日中関係-回顧と展望-
 新防衛計画大綱に対する根源的批判として
第4回:質疑応答

2010.12.19

*民主党政権の下で新防衛計画の大綱が発表されました(12月17日)。前原外相を筆頭とする「勇ましい」連中が音頭取りをしたとも伝えられていますが、内容的には小泉・ブッシュ路線を忠実に継承「発展」させたものに過ぎません。要するに、対中国シフトを鮮明にしたということであり、それだけでは「まずい」という考慮も加わって対朝鮮対応的側面を加味したというのが本質です。私は、アメリカの対中軍事戦略に日本が思考停止のまま身を預けてしまうこと以外の何ものでもない今回の大綱は正に国の進路を誤る最悪のものだと確信します。
 11月10日に、広島弁護士会平和憲法問題対策委員会で「尖閣問題と日中・日米関係」というテーマでお話ししました(テープが起こされてきたものに、正確を期してかなり手を加えましたので、分量的に多くなってしまいました。)。今回の大綱が出される前のものですが、内容的には、なぜ大綱が根本的に間違った選択であるかということを理解し、認識するための基本的判断材料がつまっているはずですので、紹介します。ただし、4回に分けて掲載することにします。今回はその第4回です。私がお話ししたのを受けて活発な質問、意見が出て、私がお答えした部分ですが、内容的にきわめて興味あるものと思いますので、紹介します(12月19日記)。

質疑応答

司会

ありがとうございました。浅井先生のお話を聞いて、目から鱗のような意見でもあったり、逆に、いろいろな疑問な点もあるかと思います。どなたでも結構です。

I

今日は何点かご質問しようと思って…

浅井

怖いです(笑)。

I

まず、時間節約の意味で、質問を全部先にお話しさせていただきます。
第1点は、誰も考えたくないし、考えれば不愉快になる台湾海峡有事の場合に、アメリカが軍事介入するということが、今の米中関係で本当に考えられるのかどうなのか。かつ、中国は、アメリカの本土に届くICBMを20~30発は持っている国ですから、それにアメリカの債権を世界で一番たくさん持っている国なので、台湾海峡有事の場合にそういうことが本当に考えられるのかということが先ず1点ですね。 それから、日米安保体制が尖閣問題に適用されるかどうなのか。アメリカは曖昧な言い方はしていますけども、あるレポートでは、アメリカの日本防衛勤務には尖閣にも適用されるということを宣言すべきだということを提案しているんですよね。アメリカは尖閣を巡る日中紛争で、安保条約第5条が適用されると考えているのかどうなのか。そこも確認したかったのです。
それから、日米安保体制が台湾海峡に適用されるというのが、日米防衛政策見直し協議「ツー・プラス・ツー」で合意されたとおっしゃっておられるのですが、もっとさかのぼって69年に沖縄の施政権返還を合意した佐藤・ジョンソン日米共同声明でかなり際どいことを言っているのです。朝鮮半島は日本とアメリカにとって緊要だと言った次に、「台湾地域における平和と安全の維持も日本の安全にとって極めて重要な要素である」ということを日米共同声明で合意しているので、私はこの時点で明確に、日米安保体制が台湾海峡問題に適用されるということを日米が合意したんだろうと思っていますが、先生はその辺をどうお考えなのかなということ。
それから、もう1つは「戦略的互恵関係」。安倍首相が訪中した時に、小泉内閣時代に傷つけられた日中関係を修復する意味で戦略的互恵関係を合意して、その後2008年5月でしたか、戦略的互恵関係を推進させるための日中首脳会談の共同声明では非常に詳しく外交文書化されています。私も読んでみましたが、これは非常に優れた外交文書だと思ったのです。ところがどっこい、尖閣問題で漁船がチョロチョロしたくらいでそれがぶっ壊れてしまうくらいの底が浅いものだったのか。そうすると今後、この戦略的互恵関係を本当に発展させる為には、日中の間でそれぞれ何が求められているのであろうかということ。以上です。

司会

1つ1つ、答えていただけますか。

浅井

はい。最初の、台湾海峡有事は本当に考えられるのか、ということですけども、アメリカも中国も自分から有事にしたいという気持ちはまったくないと思います。しかし、私たちは冷戦たけなわの時の、欧州正面のことを考える必要があると思うんですね。お互いに戦争をする気持ちはないけれども、しかし何が起こるか分からないのが国際関係だという認識は、パワー・ポリティックスの発想に凝り固まっている国々の間ではきわめて常識的なことなのです。
私は、今回、香港に行って驚いたのは、アメリカがパワー・ポリティックスに徹しているのは分かるのですけども、中国もしたたかにアメリカ的パワー・ポリティックスの発想を我がものにして、それで対抗しようとしていることです。ですから、私が1980年代初期に中国大使館で勤務した頃の中国外交の柱であった「平和共存、永遠に覇権を唱えない」というような発想は吹き飛んでいるわけですね。そういうことを考えると、本当に何が起こるか分からない、という不吉な思いに襲われました。
特に、台湾で民主化の1つの結果として民進党とかが出てきて、台湾独立ということを現実の主張としてやっているわけですね。もちろん、アメリカも台湾が独立に走るというようなことは願ってもいないでしょうが、しかし仮に台湾が暴走した場合にどうするのかということは、アメリカとしては考えざるを得ない。そういう点で私は、不確定要因という点では、冷戦時代の欧州正面よりも台湾海峡の方が危険性は大きいと思います。お答えになっていないかもしれませんけれども、米中ともに、決してあり得ないけれども備えだけはしておくという、そんな甘い考えではないと思います。要するに、パワー・ポリティックスの発想に立つと、そういう展開になるんですね。それを私たちが同意するかどうかは別問題です。
それから、日米安保は尖閣に適用されるかという時に、I先生がおっしゃった5条の適用か6条の適用かというところが非常に微妙なんです。つまり、領土領有権の問題については立場を取らないと言っているからですね、日本のものだと決めているわけではないですね。ということは5条適用の対象ではない可能性があるわけですよ。

I

日本の施政権下に対して攻撃があった場合に5条が適用されるわけですから、領土の帰属の問題とは切り離して考えないといけないわけですよね。

浅井

ああ、施政権ということでは確かにそうですね。そういう意味で5条の適用ということは、日本の施政権が尖閣に有効に及んでいる限りにおいてあることは間違いないと思います。それは、アメリカとしては詰めた話をしていけば当然そういうことになる、ということだと思いますね。
しかし、より実質的な問題は3番目の問題であって、おっしゃったとおり、「ツー・プラス・ツー」合意で台湾海峡有事に日米安保が適用されるという前に、69年の日米共同声明で日本は台湾防衛にコミットしたではないかということですけれども、この点についてはもうお読みになったかもしれませんけれども、最近、岩波書店から栗山尚一氏の『外交証言録 沖縄返還・日中国交正常化・日米「密約」』という長い題の本が出ています。この中で非常に詳しく書いています。確かにおっしゃるとおり、朝鮮半島については事前協議を吹っ飛ばして日本が軍事的にコミットするところまで入り込んでいった。これに対して台湾海峡については、事前協議があれば前向きに考えるというとこまでコミットしたという結論なんです。
私が申し上げたいのは、たとえそのようにコミットしたとしても、超法規的に日本の基地をアメリカが使ってしまえばそれまでですけれども、1969年当時は有事法制もないし、国民保護計画もなかったわけですから、日本としては動きが取れないわけですよ。それに基地の提供にしても、当時においては既存のものしか使えないわけですね。「ツー・プラス・ツー」の合意があって初めて、日本はアメリカが必要とするところをどこでも提供しますと約束したわけで、そういうことがないと日米軍事同盟は有効に機能しないわけですね。軍事的な実態的な意味で言ったら、2005年の合意ができてはじめて日米軍事同盟は台湾有事に対して機能する体制づくりに成功した、と私は思います。
 特に問題なのは有事法制ですね。本来、条約を改定することによって実現しなければいけない内容を、アメリカ側は特に国内的な措置を取る必要がないので、日本の有事法制で処理したというところに重大な問題があると思います。日本の有事法制プラス日米安保条約で、日米軍事同盟の変質強化を実現するという段取りをしたわけですね。これは私が外務省にいた時には、絶対にやってはいけないこととたたき込まれていたことだったんです。
要するに、国内法によって条約を実質的に改廃するということはあり得ないことだったんですね。憲法上、条約が国内法に優位するわけですから、下位法によって上位法を改変するということは絶対にあり得ない、やってはいけない、考えてもいけないと叩き込まれていたことですけれどもね。小泉政権の下で外務官僚はそれを平然とやってのけたわけです。そういう問題があります。
それから、戦略的互恵関係ということですけれども、私は、この言葉はもう世界中で使い古されているものであって、米ソも戦略的互恵関係ですし、米中も戦略的互恵関係ですし、その言葉の意味は微妙に異なりますけれども、日中関係は言葉で勝負という次元ではないと私は思うんですね。私が申し上げたように、もっと根本的なところで、本当に相手を対等な平等な存在として認めるという認識が根底になければ、いくら戦略的互恵関係と言っても何の意味も持たないのではないかと私は考えています。中国に対して非常に偏見を持っている安倍晋三氏の下で戦略的互恵関係が演出されたこと自体が、私にとっては眉唾であって、中国としてはせめて日本が変なことをしないように一札取っておきたいというような気持ちはあったのでしょうけれどもね。日中関係が、言葉を整理することによって実質的な内容が整理されていくという、そういうプロセスを踏む関係にはなっていないことが、むしろ問題だと思います。

I

2008年の5月に日中首脳会談の時に合意された、包括的推進に関する日中共同声明は、単に言葉ということだけではなくて、相当具体的に合意しています。6者協議のことについてもかなり言及していますし、確かに戦略的互恵関係はどの国との外交交渉にもよく出てくる言葉ではあるのですが、要は中身で、ここまで具体的に合意しておれば、問題は日中双方がどうやってそれを推進するのか。おそらくその次ぎの段階を考えなくちゃいけないはずなのですよね。
 ところが残念ながら、日本政府も、それに中国もおそらく国民世論との関係もあってか、その点がまだ十分に詰められていないということもあったんだろうと思うんですけども。これを実行しようと思えば、中国にとってはとんでもない話ですよ。6者協議についても、もっと日本は積極的にコミットする。先生がさっきおっしゃったような方向で進めていかなくちゃあ、実行したことにならない。外交文章である以上、それを踏まえて我々も国民の立場で考えていかなくちゃいけないと思いますので、単に戦略的互恵関係という言葉で切って捨てられない内容を含んでいるんだろうと思うんですけども。

浅井

おっしゃる意味はよく分かるんですけれどもね。中国は、よく考えていないんじゃないかとおっしゃいましたけども、中国側は本当に現実のものにする気持ち、希望を強く持っているだろうと私は思います。中国にとって、日本と事を荒立てなくてはいけない、荒立てた方がいいプラス要因は何もないんです。ですから、中国側の誠意を疑う理由がないと私は思います。もっぱらそれは日本側が、誠意がないのに作文をしたということなんだろうと思います。ですから、作った以上、それを出発点にして次を考えろと言っても、先生もおっしゃったように今回のような尖閣の事件についていっても、そういう戦略的互恵関係の枠組みが動いているのであれば、尖閣の問題も本来は未然に防げる話ですよね。
ということは、それがいかに作文にしか過ぎないかということですよ。しかもそれを日本側の原因で、「いろは」の「い」の字も踏まえていない日本側の対応によって無に帰せしめているということです。これでは中国側はどうしようもないですよ。対応できないですよ。先程申し上げたように、中国は本当に事を荒立てたくないはずです。それをきっかけにして、国内の動きが中国共産党の支配体制そのものに対する批判にまで広がる可能性はすごくありますからね。とにかく日中関係は良好に保ちたいはずです、間違いなく。それは中国の国益にも合致することですから。
しかし、とにかく彼らにとっては売られた喧嘩なんです。それに対して何もしなかったら、それだけで政権が潰れますよ。そういうところを日本側が分からないと、本当に危ないですよ。ですから今回のユー・チューブへの漏出事件についても、日本国内でのこういう騒ぎ方だって、単に中国の指導者たちだけではなくて、アジア太平洋の平和と安定を希う良心的な人たちも、「日本は大丈夫か?」って考えていると僕は思います。要するに、今の日本は当事者能力がないんですよ。当事者能力がない者が、いくらきれいな作文を作ったって、そんなことができるわけはないじゃないですか。ですから僕は、やっぱり原点に戻って、本当に日本人全部が目を覚まさないと駄目だと思いますね。
私は政党の中では、日本共産党はまともなことを言う政党だなと思ってきたわけですけれども、その日本共産党が先頭を切って領土問題でタカ派的な発言をする。これではもう収拾がつかないですよ。私はそれほど危機的な状況だと思っています。

司会

はい。ほかには。どうぞ。

N

素朴な質問が2つあります。1つは、同じ植民地問題についてです。日本は韓国なども含めて植民地化しましたけども、イギリスは一時期、全世界にかなり植民地を持っていましたよね。しかも清の時代に香港とかアヘン戦争以降いろいろやって引き揚げて、その時にも一言も謝罪せずに帰ったということがある。イギリスはインドも支配していましたしね。いろんな所を植民地化しておきながら、今日においてもイギリスの過去についてさほど言われなくて、外交面ではそれなりの力をきちんと発揮できているのは、どういう事情があるのかなあ、というのが1つ。
もう1つは、先程、先生が、6カ国協議で北朝鮮の核開発を止めさせる代わりに石油等を支給するということを決めたにも拘らず、日本が拉致問題を理由に拒否しているということをおっしゃいましたが、日本のように発言が自由な国においては、どの政党も拉致問題は極めて大きな関心を持たざるを得ない。そういう国を前提にした場合に、拉致問題を置いといて、今の北朝鮮の問題を決着付けるにはどうするのか。つまり、そんなことは小さな問題だからと言い切ってやるしかないものなのか、どうなのか―というその2点です。

浅井

最初の問題ですけれども、イギリスの植民地は世界各地に散らばっていましたし、一括りにしては言えないんですけれども、基本的にはイギリスやフランスなど、いわゆる植民地列強と言われた国々による植民地獲得は第1次世界大戦までなのです。それ以後は植民地拡大ってことはしていない。やっぱりそこは、人類史発展の流れに逆らうということはしていないわけです。いかにしてソフト・ランディングするかということでやってきていると思うんですね。それが非常に大きい。
それに対して日本は、第1次大戦が終わってから、中国侵略、東南アジア侵略に乗り出していったということですね。そこがいかに、いわゆる人類史的な発展というものを認識していなかったかというところだと思うのです。ですからよく、中国は日本だけを非難すると言いますけれども、今申し上げたことを踏まえれば、中国人にとっては、第1次大戦までのことについては問題解決に向けての方向性が見えた、それに対して欧米列強は逆らわなかった。それに対して日本は、「そういう国際法秩序をまったく無視して侵略してきたじゃないか」ということで問題視しているのだと思うのです。そこの点は、やはり日本人として踏まえるべき基本線じゃないか、と私は考えています。
それから6者協議ですけども、拉致問題は小さいというつもりはありません。ただ、2002年の小泉訪朝でできた平壌宣言で、日朝間で約束したことは、拉致問題に関して言えば、北朝鮮が「もう2度とああいう過去にやったようなことはしません」という確認だけなのです。その点については、北朝鮮は約束を守っているわけです。今、拉致問題で騒ぐ人だって、今の時点で新たに拉致が起きているとは誰も言っていないわけでしょう。ということは、北朝鮮は平壌宣言の約束は履行しているということなのです。我々が言う、「拉致問題の解決なくして国交正常化なし」と言っている場合の拉致問題というのは、拉致されて朝鮮で生きている可能性のある人たちを帰すことですよね。それは平壌宣言の枠外のことなんです。
ですから私は、生きている人がいるならば当然のことながら帰してもらわなきゃいかんという立場です。しかし日朝国交正常化というのは平壌宣言の合意に基づいてやるという約束なのですから、生きている人を帰してもらうという問題は、日朝国交正常化の別枠の外交問題として処理すべきだと思うんです。
私は、そういう基本的な点ですら日本国内で正確に認識されていないところに問題があると思うんです。私は、民主党政権になって少しはこの問題でいい方向にいくのかと思いましたし、この問題は民主党政権に対して数少ない期待を持った分野なんですけども、実際は自民党政権時代よりももっと悪くなっていますね。
国際約束である平壌宣言すら忠実に守ろうとしない日本に対しては、金正日ならずとも「相手にせず」ということになると思うのです。要するに「日本はアメリカの言うなりになるだけの存在ではないか」ということです。だから米朝関係さえ何とかなれば、日本だって動かざるを得なくなるというのが、今の北朝鮮の腹を括った態度だと思うんです。
それからもう1つ言わなければいけないことがあります。確かに蓮池さんたちは帰りました。しかし、あの時だって、日朝間では一時帰国ということで約束したわけですよ。日本側は、また朝鮮に戻しますと約束していたわけです。ところが当時、官房副長官だった安倍晋三が帰さないと言い出して、そのままになっちゃったんですね。ですから北朝鮮にしてみれば、基本的な約束すら守らない日本という事実を思い知らされたわけです。平壌宣言も守らなければ、そういう実務的なことも守らない日本は、彼らからしてみると「そういう国をどうして信じられるのか」ということになるわけですよ。
もちろん、北朝鮮を批判しなければ気が済まない人たちからすれば、「それは盗人の論理だ」ということになってしまうのでしょうけれども、しかし北朝鮮の立場からすれば、間違いなく非は日本側にあるんです。こういうところを私たちは正確に理解しないといけないと思うんです。だから、蓮池氏のお兄さん、蓮池徹氏は拉致被害者の会の事務局長を辞められたでしょう。やっぱりついて行けないわけですよ。その後、彼がいろんな所で話していることを聞くと、大体私の言っているようなことを言っています。
ですから、以上に申し上げたことは私個人の極めて異端的な見解ではなくて、平壌宣言を正確に見て、それから日朝間の合意事項を再確認すれば、おかしいのはどっちかという結論は出てくるわけです。日本は言論の自由な国だから、その言論に政党が振り回されるのは当然だとおっしゃいますけれども、それは要するに日本のメディア、ジャーナリズムが最低限果たすべき機能を果たしていないからこうなっちゃうんですよ。私に言わせればね。

X

先生、それはアメリカも同じでしょ。アメリカの外交も世論に振り回されるんじゃないですか。日本だけじゃなくて。

浅井

それはもちろん、アメリカも日本も大衆社会になっていますからね、それは世界中のことです。しかし、日本は度が過ぎていると思います。アメリカでは今回の中間選挙で、ティー・パーティーというのが忽然と現れたでしょう。確かにその目指した方向性には、私はまったく同意できません。しかし、あれを見て私は、アメリカの草の根デモクラシーっていうのはまだ根っこがあるんだなと、逆に思いました。要するにティー・パーティーの運動はマスコミが先導したわけじゃないんですよ。初めは完全に無視されていたんですね。それがじわりじわりと広がって、遂には共和党の方向性まで支配しかねない勢力にまでのし上がってくるわけです。しかもティー・パーティーは、アメリカ合衆国憲法を楯に取っているのです。そういうところが日本では考えられないことでしょう。
だから大衆社会という点では大同小異の状況もありますけども、やっぱり日本は戦後65年間、器(制度)としての民主主義は備えたかもしれないけども、仏作って魂は入っていないと思うんですね。しかしアメリカには魂がまだ残っているんだと思うんです。ティー・パーティーっていうのは今回、そのことを示したものじゃないかと思うんです。それが変な方向に行っちゃっていますけどもね。

司会

はい、ほかにないですか。

A

先生がおっしゃった、共同管理とかいう形で、領土問題を解決していくべきだという考え方に私も同感なんですけれども、これは例えば、外務省とかの中では、そういう方向性というのは検討されているのかどうかということと、この前、あれは民主党の誰だったかな、議員が集会に出て来て、全然関係ないんですけども、「北方領土の4島返還論に関連して、国後(くなしり)と択捉(えとろ)はもう人が住んでいるから、ロシアでは日本の主権を認めて共同管理みたいな方向を目指すしかないんじゃないか」みたいなことを言ったりしている。
  それは果たして外務省にもそういうことを言っている人がいるのかどうかということを、先生がご存知であれば教えていただきたいということが1点と。
それから、もう1つは、日中共同声明を巡る問題で私は中国人強制連行裁判をやっていて、最終的に最高裁に任されたという経験を持っています。先生がおっしゃられたように現時点で中国政府は、個人の賠償は終わってないという立場を取っているんです。それも要するに強制連行とか、そういう部分に関する問題の関係でそういう風に言っています。
先程言われた個人的賠償を言われるんじゃないかという問題は、実は中国国内の問題だと思うんですね。その部分について、運動がその問題には触れないという風なのが今の日本の現状です。中国の戦後保障の問題を考えている人たちは万人坑問題などを取り上げていますから、まさにその問題を考えている人たちなわけです。そういうことが、やはり中国の人たちの間では、日本に対して「こちらはすごく引いているのに、何で日本は理解しないのか」という思いがあり、さらにそのことが、「周恩来首相が戦争を放棄すると言ったことは、やはり間違いであった」ということで中国政府に向かっていくのではないかということを、中国政府は恐れているのかなというような感じを持っています。
だから非常に中国というのは微妙な立場にあるんだろうと思ってはいるんです。それで、やはり中国は民主化しない限り、この問題は解決しないのかなという風にも思っていまして、その辺り、先生はどのように見ていらっしゃるのかお聞かせいただきたいのですが。

浅井

1番目の問題は非常に難しいんですけれども、すでにお話の中で触れましたように、私が外務省にいた時に「もう共同開発という解決しかないだろう」と思って動いたことはあります。ですから、そういうことはファイルの中にはあると思います。尖閣についてですね。
ただし、今回の件との関連で1つ申し上げたいのは、自民党政権の方が民主党政権よりまだマシだったなと唯一思ったことは、自民党政権は戦後一貫して日中関係にかかわってきたわけですね。だから、対中関係に対する対処の仕方に関して過去からの蓄積があるわけです。したがって2004年の小泉首相の対応でも、あの小泉首相ですら変なことをやったら地雷を踏むことになるということで、とにかく追い返すしかないというバランス感覚が働くんですよ。民主党政権はそういう蓄積がまったくない。ゼロであることが露呈されたわけです。
しかも、最近聞いた話ですけども、今の外務省の物事の流れにおいては、政務三役が微に入り細に穿ってすべてのことに目を通さないと気が済まないんだそうです。外務省だけではなく、どの省庁もそうらしいですけれども。ですから事が動かないんです。枝葉のことから幹のことまで、関係なく口を挟むという、それが民主党が主張してきた「政治主導」なるものの現実になっている。こうなるともう駄目ですね。もうどうにもならないです。そういう点で大所高所に立って物事を判断し、動かすということは非常に難しいと思います。
それから、北方領土の4島返還の方は外務省ではソ連関係の人がやっているんですけれども、いわゆるロシア・スクールの人たちは伝統的にものすごい対ソ強硬派なんですよ。「ソ連なにするものぞ」と言う人が多かったですから。それがロシアになって変わったのかというのは、佐藤優という訴訟を受けている人がいろんな所で勝手なことをしゃべっていますけれども、それを見るとどうも変わっていないようですね。やっぱり北方4島の問題についての方針は、尖閣問題に関するよりももっと堅いんじゃないでしょうかね。おそらくそういうファイルもないんじゃないでしょうか。むしろ、政治家が2島返還でいいとか、4島返還だとか、いろんなことを言っているということはありますけれども、外務省のファイルにはあまり選択肢はないと思いますね。
それから、中国人個人の対日請求権の問題ですけれども、日本でも、サンフランシスコ平和条約で個人の対米請求権を放棄した以上、原爆被害の補償を政府に要求するとか、そういう話も日本国内には現実にあるわけですね。そういう形で中国の人たちの法意識が形成されてくると、「中国政府として日本政府に対し強いことを言わないのであれば、中国政府が自分たちの面倒をみろ」ということを言い出す時期は来ると思いますね。
もう1つ私の実感として申し上げると、中国には自由がないとか、日本には自由があるとかいいますけれども、私はもっと本質的な問題は、「個」があるかないかだと思うんですね。日本人は自由があったって、「言ったらまずいな」、「横並びでまずいな」と思ったら自己規制するじゃないですか。中国人はそういうことはないんです。「個」をしっかり持っているんです。俺は欲しいと思ったら動くんです。俺が正しいと思ったら言うんです。「個」がしっかりあるから、魯迅が「一億の砂」と言ったように、中国の民衆を放っておいたらバラバラになってしまうのです。自己主張が噴出しちゃうわけです。ですから中国共産党は、「とにかく今は国家建設が大事だよね」、「みんなの生活向上が大事だよね」と説得して、必死になって求心力になろうとしているわけです。
私はある意味でそれは、私たちにとっても非常にありがたいことだと思うんです。あの中国がバラバラになったら、その破壊的マグマは朝鮮半島の北朝鮮の比じゃないですからね。そういう意味では、私たちは中国共産党による統治には歴史的な必然性とか必要性を認識する目がないとまずいんじゃないかと思います。
もちろん私自身は、今日の日本においては「個」を前提とした自由・人権が完全に実現される政治にならなければならないという立場ですし、中国においても21世紀の後半まで展望すればそういう方向に向かっていくとは思います。
しかし、中国の歴史的発展段階を無視して、劉暁波が言うように、今すぐ無条件に完全な自由を保証しろと言ったって、じゃあそれを実現したらあなたはその中国をちゃんとコントロールする自信がありますかということは問わなければならないはずです、それが政治ですから。しかし、少なくとも彼の著述を見る限り、その点についての考えは何も示されていないですよね。そういうところを、私たちは見ていかなくてはいけないんじゃないかと思います。少なくとも私は、「個人の自由・人権が何ものにも勝る。国家が混乱しようと何だろうと関係ない」という立場には立てませんね。しかも、劉暁波の件について言えば、明らかにアメリカのいろいろな力が後ろでうごめいていますからね。そういうこともやっぱり考えざるを得ないと思うんですよ。私たちは、とかく人権問題ということで割り切って考えがちですが、実際問題としては、アメリカの対中政策という生々しい国際政治が絡まっており、非常に難しい中身が含まれています。

司会

ほかに、はいどうぞ。

Y

一般人の質問をさせていただきます。先生のご見解だと、尖閣問題は日本側の無主先占にはおかしいと。これは清国から、海洋宣言にあった防守したる一地域に属するという、ご理解なんでしょうか。

浅井

いえ、さっきから何度も申し上げているように、私は領土問題に関心がないんです。ですから、どちらの立場が正しいかを判断する材料を蓄積するためにエネルギーを使う気持ちはないんです。ですから私がここに紹介しているのは、中国側はこう言っている、こういう根拠に基づいてこう言っているという事実関係の紹介だけです。そして日本側は、「無主先占」、誰もいないことを確認して杭を打ったと言っているだけで、中国側の主張に対しては何も答えていないという事実を申し上げているわけです。

司会

いいですか。はい、どうぞ。

S

極東辺りの諸現象の、ものの見方は基本的にどこに立っているのかなというところから、いろんな見方が違ってると思うんです。先生は国家というものが、1つの見方として道具だという形を見られていると。それと、この国家の属性はいずれ消えていくんだろうなという見方に立っておられて、そういうような国家の下で、国家間では国家に対して、領土問題などを独立した国家のものの見方で見るべきではないんだという風な感じで、その土俵に立っておられるのかなと思っているんですけども、それはどうなんですか。

浅井

はい。物事を見る際の土俵・座標軸っていう問題は、私流に言うと2つあります。1つは、天動説的な国際観に立つか、地動説的な国際観に立つか、という問題です。つまり、天動説というのは、何ごとにおいても自分中心で回りますから、何か自分に関係する問題が起こった場合には、自分は悪いはずがないですから相手が悪ということになります。そういう見方をずっとしてきたのが日本人であり、日本です。日本はかつて悪いことをしたことはない、そういう国際観を持っています。だから例えば、南京大虐殺などあり得ないということになるのです。そして、もう1つ厄介なのはアメリカです。アメリカの場合は、普遍的価値観を世界で最初に実現した国家として、その普遍的価値観を世界に広める使命を持っていると思い込んでいるという意味での天動説なんですね。
しかし、現実の国際関係に向かい合うときには、地動説に立たなければいけないと思うんですね。その地動説の国際観を可能にするのが2つ目の要素で、丸山真男が言う「他者感覚」だと思うんです。つまり、常に自分を基準にして物事を考えるんじゃなくて、相手の立場に立ったら、例えば朝鮮の立場に立ったら世の中がどう見えるか、日本がどういう行動を取っていると朝鮮には見えるのか、という座標軸に立って考えることです。「他者感覚」のもう一つのポイントは、自分自身を他者の目で見るということです。それが私は必要だと思います。それが、国際関係、国際政治を考える上での大前提だと私は思います。他者感覚なしには国際関係の正確な判断はできませんし、やってはいけないと思います。自分本位で物事を考え、動かそうとするのであれば、碌なことがありません。そういうことです。
2つ目のお話ですけども、国家はいずれ今のような国際関係における主役的な役割は終えるだろうと、終えざるを得ないだろうと、私は確信します。それは、人間の尊厳ということが基準(モノサシ)になる限り、国家が個人の上に立つことはあり得ないこと、あってはいけないことですからね。そういう意味で、国家というものが、主権国家ということから機能的存在としての役割に自らを相対化していくということは必要だろうし、必然的な流れでもあると思います。
しかし、この地球世界というのは、この多様性と言いますか、いろいろな格差、差別、違いというのは100年、200年の単位でなくなるとはとても思えない。そういうことを考えた時に、いきなり世界連邦政府で、すべてを律するなんてことは非現実的だと私は思います。それは日本国、こんな小さな国でもいきなり中央政府が仕切ったら碌なことがないわけで、だからこそ地方自治(地方分権という言い方が日本では流布されていますが、私は地方自治という概念がデモクラシーの本義に照らして正しいと思います。)の重要性が指摘されているわけです。そういう意味で私は、国家というものを将来的に地球単位で考えた場合、例えば日本という国家における都道府県的なものに、その役割、機能変化をさせていくという形でかなり長い間にわたって存続はしていくんだろうと思います。国家そのものが消えていくというのは、かなり先のことだろうと私は思っています。

司会

はい、ほかにありませんか。いいですか。それでは最後に私が質問をさせていただきます。先程、言われたように、中国は軍拡を急いで拡大している。それから領有権についても外に向かって拡大している。すでに力で対抗するような態勢を取っているじゃないか。そうであれば日本も同様な、国家間の対等な原則で言っても、力の関係を誇示せざるを得ないじゃないか。憲法改正して、自衛隊を軍隊としてきちんと認めるべきじゃないかとか、アメリカと日米軍事同盟を強化する必要があるんじゃないかというような議論が、ぞろぞろ出てきているんですが、これに対する説得はどのようにすべきことなのでしょうか。

浅井

これは、私が如き法律についての素人が皆様に生意気なことを言う立場ではないのですが、私の素直な実感を申し上げますと、日本国憲法は、1947年に制定された時には理想主義の憲法だったかもしれないけれども、21世紀の今、先程、私が挙げたような21世紀の特徴を踏まえた場合には、まさにこの日本国憲法というのは21世紀の地球社会が向かうべき方向を指し示しているんだろうと思います。
つまり、人間の尊厳ということを本当に出発点として置くならば、その人間の尊厳を危める戦争とか暴力とか、そういうことは許されてはならないはずです。人間の尊厳という普遍的価値をもっと真剣に、いわゆるスローガンとしてだけ言うのではなく、魂を込めていかなければいけないと思うんです。それを体現しているのが日本国憲法の前文であり、人権条項だと思います。そういう意味で私は、「力によらない平和観の立場に立つ日本国憲法というのは、まさに21世紀のこの人類社会が進むべき方向を、真に見事に指し示している」と思います。本当に巨視的、歴史的に見れば、この9条の方向に人類は歩んでいくだろうと、歩まざるを得ないだろうと確信しています。その方向に向かって歩まなかったら人類は滅亡するわけですからね。そういう点で私は、この日本国憲法の今日的な意義ということに掛け値なしの確信を持っています。
先程も言いましたけれども、本当に日本、日本人である私たちは、大変な可能性と現実的条件を持っているにもかかわらず、ただ主体的認識が追いついていない。本当に発想の転換をする。私たち国民が本当に日本の主人公になる。そして日本の政治のあり方、国際関係に対するかかわり方を根本から変える。そうすれば、「力によらない平和観」を体現する日本は、巨大な存在として、アメリカのパワー・ポリティックス、つまり「力による平和観」に対して、そうではないあり方を国際社会に提起し、「どっちが正しく、有効ですか」と問いかけることができる。そういう意味で本当に私は、求められるのは主権者の自覚と覚醒だけだと思うんですね。それさえあれば、すべて変わると思います。

I

申し訳ないんですけども、今の質問に対しては、まだ半分しか答えていらっしゃらないと思うんですよ。問題はやはり、中国が軍事的なプレゼンスを背景にしながらパワー・ポリティックスを展開している。私もそのとおりだと思うんですね。問題は、そういう中で尖閣問題も起きるし、それから他方で日米軍事同盟の抑止力を強化しないと我々の平和と安全、国益を守られないんじゃないかと。それに対して、「いや、それは現実的な選択としては間違いなんだ」ということが、本当に言えるかどうかというところが多分、一番聞きたいとこだと思うんです。

浅井

中国がパワー・ポリティックスをやっているじゃないか、力の政策をやっているじゃないか。だからそれに対抗するためには備えが必要だっていうのは、まさに権力政治、パワー・ポリティックスの発想なのです。しかし、なぜ中国がそうなってしまったかと言えば、改革開放政策採用以後、一生懸命に海外の諸理論、諸政策に学び、特にアメリカに学んで、アメリカに対抗するためにはアメリカ流のパワー・ポリティックスを身に付けなければどうしようもないと思ったから、そうなってきたんですね。逆にいえば、パワー・ポリティックスの世界最大の震源地であるアメリカが変われば、世の中が変わるわけですよ。
しかも、そのアメリカが自動的にパワー・ポリティックス的発想から抜けだすなんてことはあり得ないと思います。何が必要かと言ったら、「アメリカがしがみついているパワー・ポリティックスは人類史の流れに逆らうものであり、持続不可能ですよ」という引導を渡すことなんですね。日本はその引導を渡す立場にあるわけですよ。具体的には日米安保同盟を終了させることです。それによってアメリカは、アジア太平洋におけるプレゼンスが不可能になります。日本が身を以てパワー・ポリティックスに引導を渡す政策を実行するようになれば、中国も身構える必要はなくなるわけですね。そうなれば、パワー・ポリティックス的発想から解放されるわけですよ。 現に欧州では、まだ中途半端ですけれども、少なくともドイツとかイギリスとかにおいては、「もう核の抑止力の時代ではないね」、「核兵器は撤退していただきましょう」というような発想も出てきているわけでしょう。ロシアに対して身構えるなんていう過去の発想は消えていますよね。
私は、日本と欧州が連携することによってアメリカに対して逆包囲網を作ることができるし、アメリカを変えさせることによって、国際政治からパワー・ポリティックスを除去していくことは十分可能だと思いますね。何度も言いますけども、日本人である私たちが先ず自らが持つすばらしい可能性と現実の力とを自覚しないと物事は始まらないと思うんです。

司会

はい。どうもいろいろありがとうございました。国際関係は人間関係、夫婦関係にも言い換えたらいい面が結構あるということが私は分かり、学びました(笑)。最後に、法律家がまとめるべき憲法論まできちんとまとめていただき、ありがとうございました。

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