オバマ大統領の核問題に関する演説

2012.03.27

*核セキュリティ・サミット出席のために韓国を訪問したアメリカのオバマ大統領は、3月26日に韓国大学で核問題に関する包括的な演説を行いました。オバマ演説のラインに従ってその概要を紹介するとともに、私のコメントを適宜つけ加えておきます(3月27日記)。

<世界の核物質確保による核テロリズム防止>

 演説は四つの分野の問題を取り上げるという枠組みで構成されていますが、最初に取り上げられているのが、核セキュリティ・サミットの主題である、世界の核物質を確保することによって核テロリズムを防止するという問題であったことは、いわば当然のことで、そのこと自体について特にコメントすることはありません。
 あえて注目するならば、オバマがこの問題を、2009年に彼がプラハで行った「核のない世界というビジョン」と結びつけて話を進めている点でしょうか。プラハで演説をしたときには、オバマは「核のない世界」がビジョン段階のもの(政策ではない)だとはハッキリ言わなかったために、内外で異常な注目と関心を呼んだことは記憶に新しいのですが、今回の演説では明確に「核兵器のない世界という我々のビジョン」(our vision of a world without nuclear weapons)と語っています。2009年の段階でハッキリこう言っておれば、世界を巻き込んだバカバカしい騒ぎはなかったのに、愚痴の一つもこぼしたくなりますが、まあ、その点は大目に見ておきましょう。
 ただし、オバマにも言い分はあるわけで、今回は次のように語っています。

 「3年前、私はプラハに出かけて、核兵器の拡散をストップさせ、核兵器のない世界オ追求するというアメリカの誓約を宣言した。私は、この目標が速やかには、即ち多分私の生きている間には、達成できないことを知っている、しかし、我々は具体的措置をもって始めなければならないということをも知っていると述べた。そして私は、あなたたちの世代の中に、世界の多くの若者の心臓で脈打つ楽観主義の精神を見ている。それは、今ある世界を受け入れることを拒否することであり、あるべき世界を見つめる想像力であり、可のビジョンを現実に変える勇気である。だから今日私は、あなたたちと一緒に、我々の道のりを検討し、次のステップについて描こうと思う。」

 私も当時指摘しましたように、オバマは確かに「自分の生きている間には核廃絶は実現しないだろう」とは言っていました。内外「世論」が勝手に浮かれてしまったことは確かであって、「核兵器のない世界」が一向に実現しないからと言って、オバマが約束を破ったというのは確かに酷なことです。

<核兵器のない世界に向けた具体的ステップ>

 四つの分野のうちの第二の分野ということでオバマが取り上げたのは、「核兵器のない世界に向けて具体的なステップを取ること」でした。このことについて具体的内容に入る前に、オバマはきわめて興味深い(と私には思われる)次のような発言をしています。

 「核不拡散条約(NPT)の締約国として、(核兵器のない世界に向けて具体的なステップを取ることは)我々の義務であり、私はその義務を真剣に受けとめている。しかし私は、アメリカが行動するユニークな責任がある、もっといえば(indeed)(そうする)道徳的な義務(a moral obligation)があると確信している。私は、核兵器をかつて使用した唯一の国家の大統領としてこのことを言っている(I say this as President of the only nation ever to use nuclear weapons).私は、我が核コードが私のそばから離れたことがないことを知る司令官としてこのことを言っている。なににも増して、二人の娘が成長して、自分たちが知り、愛するすべてのものが瞬時に奪い去られることがない世界に住んでいることを願う一人の父親としてこのことを言っている。」

 私が承知するかぎりでは、オバマがこのように突っ込んだ表現で核兵器廃絶への「思い」を語ったのははじめてだと思います。もちろん、かと言って、私がオバマを信頼するとかそういうことでは全くありません。しかし、広島及び長崎への原爆投下にかかわって「道徳的な義務がある」という言い方をしたアメリカの大統領を私はこれまで知りません。私はこれまで何度も、アメリカが核固執政策を放棄する大前提は広島及び長崎に対する原爆投下の誤り(人道的に絶対に犯してはならない行為であったこと)を率直に承認することである、と述べてきましたが、オバマが「道徳的な義務」を口にしたことは、ほんのわずかかもしれませんが、真っ暗なトンネルの先にかすかな光を見つける感じを与えているように思いました。
 この分野にかかわって過去3年間に重要な進展があったとして、オバマはいくつかの「実績」を紹介しています。ロシアとの間の新START条約に基づく削減、新型核兵器を開発しないこと、核兵器に新たな軍事的役割を(付与することを)追求しないこと、核兵器の使用または使用の脅迫を考える事態の範囲を狭めたことなどを挙げます。最後の点が「実績」として上げられていることは到底納得できないことですが、オバマの核兵器にかかわる認識のレベルを物語るものではあります。しかもオバマは続けて、「核兵器が存在し続けるかぎり、アメリカのみならず、韓国及び日本を含む同盟国の防衛を保証する安全、確実で効果的な武器庫を維持…する」とも言っています。そして、アメリカが保有する核兵器は多すぎるので包括的な研究を進めていると指摘しながら同時に、「アメリカ及び同盟国の安全を保障し、いかなる脅威に対しても強力な抑止力を維持しつつ、さらなる核兵器この削減を図ることができる」という言い方もしています。そして、「(核兵器削減の)道のりにおけるいかなるステップに関しても、我々は同盟国と緊密に協議する。なぜならば、欧州及びアジアの同盟国の安全と防衛は交渉の余地がない(no negotiable)ものだからだ、とも言っています。
 私たちはすでに、アメリカ議会で日本大使館の担当者がアメリカの拡大核抑止力及び拡大核抑止政策についてあからさまな意見を述べ、それが議会報告に反映されたことを知っています(私も以前このコラムで紹介した記憶があります。)。オバマの以上の発言は、アメリカの核固執政策正当化の一つの根拠として日本その他の同盟国の対米「圧力」の存在を強く意識し、かつ、利用しようとしている姿勢を確認させるものです。

<核兵器拡散防止のための世界的な枠組み(regime)の強化>

 演説が第三の分野として取り上げたのは核兵器拡散防止の枠組み強化というものですが、オバマは次のような認識を示しています。

 私が大統領に就任したとき、世界の努力の要石であるNPTはよれよれ状態だった。イランは数千の遠心分離器を開始していたし、北朝鮮は2回目の核実験を行っていた。そして国際共同体は、どう対応するかについてひどく分裂していた。
 この3年間で我々はその動きを逆転させ始めた。他の国々と協働して、我々は拡散防止の世界的パートナーシップを高めてきた。IAEAは今やもっとも強力な査察を行っている。そして我々は、NPTのもっとも基本的な取り引き強化してきた。米ロのような核兵器国は軍縮に向かって行くし、非核兵器国は核兵器を取得せず、すべての国々が平和的な核エネルギーへのアクセスができるようになる。
 こういう努力によって国際共同体はもっと団結し、義務を破ろうとする国々はますます孤立している。もちろん、北朝鮮がそこに含まれている。

 過去3年間の核をめぐる状況を以上のように総括できるかどうかについては大いに疑問があるところですが、その点についてはここでは立ち入りません(オバマは、天野事務局長が率いるIAEAがアメリカべったりの運営をしていることを非常に高く評価していることは皮肉なことです。)。オバマ演説で注目されるのは、以上に述べた上で続けて朝鮮民主主義人民共和国(朝鮮)に対する、きわめて非外交的で、(朝鮮からすれば)きわめて悪意に満ちた「呼びかけ」を行っていることです。アメリカ(オバマ政権)の傲慢さが際だったものとして紹介しておきます。

 「ここ韓国において、私はピョンヤンの指導者に直接話しかけたい。アメリカはあなた方の国に対して敵意を持ってはいない。我々は平和にコミットしている。我々は関係改善のためにステップを取る用意があり、だからこそ北朝鮮の母親と子供たちに対する栄養援助を提供した。
 しかし、今や次のことは明らかだ。あなた方の挑発と核兵器追求はあなた方の望む安全を実現していない。むしろそれを損なっている。あなた方が望む尊厳の代わりに、あなた方はもっと孤立している。世界の尊敬を勝ち取る代わりに、あなた方は強力な制裁と非難に直面している。今進んでいる道を続けることはできるが、その行き着く先を我々は知っている。…そして次のことを知っておけ。挑発に対しては報酬はない。そういう日々は去った。ピョンヤンの指導者に対して言う。これがあなた方にとっての選択であり、あなた方が行わなければならない決定なのだ。今日我々は言う。ピョンヤンよ、平和を追求する勇気を持て、そして、北朝鮮の人々により良い生活を与えよ。」

<アトムの力を平和目的のために利用するコミットメント>

 オバマ演説は、「福島の悲劇」におざなりに言及してはいますが、狙いは「核エネルギーの平和利用」をさらに推進することにあります。

 「福島の悲劇の後、各国が核施設の安全性と信頼性を改善するべく動いたのは正しく、妥当であった。我々はアメリカ国内でそうしているし、世界中で起こっている。
 そうするときに、核技術が我々の生活にもたらした驚くべき利益を忘れてはならない。核技術は食料を安全にしているし、病気が世界で蔓延するのを防いでいるし、ガンを治療し、新しい治療法を見つけているのもハイテク薬だ。そして当然のことながら、気候変動の原因となる炭素による汚染を削減するのに役立つのがクリーンなエネルギーである核エネルギーなのだ。…石油価格の上昇及び温暖化する気候を前にして、核エネルギーの重要性は増すばかりだ。…
 彼ら(次世代の科学者及び技術者)が直面する最大の課題の一つは、核エネルギーを生産する中での燃料サイクルだ。我々すべてが問題の所在を知っている。即ち、核エネルギーを提供するプロセスそのものが、各国及びテロリストにとって、核兵器を手の届くところに置くということだ。…
 だからこそ我々は、新しい燃料銀行を創設し、恐るべき核の危険を増大させることなく各国が求めるエネルギーを実現できるようにしているのであり、民間の核協力のための新しい枠組みを必要としているのだ。…私は今日、恐るべきアトムの力を破壊ではなく建設のために利用するような未来を追求するために力を合わせることを各国に呼びかける。」

 原発推進が核拡散の元凶であること(イラン及び朝鮮にかかわる問題の根っこもここにあります。)を認識しながら、その問題に対しては国際的な枠組みを作って取り締まることで対処し、あくまで原発は推進するというご都合主義の姿勢がこれ以上にない露骨さで表明されています。

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