核問題に関する岡田外相のクリントン国務長官宛て書簡

2010.01.31

*パグウォッシュ会議のメーリング・リストを通じてはじめて知ったのは情けないことですが、岡田外相がアメリカのクリントン国務長官宛に12月24日付で書簡を送り、アメリカ政府が作成中の核態勢報告(NPR)に関する日米間のいくつかの問題についての見解を伝えていたことを知りました。関連情報を検索してみたところ、原水爆禁止国民会議(原水禁)のウェブ・サイト「核情報」に、その全文(同サイトは、この書簡に関する岡田外相の記者会見での発言なども載せており、大いに参考になりました。上記書簡は、クリントン国務長官及びゲーツ国防長官宛だったことが分かりました。) が載っていました。
 パグウォッシュ会議のメーリング・リストでの関心は、岡田外相が述べた「すべての核武装国による措置として核兵器の目的を核兵器使用の抑止のみに限定すべきこと、NPT非核兵器国に対する核兵器の使用を禁止すべきこと」の部分に集中して、それを好意的、期待感を込めて反応を寄せているのですが、それは全く見当外れ(ひいきの引き倒し)であることは全文及び記者会見での同外相の発言から明らかです。
 むしろ岡田外相の書簡及び発言は、「我が国政府は、核抑止力を含む貴国の拡大抑止に依存して いる現実を十分に認識しています」と明言し、アメリカの日本に対する拡大核抑止(核の傘)を「信頼」「重視」するとしていること、記者会見では「オバマ大統領の「核なき世界」の理想に向かって、まさしくその理想と現実のバランスをどうとるか、どこに線を引くか」という発言に明らかなように、「核なき世界」を理想として片付けていること、したがって、民主党政権の「非核三原則」の今後の扱い方を見るうえでも極めて重大な意味合いを問わず語らずのうちに込めていることを、私たちとしては重視する必要があると思います。このコラムを訪れて下さる方の中にも、岡田外相の書簡内容及び関連発言を知っていただきたく、以下の通り紹介します。なお太字部分は私が附けています(1月31日記)。

1.岡田外相書簡

現在貴国において進められている核態勢の見直し(NPR)に関し、私の基本的な考え方を申し上げます。
言うまでもなく、我が国の安全保障にとって、日米安全保障条約はその根幹をなすものであり、我が国政府は、核抑止力を含む貴国の拡大抑止に依存して いる現実を十分に認識しています。そして、この抑止の信頼性は十分な能力によって裏付けられる必要があります
他方、我が国政府は、オバマ大統領が「核兵器のない世界」を掲げ、貴国が世界の核軍縮・核不拡散、そして、核廃絶の先頭に立っていることを高く評価しています。我が国としても、貴国ともに、その崇高な目標の実現に向けて努力したいと考えています。 したがって、我が国政府としては、貴国の拡大抑止を信頼し、重視していますが、これは、我が国政府が「核兵器のない世界」という目標と相反する政策を貴国に求めるものではありません。
我が国の一部メディアにおいて、本年五月に公表された「米議会戦略態勢委員会」報告書の作成過程の中で、我が国外交当局者が、貴国に核兵器を削減しないよう働きかけた、あるいは、より具体的に、貴国の核卜マホーク(TLAM/N)の退役に反対したり、貴国による地中貫通型小型核(RNEP)の保有を求めたりしたと報じられています。
しかしながら、我が国政府は、貴国の特定の装備体系について、それを持つことが必要であるか、持つことが望ましいかについて判断する立場にありません。したがって、前内閣の下で行われた協議ではありますが、私は、我が国政府として、上記委員会を含む貴国とのこれまでのやり取りの中で、TLAM/Nや RNEPといった特定の装備体系を貴国が保有すべきか否かについて述べたことはないと理解しています。もし、仮に述べたことがあったとすれば、それは核軍縮を目指す私の考えとは明らかに異なるものです。
ただし、TLAM/Nの退役が行われることになる場合には、我が国への拡大抑止にいかなる影響を及ぼすのか、それをどのように補うのかといった点を含む貴国の拡大抑止に係る政策については、引き続き貴国による説明を希望するものです。
なお、すでにご承知のことと存じますが、十二月十五日、日豪共同イニシアチブで設置された「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会(ICNND)」が 報告書を公表しました。その中には、すべての核武装国による措置として核兵器の目的を核兵器使用の抑止のみに限定すべきこと、NPT非核兵器国に対する核兵器の使用を禁止すべきことなどの提案が含まれています。これらに関し、「核兵器のない世界」への第一歩として、私は強い関心を有しています。直ちに実現し得るものではないかもしれませんが、現在あるいは将来の政策への適用の可能性について、今後日米両国政府間で議論を深めたいと考えています。

2.記者会見(1月22日)での岡田外相の発言(外務省ウェブ・サイト)

【毎日新聞 野口記者】クリントン米国務長官宛ての書簡なのですけれども、12月に出したというこの時期 について、どういう狙いでこの時期にこういった書簡を送ったのかという目的についてご説明願えますか。その中で、一部報道で「我が国外交当局者が、貴国に核兵器を削減しないよう働きかけた」ということがありますけれども、そういうことはなかったと大臣として理解しているという件があるのですけれども、これは自民党政権時代の頃の話ですが、なぜそれはなかったと岡田大臣が言えるのかということをお願いします。
【大臣】これはきっかけは国内での某メディアの報道であります。そして、このトマホークと地中貫通型小型核の問題に関する報道であります。では、そういうことがあったのかどうかということを私(大臣)なりに精査させていただいて、その上でそういうことはなかったと私(大臣)は理解しました。しかし一方で、そのことにかかわらずとにかく核について現状維持をしたいという立場に立つ人たちから、日本の拡大抑止を求める立場というのが上手く使われているのではないかというご指摘も内外問わずありますので、そういうことも考えてこの手紙を出すことを決めたものであります。
【朝日新聞 鵜飼記者】あまりこういったものは公開されないものですが、この書簡を公表された狙いと、ここに書いてある拡大抑止に依存しているということと、核廃絶を目指すということは相反するものではないのだということですけれども、なかなか理解しにくいことだと思うのですが、どうして相反しないのかもう少し説明をしていただけますか。一方で核に頼っておきながら、もう一方で減らすということは普通に考えると矛盾するのではないかと思うのですが、ご説明いただけますでしょうか。
【大臣】公表したのは既に一部のメディアに出ましたので、正確にその内容を伝えた方がいいと考えた次第です。情報開示とお考えいただければと思います。それから、拡大抑止の話と「核なき世界」を目指すと、これはなかなかバランスが難しいと思います。全く相反するものではないと思います。今の核兵器の現状から見ると、人類を何回でも殺せるような過剰な核が存在する訳ですから、その核を減らしていくということと、拡大抑止というものは私(大臣)は矛盾なく実現できると思います。さらにそれが核の軍縮が進むことで量的に限られてくるといろいろな議論が出てくるかもしれませんが、それは現時点ではまだそこまでいっていないわけですから、私(大臣)には矛盾なく実現できると考えております。ただ、これは日本だけで決められる話ではありませんので、日米間でよく議論する必要があるという意味で最後に私(大臣)なりの考え方を述べつつよく協議をしたいということを申し上げた訳です。
【毎日新聞 野口記者】なぜ12月の年末の時期に出したのかという時期について、もう一度説明をお願いします。
【大臣】先ほど説明をいたしましたが、日本のメディアに、確か東京新聞だったかと思いますが、記事が出て、そのことを踏まえて私(大臣)なりに省内で検証をし、そして手紙にしたということであります。核態勢の見直し(NPR)の作業も続いておりますので、なるべく早く出した方がいいという判断でこの時期に出させていただきました。
【共同通信 西野記者】この報道は弊社がやったと理解しているのですが。
【大臣】失礼しました。共同(通信社)とフジ(テレビ)で。
【共同通信 西野記者】(大臣が)「そういうことがなかった」と理解されているということについては、非常に遺憾なことです。我々は非常に明確な取材をして、根拠に基づいて報道しているので、そのことは理解していただきたいと思っております。
 その上でお伺いします。この書簡は、今後の日本の核政策が抱えている問題点を端的に表しているという気もするのですが、核政策を考える上で、大臣のこの書簡というのは、キック・オフというか、基本的な考え方になると位置づけているのでしょうか。
【大臣】あまり具体的なことを書いている訳ではありませんので、キック・オフになるというと、それは大げさだと思いますが、私(大臣)の基本的な考え方というのは、この手紙の中を読んでいただければ、ご理解いただけるのではないかと思っております。これから今年一年、核軍縮・不拡散について極めて重要な一年だと思っております。オバマ大統領のプラハ演説が、ある意味ではキック・オフになっていて、今年は「核セキュリティ・サミット」が4月にあり、5 月には「NPT再検討会議」があるということです。その後も、私(大臣)としては、引き続き、核軍縮・不拡散の問題を今年一年をとおして、しっかりと前向きなはっきりとした一歩を示す、そういう一年にしたいと考えております。どちらかというと、数年前までは核拡散も進み、核軍縮についても、ブッシュ政権時代の話ですが、ほとんど議論すらされないような状況だったと思います。その流れが今変わりつつあり、その流れをより明確なものにしたいと考えております。(中略)
【日経新聞 山内記者】書簡というより、米政府が今策定しているNPRについて、大臣は以前、大臣が就任される前に核の先制不使用について、「とりわけ、米国が核の先制不使用を宣言することを、日本が主張することが大事である」という発言を伺ったことがあります。この考えは、現在NPRを策定中ですが、盛り込まれる盛り込まれないと米国内でいろいろと議論があるようですが、考え方は変わっていないでしょうか。
【大臣】私(大臣)の考え方は、この場でも何度か述べておりますが、核の先制不使用というのは将来の課題です。それに向けた現実的なステップとして考えておりますことが2つあります。この(岡田大臣発クリントン米国務長官及びゲイツ国防長官宛書簡の)最後のページに書きましたように、ひとつは、消極的安全保障。つまり「NPT非核兵器国に対する核兵器の使用を禁止する」ということ。そしてもうひとつは、「すべての核武装国による措置として核兵器の目的を核兵器使用の抑止のみに限定すべき」と、この2つが具体的なステップだと思います。この2つも簡単に実現するものではないと思いますけれども、是非、 日米、或いは日豪のいろいろな場で議論していきたいテーマだと考えております。
【朝日新聞 鵜飼記者】今後、日米両国で議論を深めたいということですが、たしか前政権の最後の頃に、局長級の2+2で拡大抑止の議論をしていくこ とで合意がなされておりますが、こういった枠組みを活用していかれるお考えなのか、新たに何か協議の枠組みというのを作っていこうというお考えですか。
【大臣】実際には各レベルで議論をしております。ただ、米側はNPRの結果待ちというところもあると思いますが、NPRにどのようなことを盛り込むかということも含めて、さまざまなレベルで日米間で核の問題も話し合っているところであります。
【共同通信 上西川原記者】書簡の関連で、大臣は年明けの日米外相会談でもクリントン国務長官に対して直接、同様の考えを伝えられました。引用すると「我が国が米国の核なき世界に向かっての努力について、まるで異を唱えているような印象を持たれている。それは違う」というような発言をされました。これはNPRをかなり意識されているのではないかと思いますが、大臣の中でNPRの持つ意義や重要性をどのように考えているか教えてください。
【大臣】NPRを意識しているということですが、少なくとも米国に間違ってメッセージが伝わっているとすれば、それは直さなければいけないという思いでこの手紙も書きましたし、外相会談の具体的な中身は申し上げませんが、そういう考え方で私(大臣)自身来ているところであります。NPR、米国の核政策がそこで方向付けられる訳ですから、もちろん、それですべてが決まる訳ではないにしても、ある意味重要だと思います。もちろん、現実をしっかり見据える必要がありますけれども、同時にオバマ大統領の「核なき世界」の理想に向かって、まさしくその理想と現実のバランスをどうとるか、どこに線を引くかということに非常に注目しているところです。

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