台湾の領土的帰属問題と尖閣問題との関連

2010.10.30

*栗山尚一『沖縄返還・日中国交正常化・日米「密約」』(岩波書店)を読みました。栗山氏は、外務省の枢要な地位を歴任した人で、私は外務省在勤中に一度条約課で同氏の下で働いたことがあります。私のこれまでのいろいろな人との出会いの中でも、同氏の頭脳の明晰さ、切れ味のすごさは際立っており、「世の中にはこういうすごい人もいるんだ」と何度も思いました。
 この本の中での同氏の発言にも「なるほど」と改めて思わされることが何度もありました。一つとりわけ引っかかったのは、栗山氏が手がけた1972年の日中国交正常化の際の日中共同声明第3項(いわゆる「台湾条項」。「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する。」)に関する発言部分でした。私の理解するところと微妙に違うのです。実は、この問題は尖閣問題とも絡む点があるので、ここで取り上げておこうと思いました(10月30日記)。

1 栗山氏の発言と論点

(1)発言要旨(pp.133-137)

 日本側の第一案が、「十分理解し、尊重する」という案だったのです。…アメリカにアクノレッジの意味を聞いたりした後でね(pp.125-126には、「アメリカから戻ってきた返事は、「あれは、あそこに書いてあるとおりです」というものでした。アクノレッジという以上でも以下でもない。…それだから、台湾は中華人民共和国の領土の一部であるとの中国の立場をアメリカが承認したわけではないことだけは、はっきりしたわけです。そうすると、アメリカが承認してないものを日本が承認するわけにはいかないということで、承認までいかないところで、中国と妥協できるところを探りましょうというのが、台湾の法的地位についての基本的な知恵のだしどころだったわけです。」とあります。)、「じゃあ、これでいいじゃないですか」となった。だけど、これでまとまるという自信は、…私にはありませんでした。
 だから、中国がそれを拒否してきたときに、どうするかという代案、というか第二次案なしに北京へ行くのは非常にリスクがあると思ったわけです。腹案というか第二案が要るということで、「ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」という案は私が考えたのです。…
 すると、予想したとおりに中国が、「これは駄目だ」って言ってきたわけですね。それじゃあと腹案を出したら、向こうは「それでいい」と言ったので、よかったなと思いました。…
 台湾条項の意味は何かと言いますと、その前の「十分理解し、尊重する」というのは、法律的には何の意味もない文句なのです。この「十分理解し、尊重する」というのは、尊重するけれども、いざとなったらどうするかについて触れていない。台湾海峡有事の時に、安保条約との関係から米軍が行動する時に、日本はどう行動するのですか、というのが問題ですからね。「十分理解し、尊重する」というのは、どういう意味があるかというと、あまり意味がない。それからもう一つは、台湾が「独立したい」と言い出したときに日本はどうするかについても、「十分理解し、尊重する」では、何もコミットメントがないわけですね。だからこそ私は、中国は呑まないだろうと思ったわけです。
 中国が呑まないのであれば、これは色を付ける必要があると思って、その色の付け方をどうするのかということで、考えたのが「ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」です。この意味は何かというと、カイロ宣言で台湾は中華民国に返還されるべしということが書いてあって、それをポツダム宣言が引き継いだわけです。カイロ宣言は、連合国が勝手にやったことですけれども。カイロ宣言を孫引きして、ポツダム宣言も受けているから、中国…に返還されることに異議は唱えませんということを日本は約束したという意味です。だから、台湾独立を日本は支持しないし、「一つの中国、一つの台湾」も日本は支持しませんと。そういう意味での「一つの中国」というのに日本はコミットしますよ、ということが「ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」ことの意味です。
 周恩来はこれを見た途端に、今、私が言ったことを非常に正確に理解したのだと思います。それで周恩来は、「これでいい」ということを言ったわけです。それは、日本から「一札」取ったということなのです。一札取ったというのは、日本が台湾独立を支持しないことについて一札取ったということで、周恩来は、これで日本と手を打とうと納得した。…日本は当初、帰属未定論というのをやったわけですよね。ポツダム宣言で日本は台湾を放棄して、帰属が決まってないのだから、帰属未定だと。外相会談で日本は、台湾の帰属について何もいう立場にありませんというのが「理解し、尊重する」という意味ですと説明したわけです。そしたら、中国が非常に怒ったわけですね。…
 そういう意味で、台湾が中国に返還されることに日本はコミットした。…台湾が中華人民共和国の一部になることについては、日本は異議を唱えませんと約束した。
 ただし、その裏で、中国側が非常に不満であったけれども理解したことは、1972年9月29日の時点で中国に返還されていないと日本は考えているということです。その点は中国から見れば、不満といえば不満であった。しかし、中国がそこをもうひと押ししようと思っても、それは日本がウンと言わない。アメリカがウンと言わないわけですから。ニクソンは上海コミュニケでアクノレッジと言っただけで、レコグナイズしたわけではないという立場ですから、日本はそこから先へは行けないわけですね。だから周恩来は、日本からはそこまでで一札を取ったと思ったはずです。それが私の理解なのです。
 中国の方は不思議なことに、その部分を十分リサーチしないままに、「十分理解し、尊重」と言っているのだから、日本が台湾を中国の一部と72年に認めたと言う人がいるわけです。
…その都度、私は、「あなたはね、中国の記録をちゃんと見てください」と反論するのです。「「十分理解し、尊重する」では駄目だと言ったのは中国でしょう」と。その案をリジェクトしたのは中国ですからね。だから、共同宣言で意味があるのは「理解し、尊重」じゃなくて、その後の「ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」だと中国側に説明すると、初めて中国の人が「なるほどそうか」となる。…
 そこで、もう一つ問題があるのは、台湾が中国に統一されるのは平和的な手段でなければならないかということです。我々からしますとね、平和的な手段でなければならないのは、実は言うまでもなく当然のことだと思っているわけです。というのは、中国の表向きの法律論は、台湾は中国の一部なのだから、台湾に対する武力行使は国際法上の戦争ではないというものです。つまり、蒋介石が台湾へ逃げ込んでからの内戦の続きであって、それをどうこうするのは外国の内政干渉であり、そういったものは認められないというのが、中国の法律的立場なのです。だからこそ中国は、「台湾に対する武力行使はしません」という約束を絶対にしない立場でずっときているわけですね。
 だけれども、国際的にそういう中国の主張が成り立つかというと、それは多分なり立たないだろうということは、これまた中国は認識しているわけです。…しかし「そうは言っても……」というのが中国の最後の立場でしたから、例えば台湾が「独立する」と言った場合に中国がどうするのかは分からない。分からないから、そんなことは止めてくれってアメリカは言うし、日本も言い続けなければならないということです。

(2)論点

 栗山氏の発言には、重要な二つの論点が含まれています。一つは台湾の領土的帰属にかかわる問題です。もう一つは、栗山氏が最後に触れている台湾の平和的統一にかかわる問題です。
 栗山氏によれば、1972年の交渉時に、日本側は最初は「帰属未定論」で臨んだが、中国側の拒否にあって「色を付ける」ことに応じた、つまり、「中国…に返還されることに異議は唱えません」、「台湾独立を日本は支持しないし、「一つの中国、一つの台湾」も日本は支持しません」というところまでは約束すること(アメリカのアクノレッジはそういう色も付いていないということです。)まで踏み込んだ、ということになります。つまり厳密な意味では「帰属未定論」からは離れたということになるのでしょうか。少なくとも栗山氏の発言からはそういうニュアンスが感じられます。
 しかし、その後に続けて栗山氏は、「ニクソンは上海コミュニケでアクノレッジと言っただけで、レコグナイズしたわけではないという立場ですから、日本はそこから先へは行けない」とも言っているわけで、要するにアメリカの立場を超えたコミットにはなっていないということです。なぜアメリカがアクノレッジしかしないかと言えば、台湾有事の際にアメリカが軍事介入するための法的よりどころとするのが、台湾は中国の一部と決まったわけではないということです。そしてアメリカが軍事介入するとなれば、日米安保条約が発動される事態になるわけで、日本としてはアメリカと共同行動することを法的に可能にしておくためにも、台湾の法的地位に関してはアメリカと同じ立場を取るしかない、ということになります。ですから、結局は、日本も「帰属未定論」の立場に回帰しているというほかないのではないか、というのが私の栗山氏の発言を読んだ上での結論ということになります。
 もう一つの論点である台湾の統一の方式は平和的なものでなければならない、という栗山氏の発言については、頭脳明晰な栗山氏の発言としてはきわめて歯切れが悪い、というのが私の偽りのない印象です。中国の内政問題である以上は、台湾が独立に走る(そういう可能性は、実際問題としては、アメリカなり日本なりのテコ入れ、支持がなければあり得ないわけですが。)時を考えて、中国が武力行使の可能性を排除しないのは当然でしょう。中国が武力行使の可能性を考えなくてもすむようにするためには、まずはアメリカ(及び日本)が台湾有事の際の武力介入というシナリオを放棄して、台湾が暴走する可能性をなくすることが先決です。サンフランシスコ体制を前提にしてしか日中関係のあり方を構想できない(栗山氏はこの本の他のところでそれを明言しています。)栗山氏の思想的限界が露呈している、と言わざるを得ません。

2 台湾問題の尖閣諸島問題との関連性

 日中共同声明第3項の栗山氏による挿入文章「ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」は、尖閣諸島問題に関する中国側の主張にかかわってくる内容があります。これまでこのコラムで書いてきたことのおさらいですが、日本政府の立場は、日本による尖閣に対する領有は無主先占に基づくものであるということです。しかし、中国側は、尖閣(釣魚)は中国の領土であったものを、日本が日清戦争で勝利を確信した上で盗み取ったもの(いわば居直り強盗)であり、そもそも不法であるというものです。
 ポツダム宣言第八項は、「「カイロ」宣言ノ条項ハ履行セラルベク又日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国並ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ」と定めています。そこでいうカイロ宣言の中身は、「同盟國ノ目的ハ…滿洲、臺灣及澎湖島ノ如キ日本國カ清國人ヨリ盗取シタル一切ノ地域ヲ中華民國ニ返還スルコトニ在リ」です。
 日本からすれば、尖閣は無主先占で領土に編入したものということですが、中国からすれば、台湾ともども「日本國カ清國人ヨリ盗取シタル一切ノ地域」に含まれるわけで、当然に中国に返還されるべきものということです。しかもポツダム宣言では、日本国の主権は「吾等(浅井注:連合国)ノ決定スル諸小島」に限定されるわけで、中国からすれば、尖閣が日本に属するかどうかは日本が勝手に決めるべき筋合いのものではない、ということにもなるわけです。
 アメリカが明言したわけではないですが、尖閣問題について立場を取らないとしているのは、以上のカイロ宣言とポツダム宣言の当事者である国家として縛られていることを自覚した上でのことだと判断されるのです。アメリカとしては、台湾問題への波及の危険性を考えれば、迂闊に尖閣問題で日本にテコ入れするわけにはいかない、ということを考えている可能性すらあるのではないでしょうか。ですから、日本の尖閣領有権に関する主張は国際的に見れば、必ずしも万人を納得させるものとは言えない可能性があるということです。
 もう一つ尖閣と台湾との関連性で考えておくべきことは、台湾も尖閣も日米安保条約にいう「極東」に含まれており、したがって、アメリカとしては、尖閣も台湾も同じ意味で日米安保の適用があるという立場だろう、ということです。大胆な言い方を許してもらえば、領土未定の台湾も尖閣も「極東における国際の平和及び安全の維持」にかかわるから、アメリカは軍事介入の可能性を否定しないということです。決して前原外相が得意になり、有頂天になっているように、「日本の領土だからアメリカが守ってくれる」という意味ではないのです。しかし、中国からすれば、台湾と同じく、尖閣も中国の領土ですから、アメリカが軍事介入の可能性を口にすること自体が内政干渉として許し難いし、前原外相がくどくどとアメリカに軍事介入についての言質を取ろうとしていることはなおさら許せない、ということだと思います。

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