金正恩体制と中国

2012.04.15

*中国共産党の胡錦濤総書記は、4月11日、金正恩が朝鮮労働党第一書記に選出されたことを祝賀する電報を金正恩宛に送りました。新華社は、12日付の『環球時報』をソースとする、中国アジア太平洋学会朝鲜半岛研究会委员である王林昌の署名論文「朝鮮は正式に「金正恩時代」に入った」を掲載しました。中朝関係を考える上で参考となると思われますので、この際紹介しておきます(4月15日記)。

<胡錦濤の金正恩宛祝電>

 4月11日付の新華社は、同日、中国共産党の胡錦濤総書記が金正恩に祝電を送り、同人が朝鮮労働党第一書記に選出されたことを祝賀したと伝えるとともに、その全文を以下のとおり紹介しました。

朝鮮労働党第一書記 金正恩同志
 朝鮮労働党代表会議が金正恩同志を朝鮮労働党第一書記に選出したことを喜ばしく拝承した。私は、謹んで中国共産党中央委員会を代表し、また、私個人の名前において、貴下及び朝鮮労働党中央委員会に対して、熱烈な祝賀の意を表明する。
 我々は、朝鮮人民が金正日同志の遺志を継承し、朝鮮労働党の周囲に緊密に団結し、金正恩同志の指導の下、社会主義強勢国家の建設に努力していることを喜びと安堵をもって見届けている。
 中朝両国は国土を接する(中国語:「山水相連」)友好隣国である。中朝の伝統的な友好協力関係を不断に強固にし、発展させることは、中国の党及び政府の確固として動揺することのない方針である。我々は、朝鮮の同志と手を携えて努力し、引き続き中朝の伝統的な友好を深め、各領域での実務協力を拡大し、朝鮮半島及び東北アジアの持続的な平和及び安定を共同で促進し、両党両国の一世代前の指導者が自ら作り出し、育んだ中朝関係をさらにうち堅め、建設し、発展させることを希望する。
 第一書記及び朝鮮労働党が、朝鮮人民を指導して強勢国家を建設する事業において、新たなそしてさらなる成果を不断に獲得することを心からお祈りする。
中国共産党中央委員会総書記 胡錦濤

 内容的には特に取り上げる必要を感じるものはありません。強いて言うならば、朝鮮戦争をともに戦って築かれた中朝関係を言いあらわす表現として頻出していた(と私自身は記憶している)「血肉関係」という表現がないことぐらいでしょうか(次に紹介する王林昌署名論文でも、「唇歯相依」という表現は出てきますが、「血肉関係」という表現は使われていません)。
しかし、金正恩が朝鮮労働党第一書記に選出されると間髪を入れず祝電を送るという中国側の周到かつ手厚い対応という事実の重みを無視するべきではないと思います。次の日以降はいつ何時人工衛星打ち上げが行われるかというきわめて微妙な時期に、朝鮮の最高指導者としての金正恩の地位の確定を中国が党を挙げて祝福し、その正統性をエンド-スするということの意味は決して小さくはありません。つまり、朝鮮が人工衛星を打ち上げた後に必然的に起こる米日韓の激しい朝鮮批判外交攻勢において、中国にも米日韓との協調が迫られることを織り込んでなお、金正恩に対して「中朝の伝統的な友好協力関係を不断に強固にし、発展させることは、中国の党及び政府の確固として動揺することのない方針」とコミットしたわけですから、そうそう簡単に米日韓と歩調を合わせることはしない、という決定が前提になっていると思われるのです。
私も、例えば私が外交実務として直接見ていた1980年代の中国外交と比較した場合、今日の中国外交には、大国としての権力政治(power politics)志向の顕著な強まり、その裏返しとしての「第三世界の一員」としての自覚に基づく道義外交志向の顕著な弱まりを強く感じています。朝鮮の人工衛星打ち上げを批判する最大の根拠になっている安保理決議1874の成立に中国が賛成して加担したことはその最たる例です。そういう中国外交の変質を考えると、胡錦濤の金正恩宛祝電の含意として私が指摘した上記ポイントが的外れの結果に終わる可能性を、私は正直言って排除する自信はありません。そういう意味(私の中国外交に関する見方を検証するという意味合い)でも、今後の中国の朝鮮外交を注意深く見守っていこうと思っています。

<王林昌署名論文「朝鮮は正式に「金正恩時代」に入った」>

 王林昌署名の「朝鮮は正式に「金正恩時代」に入った」と題する論文(以下「王論文」)は、「最近の世界の世論の注目は朝鮮の「衛星」打ち上げに集中しており、朝鮮に起こっているもう一つの重大事件に対しては関心が足りないようだ」という書き出しで、4月11日に行われた朝鮮労働党第4回代表者会議を取り上げています。王論文によれば、その重要性は、「朝鮮は通常カギとなる時期に限って「党代表会議」を開催している。第1回及び第2回の会議は20世紀の60年代と70年代に行われたが、今回の会議は、第3回会議(2010年9月28日)と隔てることわずか1年半で行われており、そのことは正に朝鮮が今「カギ」となる時期に直面していることを理解させるものだ」ということです。しかも今回の「カギ」においては「過去と大いに異なる特徴がある」と王論文は指摘します。
 金正日の突然の死去で朝鮮の最高指導者のポストが空席になったことにより、その穴を埋めることは朝鮮にとって必然的な成り行きです。王論文が指摘するポイントは、2012年4月という時期が朝鮮労働党にとってきわめて重要な意味を持っているということです。4月15日は金日成生誕100周年という「太陽節」であり、4月25日は朝鮮人民軍健軍80周年という「建軍節」に当たります。王論文は、「朝鮮は東洋の国家であり、5及び10に当たる時に大いに祝う習慣があるので、朝鮮労働党がこの時に正式に金正恩の指導者としての地位を確立することは政治的に賢明だ」と指摘しています。そして、「(中央軍事委員会の副委員長に就任して以来)1年半にわたってもまれて経験を積んだ金正恩が新指導者の名において正式に「太陽節」という厳かな式典を行う」ことになった事実に注目するのです。
王論文は、金正日死去後に朝鮮の政局に関して世界では様々な推測があったことを事実として承認した上で、「約半年にわたる観察を経て、朝鮮の政局がおおむね安定し、内外政策もおおむね継続しているという結論において人々は一致している。今回の会議で最高指導部が確定し、朝鮮の今後の内外政策及び施政方針も公表されることにより、政権の安定的移行が最終的に実現した」と指摘します。さらに王論文は、「ポスト金正日時代即ち「金正恩の朝鮮」が世界の舞台に歩みを進めるだろう。朝鮮のこのような確定性(浅井注:中国語も「確定性」。正直寡聞にしてあまり見たことがない表現なのですが、政権の「不安定性」に対立する概念として用いられているのだと思います)は、中国にとっても朝鮮半島の安定にとっても好ましいことだ」と結論づけるのです。「確定性」こそが王論文の後に続く文章におけるキー・ワードです。
 即ち、王論文は次に中朝関係の特殊性に論及します。このくだりは重要だと思われますので、全文を紹介しておきます。

 中朝関係には一点特殊なところがある。それは国土が相接していることであり、このような地理的な同郷的関係(中国語:「隣里関係」)により、両国は他の国とは異なる多くの共同の利害を持っている。古い格言では「唇と歯のように相依り相助ける密接な関係にある」(中国語:「唇歯相依」)であり、進んでは「唇が滅びれば歯が寒い」(中国語:「唇亡歯寒」。一方が倒れると他の一方も倒れざるをえない密接な関係を譬える格言)のとおりであって、歴史の進展が今日の程度まで進んでくると、以上の格言の含意が今なお中国の人民に警告しているように、朝鮮に対して望むことは安定であって動乱ではないということだ。近年においては、中朝双方は経済貿易協力の発展と繁栄を推進して、両国経済に多くの新しいきっかけが見られるし、朝鮮も「民生の改善」及び「強勢大国」建設という目標を綱領に記載している。これらのきっかけを中断させるのではなく延長継続させること、経済において互利互補を通じて「ウィン・ウィン」を実現することも我々の期待することだ。朝鮮政局の安定及び政策的踏襲という確定性は双方の経済発展を実現することに役立つ。要するに、安定した豊かな隣国は他の何ものにも代えがたい。

 王論文において私が特に注目するのは、「歴史の進展が今日の程度まで進んでくると」という表現で国際的相互依存が現代の国際関係において締める圧倒的な重みを十二分に踏まえつつ、朝鮮の安定確保が中国にとって死活的に重要であることを説いていることです。中国国内では、中朝関係の重要性を認識しない稚拙な議論が結構力を得ているのですが、王論文はそういう中国本位(中国的天動説)の狭い視点に対する厳しい批判になっています。つまり、伝統的格言に新しい意味付与を行っているのです。
 王論文は最後に、「朝鮮の確定性は周辺の安定にとっても非常に重要だ」と指摘します。つまり、冷戦時代にせよ、冷戦終結後の南北対峙の時期にせよ、情勢の緊張あるいは緩和が一定の範囲内に限局され、朝鮮半島は相対的に穏やかな状況で戦乱が頻発することはなかったが、これは、当事者の一方である「金正日時代」がこの局面を20年近く維持させたことによるものだというのです。このような視点・角度からの分析は日本ではまずお目にかかることのないものであり、それだけに貴重です。私自身、「目からウロコ」の思いでした。
そうであるとすれば、「金正日時代」の継続としての「金正恩時代」の開始が、単なる事実としてだけではなく、それ自身が重要な政治的含意を持っていることが理解できることになります。そのことを王論文は、「朝鮮半島の関係各国が敏感な問題について自制を維持しさえすれば、朝鮮半島の比較的穏やかな局面は引き続き維持できる。なぜならば、「金正日時代」は「金正恩時代」の鏡だからだ」と締めくくっています。

RSS