日中関係への視点(4)-アメリカのドライさの確認-

2010.10.02

*今回の中国漁船船長逮捕拘留釈放事件に関して、9月23日のジェフ・ベーダー大統領特別補佐官(オバマと温家宝の首脳会談後)、同日の国務省のフィリップ・クローリー次官補(クリントンと前原の外相会談後)及び24日の同省マーク・トーナー副報道官の発言を、ホワイトハウス及び国務省のウェブサイトで確認しました。また、9月30日付の沖縄タイムスは、28日にグリーン在沖米国総領事に対して行ったインタビューの内容を掲載しています。在沖縄総領事(国務省メア日本部長の後任者)はいわゆるジュニアな地位にある人物として、その発言は本国政府からの指示に忠実に従ったものです(こういうジュニアな地位にある人物が本国政府の指示を逸脱することはあり得ません。)ので、こういうときにはむしろ資料価値が高いこともあります。
 私はすでに、「日中関係への視点(2)-中国漁船問題とアメリカ-」でアメリカの立場について解き明かしてみましたが、その中身をアメリカ側関係者の発言そのものでチェックしておきたいと思います。やや口幅ったいのですが、アメリカ側の発言は私の指摘を裏付けるものであり、要するに、アメリカは自国の利益を追求することを中心において、日米軍事同盟で中国を牽制する基本線のもと、自分にとって関心のないことで日中関係の険悪化することは望まないし、ましてや軍事的な面倒に巻き込まれたくない、今回の事件については日中両国をしてソフトランディングさせることに最大のメリットを見いだしている、ということです(10月2日記)。

1.ベーダー発言について

<米中首脳会談に対するきわめて積極的な評価>

ベーダーは米中首脳会談に関する対記者ブリーフの冒頭、米中首脳会談が「誠実な会話(a genuine conversation)」と形容するとともに、温家宝の「双方の共通の利益はその相違を上回る」といった言葉が会談の精神を良くまとめている、と紹介しました。日米関係が中国漁船逮捕・尖閣領有権問題をめぐって緊張している中でのこの発言ですから、それ自体大きな意味合いをもっていると考えます。つまり、この事件は、米中関係にとってなんら影響を及ぼすものではないということを確認しているわけです。

<領土問題に対するアメリカの慎重姿勢>

 ベーダーは、記者の質問に答える形で、米中会談では南シナ海の問題に関する「かなり短時間の議論」があったとしつつ、アメリカの関心の所在が航行の自由確保にあることを強調しました(領土問題からは距離を置く姿勢です)。尖閣問題についての質問に対しては、温家宝が提起せず、米中首脳会談の話題に上らなかったと答えました。オバマが進んでこの問題を温家宝に対して取り上げなかったということも、領土問題に対する深入りを避けるという基本姿勢を示すものであり、アメリカがこの問題による日中関係の悪化を望んでいないことを示す傍証と言えるでしょう。
 さらにベーダ-は、「アメリカがこの問題について日中間の仲介役を演ずる用意はあるか」という記者の質問に答え、「第一、我々は仲介役を演じていないし、そのつもりもない。第二、この問題が外交的討議を通じてしかも速やかに解決されることが重要である。両国間には歴史があり、この問題が膠着すると両国でナショナリズム感情が刺激される状況がある。したがって、我々は双方の自制を望む。我々は、両国が速やかに外交的に解決することを望んでいる。両国からこの問題について我々に話しがあったし、我々としては、中国と日本が摩擦の少ない良好な関係を持つことを望んでいる。両国がこのような紛争にあることは我々にとって利益にならない。」と述べました。ここにも、アメリカが領土紛争に巻き込まれることは避けたいという姿勢がにじみ出ていることを読みとることはむずかしいことではありません。

2.クローリー発言について

<尖閣問題に関する冒頭発言>

 クローリーは、地域問題としては、北朝鮮、イラン及びアフガニスタンが取り上げられたと紹介したあと、次のように述べました。

 「(前原)外相は、確かに中国との現在の緊張を提起し、漁船及び海上保安庁艦船にかかわる事件に関する日本側の見解を提供し、日本は法的手続き及び国際法に従ってこの件を処理していると指摘した。(クリントン)国務長官の反応は、対話を勧奨し、日中関係は地域の安定に死活的に重要なので、問題が速やかに解決されることを望むということだった。」

 このように、アメリカ側のブリーフでは尖閣諸島に対する日米安保条約の適用に関するクリントン国務長官の発言があったかどうかについては何も言及されませんでした。また、以下の質疑応答においても、この点は提起されませんでした。日米安保の尖閣への適用という問題については、グリーン総領事の発言に即してさらに考えます。

<記者の質問に対する回答>

 クローリーの記者ブリーフでは、かなり突っ込んだやりとりがありましたが、特に興味深い点に絞って紹介します。

(問)両者の間の対話を勧奨するだけでなく、アメリカが両者に働きかけるという可能性は? アメリカが調停者の役割に入り込むのか?
(答)我々は、調停そのものはしていない。我々は特定の役割を担うことを請われていない。…我々の感触では、長期的な地域的インパクトを持つまでに事態がエスカレートすることは双方が望んでいないし、それは正に我々の見解だ。そういう認識は、今週我々が日本及び中国と行ったさまざまな議論でも明らかだった。…
(問)どちらかの側が間違っているとか正しいとか考えるか。
(答)我々は、尖閣の主権に関しては立場を取らない。したがって、起こったことに関して異なる解釈の余地があり得ると認識している。…
(問)軍事的エスカレーションの心配は。
(答)そういう可能性があるとは考えていないし、そういうレベルにまでなっていくことは決して望んでいない。…地域にとってはより大きな原則問題もある。国務長官がヴェトナムで述べたように、我々は、航行の自由という原則問題に関心がある。
(問)日本側の取っている法的手続きは妥当と考えるか。
(答)いま行われている法的手続きの分析をしようとは思わない。私が言うことは、外相は彼らが問題をどう見ているかについての見解を提供したということ、…我々は日本側の立場に留意している、ということだけだ。
(問)日本側から仲介を頼まれたか
(答)日本側からは特定の要望はなかった。

クローリーの発言で特に注目しておきたいのは、アメリカが日中双方に対してなんら特定の立場を取らない姿勢を明確にしていることです。「同盟国としてもっと踏み込んでくれても当たり前ではないか」とアメリカに不満を持つ向きがあっても不思議ではありませんが、アメリカにとって「火中の栗」を拾う用意はまったくない、という間接的ながら断固たる意思表示であることを知らなければなりません。「日本の安全は、日米安保でアメリカに守ってもらっている」と信じ込んでいる人たちには、アメリカのドライさをよく分かってもらいたいものです。クローニーが「尖閣の主権に関しては立場を取らない」と述べた含意については、下記4.のグリーン総領事の発言によって明らかになります。

3.トーナー副報道官の発言について

トーナーの発言は、中国船長の釈放を受けて行われたものでした。主なやりとりは次の通りです。

(問)中国漁船船長が釈放されたが、アメリカはどう見るか。事態の前進か。
(答)我々は一貫して、この状況が適当な外交的手段で解決されることを望むと言ってきた。事件が解決されて喜んでいるとだけ言いたい。
(問)中国側は、船長逮捕そのものが違法だと主張しているが。
(答)それは正に、両国が話し合うべきことで、適当な外交的手段で解決されるべきだ。
(問)昨日ゲーツ(国防長官)などに尖閣への傘の適用について尋ねたところ、日本に対する一般的支持を誓約していたが、国務省はどうするつもりか。
(答)尖閣諸島については、国家安全保障会議のベーダ-が昨日のブリーフで我々の立場を述べたと思う。…

 トーナー発言でも確認されるのは、アメリカの対日中等距離姿勢が一貫しているということです。ゲーツに対する質問及びその回答については私は把握できていませんが、トーナーが引用したベーダ-の記者ブリーフでは尖閣問題は取り上げられていないわけですから、トーナーは質問から逃げただけと思われます。

4.グリーン総領事の発言について

沖縄タイムズに掲載されたグリーンの発言の抜粋は次の通りです。

(問)尖閣は安保の適用対象範囲か。
(答)米側は72年に沖縄を返還した時から、尖閣諸島は安保条約の対象内にあると認識している。
(問)日本政府は「東シナ海に領土問題は存在しない」との見解だが、米政府は。
(答)領土の日中間の相違点について、米側は特定の立場に立たない。外交ルートで二国間で解決することを期待している。
(問)中国海軍の近代化を米国は気に掛けている。
(答)尖閣問題は漁船と日本の捜査機関の問題。中国の軍事近代化について、米政府はこの地域の公海の自由などに関心がある。
(問)復帰善、尖閣はUSCA(米国民政府)の管轄下で米軍が射爆撃場として使用していた時に領有権問題は起こらなかった。
(答)訓練はしていた。興味のある話だが、基本的にこの地域で日中関係を悪化する必要はない。将来の50年も過去と同じように平和的な環境下での経済活動、交流が望ましい。今回の事件で悪化は避けたい。
(問)尖閣問題における在沖米軍の役割は。
(答)軍事的な解決は予想しない。基本的に外交ルートで解決することを期待する。

 グリーンの発言は、上記3人の発言の枠外に出るものは何もありませんが、きわめて注目すべき内容が含まれていると思います。
 一つは、尖閣諸島は日米安保条約の「対象内にある」と言いつつ、「領土の日中間の相違点について、米側は特定の立場に立たない」としていることです。日米安保条約の適用範囲は「極東」でありますから、尖閣諸島は当然「対象内にある」わけです。しかし、尖閣諸島が日中いずれに帰属するかについては「米側は特定の立場に立たない」ということは、日本の立場を受け入れているわけではないことを意味します。とにかく外交的に日中間でうまく処理してくれ、アメリカを巻き込まないでくれ、というホンネが透けて見えてきます。だからこそ、沖縄がアメリカの施政下にあった時に米軍が射爆撃場として使用したことに対して中国側からクレームか付かなかったという指摘に対しても、「興味のある話」として受け流しているのです。アメリカでさえこのような「突き放した」立場であるとすれば、如何に日本政府が国際社会に声を大にしたとしても、それで問題が消えて亡くなるというものではない事が分かるのです。
 二つは、アメリカとしては、尖閣問題で中国と軍事的に事を構える気持も用意もさらさらない、ということを明確にしていることです。前原外相が、尖閣諸島への日米安保の適用を、クリントン発言として「鬼の首を取った」ように紹介したことも、実は以上の意味においてしか過ぎない(確かに地理的な適用範囲内にあるが、だからといってアメリカが尖閣問題で日本の側に立つということを意味するものではない)ということを、グリーンは、直接的な否定ではないにしても、明確にしているということです。こうなると、今回の問題を軍事がらみにしようとした前原外相の危うさが際立ってくるのではないでしょうか。前のコラムで私は、アメリカ側としても前原発言に何らかの了解を与えていなければああいう発言はできない、という判断を記しましたが、恐らくアメリカ政府は、中国側の照会に対して、グリーン発言のラインで応対しているのでしょう。

  私は、日米軍事同盟は21世紀の国際社会にとって有害無益、諸悪の根源だと思っていますから、以上のアメリカ当局者の発言を見ても、アメリカ側のホンネを改めて確認した気持になるということです。しかし、日米軍事同盟を前提にしてしか物事を考えられない人たちに対しては、「日本を守ってくれる」日米軍事同盟(及びその法的根拠の一つとなっている日米安保条約)という神話で国民をこれ以上だますことは止めてほしいと言わざるを得ない気持です。

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