天安艦沈没事件:真相にかかわるフォローアップ

2012.02.04

*2010年3月26日に発生した韓国海軍哨戒艦・天安(チョナン)の沈没事件に関して、朝鮮総聯(朝総聯)中央本部広報室から1月31日にメーリングリストで送られてきたKorea NewsNo.457を読みました。アメリカのドナルド・グレッグ元駐韓大使が1月9日に、ニューヨークの自宅で韓国のインターネット新聞「オーマイ・ニュース」の単独インタビューに応じて天安艦事件について語った内容です。天安艦の沈没に関しては、韓国及び米英豪及びスエーデンの専門家による合同調査の結果、同艦が朝鮮(「北朝鮮」)の魚雷によるものとする「調査結果」(以下「合同調査結果」)が発表され(2010年5月20日)、これを受けて日本政府(鳩山首相)が同日、「調査が、韓国軍民並びに各国の専門家も参加した形で科学的かつ客観的に行われたことに敬意を表する」として、「北朝鮮の行動は許し難いものであり、国際社会とともに強く非難する」、「今後の対応にあたっては、地域の平和と安定のため、韓国及び米国を始めとする関係各国と引き続き緊密に連携・協力していく」立場を表明して以後、日本国内(特に大手マス・メディア)では「北朝鮮の今ひとつの蛮行」という受け止め方が完全に固定化し、「北朝鮮脅威論」を補強する材料として人口に膾炙してきたことは衆知のとおりです。こういう固定観念を打破することなしには、朝鮮問題に関する公正な判断は望むべくもないと確信するので、この機会にもう一度、事件の真相についてのフォローアップをしておきたくなりました(2月4日記)。

1.合同調査結果に対するロシア調査団等の根本的疑義提起

 合同調査結果の信憑性については早い段階からこれを疑問視する声が上がりました。合同調査団とは別に、ロシア調査団が2010年5月31日から6月7日まで韓国に滞在して同艦の沈没原因を調査しました。その結果の報告は公表されないまま今日に至っています。しかし、早くも7月27日には、ロシア調査団の報告書が韓国のハンギョレ新聞によってスクープされました。この報告書(タイトルは「韓国海軍チョナン艦沈没原因に対するロシア海軍専門家グループの検討結果資料」)は沈没原因に関して、「水深浅い海域を航海する途中、偶然にプロペラが網に絡みつき、水深深い海域に脱け出して来る間に、艦船下部分が水雷(機雷)アンテナに触れ、起爆装置を作動させ爆発が起こったと推定した」と述べました。この推定の根拠について報告書は詳しく述べていますが、科学に疎い私ですので省略します。そしてハンギョレ新聞は、ロシア調査団が事故原因を「外部の非接触水中爆発」によるものであるが、「「(北韓の)魚雷ではなく、機雷爆発である可能性が高いと結論を下した」と報道したのです。
 ちなみに、合同調査結果の内容の信憑性については、アメリカ在住の韓国系学者であるジョンズ・ホプキンス大学のソ・ジェジョン准教授、ヴァージニア大学のイ・スンホン教授らも疑義を提起し、ロシア調査団と同じく機雷説を提起しました(2010年10月10日)。

2.グレッグの二度にわたる発言

ドナルド・グレッグは、CIA出身の朝鮮問題の専門家であり、1989年から93年まで駐韓大使を務めた経歴の持ち主です。『金大中自伝』でも、金大中の二度にわたる死に直面する危機(1973年のいわゆる金大中拉致事件及び1980年の光州民主化抗争の主謀者として死刑判決を受けた事件)に際して、その危機を救ったアメリカ側関係者として名前が挙げられています(上、pp.247-8&p.338)。彼はすでに2010年9月1日付のニューヨーク・タイムズ(NYT)及びインタナショナル・ヘラルド・トリビュン(IHT)への寄稿文「北朝鮮の水流を吟味する」("Testing North Korean Waters") で、 ロシア海軍専門家の現地調査結果を踏まえて、韓国側が発表した合同調査団報告の「北朝鮮による魚雷攻撃」説に根本的な疑義を表明しました。そして冒頭に述べましたように、本年1月9日に、韓国のインターネット新聞「オーマイ・ニューズ」の単独インタビューに応じ再び天安艦事件について語ったのです。前者については改めて原文を読み返してみました。また後者に関しては、原文が見つからないので、朝総連の訳文をそのまま採録します。

<NYT&IHTへの寄稿文>

 就任時に引き継いだ難しいアジェンダを前にして、オバマ大統領は北朝鮮への対処に優先順位を与えなかった。‥逆にオバマは、韓国の李明博大統領と強力な関係を結び、‥平壌対策についてはソウルまかせで満足した。李明博の対北朝鮮政策は、金大中及び盧泰愚よりも強硬だった。‥しかし、一年前(2009年)にはまだ、ソウルと平壌の関係が改善することは可能のように見えた。2009年8月の金大中葬儀への北朝鮮代表団は、李明博に温かく迎えられた。2009年後半には、北朝鮮は南北サミット会合を提案し、金大中未亡人を平壌訪問に招待した。
ところが、北朝鮮のこれらの融和的な姿勢について考慮されているさなかの(2010年)3月26日に、韓国の哨戒艦・チョナンが黄海において不可解な状況で爆発し、沈没した。‥韓国の調査は、同艦は北朝鮮の潜水艦が発射した魚雷によって沈没させられたと結論づけた。アメリカはこれに同意し、チョナン沈没は、アメリカ国内において北朝鮮の悪評を証拠立てるものとして受けとられることになった。アメリカは北に対する追加的制裁措置を講じ、前例のない規模の米韓合同の陸海軍事演習を仕組んだ。ある指導的立場の韓国外交官は、このことについて私に次のように表現した。「李明博政権は、北朝鮮との間のすべての橋を焼き払い、出口のない強硬路線の政策を採った。‥」、と。
 しかし問題は、チョナンは北朝鮮によって沈められたということについては、誰もが同意しているわけではないということだ。平壌は一貫して関与を否定しているし、中国もロシアも国連安保理による北朝鮮非難決議に反対した。
 ロシアは6月に、韓国が北朝鮮非難の根拠としている証拠について調査する海軍専門家のチームを送った。ロシアの報告は明らかにされていないが、韓国各紙に載った詳細な報告によれば、ロシアは、チョナン沈没は魚雷によるものであるよりも機雷によるものである可能性が高いと結論づけたということだ。その報告はまた、同艦は漁網に引っかかって機雷を掘り返してしまい、その機雷が爆発して同艦を沈没させた、と結論づけている。韓国はロシア側の結論について公式な言及を行っていない。私が事情に詳しいロシアの友人に報告が公表されない理由を尋ねたところ、彼は、「そうすると、李明博大統領にとって政治的な打撃になるし、オバマ大統領が困惑することになるからだ」と答えた。…
 軍事演習、経済制裁及び激しい言辞の効果がどのようなものであれ、キム政権の崩壊を望んでいるワシントンとソウルの連中は失望することが運命づけられている。(なぜならば)中国はそういうことを起こさせないからだ。中国は、核武装した北朝鮮には満足していないかもしれないが、朝鮮半島の不安定の方がもっとはるかに心配なのだ。平壌に圧力を強めることは、その対中依存を強めるだけだ。金正日の度重なる訪中と中国による歓待はそのことを明快に示している。アメリカが圧力を加えることは、まだ20代の金正恩の対米不信感と敵意をも助長するだろう。
 チョナン沈没に関する解釈をめぐる論争は、流れを変え、朝鮮半島非核化などの懸案について北朝鮮と効果的にやりとりする道筋に乗せるためのいかなる試みにおいても中心の位置を占める。チョナンの悲劇に関する韓国の調査の詳細は公にされておらず、その結論に対する反対の底流は、ソウルにおいて強まっている。…

<「オーマイ・ニューズ」インタビュー>

質問:あなたは天安艦沈没に関する韓国政府の発表に同意しなかった。その根拠は何なのか。
:二つの側面がある。まず、この問題がこれ以上南北対話の障害にならないように取り下げた方がいいからだ。もう一つは、私はわが国が取った公式的立場に疑問を持っている。米国はすばらしい海軍を保有している。事件当時、米国海軍は韓国海軍と共同作戦中であった。北朝鮮が天安艦を沈没させたということは、北の小型潜水艇が海軍の作戦海域のど真ん中にやって来て、一発の魚雷で天安艦を沈没させたうえ、誰にも知られずに脱出したこということだが、私は米国海軍は それよりも優秀だと思っている。ロシアからの影響も受けた。
質問:ロシアの天安艦真相調査の報告書の内容を知っているのか。
:知っている。ロシア調査団は、天安艦のスクリューに巻かれた魚網の跡を発見した。そして船体の凹んだ部分も見つけた。ロシア調査団は天安艦が魚網に絡まり、魚網が艦を海底に引きずる過程でこの海域に多く設置された機雷の中で流失した一つが天安艦に接触して沈没したと考えている。ロシア調査団は、韓国調査団にこのような問題提起をしたが、聞き入れられなかったので帰国した。ロシア調査団が帰国した当時、私ととても親しくしている友人がモスクワにいて、調査団に「何故、報告書を公開しないのか」と尋ねたところ、彼らは「それを公開したらオバマ大統領と李明博大統領が困ると思ったので公開しなかった」と答えたという。天安艦問題はもう取り下げた方がよい。トンキン湾事件(*)を思い出す。
(*)1964年8月、北ベトナムのトンキン湾で同国の哨戒艦がアメリカ海軍の駆逐艦に2発の魚雷を発射したとされる事件で、これをきっかけに米国はベトナムに本格介入し北爆を始める。のちに米軍が仕組んだことが暴露される。
質問:報告書を公開するとオバマ大統領が困るとはどういう意味なのか。
:一言で言って、当惑するだろう。米国のみならず、合同調査団のすべての国々が困ることになるだろう。一言で言って、誤った報告書に署名したことになるのだから。だから、私はこの問題を取り下げたらどうかと思っている。朝米対話を始めるためにも。

(若干の感想)

1.チョナン事件の真相は韓国政府の不可解な行動によって今もなお多くの疑問が残されたままですが、「オーマイ・ニューズ」とのインタビューでグレッグが指摘しているように、ポンコツに近く、エンジン音も騒々しいことが容易に理解される朝鮮の潜水艦が、探知能力に優れた米韓艦船が合同軍事演習中で密集する中で、チョナン撃沈をやり遂げることなどおよそ理解不能なことです。こういうごくごく初歩的な(しかし、もし本当に朝鮮の潜水艦がこの探知網をすり抜けたとしたら、米海軍にとっては逆に致命的な問題が提起されていることになる)点についてすらだんまりを決め込んでいる韓国及びアメリカの対応については、アメリカの軍事力に全面的に依拠し、日米同盟を堅持するとしている民主党政権としても、日米軍事同盟の信頼性の根幹にかかわる問題として到底無関心ではいられないことだと思うのですが、どうでしょうか。また、こういう問題について見向きもしない米日のマス・メディアのあり方に対しても、私としては重大な疑問を感じずにはいられないのです。
2.オバマ大統領がこの3年間、朝鮮半島非核化の問題に対してほとんど政策らしい政策を打ち出さず、李明博大統領に「のめり込んできた」感じがあることも、ある種の興味を覚えずにはいられません。2009年4月の例のプラハ演説(「核のない世界」に言及して幻想をふりまいた演説と言えば、思い出す人もいるでしょう。)の直前に、朝鮮が人工衛星打ち上げを発表したのに対して、これを軍事的なミサイル実験と決めつけ、朝鮮を厳しく批判した(それに対して朝鮮は当然激しく反発した)のが正にこの演説だったのです。私は国際情勢分析に関しては「陰謀説」に安易に傾くことを厳に自戒することを旨としていますが、オバマのこの3年余の対朝鮮アプローチを見てきた感想として、プラハ演説で朝鮮に感情むきだしの批判を行ったオバマのその時の感情が、その後も彼の朝鮮認識を曇らせてきたのではないか、としばしば考えることがあります。 また、李明博への「のめり込み」とも見えるオバマの姿勢に関しては、韓国国内の強い反対・批判を押し切って、韓国市場をアメリカに全面開放する政策を推進した李明博が、国内の高い失業率への解決策としてTPP推進政策を推し進めてきたオバマにとっては、きわめて好ましい「指導者」として映じてきたことが一因になっていることは疑問の余地がないでしょう(附言すれば、党内対立によってTPP問題について腰が定まらない民主党政権は、オバマにとっては最低最悪の政権と認識されているであろうことも容易に理解されます。)。
3.しかし、李明博政権に対する韓国国内の厳しい批判の程度は、今や政権与党であるハンナラ党が、新自由主義推進路線を転換し、また、党名を変更してまで脱・李明博を図らざるを得ないほどの苦境に陥っていることに如実に示されています。そういう流れが出ている中で、朝鮮に対する強硬路線一本槍だった李明博の朝鮮政策も、客観的には見直しが不可避の状況です。
 対朝鮮政策において李明博と同一歩調を取ることで推移してきたオバマ政権としては、もはや物理的に惰性に流されているわけには行かない状況に立ちいたっていることは明らかでしょう。そういう時に、朝鮮に金正恩体制が成立したことは、オバマ政権にとってはチャンスでもあり、チャレンジでもあるでしょう。ただし、大統領選を控えているオバマが朝鮮政策で大胆な転換を図る余地がどれほどあるのか、また、オバマ自身にどれぐらいの熱意を傾ける気持ちがあるかについては、私自身としては楽観できません。前にこのコラムで書きましたように、6者協議の当事国である、ロシア、中国、韓国及びアメリカにおいて最高指導部が選挙・交替を迎えているこの2012年に朝鮮半島情勢が大きく動くための主体的条件には大きな制約がある、と見るのが穏当なところではないでしょうか。

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