日中関係への視点(2)-中国漁船問題とアメリカ-

2010.09.28

*日本国内の論調を見ていると、やはり「中国はけしからん」式の論調が圧倒的(典型的なのが、9月28日付の朝日新聞の「耕論」欄に載った渡辺昭夫、高原明生及び田中均の文章)です。私の見解は、このコラムで書いた「日中関係への視点-中国漁船船長の釈放-」に書いたとおりであり、その前に書いた「日本政治と日米・日中関係」と併せて読んでいただければ日本側の問題点、中国側の問題意識についてはご理解いただけると思います。日米軍事同盟という要素抜きにしては今回の事件についての本質的な教訓は学び取ることはできない、というポイントは変わらないのですが、日米軍事同盟の「主役」であるアメリカの自己中の老獪さについては直接的に指摘することがなかったことに気がつきましたので、補足的に書いておこうと思います(9月28日記)。

<アメリカにとって望ましい日中関係のあり方>

 アメリカの基本戦略は、世界においてそうであるように、アジア太平洋地域においても国際関係を主催する盟主であり続けることです。そのアメリカの覇権に対して最大の脅威となりうるポテンシャルを急速に伸ばしているのは、改めていうまでもなく中国です。アメリカにとり、1960年代前半までの中国は中ソ同盟の片割れとしての脅威、中ソ対立顕在後は対ソ戦略上の実質的なパートナー、ソ連崩壊及び中国が改革開放政策に乗り出した後は潜在的脅威No.1という位置づけの変化がありました。しかし、前にも書きましたように、一貫しているのは台湾を手放さないことによる中国牽制という政策です。
 社会主義・中国が誕生して以来のアメリカの対日政策は、日米安保体制に基づいて日本を手下の同盟国として位置づけ、台湾問題を常に念頭に置いた軍事的備えをする(そのために、日本をしてアメリカとともに「台湾の領土的帰属未決論」を維持させる)とともに、日本がアメリカと緊密に協力した対外政策を営むことを確保するということです。したがって、①アメリカにとってもっとも望ましい日中関係のあり方は、日中関係がアメリカのコントロール下にあり続けることを確保するということであり、したがって具体的には②日中関係がアメリカのコントロールを離れて進展することは牽制する、③アメリカが本意でない形で軍事介入を余儀なくされるような事態が起こることのないようにする(台湾問題についてもアメリカの主導権を確保する)、④アメリカの利益に合致する枠内での日中関係の進展は許容ないし歓迎する、ということになります。この構図は戦後ほぼ一貫しており、私が中国大使館勤務(1980年-83年)、外務省中国課長(1983年-85年)の時においても何度も認識を新たにしたことです。
 ちなみに、アメリカは日本が自立した軍事国家として復活することを許す気持ちはありません。日米安保体制はそのための「瓶の蓋」としての役割を担っていることも変わりありません。日本(及びドイツ)が核武装に走ることを許さないことを目的の一つとして、そのための国際的な枠組みである国際原子力機関(IAEA)が作られたわけですが、アメリカが日本に対して恩着せがましく「核の傘」を「提供」する政策を取っているのも、日本の「暴走」を防ぐためでもあるのです。中国が1964年に核武装に走ったことは、このアメリカの政策を正当化する材料として利用されてきたというわけです。

<中国漁船問題に対するアメリカの対応から確認されること>

 今回の中国漁船の事件に際して、アメリカが取った行動から上記の政策を見事に再確認することができてしまいます。中国漁船が海上保安庁の巡視艇に「衝突」したのが9月7日です。その後今日に至るまでの日中間のやりとり、経緯については9月28日付の朝日新聞にまとめられていますが、そこに抜け落ちているのがアメリカ政府のとっている行動についての記述です。唯一、クリントン国務長官が9月23日に「尖閣諸島に日米安保条約が適用される」と述べたとされることが載っています。ただし、この発言とされるものは、クリントンと会談した前原外相が記者団に紹介したもので、アメリカ国務省の報道官の記者会見では、クリントンがそういう発言をしたかどうかを含め言及されませんでした。下記のアメリカ国防省の動きと照らし合わせるとき、このことが実は一つの「見所」だと思います。
報道によれば、アメリカ国防省高官が8月17日に「核戦力増強を続ける中国と安定した戦略関係を構築するため、互いの核戦力や抑止政策に関する2国間協議を優先的に進めていきたいとの考えを示した」(翌18日付共同通信)とされていましたが、事件翌日の9月9日に、国防省報道官が記者会見で「オバマ政権による1月の対台湾武器売却方針を受けて中断している米中軍事交流について、両政府が再開に向けた協議を始めている」(翌10日付共同通信)と明らかにし、同月22日には国防省の代表が訪中すると伝えました。その間、日中間では事態がエスカレートしていくのですが、米中軍事交流の動きは何ら影響を受けた兆候を窺うことはできません。
以上の事実関係から浮かび上がってくるのは次のことです。つまり、前原外相が上記発言をしたということは、アメリカ側との調整の上でのことでしょう。クリントン発言として前原外相が紹介することについてアメリカ側は明らかに何らかの了承を与えていたはずです(前原外相が無断で、しかもクリントンが発言もしなかったことを「発言があった」と紹介するようなことは、外交常識として考えられません)。むしろ、そういう形でアメリカ政府の意志(尖閣問題にアメリカ政府は無関心ではないこと)を間接的に中国側に伝えることは、アメリカ政府にとって好ましいという判断があったとしても不思議ではありません。その程度のリップサービスを日本側にすることは必要、という判断もあったでしょう。
しかし、今回の事件を発端にして中国と軍事的に事を構える意志はまったくない、というアメリカ政府の意向を明確に中国側に以心伝心の形で伝え、漁船事件をして不測の事態に発展させないために、軌道に乗りつつある米中軍事交流再開のスケジュールを予定どおり進めるし、国務省の記者会見ではクリントンの尖閣に関する発言についてはその有無を含めて沈黙を守る、という行動をとったという解釈が十分に成り立ちます。そして、事態はアメリカの希望どおりにソフト・ランディングしました(日本政府による船長釈放)。アメリカ政府が事態収拾を歓迎する見解を発表したのは当然のことであったでしょう。アメリカ政府は正に、日米軍事同盟によって中国を牽制する基本線を維持しつつ、アメリカの望まない形での米中軍事衝突の可能性は(例え同盟国・日本にかかわる事件であっても)絶対に回避する、という所期の目標を達成したのです。しかも、日本及び中国の双方に対してアメリカの存在感を再認識させる、という「おまけ」もついてきたのですから、これまでのところは、「言うことなし」と満足していることと思います。要するに、アメリカ式権力政治が日中関係を支配する構図が再確認されたということです。

<私たちに問われていること>

 以上のことから、私たちが改めて正面から問い直さなくてはならないのは、21世紀の国際環境のもとでいつまでたってもアメリカ式権力政治に支配される日中関係でいいのか、ということです。その点については、すでに前の文章で書きましたので繰り返しませんが、要するに、権力政治で物事を動かそうとするアメリカによって支配される日中関係ではいつまでたっても安定した、真に友好的な日中関係は望むべくもないということです。そして、アメリカの権力政治の中心に座るのが日米軍事同盟なのですから、この問題に真正面から向き合わない限り、日中関係の長期的展望は開けないということです。もちろん、日米軍事同盟は単に日中関係にとっての最大の障害であるばかりではなく、世界の平和と安定を害する諸悪の根源であることを、念のために付け加えておきます。

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