「黒を白と言いくるめる」不吉な戦争シナリオ
-「朝鮮半島有事」を引き起こさせないために-

2010.12.04

*延坪島事件は、どう見ても韓国が軍事挑発を仕掛け(護国訓練)、しかも先に延坪島から実弾射撃したことに発端(責任を負うべきは韓国であるということ)があります。それに対して朝鮮側は事前に何回か訓練を行うことに対して警告し、それでも韓国側が延坪島から実弾射撃を強行したことに対して同島に対する砲撃を行った、というのが事実関係の本質です。これらの事実関係が韓国側報道に拠っても確認されることは、前のコラムで見たとおりでした。
 ところが、メディアを含めた米韓日側は、朝鮮の砲撃で死者が出たことを文字どおり「奇貨」として朝鮮の行動を非とし、その「非」を犯した朝鮮に対するものとして韓国側の砲撃を正当化したのみならず、さらにはその後の米韓合同軍事演習及び米日合同軍事演習を、朝鮮による戦争挑発を「抑止」するための正当な行動として描き出しています。
 米韓の挑発によって朝鮮半島有事が起こる最悪の事態を避けるためにはどうすればいいのか。その点に絞って考えたことを記します(12月4日記)。

1.日本の有事法制整備によって格段に牙を備えた日米軍事同盟

私はこれまで、1996年のナイ・イニシアティヴを出発点にして推し進められてきた日米軍事同盟の変質・強化は、アジア太平洋地域においては、朝鮮半島有事及び台湾海峡有事を念頭に置いて進められてきていることをしばしば指摘してきました。特に、今回の日米軍事同盟の変質・強化は、日本国内における有事法制整備(戦時体制構築のためのの法的整備)を根拠にして進められてきたこと(条約改定によらない同盟の変質という脱法的、違憲的措置)に特徴があります。
 しかし、日米軍事同盟の変質・強化にもかかわらず、軍事同盟の条約(国際法)的根拠はあくまでも国連憲章第51条の自衛権(集団的及び個別的)にあります。つまり、日本またはアメリカに対する武力攻撃が発生した場合に限って発動しうる権利である(また、この自衛権に基づいてとる措置は、「安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動」を取るまでの暫定的なものとしてのみ認められている)ということです。最近NATOが採択した新戦略概念においてもこの点が確認されていることは、私がこのコラムで指摘したとおりです。
 ところが、日本の有事法制では、ことさらにこのもっとも肝心な点が曖昧にされてきました。念のためにおさらいをすれば、「武力攻撃」とは「わが国に対する外部からの武力攻撃をいう」(武力攻撃事態対処法第2条1 どちらが先に仕掛けたという決定的に重要なポイントをことさらに曖昧にしている)ことであり、それを受けて「武力攻撃事態」とは「武力攻撃が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態をいう」(同法第2条2)、「武力攻撃予測事態」とは「武力攻撃事態には至っていないが、事態が切迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態をいう」(同法第2条3)、「周辺事態」とは「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等我が国周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」(周辺事態法第1条)とそれぞれ定義されています。つまり、いかなる形で起こるかには関係なく、朝鮮半島で有事となれば周辺事態法が発動されることはもちろん、日本に対する武力攻撃が予測されると認定(認定者は首相)されれば武力攻撃予測事態、武力攻撃が切迫していると認定(これまた認定者は首相)されれば武力攻撃事態として、周辺事態法のごく自然な延長として武力攻撃事態対処法が発動されることになっているのです。

2.延坪島事件が示唆する「朝鮮半島有事」シナリオ

具体的に私が疑っていることを書きます。韓国またはアメリカが朝鮮に武力攻撃を仕掛けて、あるいは今回の延坪島事件のような韓国軍による「演習」をきっかけとして戦争が勃発するとします。その場合の韓国またはアメリカの行動は、国連憲章第51条に基づく自衛権行使といえない(つまり国際法違反の)武力行使です。それに対して、朝鮮は、国連憲章第51条にいう「武力攻撃」が起こったと判断すれば、国連憲章に基づく自衛権行使としての措置(自衛としての武力反撃)をとることができます。当然ながら、国際法違反の軍事行動をとった韓国が朝鮮に対してさらなる軍事行動を取ることはもちろん、その韓国とともに朝鮮を相手としてアメリカが軍事行動を取ることは正当化されませんし、そのアメリカを日本が有事法制に基づいて支援することは許されてはなりません。
 しかし、日本の有事法制にいう「武力攻撃」は、国連憲章におけると異なり、故意にもっと漠然とした意味で使われている可能性が高いのです。そのことをハッキリ具体的にイメージさせたのが今回の延坪島事件ではないか、と私は思うのです。ここでも端的にかつ具体的に言いましょう。
 延坪島事件が仮にエスカレートしたとします。すると、アメリカの第7艦隊が出動し、朝鮮と交戦状態に入るでしょう。日本政府は、それを周辺事態とするでしょう。そして、米韓と朝鮮の交戦状態がさらにエスカレートして日本に波及する(あるいはその前段階として、波及する可能性が生まれる)という可能性が出てくれば、菅首相は、武力攻撃予測事態さらには武力攻撃事態と認定していき、対米軍事協力を公然と推し進めるにちがいありません。
 私が「黒を白と言いくるめる」という事態がここにあります。本来は韓国の軍事挑発を発端として始まったのが延坪島事件です。非は明らかに韓国にあります。しかし、既に見たように、現実に非難、攻撃の矢面に立たされたのは朝鮮でした。上に見たように、事件が軍事的にエスカレートすれば、アメリカは「集団的自衛権に基づいて韓国を防衛する」と称して朝鮮を攻撃することは明らかです。そして日本政府は、有事法制に基づいてアメリカの軍事行動を全面的に支援するでしょう。仮に朝鮮の反撃の矛先が在日米軍に向けられるような事態になれば、「武力攻撃(予測)事態」として国民保護法をふくむ有事法制を全面的に発動し、日本全土を文字どおり戦時体制に引きずり込ませていくにちがいありません。
 つまり、国連憲章第51条に言う「武力攻撃」には当たらない(むしろ、朝鮮が自衛権行使を主張しうる)ケースに対して日本の有事法制が発動されてしまうだろう、ということです。私たちは、満州事変(盧溝橋事件)で犯した致命的な誤りを再び繰り返そうとしている日本政府のきわめて現実的な危険性に直面しています。盧溝橋事件と延坪島事件との間には気持ちの悪い類似性があります。

3.「朝鮮半島有事」を未然に防ぐために

(1)日本の主権者である私たちの逃げることのできない責任

私たち日本人がはっきり認識しなければならないことがあります。盧溝橋事件のときの私たちは、天皇の臣民にしか過ぎず、国の進路を決定することができませんでした。しかし、今や私たちは日本国の主権者です。今回はいかなる言い逃れもできません。歴史的誤りの轍を二度と踏まないために、「黒を白と言いくるめる」手法を許してはなりません。

(2)朝鮮が戦略的外交戦に徹すること

 朝鮮側にはくれぐれも慎重に対応することを求めたいと思います。今回の延坪島事件ではっきりしたことは、如何に朝鮮側の主張に正当性があるとしても、米韓日発の宣伝・報道攻勢によって、朝鮮が簡単に侵略者に仕立て上げられてしまうということです。米韓日に朝鮮に対する戦争発動の口実を与えないために、朝鮮側には、とにかく冷静沈着な判断・行動を求めたいと思います。特に、米韓の軍事挑発に対しては、これに一々過剰反応するのではなく、あくまで外交上の言論戦によって対応することに徹し、米韓の好戦性を際立たせることが重要だと思います。朝鮮外交がそれを行う能力を備えていることは、6者協議等を通じて実証済みです。朝鮮には、米韓の行動に批判的判断に立っている中国と緊密に協調して、あくまで外交戦によって問題解決(中心は米朝関係の正常化によって朝鮮にとっての最大の脅威を除去すること、それと引き換えに朝鮮半島の非核化を実現すること)する戦略的アプローチに徹することを心から期待します。

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