを国際的規制の対象にしようとする最初の試みだったのだ。
決議の前文冒頭の文章は、「核・化学・植物兵器及びそれらの運搬手段の拡散が国際の平和と安全に対する脅威を構成することを確認」とある。「運搬手段」に関しては、「核・化学・植物兵器を運搬する能力を持ち、そういう目的のために特別に設計されたミサイル、ロケットその他の無人システム」という定義がわざわざ付属している。
つまりこのくだりは、ミサイル等の運搬手段の国際的な規制がそれまで行われたことがないことの証明になっている。まず、三つの大量破壊兵器については既存の国際条約が存在するから、この前文が意味を持つのは運搬手段に関してであることを読みとる読解力が必要だ。だからこそ「運搬手段の拡散が国際の平和と安全に対する脅威を構成することを確認」するのだ。もし、ミサイル規制の既存の国際法があるなら、それらを引用すべきところだ。
次に、この決議がミサイルの国際的な規制を試みる最初のケースだからこそ、定義が必要とされたということだ。国際法上の意味内容がハッキリしていたならば定義は要らないはずで、定義を余儀なくされていること自体、安保理決議はいわば前人未踏(!?)の領域に踏み込んだということの証なのだ。
もう一つ留意したいのは、運搬手段そのものが国際の平和と安全に対する脅威だとしているのではなく、その「拡散」が問題だとしていることだ。化学・植物兵器については国際的に禁止する条約があるから兵器そのものを脅威とするのは問題ないはずだが、核兵器及び運搬手段そのものを問題視したら、アメリカ以下の5大国は自らの核政策を否定するということで、正に自分のほっぺたを叩くことになるから、拡散ということに問題をすり替えざるを得ない。しかし、そのことは、朝鮮に対する難詰の正当性そのものを突き崩す。なぜなら、朝鮮が人工衛星を打ち上げる行為そのものは、ミサイルを諸外国に売り渡すなどの拡散とはまったく関係がないからだ。
決議1540にはもう一つ興味深い規定がある。本文第5項は、「この決議に定めるいかなる義務も、核不拡散条約、化学兵器条約及び生物兵器条約の締約国の権利義務と矛盾すると解釈してはならず、また、IAEA及び化学兵器禁止機関(OPCW)の責任を変更するものと解釈してはならない。」と定める。見落としてはならないのは宇宙条約への言及がないことだ。この文章がまとまるまでの安保理での議論の経緯は分からない。しかし、宇宙条約上の締約国の権利とこの決議が国連加盟国に課そうとしている義務との間に矛盾があり、安保理決議が宇宙条約に優先するとすること(アメリカなどはそこまで踏み込みたかったかもしれない。)には無理がある。冒頭に述べたように、IAEA憲章のような引き金条項がないかぎり、安保理決議が宇宙条約というもっとも基本的な国際法上の締約国の権利を否定する領域にまで踏み込みようがないということを、この決議は認めているに等しい。

<決議1695>

ところで、決議1540は朝鮮を名指ししてやり玉に挙げているのではない。「すべての国」が対象だ。朝鮮を狙い撃ちにしたのは、2006年6月の同国の人工衛星打ち上げを対象にした決議1695が最初だ。その前文は、運搬手段の拡散が国際の平和と安全に対する脅威を構成することを「再確認」(決議1540を受けたから「確認」ではなく、「再確認」と言えたわけだ。)し、朝鮮の「弾道ミサイル発射に重大な関心を表明」し、朝鮮が「ミサイル発射の一時停止を守るとした誓約を破ったことに最大の関心を表」している。
これは柔道でいう合わせ技みたいなものだが、到底「勝負あった」とは言えない代物だ。ここでも発射行為自体が国際の平和と安全に対する脅威だとは言えないので、朝鮮が自粛するとした誓約(約束)まで持ち出して、なんとか朝鮮を糾弾したいという苦肉の策であることが見え見えだ。朝鮮の一時停止の約束についていえば、6者協議などでの朝鮮の約束を指しているのだが、それらの約束は、他の国が対応する約束を守るならば、朝鮮も約束を守るとした相互主義に基づくもので、朝鮮からすれば、米日韓が違約すれば自分だけがその約束に縛られるいわれはないということだ。このことといい、合わせ技を弄することといい、決議の無理は明らかといわなければならない。
しかもこの決議は、加盟国に対して法的な拘束力があるとされる国連憲章第7章に基づくものではない。したがって決議は、朝鮮の打ち上げを「非難」し、弾道ミサイル計画関連のすべての活動の中止とミサイル発射の一時停止に関する以前の約束の回復を「要求」するにとどまっている。これでは、朝鮮としては痛くもかゆくもない。

<決議1718>

決議1695のなんとも閉まらない穴を埋めようとしたのが、朝鮮が最初の核実験を行った直後に作られた同年(2006年)10月の決議1718だ。前文は、核実験が地域内外の緊張を生んだことに最大限の関心を表明するとした上で、「したがって国際の平和と安全に対する明白な脅威があると決定」すると持っていき、安保理が「憲章第7章に基づいて行動し、第41条に基づく措置をとる」として、朝鮮に対して拘束力を持つ決定を行うことを正当化する。そして本文では、朝鮮に対して「これ以上の核実験も弾道ミサイルの発射も行わないことを要求」(第1項)し、朝鮮が「すべての核兵器及び核計画を放棄」(第6項)し、「弾道ミサイル計画に関連するすべての活動を中止」(第5項)しなければならないと「決定」しているのだ。
この決議も無理だらけだ。そもそも核実験に対する安保理決議がミサイル問題にまで手を広げるのは理屈が通らない。この問題については決議1695がすでにあるのだから。いうならば一事不再理の原則だ。
その禁じ手を犯すことを正当化するために、決議前文はまたもや苦肉の策を弄している。核実験という新たな緊張要因の発生(第一段)があり、それが以前のミサイル発射と合わさって「核+ミサイル」という危険性を作り出した(第二段)。故に「国際の平和と安全に対する明白な脅威がある」と「決定」する(第三段)という三段論法の詭弁だ。決議1695では「運搬手段の拡散」が国際の平和と安全に対する脅威だとは言っても、朝鮮の打ち上げ自体を脅威だとは言えなかった。そのカベを、決議1718は核実験と合わせることで無理矢理こじ開けたのだ。このような屁理屈が刑法の世界でまかり通ったら誰も死刑を免れなくなるだろう。
しかし、この決議も朝鮮にとって、安保理の理不尽に対する怒りを高める今ひとつの材料ではあっても、法的にはなんの縛りをもきかせるものではない。なぜなら、朝鮮は宇宙条約上の権利である平和利用としての人工衛星打ち上げとしているのだから、ミサイル発射という安保理の断定そのものが「事実誤認」なのだから。

<決議1874>

安保理としてもそのギャップを埋めなければならないことを意識したに違いない。2009年5月に朝鮮が2度目の核実験をすると、安保理は6月に決議1874を採択した。
この決議でも前文にからくりがある。「朝鮮による今回の核実験及びミサイル諸活動(英語:the nuclear test and missile activities)がさらに地域内外の緊張を生みだした」ことに重大な懸念を表明し、「国際の平和と安全に対する明白な緊張が引き続き存在している」と「決定」して、憲章第7章特に第41条に基づく行動をとるとする。そして本文では、「朝鮮がこれ以上の核実験も弾道ミサイル技術を用いるいかなる発射も行わないこと」を「要求」(第1項)し、「朝鮮は弾道ミサイル計画にかかわるすべての活動を中止しなければならない」ことを「決定」(第2項)した。 前文に関しては、核実験については「今回」に着目するが、それに乗じてまたもやミサイルまで取り上げるだけでなく、「諸活動」とすることですべてをひっくるめた。ここに手の込んだ小細工が仕込まれている。
本文にも要注意だ。今回(2012年)の朝鮮による人工衛星打ち上げに関して米日韓が言いつのり、マスコミが垂れ流してきたのは、安保理決議は朝鮮のいかなる打ち上げも禁止している、とするものだった。しかし、決議1874が禁止(「中止を決定」)したのは、「弾道ミサイル計画にかかわるすべての活動」であって、「弾道ミサイル技術を用いるいかなる発射」に関しては、それを「これ以上…行わないこと」を「要求」したにとどまる。「今回の朝鮮の打ち上げは安保理決議違反」とは言えない内容なのだ。
ちなみに、どうしてこのような規定ぶりにしたのかについては、安保理での議論の経緯が分からないので推測の域を出ない。しかし、やはり、安保理決議をもってしては宇宙条約上の朝鮮の権利を全面的に奪うことはできない、という認識が働いたと見るのが自然だろう。ミサイル活動に関していえば、国際的に規制する枠組みがゼロ(前述)なのだから、安保理としては土足で踏み込むことができるということだろう。

<今回の打ち上げと中国の役割>

最後に、朝鮮による今回(2012年)の打ち上げに際しては、安保理決議は作られず、安保理議長声明という形で収められた。日韓両政府は安保理決議採択をアメリカ政府に働きかけたという報道もあったが、以上の経緯を踏まえるならば、安保理決議はすでに持ち駒を使い果たして、これ以上手の打ちようがなかったというのが実情だっただろう。微に入り細をうがつ形で説明を心掛けてきたが、要するに、宇宙条約上の権利を振りかざす朝鮮に対して、安保理決議は所詮無力だという結論だ。
もう一点だけつけ加えておきたい。私は、この文章を書き進める過程で徐々に認識を深めたことがある。私も、朝鮮の人工衛星打ち上げ問題では、対米関係を重視する中国は、米日韓に同調して朝鮮を糾弾する側についたと思っていた。しかし、中国の存在がなかったならば、米日韓は宇宙条約などはものともせず、朝鮮をひたすら追い込むためのどぎつい内容の安保理決議採択に突っ走っていたのではないだろうか。
アメリカは元々国内法が国際法に優先するという立場だ。アメリカ憲法がそれを明確にしている。私が外務公務員として働いていた1980年代までの日本政府はまだ、憲法違反のことはできないという縛り・自制力が働いていた。しかし、1990年代以後、特に小泉政権以後の日本政府(今の民主党政権も含む。)は、もはやアメリカと一緒にやりたい放題だ。本稿との関係でいえば、軍事衛星打ち上げは明らかに宇宙条約が禁止しているが、日本も手を染めようと動いている。韓国の国際法感覚はつまびらかではないが、朝鮮相手にはなんでもしでかす(私の念頭にあるのは、天安号事件、延坪島砲撃事件)李明博政権だから、宇宙条約に基づく朝鮮の権利などなんとも思っていない可能性が大きい。
ということは、中国(及び他の非常任理事国)が米日韓の暴走を必死に抑え込んだ努力の結果が、以上に見たような内容の、要するに締まりのない安保理諸決議となったということではないか。そうだとすると、中国もまだ捨てたものではないということになる。朝鮮問題をはじめとする国際問題での中国の行動には今後も要注目だ。

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