中国共産党成立90周年慶祝大会での胡錦濤演説

2011.07.03

*1921年7月1日に成立した中国共産党は、今年90周年を迎え、7月1日に党成立90周年祝賀大会で胡錦濤総書記が演説(以下「演説」)を行いました。その内容は、胡錦濤体制(任期は2012年第18回党大会まで)による中国現代史の総括であり、毛沢東(第一世代)、鄧小平(第二世代)、江沢民(第三世代)を受けた胡錦濤(第四世代)による自らを含めた中国共産党による中国政治の総括です。私にとって重要と思われる内容を整理してみました(7月3日記)。

1. 全体としての印象

全文を読んだ上での第一印象は、胡錦濤体制が自らの統治の時代を含めた中国共産党による中国という国家の舵取りについて自信を持って肯定的に評価しており、したがって2012年以後においても中国共産党指導の国家体制及びこれまでに実績によって裏付けられた政策方針の大方向は変わらないということを内外に宣言したものであるということでした。そのことは、決して現在の体制が内包する問題点を見ようとしない硬直的なものではなく、後で指摘しますように、それらの問題点に対する冷静な認識、対策の必要性を充分に踏まえた上での総合的評価です。これほどの自信に満ちた自己評価は、やはり改革開放政策の自他共に認める成果(その象徴的な結果がいまやアメリカに次ぐ世界第2位の経済大国となった事実)なくしては考えられないでしょう。
もう一つの大きな印象は、これは私にはかなり残念なことですが、「世界史・人類史の中での中国という自己規定」の姿勢が窺われないことです。確かに外交問題も最後の方で簡単に扱っているのですが、それはこれまでの外交方針の確認に留まっており、21世紀の世界が直面する諸課題(核問題、地球規模の諸問題、国際政治経済秩序のあり方という問題)に対してはまったく言及していません。演説が指摘するように、中国は今後も長期にわたって発展途上の段階を経なければならないことは事実ですが、しかし、その動向が世界を揺るがさずにはおかない巨大な規模を占めるに至っていることも否定しようがない事実であり、胡錦濤が人類史的な視点を踏まえた発言をすることを期待しても、それは決して「無い物ねだり」の類ではないと思います。
 演説(印刷したものは14頁)自体の構成は、歴史の回顧・総括(3頁)、中国社会主義における理論体系と制度的特徴(1頁)、党の問題(約4頁。その中身は、党の課題と幹部(人材)政策(2頁)、「人を以て本となす。執政は民のため」とする大衆路線(半頁強)、腐敗防止(1頁)から成っています。) 、個別政策 (約5頁。内容としては、経済政策(1頁)、民主政治建設(1頁)、文化政策(1頁弱)、民生政策(半頁)、国防政策(1/3頁)、香港・マカオ・台湾(半頁)、外交(1/3頁)となっています。) 、青年への期待 (1/3頁) 、まとめ (半頁) となっています。その内容、構成から見ても、90周年をお祭り騒ぎにするのではなく、共産党成立100周年(2021年)及び中国建国100周年(2049年)に向けて中国が何をなすべきかについて、広く中国人に対していっそうの奮起と期待を述べた内容となっていることは間違いありません。

2. 演説で私が注目した内容

<中国の特色を持った社会主義>

 演説は、中国共産党が二つの大きな理論的成果を生み出したとまとめています。一つは毛沢東思想です。演説は、「毛沢東思想は、マルクス・レーニン主義の中国における運用及び発展であり、半植民地反封建である東方の大国(中国)において新民主主義革命及び社会主義革命を如何にして実現するかという問題に系統的に回答し、あわせどのような社会主義を建設し、どのように社会主義を建設するかということに対して困難な模索を行うことによって、マルクス主義の宝庫に創造的により新たな内容を付け加えた」と評価しています。私の記憶はいまやはっきりしないのですが、1980年に行われた歴史決議における毛沢東思想に対する評価にあった消極的・否定的内容が消えており、読みようによっては、大躍進及び文化大革命に拘わる毛沢東の暴走すら、「困難な模索」と言い換えているとすら見えます。
 演説が第二の大きな理論的成果とするのは、「中国の特色を持った社会主義理論体系」です。演説は、この体系とは「鄧小平理論、"三つの代表"という重要思想(浅井注:江沢民が2000年に唱えた、先進的生産力の発展要求、先進的文化の前進方向、中国のもっとも広範な人民の根本利益、これら三つを代表するのが中国共産党であるとする考え方)、及び科学的発展などの重要な戦的思想を含む理論体系」であるとし、「中国という十数億の人口を持った発展途上の大国においてどのような社会主義を建設し、どのように社会主義を建設し、どのような党を建設し、どのように党を建設し、どのような発展を実現し、どのように発展させるかなど一連の重大問題に対して体系的に答えを出したのであって、毛沢東思想の継承及び発展である」と規定しています。鄧小平理論その他が「毛沢東思想の継承及び発展」と位置づけられているのは、少し考えればなんら不自然ではないし当然ともいえるのですが、長い間中国側の文献を直接読む努力を怠ってきた私にはいささか新鮮な感慨を味わう位置づけでした。
 中国の特色を持った社会主義制度に関して、演説は、これらの制度が「現代中国の発展及び進歩の根本的な制度的保障」であるとした上で、その具体的なものとして、「人民代表大会制度;中国共産党が指導する多党合作の政治協商制度、民族区域自治制度及び基層における大衆自治制度などで構成される基本的政治制度;中国の特色を持った社会主義法律体系;公有制を主体とし、多種類の所有制からなる経済共同発展という基本経済制度」などを掲げています。アメリカなどから批判、疑惑の目で見られるこれらの制度を「我が国の国情に合致」するものとして今後も堅持していくことを明らかにしています。

<中国共産党の課題>

 演説は、「90年間の中国の発展の歩みを回顧して得られる一つの結論は、中国のことをしっかりやるカギは党にある、ということだ」と、中国共産党が今後も政権を担当することは自明の理という立場を表明します。しかし演説は自らの支配の正統性について述べるのではなく、政権党としての党が取り組むべき課題について真っ正直に向き合っていることが最大の特徴だと、私は感じました。
 演説は、「世情、国情、党の事情が深刻に変化している新しい状況の下で、党の指導水準及び執政水準を高め、腐敗変質を受け付けないリスク抵抗能力を高めて、党の執政能力及び先進性を建設することを強化するに当たっては、未だかつてない多くの新たな状況・問題・挑戦に直面しており、執政、改革開放、市場経済、外部環境における試練は長期で、複雑で、かつ厳しいものだ。精神がおろそかになり、能力が不足し、大衆から浮き上がってしまい、ひいては腐敗する危険ということが、全党の目の前に鋭く存在している」として、厳しい態度で党を治めるという任務は過去のいずれの時に比べても重くかつ緊迫したものになっていると警告しています。胡錦濤の現実認識にはくもりがないことが見て取れます。
 また演説は、以上のように政治路線が確定した後の決定的な要素は幹部(人材)であると強調しています。その選抜任用に当たっては、政治的にしっかりしており、実務能力があり、成績が突出しており、大衆が公認する者でなければならないとしています。また演説は、青年幹部を大量に養成することの重要性を強調しています。これらの青年幹部に求められていることは多いのですが、「人民大衆のことを心にかけること」、進んで厳しい条件の地方に赴いて自らを鍛えることを求めていることは重要なポイントだと思います。中国の最高指導層の人材は掛け値なしに世界レベルでもトップを行く人材が集まっているのですが、そのことを可能にするのは、彼らが若いうちに地方担当を歴任し、現実政治において鍛錬され、その中でめざましい実績を上げた者が中央に登用されるという仕組みが確固としてでき上がっていることにあるのです。演説は、そういう仕組みを今後も堅持していくという認識と決意を示したものと言えるでしょう。
 演説はまた、中国共産党独自の伝統的な大衆路線についてもかなりのスペースを割いて言及しています。演説は次のように述べます。

 「90年来の党の発展の歴史が我々に語っているのは、人民から来て、人民に根を張り、人民に服務するということは我が党が永久に腐敗の地位に立つことの根本であるということだ。人を以て本となし、民のために政治を行うということは、我が党の性質及び全身全霊で人民に服務することを根本的な趣旨とするということを集中的に体現したものであり、我が党のすべての執政活動を導き、評価し、チェックする最高の基準(モノサシ)である。緊密に大衆と結びつくことは我が党の最大の政治的メリットであり、大衆から浮き上がってしまうことは我が党執政後の最大の危険であるということを、全党の同志は必ず銘記すべきである。我々は、常に人民の利益を第一位におき、もっとも広汎な人民の根本的利益を実現し、保護し、発展させることを、すべての仕事の出発点及び結着点にしなければならないし、権限を民のために用い、感情を民と結びつけ、利益は民のために図りめぐらすことにより、我々の仕事をしてもっとも広汎でもっとも頼りになる堅固な大衆的基礎とエネルギーの源泉になるようにするべきである。
 一人一人の党員はすべて、人民を自分の中の最高の地位におき、人民の主体的地位を尊重し、人民の創造精神を尊重し、人民に教師となってもらい、政治的知恵を増やして執政能力を高めることも人民の創造的実践の中に深く根を下ろすことによるべきである。新しい情勢の下で大衆工作を高度に重視しかつしっかりやり、民に政治、必要、計画を問うことを堅持し、真剣に大衆の呼び声に耳を傾け、大衆の願望を切実に反映し、大衆の苦しみについて真心を持って心配し、人民大衆の経済、政治、文化、社会など各方面の権益を法律に基づいて保障するべきである。我々が大衆を心の中におくことによってのみ、大衆もまた我々を心の中においてくれる。我々が大衆を身内のものとして扱うことによってのみ、大衆もまた我々を身内のものとして扱ってくれる。各レベルの党及び政府の機関及び幹部は、仕事の重心を下に下ろし、常に実際、現場、大衆に分け入り、人々の感情を理解し、その憂いを解き、その心を温めなければならない。現場という一線をして幹部を育て訓練する基礎の陣地とし、幹部が朝夕大衆と共にある中で大衆に対する思想感情を高め、大衆に服務するという本領を高めるように導かなければならない。」

 私は前から、中国共産党が大衆路線という作風・初心を忘れない限り、中国的民主(デモクラシー)の将来には希望が持てると考えています。今回の胡錦濤の以上の発言は、そういう点できわめて力づけられるものです。もちろん、8000万人の党員を抱え込む党において、大衆路線が底辺まで徹底するのは並大抵なことではないことは明らかです。しかし、日本を含めた世界の国々における共産党の中でも、これほど人民大衆とのつながりを重視するものはほかに例を見ないのではないでしょうか。一言脱線を許していただけるのであれば、日本共産党が低迷を脱する上での重要なカギは、日本の人民大衆との関係が本当に血肉関係になっていない原因を主体的に検討し尽くすことにあるのではないかと思います。
 なお演説は、党の問題としてこのほかには、党内の腐敗根絶問題と党内民主の発揚の重要性についても言及しています。とくに党内民主に関しては、「積極的かつ段取りを追って党務を公開し、党員の主体的地位と民主的権利を保障し、党代表大会制度と党内選挙制度を改善し、党内の民主的意志決定メカニズムを改善」することを挙げているのが注目されます。

<社会主義民主政治の建設>

 個別政策の中でとくに注目されるのは民主(デモクラシー)の問題に関する演説の言及部分です。演説は、「人民民主は中国共産党が一貫して高く掲げている輝かしい旗印である。改革開放以来、我が党は、社会主義民主の正反両面の経験を総括し、民主なくして社会主義はなく、社会主義なくして現代化はない、ということを明確に提起した」と指摘して、これまでの成果を具体的に指摘します。 しかし演説は続けて次のように述べています。中国的民主(デモクラシー)における問題の所在を十分に認識していることが窺えます。

「同時に我々は、我が国の社会主義民主の法律制度の建設と、人民民主を拡大して経済社会の発展を促進するという要求とは完全にはマッチしておらず、社会主義民主政治の具体的制度の面ではなお不完全なところがあり、人民の民主的権利を保障し、人民の創造精神を発揮する面ではなお不足していることがあることを見て取らなければならない。中国の特色ある社会主義事業が引き続き推進されるに伴い、我が国の社会主義民主政治を建設する必要もまた必然的に前進させられよう。社会主義民主政治を発展させる上では、中国の特色ある社会主義政治の発展の道路を堅持するべきであり、そのカギは党の指導、人民が主人公となること、法律に基づいて国家を治めることの有機的統一である。」(太字は浅井)

<青年への期待>

 演説でもう一つ私が注目したことは、青年に対する熱いまでの希望を胡錦濤が述べたことです。「青年は祖国の未来であり、民族の希望であり、同時に我が党の未来及び希望である」とし、全国の青年が「中華民族の倦むことなく奮闘した光栄ある歴史と偉大な歩みを深く認識し、永遠に偉大な祖国と偉大な人民と偉大な中華民族を熱愛し、…党及び人民のために功を立て業を成す中で輝かしい光を放つように」と述べています。
 これはもちろん、改革開放過程とともに共産党政権に対する不満や批判が青年層の間に高まっていることを背景にしたものでしょう。シニカルに見ようとすれば、いくらでも揚げ足取りをすることもできると思います。しかし私は、党成立90周年の記念演説という特別の場において、胡錦濤が異例とでもいえる形で青年に語りかけたことの意味を受け止めるべきであるように思います。来年には任期を終える胡錦濤としては、改革開放政策の成果は大きいとはいえ、中国はまだまだ発展途上国であり、小成に甘んじることなどは早すぎるという認識であり、次代を担う青年たちが中国のさらなる政治的経済的文化的発展のために志を持ってほしい、という切々とした気持ちを伝えようとしたのではないかと思います。
 最後に今一度脱線を許してもらえるならば、このような切々とした訴えを日本の政治家の誰がよくなし得るでしょうか。しかもこれだけの思いのこもった言葉で。

RSS