アメリカの国防戦略見直し

2012.01.15

*1月5日にオバマ大統領は国防省で自ら「国防戦略見直し」に関する見解(以下「見解」)を発表し、同日、パネッタ国防長官は、大統領自らが討議に加わって作成されたことは前例がないとわざわざ紹介して、「新戦略ガイダンス」という表現を用いて、「アメリカの世界的指導力維持:21世紀の国防上の優先事項」と題する文書を発表しました。発表された文書(以下「ガイドライン」)に関して注目を要するポイントを明らかにしておきたいと思います(1月15日記)。

1. ガイダンス作成及び発表の背景:オバマの狙い

 オバマ政権は既に2010年5月に「国家安全保障戦略」を出しています。それにもかかわらず、それからわずか2年足らずに戦略の見直し(2010年に発表されたのは「安全保障戦略」で、今回の「国防戦略」よりは広義であるという違いはありますが)を行い、ガイダンスの作成及び発表を行ったのは、明らかにそうすることを強いられた事情があることが理解されます。それは端的に言えば、本年行われる大統領選で再選を目指すオバマとしては、過去3年間の施政の成果をアメリカ国民に強調しなければならない事情があることはもちろんですが、それだけでは有権者の支持を取り付けて再選を期するには到底不十分であり、次期政権担当期間(4年)において目指す政策の方向性を明らかにして、オバマ離れした有権者の支持を取り戻す必要に迫られたということです。オバマの見解及びガイダンスからは、そうした背景として三つの要素を看取することができると思います。
第一、国防面における実績の強調。オバマ政権の施政3年間における国内経済・財政は極めて厳しい状況で推移してきた(その一因は、イラク及びアフガニスタン戦争に伴う戦費の増大による財政圧迫)ために、オバマに対する国内の支持率は低迷しており、オバマも率直にその事実を承認せざるを得ないわけですが、オバマとしては、ブッシュ政権時代の「対テロ戦争」に集約される国防・安全保障政策のツケであるイラク・アフガニスタン問題に一定のメドをつけたこと(実際はともかく、オバマ政権はそのように主張している。)、9.11以後のテロリズムとの戦いにおいて成果を上げたこと(ビン・ラディン殺害を「正義を下した」という表現で正当化している。)を強調して、国防・安全保障面での実績に注目してほしいという期待を込めていることを見て取ることができます。もっとも、オバマ及びパネッタはイラク戦争及びアフガニスタン戦争そのものに対する厳しい評価を行うことは慎重に避けており、歯切れの悪さが目立ちます。
第二、厳しい財政的制約下で大幅な見直しを迫られている国防政策に関して議会に対する主導権確保の狙い。アメリカの厳しい経済・財政状況を打開するためには、従来の国防戦略及びそれに基づく放漫を極めた国防予算の抜本的見直しは不可欠になっていますし、既に予算管理法によって向こう10年間に4870億ドルの国防支出削減が義務づけられています。しかしオバマ政権としては、共和党が支配する議会主導で物事が運ばれてしまうこと(そのようになれば、オバマ政権はますます受け身を余儀なくされ、再選戦略のメドすら立てにくくなる。)を阻止し、2020年に向けた中期的な国防戦略上の優先順位(ガイダンスの副題は「21世紀の国防上の優先事項」ですが、ガイダンスが射程に収めているのは、オバマ再選をにらんだ2020年までの期間です。)を明らかにすることで、大統領選挙での共和党候補に対する主導権確保及び再選後における国防政策上の行政府の議会に対する主導権を確保しようとする狙いがあったものと見られます。そのことを裏付けるように、パネッタ長官の発言(5日)では、議会側から出されている国防予算の一律カットの動きに対する露わな警戒感が表明されています。
第三、国防戦略の方向性を対外経済政策の重点にリンクさせて売り込むこと。上記二つ(国防実績の強調と国防戦略上の主導権確保)だけでは大統領選挙に向けた有権者に対するアピール力は極めて限られていることは明らかです。そこで意図されたのが、国防戦略を大統領選挙戦における最大焦点となることが見込まれている経済問題と結びつけて売り込むことであり、ここに今回のガイダンス作成及び発表の最大の狙いがあると見られます。
率直に言って、今回発表されたガイドラインの内容は、国防という観点からいいますと、二点を除けば、これまでもオバマ政権が言ってきたことの焼き直しであり、斬新な内容があるわけではありません。しかし、その2点の新しい要素は確かに注目に値する内容を持っています。
一点目は、伝統的なアメリカの軍事戦略が「二つの戦争を同時に戦い、勝利を収めるという戦力構成を維持する」もの(いわゆる二正面作戦能力)であったのに対し、今回はこの伝統的考え方から離れることを明らかにしたことです。ただ、この方針の転換を説明するに当たって、オバマ政権は財政的に余儀なくされた戦略的後退と位置づけるのではなく(そのような消極的な位置づけを行うことは、選挙戦を有利に戦うことを難しくすることは明らかです。)、むしろ、これからの時代においてアメリカが直面することになる挑戦・課題の複雑多岐性、したがってこういう性格の問題に迅速かつ柔軟に対応しうるようにする柔軟な軍事対応能力が求められているからだ、という説明を行っています。デンプシー統合参謀本部議長によれば、米ソ冷戦時代、ソ連崩壊後の10年及び9.11後の対テロ戦争の時期を乗り越えたアメリカは「歴史的な転換点」に直面しており、新しい国防戦略を打ち出すことは国防予算問題とは関係なしに立ち向かわなくてはならない問題である、とされます。そしてデンプシーは、「我々の戦略は、世界のどこで何時起こるかもしれないいかなる不測の事態に対しても対応しうるということであり、その方針には変化がなく、我々は常に複数のオプションを用意し、一度に一つ以上のことができるようにする」というのです。端的に言えば、冷戦時代に作られた主要敵を二つ想定してこれらと対決して勝利を収めるというような考え方はもはや通用せず、ありとあらゆる不測の事態に機敏に対応しうる軍事能力を備えることが2020年までの国防政策の中心になるということです。
今ひとつの新しい要素というのは、アジア太平洋地域をアメリカの戦略上の最重点として押し出したことです。ここにこそ、ガイドライ作成の最大の眼目があるといって過言ではないでしょう。即ちガイドラインは、アメリカの経済及び安全保障上の利害と密接にリンクしており、したがってアメリカの国力のすべてを傾注すべき、錯綜する課題とチャンスに満ちたグローバルな安全保障環境上の要素の筆頭に、西太平洋及び東アジアからインド洋及び南アジアに伸びる半月弧をなす一帯を掲げました。そしてガイダンスは、「アメリカの軍事力は今後もグローバルな安全保障に貢献していくけれども、アジア太平洋地域に再び重点を振り向けるのは当然である」と強調しています。この点についてオバマは、「私がオーストラリアにおいて明らかにした(注:2011年11月17日にオーストラリア議会で行った演説のこと。内容については後述)ように、我々はアジア太平洋におけるプレゼンスを強めるであろう。(国防)予算の削減でこの枢要な地域を犠牲にさせない。」(5日の見解)と述べ、アジア太平洋重視の国防政策が周到な準備の上で打ち出されたものであることを明らかにしました。

2.オーストラリア議会演説とガイダンス

 オバマが5日の見解においてオーストラリア議会で行った演説に言及したことに刺激されて、私はこの演説を読むことになりました。その結果、この演説を見逃していた私自身の怠慢と不明に気づかざるを得ませんでした。オバマはこの演説において、腰をすえて同政権の対アジア太平洋重視政策を明らかにしていたのです。しかもオバマはこの演説で、今回発表されたガイドライン作成につながる見直し作業を開始したことも明らかにしていました。今回のガイドラインの作成及び発表、特に内容的にはアジア太平洋を今後の国防戦略上の重点にするという方針は、数カ月にわたる周到な準備の上のものであることが理解されるのです。その内容もまた、2020年に向けた日米軍事同盟に対するオバマ政権の位置づけを考える上でも、また特に、中国をアメリカの対アジア太平洋戦略上の中心対象(「脅威」とはさすがに名指ししませんが、中国との軍事的対抗を軸として2020年までのアメリカの対アジア太平洋政策が構想されていることは、オバマの見解とガイドラインをあわせ読むと、疑いの余地がありません。)に据えて2020年に向けた国防戦略のあり方を考えていることの2点において、私たちとしても到底看過できない内容が込められています。以下では、まず、オバマのオーストラリアにおける演説の主要な内容を概略紹介します(太字は筆者)。その上で、ガイダンスの主要な内容を紹介することにします。
注目を要することは、「安全保障、繁栄及び人間の尊厳」の三つは、オバマのオーストラリア議会演説の中心をなすテーマとなっていますが、今回のガイドライン作成に当たってもアメリカの安全保障上の三つの利害事項として中心的地位を与えられていることです。そういう意味では、演説とガイダンスは不可分の一体として理解する必要があることが理解されます。

(1)オーストラリア議会演説

 まず演説は、イラク・アフガニスタン戦争に区切りをつけたアメリカが、今後は太平洋国家としてアジア太平洋地域に腰を入れて関与し、積極的かつ中心的な役割を担う方針を次のように明確にします。

 この地域訪問のより大きな目的である、アジア太平洋をまたいで安全、繁栄及び人間の尊厳を推進するという我々の努力について話したい。
 アメリカにとって、このことは大きな重点移行だ。人命及び資産に関して高くついた二つの戦争(注:イラク及びアフガニスタン)を戦った10年の後に、アメリカはアジア太平洋地域の広大な潜在力に注意を向けている。
 我々がこの地域を新たに焦点とするということは、アメリカがこれまでも、そして今後も常に、太平洋国家であるという基本的な真実を反映したものである。ダーウィン爆撃から太平洋諸島解放まで、東南アジアの水田から寒冷な朝鮮半島まで、デモクラシーが根付くよう、そして経済的奇跡によって数億の人々が繁栄するように、数世代のアメリカ人がこの地で尽くし、そして死んだ。アメリカ人はこの進歩のためにあなた方とともに血を流してきたし、この流れが逆戻りすることを決して許さないだろう。
 ここに我々は未来を見る。世界でもっとも早く成長している地域として、そして世界経済の半分以上の所在地として、アジア太平洋は、アメリカの人々に職と機会を創造するという私の最大の目標を実現する上で死活的に重要である。アジアは、世界の原子力のほとんどを占め、人類のほぼ半数を占めている地域として、来るべき世紀が、苦難か人類の進歩のいずれかは言うに及ばず、紛争あるいは協力のいずれによって特徴づけられるかを大きく決めることになるだろう。
 ゆえに私は大統領として周到かつ戦略的な決定を下した。即ち、アメリカは、太平洋国家として、核となる原則を掲げ、同盟国及び友好国と緊密に協力して、この地域及びその未来を形作るために、より大きなかつ長期にわたる役割を担う。
 その具体的な中身は次のことだ。まず、我々は、平和と繁栄の礎として安全保障を求める。我々は、すべての国家及び人民の権利と責任が尊重される国際秩序の側に立つ。

 オバマは、今後のアメリカが(2020年にかけて)やろうとすることは、平和と繁栄の基礎である安全保障の確保、アメリカ主導による繁栄の分かち合い、そしてすべての人間の基本的権利に対する支持の三点であることを明らかにします。

① 安全保障:中国を押さえ込むアメリカ中心の安全保障体制形成

 まず我々は、平和と繁栄の基礎である安全保障を求める。我々は、あらゆる国家及び人々の権利と責任とが支持、擁護される国際秩序の側に立つ。この国際秩序においては、国際法及び規範が執行される。そこでは通商及び航行の自由は妨害されない。そこでは、新興国が地域的安全保障に貢献し、合意できないことが平和的に解決される。これが我々の求める未来だ。
 この地域の中には、アメリカがこれらの原則を擁護することに疑問を持っている国がある。アメリカが財政問題に規律をもたらすに当たっては、支出を削減する。また、国防予算が異常に伸びた10年間の後では、そして、イラクでの戦争を最終的に終わらせ、アフガニスタンでの戦争を削減することで、我々は国防支出をある程度削減することになる。
 将来に向けたアメリカの軍事力について考えるに当たり、今後の10年間におけるもっとも重要な戦略的利害を特定し、国防上の優先度及び支出の指針となる見直しを開始した。この地域が知っておくべきことは、今日の戦争を終えるに当たり、私が国家安全保障チームに対し、アジア太平洋におけるわがプレゼンス及び任務を最優先事項とすることを指示したことだ。その結果、アメリカ国防支出の削減はアジア太平洋を犠牲にすることにはならない、繰り返す、絶対に犠牲にしない。
 私の指針は明確だ。未来に向けて計画し、予算を組み立てるに当たり、この地域の強力な軍事的プレゼンスを維持するために必要な資源は振り向ける。そして21世紀に必要となる能力を常に強化していく。この地域における我々の持続的関心は、この地域に持続的にプレゼンスを維持することを必要としている。アメリカは太平洋国家であり、我々はここに留まる。(以下、日本以下の各国におけるアメリカの軍事プレゼンスを紹介)
 同時にアメリカは、中国との協力的関係を打ち立てる努力を続ける。我々すべての国々は、平和愛好の繁栄した中国の台頭に重大な関心を有する。朝鮮半島の緊張を削減し、拡散を防止する上で、中国はパートナーたり得ると見てきた。また、相互理解増進及び計算違い回避のために軍の間のコミュニケーションを増やすことを含めた協力機会を増やすことを求めている。我々は、国際的規範を尊重し、中国人の普遍的人権を尊重することの重要性を北京に対して率直にもの申し続けると同時に、以上のことをやっていくのだ。

 この第一のテーマ(安全保障)に関する主要なポイントは二つです。一つは、アメリカが太平洋国家として、今後ますますアジア太平洋における軍事プレゼンスを高め、日本を含む同盟国・友好国との軍事関係を強化しつつ、この地域における軍事的主導権を確保する決意を明らかにしたことです。今ひとつは、そういう軍事態勢をバックにして今後台頭を続けるであろう中国に対して、硬軟両様のアプローチをとることを明確にしていることです。
 以上のオバマ発言は言葉を慎重に選んでおり、そこからだけではオバマ政権の対中姿勢・認識の所在を明確に窺うには不十分ですが、ガイドラインをあわせ読むことによって、オバマ政権が中国に対して警戒感に立ったアプローチをしていることが明らかに読み取れると思います。ちなみに、ガイダンスは、まえがき、挑戦的な世界的安全保障環境、アメリカ軍事力の主要な任務、2020年の統合軍に向けて及び結論の5部構成ですが、安全保障環境及び主要な使命の項で中国が直接、間接に扱われています。

<挑戦的な世界的安全保障環境>
 この項の書き出しは、「世界的安全保障環境は、アメリカの国力のすべてを振り向けるべき、ますます複雑になる一連の挑戦と機会を提供している」で始まっているのですが、オサマ・ビン・ラディン及びアル・カイダに関する簡単な叙述のあとに来るのがアジア・太平洋地域への言及です。

 「長期的には、中国が地域大国として台頭することは、様々な意味でアメリカの経済及び安全保障に影響を与える可能性を持っている。両国は東アジアにおける平和と安定に強い利害関係を持っており、協力的な二国間関係に関心がある。しかし、中国の軍事力の成長は、地域に摩擦を起こすことを回避するためには、同国の戦略的意図がより明確にならなければならない。アメリカは、地域におけるアクセスとわが条約上の義務及び国際法に則して地域的アクセス及び自由に行動する能力を維持することを確保するため、必要な投資を行っていく。ネットワークをなした同盟国及びパートナーと緊密に協力して、基礎となる安定を確保し、新興国、経済ダイナミズム及び建設的防衛協力が平和的に台頭することを奨励するべく、ルールに基づいた国際秩序を推進していく。」

<アメリカの軍事力の主要な任務>
 アメリカ軍の2020年に向けての主要な任務として掲げられるのは10項目ですが、中国と関わりがある項目としては、侵略に対する抑止及び勝利(第2項)、サイバー空間及び宇宙における効果的運用(第5項)、安全確実かつ効果的な核抑止力の維持(第6項)などと並んで、特に、接近阻止(anti-access)/領域拒否(area denial)に対抗する軍事力の投射(project power)を扱った第3項、サイバー空間及び宇宙での効果的作戦を扱った第4項、そして安全、確実、効果的な核抑止力の維持を扱った第5項の記述は、中国(及びイラン)を念頭に置いた、次のような内容です。

 潜在的な敵を確実に阻止し、彼らがその目標を実現することを妨げるためには、アメリカは、我々のアクセス及び作戦の自由が挑戦される地域において軍事力を投射する能力を維持しなければならない。これらの地域においては、能力を備えた敵は非対称的な能力を使用する。その能力としては、サイバー戦、弾道及びクルーズミサイル、先進的な防空、機雷その他我々の作戦上の計算を複雑にするものがある。中国やイランといった国々は、我々の軍事力投射能力に対抗するために非対称的な手段を用いるとともに、高度な武器及び技術は非国家主体にも拡散していくだろう。したがって、アメリカ軍は接近阻止及び領域拒否(A2/AD)の環境下で効果的に作戦できるよう、その能力を担保するために必要な投資を行うだろう。(そういう投資対象としては)統合作戦接近概念(the Joint Operational Access Concept, JOAC)、水中能力の保持、新型ステルス爆撃機の開発、ミサイル防衛の改善、宇宙に基盤をおく重大な能力の抵抗性及び効果性を高めるための継続的努力がある。(第3項)
 現代の軍事力は、信頼できる情報及び通信のネットワーク及びサイバー空間及び宇宙に対する確実なアクセスなしには、迅速で効果的な作戦を行うことはできない。今日の宇宙システムと支援インフラは、そういう資産を機能低下させ、妨害しあるいは破壊する様々な脅威に直面している。したがって、国防省は、国内及び国際の同盟国及び協力者と協力して、これらのネットワーク、作戦能力及びサイバー空間及び宇宙における抵抗力を防衛するために先進的能力に投資する。(第4項)
 核兵器が存在し続ける(remain in existence)限り、アメリカは、安全、確実で効果的な兵器を維持する。我々は、潜在的敵を抑止し、アメリカの同盟国及び友好国がアメリカの安全保障上の制約に信頼することができるよう、いかなる状況のもとにおいても耐えきれない損害を敵に直面させる核兵器を実戦配備する。抑止上の目標は、より小型の核戦力で達成できるので、その在庫量においてもアメリカ国家安全保障戦略上も核兵器の数は減らすこととなるだろう。(第5項)

 ガイダンスの以上の記述を念頭において、改めてオバマの演説を裏側から読めば、次のような意味が込められていることが理解されます。「それは読み過ぎだ」という批判はあるでしょう。しかし、中国は明らかにそういうふうに読むことは間違いありません。また、オバマ政権も、そういう裏のメッセージを中国側に送ろうとしていることは間違いないと思われます。
 「我々は、あらゆる国家及び人々の権利と責任とが支持、擁護される国際秩序の側に立つ。この国際秩序においては、国際法及び規範が執行される。そこでは通商及び航行の自由は妨害されない。そこでは、新興国が地域的安全保障に貢献し、合意できないことが平和的に解決される。これが我々の求める未来だ。」の中国に向けた裏のメッセージは、「中国は、国際法及び規範の執行に対する妨害要因となりうるし、通商及び航行の自由を妨害する可能性がある国際秩序の攪乱者となりうる。中国は、地域的安全保障に挑戦し、問題の平和的解決を妨げるかもしれない。中国は、我々の求める未来に対する妨害要因である。」ということです。
 「この地域が知っておくべきことは、今日の戦争を終えるに当たり、私が国家安全保障チームに対し、アジア太平洋におけるわがプレゼンス及び任務を最優先事項とすることを指示したことだ。その結果、アメリカ国防支出の削減はアジア太平洋を犠牲にすることにはならない、繰り返す、絶対に犠牲にしない。私の指針は明確だ。未来に向けて計画し、予算を組み立てるに当たり、この地域の強力な軍事的プレゼンスを維持するために必要な資源は振り向ける。そして21世紀に必要となる能力を常に強化していく。この地域における我々の持続的関心は、この地域に持続的にプレゼンスを維持することを必要としている。アメリカは太平洋国家であり、我々はここに留まる。」の中国に向けた裏のメッセージは、「中国は、アメリカがアジア太平洋地域において盟主たり続けるという決意を明確に理解するべきだし、中国の軍事力を押さえ込むだけの軍事力を維持し続けることを理解しなければならない(アメリカが中国に軍事的主導権を譲り渡すことはあり得ないことを中国は認識するべきだ)」ということです。
 要するに、オバマ見解及びそのもとに作成されたガイダンスは、アメリカが2020年に向けて中国を主要対象とする国防政策を遂行していくという決意表明を行っているということです。もちろんオバマは、「同時にアメリカは、中国との協力的関係を打ち立てる努力を続ける。我々すべての国々は、平和愛好の繁栄した中国の台頭に重大な関心を有する。朝鮮半島の緊張を削減し、拡散を防止する上で、中国はパートナーたり得ると見てきた。また、相互理解増進及び計算違い回避のために軍の間のコミュニケーションを増やすことを含めた協力機会を増やすことを求めている。」とも述べており、中国との間で対決一色で臨むことを考えているわけではありません。しかし、オバマ見解の底に流れている対中国認識は基本的に警戒的、対抗的であり、楽観的、友好的なものではないことを読みとることは難しくないと思います。
 また、そうであるからこそ、オバマ政権としては、日本をはじめとする同盟国、友好国との軍事的関係を今後一層強化して、中国の台頭に備えていくという方向性がガイドラインにおいて強調されているのだと思います。

② 繁栄の分かち合い:中国に対する対抗心むきだしのアメリカ主導のアジア太平洋経済圏創設意欲

この点についても、オバマ演説は、中国を念頭においてアメリカの主導権確保に並々ならぬ執着心を露骨に示しています。演説は次のように述べています。

 安全で平和なアジアは、ここでもアメリカが指導する第二の源であり、我々の分かち合いの繁栄を促進するものである。歴史が教えるように、富と機会を創造する世界でもっとも偉大な力は自由市場である。だから我々はオープンで透明な経済を求める。我々は自由で公正な交易を求める。そして我々は、ルールが明確で、各国がそれに従うオープンな国際経済システムを求める。韓国との歴史的な貿易協定の基礎の上に、我々はオーストラリアその他のAPECの国々とともに継ぎ目のない地域経済を創造するべく動いている。我々は、オーストラリアその他の国々とともに、もっとも野心的な貿易協定、この地域全体にとってモデルとなりうるもの、即ちTPPを達成しようとしている。
 我々は、あらゆる国々がルールに従い、企業が平等にプレーする場で競争し、革新を引き起こす知的所有権と新技術が保護され、通貨は市場によって支配され、いかなる国も不公平な利益を得ないような、そういう公平な成長を必要としている。
 我々は、一握りではなく大勢のための成長、消費者を不当な扱いから保護し、腐敗をなくす世界的なコミットメントを伴う成長、均衡ある成長を必要としている。なぜならば、大きな余剰がある国が国内需要を喚起するべく行動する時に、我々みんなが繁栄するのだから。
 経済を成長させるに際して、我々は成長とグッド・ガヴァナンス、即ち、ルール・オブ・ロー、透明な制度、法の平等な執行、にも留意する。なぜならば、長期に見れば、デモクラシーと経済成長とは手を取り合って進むことは歴史が示しているところだからだ。とのリンクそして、自由を伴わない繁栄は貧困の別形態にほかならない。

 自由市場、自由で公正な交易、ルールが明確なオープンな国際経済システム、TPP、ルールに従った競争、知的所有権の保護、市場が支配する通貨、腐敗なき成長、余剰国の国内需要喚起、グッド・ガヴァナンス、ルール・オブ・ロー、透明な制度、法の平等な執行、デモクラシーと経済成長との間のリンク、自由を伴わない繁栄等々、どの言葉も中国経済に対する批判として使われてこなかったものはありません。ここでもオバマは、アメリカ主導の対外経済政策に従わず、我が道を行こうとしている中国を、名指しこそしないけれども、明らかにやり玉に挙げ、TPPを中心としたアメリカ主導のアジア太平洋経済システムを作り上げる意図を鮮明にしているのです。

③ 人権の支持とアメリカのリーダーシップ

ここでも、オバマは中国を念頭においてアメリカのリーダーシップを強調しようとしています。

 各国は、自らの進路を自分で描く。しかし、一定の権利は普遍的なものだ。そういう権利としては、言論の自由、集会の自由、信仰の自由、そして自らの指導者を選ぶ市民の自由が含まれる。
 これらはアメリカの権利ではなく、西側の権利でもない。それらは人権である。アジアで成功した民主国家に見るように、人権はすべてのものの精神においてかき立てられる。ファシズム、共産主義、一人の人間による支配、委員会による支配、そういった他のモデルは試みられ、そして失敗した。失敗したのは簡単な理由からだ。人民の意志という権力と正統性の究極の源を無視したからだ。確かにデモクラシーは混乱しているし、がさつでもある。しかし、デモクラシーにこそ、人類に知られている中でもっとも偉大な統治形態がある。
 だから、我々は脅かされる自由のためにもの申すのだ。我々は、デモクラシーが情報を我がものにした積極的な市民に依拠してるがゆえに、開かれた統治を奨励する。我々は市民社会を強化することを支援する。なぜならば、そのことによって市民が自らの政府に責任を持たせることができるようになるから。
 歴史の流れには満ち引きがあるだろう。しかし時とともにその流れは一つの方向に決定的に向かっていく。歴史は自由な社会、自由な政府、自由な経済、自由な人民の側にある。そして未来は、この地域においても世界においても、こういう理想のために断固として立ち上がる者たちのものである。

 これらの一つ一つが間接的な中国批判であることは、もはや縷々解説する必要もないと思います。そしてオバマは、オーストラリアでの演説を、「これがアメリカのリーダーシップ、我々のパートナーシップの中身であり、安全保障、繁栄そしてすべての人民の尊厳のために我々がともに進んでいく仕事である」という言葉で結んでいます。簡潔に言えば、オバマのオーストラリア演説は、今年の大統領再選をにらんだオバマの対外政策の方向性を示したものであり、その中心軸に台頭する中国との指導権争いを据え、日本をはじめとする同盟国及び友好国をアメリカが束ねてリーダーシップを絶対に手放さない決意を表明したものと位置づけることができます。今回発表されたガイドラインは、その国防にかかわる重要な部分を構成しているのです。

(2)ガイドライン

 ガイドラインの中には、個別の点でさらに留意しておく必要がある内容も含まれていますので、それらの点をまとめておきます。

○中東問題及びイラン

 「グローバルな安全保障環境」の項では、アジアと並んで中東が取り上げられています。

 中東においては、政権交替が、改良を迫られた各国内部及び各国間での緊張とともに、将来に対する不確実性をもたらしている。しかし、これらのことは、長期的には、これらの国々の人民の正統な願いにより積極的に応える、したがって、アメリカにとってより安定的で信頼できるパートナーとなる政権を生みだすことになる可能性がある。
 中等における我々の防衛努力は、暴力的な極端主義者及び不安定化をもたらす脅威に対抗するとともに、同盟国及び友好国に対するコミットメントを守ることである。特に憂慮するべきは、弾道ミサイル及び大量破壊兵器の拡散である。アメリカの政策は、必要に応じて湾岸協力機構(GCC)と協力して湾岸の安全を守ることであり、イランの核兵器能力開発を妨げ、その安定を乱す政策に対抗することである。アメリカは、イスラエルの安全及び包括的な中東和平のために立ちながら、以上のことを行う。

○アメリカの軍事力の主要な任務

 「アメリカの軍事力の主要な任務」という項目のもとでは、全部で10の重点的な方向性が示されています。ここでは主に柱書きの部分だけを紹介しておきます。
-テロリズム及び不正規の戦争との対抗
-侵略に対する抑止と勝利
-接近阻止(anti-access)/領域拒否(area denial)に対抗する軍事力の投射(project power)(前述)
-大量破壊兵器との対抗
-サイバー空間及び宇宙における効果的な作戦
-安全・確実・効果的な核抑止力の維持
 ここでは、「核兵器が存在し続ける限りアメリカは安全で確実な、効果的な武器庫を維持する。我々は、いかなる状況下でも、潜在的な敵を抑止し、かつ、同盟国及び安全保障上のパートナーがアメリカのコミットメントを信頼することができるよう、敵に耐えきれない損害を与える核戦力を配置していく。」と述べています。オーストラリア議会での演説では、「核兵器のない世界という我々(アメリカとオーストラリア)の共通のビジョン」という言及はまだ辛うじてありましたが、ガイダンスにおいては(また5日のオバマ及びパネッタの見解でも)も早核兵器廃絶には一言も触れていません。
 ちなみに、核戦争による地球最後の日までの残り時間を概念的に表示する「終末時計」を管理するアメリカの雑誌「ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ」は10日、時計の針を1分進め、「残り5分」になったと発表した、という報道がありました。それによると、オバマが提唱した「核兵器のない世界」について進展が乏しく、「実現に向けた道筋がまったく明確でなく、(世界の)指導者は(努力を)怠っている」と理由を説明し、「発射可能な核弾頭がまだ約2万発あり、地球上の生物を数回全滅させるのに十分だ」と強い危機感を示した、とあります。2010年1月に同誌は、オバマが09年のプラハ演説で「核なき世界」を唱えた後、世界の核軍縮機運が高まったとして、時計の針を1分戻し「残り6分」としたのですが、今回再び「残り5分」に逆戻りしたことになります。
 私は、プラハ演説以来の内外の「熱狂ぶり」に、それがまったく根拠がないことを早くから指摘してきたつもりですが、今回のガイドラインは根拠のない核兵器廃絶待望論に対する最終的な引導私という意味を持っていることを確認しておきます。
-本土防衛
-(資源減少を埋め合わせることを意図した)安定化促進のための軍事的プレゼンス提供
-安定化及び反乱対抗のための作戦
-人道的及び災害救援その他の作戦展開

○日本をはじめとする同盟国の軍事的役割の重視

 ガイダンスは、アメリカ中心の立場で記述を進めていますので、日米軍事同盟そのものについての検討には立ち入ってはいません。しかしながら、既に述べたように、オバマ政権としては、2020年にかけて、中国をもっとも重大なライバルと目してその対外政策を行っていくことを明確にしたわけですから、中国を封じ込めるための日米軍事同盟の役割は、オバマ政権のもとで今後ますます重視されることはあっても、その逆はない、と見ておかなければならないでしょう。そして、民主党政権にしても、野に下った自民党にしても、日米軍事同盟を当然の前提とした路線をまっしぐらに突き進もうとしているわけですから、オバマ政権のこうした方向性は歓迎すべきものと受けとめられていると見なければなりません。
 しかし、中国を脅威と見なすこうした米日両国の政策が導くのは、アジア太平洋地域におけるいっそうの緊張激化以外にはあり得ず、明るい未来を遠ざけるだけです。私たちに求められるのは、惰性に流されず、人類史的展望に立って、日米軍事同盟を清算する確かな展望を提起することだと確信します。

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