朝鮮の人工衛星打ち上げ予告

2012.03.17

*16日付の各テレビ及び17日付各紙は、16日朝、朝鮮中央テレビが「金日成主席誕生100周年(4月15日)に際して、4月12日から16日までの間に、自国の力と技術で製作した実用衛星を打ち上げることになる」と伝えたことを一斉に報道しました。朝鮮側発表によれば、地球観測衛星「光明星3号」は、運搬ロケット「銀河3号」で黄海側の発射場から南に向けて打ち上げる、としているとのことです(このコラムを書いている時点では、朝鮮の公式発表全文を確認し得ていないので、ネット検索で各テレビ局・各紙によって紹介された部分によっています。)。
その報道内容は、異様なまでに画一的です。即ち、
① 事実上の長距離弾道ミサイルを発射すると予告したものと断定。
② 「人工衛星であれ、弾道ミサイルの技術を利用したあらゆる発射を禁じた、国連の安全保障理事会の決議(注:2006年10月の決議1718)に明白に違反している」(韓国外交通商省報道官)とする韓国の非難紹介
③ 「発射を行えば、周辺地域の安全保障にとって脅威になるだけでなく、弾道ミサイルの発射を自制するとした、北朝鮮の最近の約束とも矛盾することになる」として、先月北京で行った米朝の直接協議の結果、長距離弾道ミサイルの発射実験を一時凍結することで合意した内容にも違反するとした米側の反応の紹介
④ 日本政府が国連決議に違反する行動だとして、北朝鮮に発射しないよう強く求める一方で、発射に備え地対空ミサイルPAC3の展開も視野に対応の検討を始めたことの紹介
 2009年当時と同じことが繰り返されるかとうんざりする思いですが、せっかく米朝間で話し合いの気運が生まれてきたこの機会が流産に終わらないことを願いつつ、とはいえ新しく文章を起こす気力も興味も湧かないので、2009年4月15日付けでこのコラムで書いた文章(国連安保理議長声明と朝鮮外務省発表文及び私のコメント)を再録しておきます。この文章は、朝鮮の人工衛星打ち上げの国際法上の権利は同条約加盟のすべての国家に認められているものであること、朝鮮側の主張はこの点を承認することがすべての議論の出発点に置かれなければならないことを指摘するもので、内容的にまったく正当であること、この正当な権利を無視した日米韓の非難、制裁はいかなる根拠もないことを指摘したものです。
 ちなみに17日付の『赤旗』は、「日本共産党は当時(2009年)、志位和夫委員長が発射の自制を求め、発射後は「極めて遺憾」と批判する談話を出しました。北朝鮮が予告通り「ロケット」を発射するなら、国連決議と前回の議長声明に明確に反するとともに、今年2月の米朝合意にも違反する恐れがあります。核廃棄開発を放棄していない北朝鮮による実際の発射はもちろん、発射予告も北東アジアに緊張をもたらすものです。北朝鮮は「ロケット」発射を自制すべきです。」という共産党の立場を伝えました。この立場表明も、私に言わせれば、上記の基本点を踏まえないもので、「共産党よ、お前もか」と改めて思わざるを得ません。
附言すれば、金日成生誕100年に合わせた人工衛星発射という朝鮮側の気持ちは理解できますが、2006年及び2009年当時の米日韓の理不尽を極める対応を考えれば、今回もこれら3国がどう反応するかは朝鮮としても十分予測できるはずです。私自身は、朝鮮発表直後は、米朝協議の際にあらかじめ朝鮮側は米側に今回の計画を伝えていたのではないか(とすれば、米側はあまり過激に反応しないのではないか)とも思っていたのですが、上記のような米側反応で、朝鮮側がそういう「根回し」をしていなかったことを知りました。米朝合意に違反しないとする朝鮮側の見解は、上記国際法上の権利としてはそのとおりなのですが、現実国際政治としては、食料(国内事情の反映)と人工衛星(国威発揚)という「二兎を追った」形の朝鮮指導部の判断は拙劣だと思います(3月17日記)。

<2009年4月13日付の安保理議長声明全文>

 2009年4月13日に、「不拡散・朝鮮民主主義人民共和国と題する事項に関する理事会の考慮に関わって行われた安全保障理事会第6106回会合で、安全保障理事会議長は、理事会を代表して以下の声明を行った。
「安全保障理事会は、朝鮮半島及び北東アジア全体の平和及び安定を維持することの重要性に留意する。安全保障理事会は、朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)による2009年4月5日(現地時間)の打ち上げ(中国語:「発射」)を非難(中国語:「譴責」)する。それは、安全保障理事会決議1718(2006)に違反(中国語:「違背」)するものである。
 「安全保障理事会は、DPRKは安全保障理事会決議1718(2006)に基づく義務に全面的に従わなければならない(中国語:「必須完全遵守」)ことをくり返す。
 「安全保障理事会は、DPRKがさらにいかなる打ち上げをも行わない(中国語:「不再実施任何発射」)ことを要求する。
 「安全保障理事会はまた、すべての加盟国が決議1718(2006)に基づく義務に完全に従うことを求める。
 「安全保障理事会は、決議1718(2006)第8項によって課された措置を、実体及び品物の指定(中国語:「対有関実体和貨物指認」)を通じて調整することに同意し、並びに、決議1718(2006)に基づいて設置された委員会に対し、そのための任務を引き受けかつ2009年4月24日までに安全保障理事会に報告することを指示し、さらに、もし委員会が行動しなかった場合には、安全保障理事会が2009年4月30日までに措置を調整する行動を完了することに同意した。
 「安全保障理事会は、6者協議を支持し、その早期の再開を求め、並びに、朝鮮半島の検証可能な非核化を実現し、朝鮮半島及び北東アジアの平和と安定を維持するために、中国、DPRK、日本、韓国、ロシア連邦及びアメリカにより発出された2005年9月19日の共同声明及びその後のコンセンサスが得られた文書を完全に実施するために努力を強めることをすべての参加国に主張する。
 「安全保障理事会は、情勢の平和的及び外交的な解決についての希望を表明し、理事会理事国及び他の加盟国が対話を通じて平和的で包括的な解決に資するよう努力することを歓迎する。

<2009年4月14日付の朝鮮外務省声明全文>

 われわれの度重なる警告にもかかわらず、米国とその追従勢力はついに国連安全保障理事会を盗用してわれわれの平和的衛星打ち上げに言い掛かりをつける敵対行為を敢行した。
 4月14日、国連安保理はわれわれの衛星打ち上げを非難、糾弾する強盗的な「議長声明」を発表した。
 歴史上、国連安保理が衛星打ち上げを問題視したことはない。
 衛星打ち上げをもっとも多く行った国が常任理事国として居座っている国連安保理が、国際法の手続きを経て正々堂々と行ったわれわれの平和的衛星打ち上げを上程、論議したこと自体、わが人民に対する耐え難い冒涜であり、永遠に許し難い犯罪行為である。敵対勢力は、われわれの衛星打ち上げが長距離ミサイルの能力を向上させる結果をもたらしていると騒ぎ立てているが、事態の本質はそこにあるのではない。
 衛星打ち上げであれ、長距離ミサイル発射であれ、だれが行うかによって国連安保理の行動基準が変わるというところに問題の重大さがある。
 日本は自分たちの手先であるので衛星を打ち上げても問題がなく、われわれは自分たちと制度が異なり、自分たちの言うことを従順に聞かないので衛星を打ち上げてはならないというのが米国の論理である。
 米国の強盗の論理をそのまま受け入れたのがまさに、国連安保理である。
 国連安保理の行為は、「宇宙空間は、すべての国がいかなる種類の差別もなく、平等の基礎に立ち、かつ、国際法に基づいて、自由に探査し及び利用することができる」と規定した宇宙条約にも反する乱暴な国際法蹂躙の犯罪行為である。
 こんにちの事態は、国連憲章に明記された主権平等の原則と公正さなるものがうわべだけのものであり、国際関係において通じるものは唯一、力の論理であることを明白に示している。
 加盟国の自主権を侵害する国連が、われわれに果たして必要であるのかという問題が提起されている。
 現情勢に対処して、朝鮮民主主義人民共和国外務省は当面して次のように宣言する。
 第1、わが共和国の自主権を乱暴に侵害し、わが人民の尊厳を重大に冒涜した国連安保理の不当千万な行為を断固糾弾、排撃する。
 われわれは、強権の道具に転落した国連安保理の専横ではなく、国際社会の総意が反映された宇宙条約をはじめ国際法に基づいてわれわれの自主的な宇宙利用の権利を引き続き行使していくであろう。
 第2、われわれが参加する6者会談はもはや必要なくなった。
 朝鮮半島非核化のための9.19共同声明に明示されている自主権尊重と主権平等の精神は、6者会談の基礎であり生命である。
 会談の各参加国自身が国連安保理の名でこの精神を真っ向から否定した以上、そして当初から6者会談を悪辣に妨害してきた日本が今回の衛星打ち上げに言い掛かりを付けてわれわれに公然と単独制裁まで加えた以上、6者会談はその存在意義を取り返しのつかないまでに喪失した。
 6者会談がわれわれの自主権を侵害し、われわれの武装解除と体制転覆だけを狙う場と化した以上、このような会談に二度と絶対に参加しないし、6者会談のいかなる合意にもこれ以上拘束されないであろう。
 われわれの主体的な原子力エネルギー工業構造を完備するため、自前の軽水炉発電所の建設を積極的に検討するであろう。
 第3、われわれの自衛的核抑止力をあらゆる面から強化していくであろう。
 平和的衛星まで迎撃すると言って襲い掛かる敵対勢力の増大した軍事的脅威に対処して、われわれはやむを得ず核抑止力をさらに強化せざるを得ない。
 6者会談の合意に基づいて無力化した核施設を原状復旧させ、正常稼働する措置が講じられるし、その一環として実験用原子力発電所から抽出された使用済み燃料棒がきれいに再処理されるであろう。
 敵対勢力が力でわれわれを屈服させることができると考えたのであれば、それに勝る誤算はない。
国力が弱くて周辺列強にあれこれと蹂躙され、もてあそばれた末、日帝に丸ごとのみ込まれた100年前の恥辱の歴史を絶対に繰り返すことはできないというのが、われわれの自主、先軍の根本趣旨である。
 敵対勢力によって6者会談がなくなり、非核化のプロセスが破綻しても、朝鮮半島の平和と安全はわれわれが先軍の威力で責任を持って守っていくであろう。

<議長声明の問題点及び注目点>

〇問題点
最大の問題点は、宇宙条約によっても確認されている宇宙の平和利用に関する朝鮮の国際法上の権利について、声明が黙殺していることです。宇宙条約は国連自身が関わって作成された重要な条約であることを考えるとき、この黙殺は許されることではありません。中国及びロシア(これまでの新聞報道によっても、両国が国際法上のこの権利を朝鮮が持っていることについては明確に認識していることが分かっています)が声明の黙殺に加担したことは許されることではありません。朝鮮外務省の声明がこの点を口を極めて批判しているのは当然なことだと思います。「われわれは、強権の道具に転落した国連安保理の専横ではなく、国際社会の総意が反映された宇宙条約をはじめ国際法に基づいてわれわれの自主的な宇宙利用の権利を引き続き行使していくであろう」とする朝鮮外務省の主張はまったく無理がありません。
もう一つの重大な問題点は、これも私がくり返し指摘してきたことですが、安保理決議は宇宙条約第1条で確認されているすべての国家に認められている宇宙の平和利用という権利を奪いあげる権限を有しているのか、という問題です。声明は、この点についても頬被りしたまま、朝鮮の安保理決議違反だけを指摘していますが、この点についても同調した中国とロシアの責任は重大であると指摘しないわけにはいきません。
さらに、朝鮮外務省声明が鋭く指摘しているように、議長声明は、明白な二重基準を犯しているということです。「衛星打ち上げであれ、長距離ミサイル発射であれ、だれが行うかによって国連安保理の行動基準が変わるというところに問題の重大さがある。日本は自分たちの手先であるので衛星を打ち上げても問題がなく、われわれは自分たちと制度が異なり、自分たちの言うことを従順に聞かないので衛星を打ち上げてはならないというのが米国の論理である。」とする朝鮮外務省の指摘は正鵠を射ています。
以上の三つの問題点について安保理が責任ある対応を取らなかった以上、朝鮮が、事前の予告通りの強硬な対抗措置を取ったことについて、国際社会が一方的に朝鮮を批判するのは筋が通らないといわざるを得ません。換言すれば、朝鮮を批判しようとするものには、まずその前に以上の二つの重大な問題点について明確な立場表明が求められるのであり、「くさいものに蓋をする」式の便宜主義がまかり通ることは許されてはならないと思います。
もう一つ付け加えるならば、若干曖昧な表現であるとは言え、朝鮮に対して「さらにいかなる打ち上げをも行わない」ことを声明が要求したことも、朝鮮の宇宙の平和利用の権利をあらかじめ奪おうとするものであり、これまた朝鮮としては到底受け入れることができない内容であると思います。
以上のことを私が強く言うのは、大国が妥協し、なれ合ってしまうときには、安保理という強大な権限を付与されている機関が正義に反する決定を行う危険性があり、今回の議長声明はまさにそうした産物であると考えるからにほかなりません。私たちは、大国のなれ合いによる安保理利用ということの危険性をしっかり認識しなければならないと思います。「強権の道具に転落した国連安保理の専横」と指摘する朝鮮外務省の主張はまっとうです。
〇注目点
以上の重大な原則的問題を指摘した上で、声明の内容を詳細に見るとき、注目を要する内容があることにも気付かされます。
日本にとってもっとも重要なことは、「中国、DPRK、日本、韓国、ロシア連邦及びアメリカにより発出された2005年9月19日の共同声明及びその後のコンセンサスが得られた文書を完全に実施するために努力を強めることをすべての参加国に主張する」とした声明の文章です。日本政府はこれまで、拉致問題について前進がない限り、朝鮮に対する20万トンの重油提供の約束を履行しないことについては、朝鮮以外の他の6者協議当事国の理解が得られている、と強弁することによって、8.19共同声明(及びその後のコンセンサス合意)上の義務の履行を無視してきています。しかし、今回の声明は、日本政府が言い訳をいう根拠を与えない明快な形で、日本を含む参加国による「文書の完全実施」を求めているわけですから、6者協議再開の暁には、日本に対する国際的批判は強まることを覚悟しなければならないはずです。うがった見方をすれば、朝鮮に対して強硬姿勢一本槍の日本政府に対して、中国とアメリカが今後の朝鮮半島非核化を促進する上での対日アプローチのための布石として、あうんの呼吸で上記の一文を忍び込ませた可能性すら排除できないでしょう。
私は、朝鮮が6者協議離脱及び核兵器開発の再開を表明したことは、声明に対する対抗措置としては当然だと言いました。しかし、私は、このまま事態が悪化の一途をたどると見ているわけではありません。イラン、キューバに対して柔軟な外交的アプローチを取り始めているオバマ政権であり、かつ、クリントン政権当時に朝鮮との外交折衝の経験を持つ専門家が加わっているオバマ政権でもありますから、朝鮮との間でも当然外交チャンネルを機能させるように動くことになると思います(もちろん、私は過度の楽観論をとっているわけではありません。あくまでも現時点で、ということです)。
また、朝鮮の強硬姿勢も多分にその方向に向けてアメリカを誘おうとする意図に出たものと判断しても大きな誤りはないと思います。朝鮮にとっては、朝米直接交渉が最大の狙いであり、アメリカが応じるのであれば、6者協議そのものに固執する強い理由はないとすら言えます。しかし、アメリカ側特にオバマ政権から言えば、朝鮮問題に関する6者協議の枠組みは、イラン問題に関する「G5+1」(5安保理常任理事国+ドイツ)の枠組みと同じように重視するべき多国間の枠組みと位置づけられていますから、対米直接交渉を重視する朝鮮としても、朝米間で何らかの難局打開の突破口が開かれれば、6者協議の枠組みに復帰する用意は常にあることでしょう。日本政府は今回の議長声明で朝鮮を懲らしめることができたと納得しているのかもしれませんが、拉致問題一本槍の日本外交が国際的に孤立を余儀なくされる時期が訪れるのは、それほど遠い将来のことではない可能性が十分にあると思います。なお、今回の議長声明を念入りに読みますと、今後朝鮮が人工衛星打ち上げに成功した場合、安保理決議1718及び議長声明を盾にとって、日本政府が朝鮮批判を繰り広げようとしても、中国(及びロシア)が同調するとは限らないことを窺わせる文章・文言にはなっていると思います。つまり、今回の声明はあくまでも安保理決議1718の内容を確認したにとどまるのであり、議長声明が新たな義務を朝鮮に課す性格のものではないことは明らかですし、その点は中国も念入りに文章上のチェックを行っていることが読み取ることができるものになっていると思います。

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