核密約・対米工作と非核三原則の行方(4紙社説)

2009.11.29

*11月23日付の沖縄タイムス、同25日付の琉球新報、同28日付の朝日及び毎日新聞は、非核三原則にかかわる社説を掲載しました(私の見落としかもしれませんが、29日現在、中国新聞ではこの問題に関する社説は出ていません)。私は、沖縄二紙(特に琉球新報)の、細かい点については種々問題点がありますが、全体として極めて明快かつ良識的な主張に「沖縄には本土ですでに失われた健全な政治感覚が今なお脈々と息づいているな」と感服しながら敬意を新たにしました。それに引き換え、朝日及び毎日といういわゆる全国二紙の社説はどうでしょう。力点を故意に「密約」の真相解明に置き、国民の総意を代表する「国是」(私自身、この言葉はその曖昧さ故に好きではありませんが)であるはずの非核三原則に関して、変更(非核2.5原則化あるいは2原則化)の可能性への「備え」をしようとする魂胆をにじみ出させる内容を臆面もなく文章にしているのです。これが公正を標榜する二大紙のすることか、と暗然とする思いでした。
 非核三原則に関する限り、全国の各紙は、広島及び長崎の原爆体験を持つ日本においては、「人類は核兵器と共存できない」という「ノーモア・ヒロシマ/ナガサキ」「ノーモア・ヒバクシャ」の思想を正面から掲げなければウソのはずです。非核三原則を佐藤栄作氏がそもそも表明せざるを得なかったのは、そういう広範な国民の意志を無視できないからでした。そういう非核三原則の成り立ちとそこに反映されている国民的な決意をことさらに無視し、日米軍事同盟の存在を当然のごとく前提視して(しかも毎日の場合は朝鮮の脅威まで持ち出して)非核三原則「修正」への落としどころを探ろうとする朝日及び毎日両紙の社説のあまりのひどさを一人でも多くの人に分かっていただきたいので、以下においては4紙社説の内容を掲載しておきます。(11月29日記)

1. 琉球新報社説「「使える核」工作 被爆国にあるまじき外交」

日本政府が麻生政権時代に「核の傘」の堅持を狙い、現在米国が持たない地中貫通型の小型核兵器の保有を米側に促していたことが分かった。短距離核ミサイルの退役にも難色を示していたというから、驚くほかない。
 人類史にない惨劇を体験した被爆国が、反省心が希薄とされてきた原爆投下国に対し、新たに「使える核」を求めるとはどういう了見だろうか。
 戦後の日本が堅持すべきは非核三原則であって、核軍縮の流れに逆行することではない。被爆国にあるまじき「軍拡外交」とのそしりは免れまい。
 そもそも、核政策という高度な政治テーマへの対応を、判断も含めて外交官に委ねていることが問題だ。駐米日本大使館による米議会工作の一環とされるが、時の政権はどこまで状況を把握し、関与していたのか。
 民意に反して一部の官僚や政治家が暗躍することは許されまい。鳩山政権は問題を放置することなく調べ上げ、対米工作の経緯と主導者を明らかにしてほしい。
 核の傘は、傘を持たない日本の安全を米国が自国の傘で保障する「抑止力としての核」という考え方である。
 しかし、冷戦終結から20年。米ソが一触即発の緊張関係にあった時代ならいざ知らず、いまや米国はロシアと戦略核削減に取り組んでいる。日本が新たな脅威とする中国にしても、米国は経済重視の観点から対立する環境にはない。
 にもかかわらず、核の脅威を必要以上にあおり、核の傘の強化を申し出る行為は時代を後戻りさせるだけではないのか。米国内の「核のタカ派」は喜んでも、東アジアの国々からは歓迎されないだろう。
 核の傘に過度に依存する日本を「時代錯誤の思考様式」と指摘する声は米国の核専門家からも出ている。核削減はあっても、核による抑止力拡大という理屈は今日の国際社会では通用しないと受け止めるべきだ。
 鳩山政権はオバマ大統領が提唱した「核なき世界」に賛同した。一方で、核の傘拡大に熱心な外務官僚の動きを容認することがあれば、ダブルスタンダード(二重基準)と批判されよう。
 新政権に求められているのは、ブッシュ前政権で挫折した「使える核」構想の復活ではない。唯一の被爆国として、核なき世界の実現を強くリードすることである。(強調は浅井。以下同じ)

2.沖縄タイムス社説「核密約 非核堅持は日本の務め」

外交はダンスに例えられる。日米両政府は手を取り合って踊っているだろうか。
 日本の「核兵器を持たず、つくらず、持ち込ませず」の非核三原則のうち、「持ち込ませず」をめぐる密約問題は、これまでの政策の大きな転換点になりそうだ。岡田克也外相の指示を受けて調査していた外務省が、核を搭載した米艦船の日本通過・寄港を黙認する日米両政府の核密約の存在を裏付ける文書の存在を確認したからだ。
 秘密議事録そのものは見つかっていないというが、「何をいまさら」というのが大方の反応ではないだろうか。
 というのは、米国では公文書がすでに公開されているのに、歴代自民党政権は「事前協議の申し入れがない以上、核は持ち込まれていない」と一貫して存在を否定してきた。核持ち込みは事前協議の対象だが、これまで一度も開かれたことがなく、米議会で1974年、「寄港する際、核兵器を降ろすことはしない」と証言したラロック退役海軍少将ら、非核三原則の実態を疑わせる発言が飛び出していたからだ。
 米国では文書が公開されているのに、一方の当事国が否定するのはいかにもおかしい。岡田外相は近く設置する有識者会議で精査し、来年1月に公表する考えだ。関連文書が破棄されたとの情報もあり、徹底的に調査してもらいたい。政府は、外務省の方針転換を踏まえ、核密約を認める見通しだ。自民党はこれまであるものを、ないと長く言い張ってきた。自民党にも説明責任があるはずだ。

 米側の公文書によると、日米両政府は60年1月、核持ち込みを事実上容認する秘密議事録に調印した。「持ち込ませず」については92年7月、ブッシュ大統領(当時)が米艦船から戦術核兵器の撤去完了を表明しており、現在は搭載されていないはずである。
 問題はむしろ、核密約を認めたあとである。事前協議のあり方など日米安保条約をめぐる国民的な論議が高まってほしい。
 秘密議事録の存在については、民主党政権への交代前になって、歴代外務次官らが次々と証言しはじめた。なぜか。非核三原則に密約が存在することを日本側の責任者が知らせる。「持ち込ませず」について一時的な通過・寄港を認めるいわゆる「非核2.5原則」に変更する素地をつくりたいためではないかとの疑念が消えない。非核三原則を変更しようとする考えがあるのであれば、本末転倒といわざるを得ない。

 オバマ米大統領はことし4月のプラハ演説で「核なき世界」の実現と核の不拡散を訴えた。日本の非核三原則はその考えにも合致するはずだ。
 鳩山由紀夫首相も国連で、非核三原則の堅持をあらためて掲げた。唯一の被爆国として日本の発言は国際社会の中で、存在感を持つはずである。首相が演説したように、核保有国に核軍縮を促し、非核保有国には持つ誘惑を絶つよう主張できる唯一の国であるのだ。それに説得力を持たせるためにも、非核三原則を曲げてはならない。

3.朝日新聞社説「日米密約 負の歴史の徹底検証を」

岡田克也外相が命じた日米密約の解明作業が最終段階に入った。外務省の内部調査は終わり、外交史の専門家らによる委員会の検証を経て、来年1月中旬に報告書が公表される。
 これまでの調べで、日米安保条約改定時の核持ち込み密約を裏付ける日本側の文書が見つかった。
 米国側の情報公開や関係者の証言で密約は公然の事実となっていたのに、歴代自民党政権と外務官僚たちは存在を否定し続けてきた。そのウソが足元から崩されたのだ。
 政権交代がなければ実現しなかったに違いない。
 今回、関連文書が見つかったのは、核兵器を積んだ米艦船の日本への寄港や領海通過は事前協議が必要な「持ち込み」に当たらないとする密約だ。
 外務省の調査結果が公表されていないため、具体的な内容や、有事の際の沖縄への核再持ち込みを認めた別の密約などがどこまで解明されているのはわからない。
 密約の内容や交渉の経緯はもちろんのこと、どうやって隠され続けたかも含めて、内部調査に不十分な点はないかを、委員会の第三者の目で点検し、明らかにしてもらいたい。
 長年にわたって政府が国民を欺いてきたという、民主主義の根幹にかかわる問題である。
 来年の安保改定50年に向け、両国政府が同盟の深化を議論しようという矢先でもある。外相の言う「国民の理解と信頼に基づく外交」のためにも1日も早い情報公開を望む。
 さらに有識者委に求めたいのは、密約が生まれた歴史的背景の分析だ。
 民主主義国の外交で、国民に説明できない密約は本来好ましくない。やむをえず必要な場合があっても、後年できるだけ早く、記録を公開し、歴史の検証にさらすべきだ。
 密約関連文書をめぐっては、情報公開法が施行された01年ごろ、当時の外務省幹部が破棄を指示したとされる。本当に破棄されたのかどうか、誰がそれを指示したのか、明らかにされねばならない。
 外交文書は30年たてば公開されるのが原則だが、外務省の判断で非公開になる例が多い。日米安保改定や沖縄返還、日韓国交正常化交渉などは、相手国が公開しているのに未公開のままだ。文書公開を広げるための具体的な提言も有識者委には期待したい。
 政府が密約の存在を認めることになれば、核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」とした非核三原則との関係が問われることになる。
 鳩山由紀夫首相は9月の国連安保理首脳会合で、非核三原則の堅持を国際社会に約束した。現実的で妥当な判断である。透徹した目で、この半世紀の検証を進めてもらいたい。

4.毎日新聞社説「日米密約 歴史に耐えうる検証に」

核搭載艦船の寄港容認などの日米密約を検証する有識者委員会が外務省で初会合を開き作業をスタートさせた。
 密約が公式に認定されれば、これまで一貫して「核持ち込みはなかった」としてきた歴代政権の主張が崩れることになる。非核三原則との整合性を含め今後の日本の安全保障政策や日米同盟のあり方に大きな影響を及ぼす問題だけに、有識者委員会には歴史に耐えうる精緻な検証と公正な評価、提言を行うよう求めたい。
 密約に関する調査は9月の政権交代直後、岡田克也外相の指示を受けた外務省の作業チームが着手し、先週作業を終えた。対象は1960年の日米安保条約改定時と72年の沖縄変換時に結ばれた4件の密約である。
 このうち安保条約改定の際に当時の藤山愛一郎外相とマッカーサー駐日米大使の間で交わされた「討議記録」では、核搭載米艦船や米軍機の寄港・領海通過、飛来は日米政府間の事前協議が必要な「核持ち込み」に当たらないとすることが確認されている。この記録は米国ですでに公開されているが、今回の外務省チームによる調査で同省内にも関連文書が保管されていることが確認されたようだ。
 公式には4件の密約に関する関連文書の存否は明らかにされていないが、北岡伸一東大教授を座長とする有識者委員会のメンバー6人が外務省チームの調査結果を踏まえ、来年1月中旬をめどに報告書をまとめる予定だ。委員会の任務は、東西冷戦が終わった89年までの関連文書の内容を検討し、密約が交わされた当時の時代背景を踏まえて歴史的な評価を加えることとされている。さらに、今後の外交文書の公開のあり方についても提言を行う方針という。
 密約の背景に、米ソ対立の状況の中で、自衛力の限界に加え国民の間に強い反核感情がある日本の安全を日米安保条約のもとでいかに守るべきかという事情があったのは確かだろう。その歴史的な評価は有識者委員会の報告を待つ必要がある。
 しかし、理解できないのは、関連文書が米国で公開され「事前協議がない以上、核持ち込みはなかった」との論法が破綻したあとも、日本政府が長きにわたって密約の存在を否定し続けてきたことである。こうした不誠実な姿勢は厳しく問われなければならない。
 北朝鮮の核・ミサイルの脅威など新たな東アジア情勢の中で、核の傘を中心とする米国の拡大抑止と非核三原則の関係をどう整理すべきか。日本外交の信頼性を取り戻すには何が必要か。こうした重要問題の答えを導き出すための有効な手引きになるような報告書を期待したい。

RSS