医師・丸屋博/詩人・御庄博美のメール

2011.04.08

*広島にいる間に知己を得て親しくさせていただいた医師・丸屋博であるとともに詩人・御庄博美でもある丸屋先生から万感胸に迫るお便り(メール)を頂きました。是非、このコラムを訪れる方たちにも先生の思いを共有していただくべきだと思いますので紹介します。なお、まったくの蛇足ながら、私が先生にお返ししたきわめて散文的な便り(メール)も付け足しておきます(4月8日記)。

<先生のメール>

福島原発 破砕

 福島原発2号機の汚染水が止まらない。今日6日 の新聞にはトレンチ建屋の砕石層から漏れ出しているという。それは原子炉の核心である圧力容器が破損してそれを保護する格納容器を溶かし原子炉建屋の地下、砕石層に汚染水が流れ出ていることを示しているではないか。炉の容器内にも冷却水を注いでも注いでも炉心の燃料棒が露出していたのは圧力容器の底が抜けて建屋の下に漏れ出ていたのだ。
 いま2号建屋、それに連なる1号機、3・4号機、それらの地盤に敷き詰められた砕石が汚染水の大きな貯水槽となっているのではないか。炉心の燃料棒が治まるまで汚染水は垂れ流しとなるであろうか。
歴史上例を見ない放射能汚染が起こるのではないか、と心を痛めています。僕は2006年刊の詩集『原郷』のなかの「青い光」(JOCの事故)"行く先には果てしなく広がる/プルサーマルという沃野があるという/夢のエネルギー政策という呪文/繰り返される呪文のなかで/とてつもなく明るい街灯と見えていたものは/雪道のかげろう/暗夜の影法師・・・/人類の「おごり・過信への戒め」と/特号活字が躍っている"と書いたことがあった。

 僕は今、断崖の淵に立っている気持ちです。

<私の返信メール>

福島第一原発に関する丸屋先生のご懸念を、私も100%共有しております。
政府及び東電には、事態の深刻さに対する認識が決定的に欠落しており、想像するだに恐ろしい最悪の事態を招かないために果断な措置を執ることを怠り、いたずらに応急措置だけで時間を浪費しているとしか考えられません。「風評被害」「風評被害」と、自らの無責任極まる行動を棚上げし、隠蔽しようとする姿勢は、放影研やこれに連なる広大原医研の「御用学者」の過小評価発言横行とともに、広島・長崎を隠蔽し続けてきた戦後日本の対米追随主義が体質になってしまっていることを露呈しています。
皮肉なことは、本家本元のアメリカは、大震災後の救援という美名のもとに、日米軍事一体化の予行演習を「ともだち作戦」として着々と進めながら、自国民の放射線被曝に対しては遙かに徹底した予防措置を講じていることです。しかも、そういうアメリカをマス・メディアは手放しで賞賛し、感謝の言葉を惜しまないという醜悪を極める報道姿勢なのですから、毎度のこととはいえ、私としてはますます怒りが募ります。
もう一つ気になることは、海外諸国における明らかに過剰な反応ということです。放射線に関する正確な知識が世界的に共有されていないために、すべての日本食品の輸入禁止措置(インド)などが取られ、バンコックのお寿司屋さんががらがらになるというパニックが起きているという報道がテレビでありましたが、これも、広島・長崎・第五福竜丸から正確な科学的知見を学び取ることが、アメリカによって封殺されたことにそもそもの原因があるような気がしてなりません。求められるのは、福島の大悲劇から世界が正確な教訓を学び取ることではないでしょうか。パニックが起きている反面で、原子力発電に対する正面からの問題提起が行われるに至っていないという事実そのものが、日本のみならず、世界的に見ても、原発(「原子力平和利用」神話)に世論の批判が向かわないようにしようとする、アメリカをはじめとする国際的な意図を感じています。
Sさんから、丸屋先生がハプチョン行きの計画も延期されたと伺いました。大震災、福島の事態にかかわるご心痛が先生の体調を損なっているのではないか、と心配です。かくいう私も、3月末までに脱稿して出版社に渡す約束になっていた書き物に集中して取り組む気力が萎えがちで、自分の気持ちを奮い立たせることに苦労しておりますので、先生のお気持ちがいかばかりか、と拝察しております。どうか、くれぐれもお体をご自愛ください。

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