オバマ訪日と日本の政治

2009.11.15

*オバマ大統領は、11月13日から14日(実質24時間足らず)の間日本を訪問し、日米首脳会談と共同記者会見(13日)、アジア政策に関する基調演説などを行いました。私は、訪日に先立つNHKとの単独インタビューの内容、日米首脳会談後の共同記者会見、「核兵器のない世界」に向けた日米共同ステートメント及びオバマの対アジア政策演説を材料に、今回のオバマ日本訪問が民主党の対米政策を含む日本の政治に対してどのような意味を持っているのか、についての私なりの見解を明らかにしておこうと思います(11月15日記)。

1.二つの重大な問題

 日米首脳会談では多くの議題が取り上げられた模様ですが、私はこれからの日米軍事同盟の方向性、その中でも前提として焦点となっている沖縄の普天間基地の移転問題及び核問題にもっとも注目しました。また、NHKが放映した両首脳共同記者会見でも、この二つが主要な問題として取り上げられていたと思います。

<普天間基地の移転問題>

 普天間基地移転問題に関する日米首脳会談の前の鳩山首相の発言内容は、2点に集約することができます。
第一点は、この問題の解決を急がない。2010年初の名護市長選挙の結果など、沖縄県民の意向を十分踏まえて決める。この点に関しては、11月7日付の琉球新報がまとめた「普天間移設をめぐる日・米・沖縄の発言経過」によれば、鳩山首相は、「来年の名護市長選挙があり、沖縄の知事選挙まで、かなり時間がかかる。中間ぐらいでの結論が必要になってくる」(10月15日、官邸で)と発言していました。
第二点は、問題打開の方法として岡田外相の肝いりでできる事になった高級作業部会で議論するが、最終判断は私(鳩山)が下す。この点に関しても、同じく琉球新報の上記記事によれば、鳩山首相は、「沖縄の皆さんの思いを受け止め取り組む。最後は私が決める」(10月30日、参院代表質問)と発言していました。
日米首脳会談の後、この二点についての鳩山首相の発言はどうなったか。14日付中国新聞に載った共同記者会見要旨(その内容は、私がテレビで直接聞いて記憶しているものと大差ありません)によれば、鳩山首相は、「米軍普天間飛行場移設に関する作業グループをできるだけ設置し、できるだけ早い時期に解決する。日米合意を重く受け止めている。ただ衆院選で「(移転先は)県外、国外」と申し上げた。沖縄の期待感は強まっており、困難を伴う問題だ」と述べました。
つまり、鳩山首相が強調していた「解決を急がない」「最後に決めるのは首相である私」という二つの最も重要なポイントが、首脳会談を受けた共同記者会見では消えているということです。15日付朝日新聞によると、鳩山首相は14日に記者団に対し、首脳会談で「日米合意は重い」と言及したということを明らかにしているそうです。ということは即ち、自公政権のときに行われた日米合意の内容を前提とすることを、鳩山首相は認めざるを得ないということなのです。
また、共同記者会見で「早期に解決する」と言った自分の発言については、「文字通りにできるだけ早くだ。年末までには、と約束したわけではない。ハイレベルのチームを作って、できるだけ早く結論を出すように検証しようということだ」と言い訳をしたそうです。しかし、この発言でも改めて確認されるように、最終決定権はあくまでも鳩山首相自身が持つという日米首脳会談前での強調点・ポイントは曖昧にされてしまっています。
結論的に言うと、日米首脳会談では当初普天間問題にはあまり立ち入らない、ということで日米間の調整がついたと報道されていましたが、鳩山首相は、決定時期及びどのレベルで決めるか(自らの最終決定権にこだわるか)という重要な二つのポイントについて、明らかにアメリカ側に重大な譲歩を行ったことが分かります(ちなみに、私が読んでいる朝日、毎日、中国3紙においてはこれらの点に関する言及、解説がないというのは、本当に不思議であり、無責任だと思います)。
私が読んでいる沖縄タイムス、琉球新報によれば、沖縄の人々は文字通り不退転の決意で立ち上がっています。①11月7日の21,000人が参加した県民集会、②11月6日付琉球新報が報じた、県内41市町村首長アンケートの結果、35人が「県外・国外」を要求、③11月11日付沖縄タイムスによれば、全県緊急世論調査の結果、「県外・国外要求」が63.3%(辺野古支持はわずか23.4%)など、沖縄県民の民意はあまりにも明らかです。
鳩山首相からすれば、「前門の虎、後門の狼」で、正に進退両難でしょう。しかも、8月20日付毎日新聞が伝えた衆院総選挙全候補者アンケートの結果によれば、憲法第9条改正に「賛成」の民主党候補者は17%なのに対し、「反対」は実に66%の高さに達しています(ちなみに自民党候補者については、それぞれ82%、11%でまったく逆転)。これは、普天間問題とは直接関係のない憲法第9条にかかわる数字ですが、こういう憲法意識を持った民主党議員が普天間の問題で党指導者の姿勢にはついて行けない気持を持つだろうということは容易に想像できます。しかも今回の衆議院総選挙の沖縄県の小選挙区で当選した議員すべて(4人)が、「県外・国外」を公約しているのです。少なくとも言えることは、民主党指導部と民主党の一般議員(彼らは一般国民の声を無視することができません)の間には明らかに憲法・外交・安保問題をめぐって著しい意識の懸隔が窺われるという事実です。
私は、鳩山政権の真価は、普天間問題に関して、アメリカの圧力に屈するか、それとも、沖縄県民(そして総選挙で民主党を選び出した国民一般)の信託を裏切らない明確な決断ができるか、のいずれかによって、厳しく審判が下されることになるだろうと思います。後でもう一度触れますが、鳩山政権が選挙公約を裏切らす、国民の信託に応えた行動をとらざるを得ないよう、私たち主権者は、沖縄県民に学んで、最大限の声を張り上げていくことが求められています。

<核問題>

 まず、私は共同記者会見でのオバマの記者の質問に対する回答の仕方において大きく3つの重大な問題を感じました。
 第一には、日本の記者が核兵器廃絶に関していくつか質問したのに対し、オバマはほとんど正面からの回答を避けたということです。私は、オバマの信条はどうであれ、人間的には誠実さを心がける人物という印象をこれまで抱いていたので、この反応には正直深くがっかりしました。
 第二、記者は核兵器廃絶問題に対する質問を明確にしたのに、オバマは、「核兵器のない世界」は「ビジョン」であると簡単に発言した後、直ちに核不拡散問題や米ロ核軍縮交渉に話題を変えていったことです。「核兵器のない世界」はビジョンにとどまるものであって政策レベルの深刻な話ではないというオバマ政権における位置づけについては、すでにこのコラムでも、CTBT会議でのクリントン国務長官の発言として紹介(http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/2009/300.html)しておきましたが、オバマ自身も今回明確にそれが「ビジョン」であると述べたのです。そして彼は、それは「遠い先の目標」(adistant goal)であるとも指摘し、プラハ演説で言及した「自分の生きている間の核兵器廃絶はないだろう」という発言も再び口にしました。
 第三、日本の記者はまた、アメリカの広島、長崎に対する原爆投下をどう思うか、という鋭い、しかも最も重要なポイントを質問として提起しました。私もオバマがどう答えるか、と固唾を呑んで見守りましたが、オバマはその質問を無視して答えなかったのです。
勿論、どんな答え方をしてもアメリカ国内が沸騰する類の問題なので、オバマの政治感覚がそこから逃げたからといって難詰するわけには行きませんが、しかし、やはり「原爆投下はあってはならない誤りだった」ことを認めざる限り、アメリカが核に固執することを正当化する根本的前提を崩すわけには行かないのですから、私たちは執拗にこの問題をアメリカ側に突きつけていく必要があると思います。それは決して、アメリカに「報復」するということではありません。日米が真に和解するための不可欠のステップとして、それが必要なのです。ちなみに、朝日、毎日、中国は、この一件についても、私が目を通した限りでは、紙面で取り上げもしていません。
 日本の核政策の根幹にかかわる問題でも重大なことがありました。今回,「核兵器のない世界」に向けた日米共同ステートメント」が出されたのですが、私は二つの点で目をむきました。
 一番重大なことは、日本がアメリカの核拡大抑止(核の傘)の下にあり続けることが明確にされたことです。ステートメントにおける記述は以下の通りです。

 「両国政府は、日本国及びアメリカ合衆国並びにその他の米国の同盟国の安全保障を如何なる形においても損なわないことを確保しつつ、…核軍縮・核不拡散に関する…具体的行動をとる決意を表明する。」

 これは正に、アメリカの拡大核抑止政策を日本や韓国に適用し続けるということです。すでにこのコラムで「ペリー報告」を紹介する形で、自民党政権時代の政府高官がペリーたちに拡大抑止の必要性を訴え、それが報告に強く反映されることになったことを紹介しました(http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/2009/305.html)が、民主党政権も、アメリカの「核の傘」に入るという政策を続けるという、極めて重大な内容が以上の文章には込められているのです。この重大を極めるポイントも、14日付の朝日、毎日、中国は(そして赤旗までが)指摘もしていませんでした。
以上の理解は「浅井の思い過ごし」だと頑張りたい人もいるかも知れませんが、14日に行われたオバマの演説は、もののみごとにそういう「オバマに対する希望の持ち主」の期待を裏切りました。オバマは、北朝鮮の脅威に言及(そのあまりにステレオタイプな決めつけ方自体、非常に問題なのですが、ここでは立ち入りません)する中で、次のように述べたのです。

 「これらの兵器(浅井注:核兵器)が存在する限り、米国は、韓国や日本を含む同盟国の防衛を保証するため、強力で効果的な核抑止力を維持する。」

 これこそが拡大核抑止政策そのものです。それ以外の理解のありようはありません。すでに普天間問題(を筆頭とする在日米軍再編計画、そしてそれを重要な内容とする日米軍事同盟の変質強化)で決断を迫られている鳩山・民主政権は、核問題については早々と自民党政権・自公政治の継承を打ち出したということです。
少し脱線しますが、以上のことは11月末までに明らかにされることになっているいわゆる「核密約」問題の今後の行方と重大なかかわりを持っています。読者の皆様にハッキリした認識を持っておいていただきたいのですが、核密約の問題の本質は、「密約があったかどうか」を確認することにあるのではありません(アメリカ政府の公文書の解禁で、「ある」ことはもう証明するまでもないことであり、要するに外務省が嘘を言っていたことを認めるかどうかという、ある意味些細な問題です)。問題の本質は、非核三原則の要諦は、「持ち込ませない」ということにあり、その根本の意味は、日本の国民的な原爆体験及びそこから来る核反対の極めて健全な感覚を踏まえた、核艦船の核兵器を積んだままの寄港・無害通航、核兵器搭載の戦闘機などの着陸、上空通過など(それらこそ密約でアメリカ側に認めているもの)も「持ち込み」に当たるから認めないという点にこそあるのです。
これからの民主党政権にとっての問題は、存在する密約の内容をきっぱりと拒否、否定し、数十年間歴代政権が国民に表面上は約束してきた政策を今後も文字通り本気で堅持するということでしっかりと決意を固め、アメリカ政府に対しては密約をチャラにすることを明確に通報するということです。この二つからそれる如何なる対応も、非核三原則の空洞化を意味するものであり、私たちは絶対に許してはいけないということを、肝に銘じておきたいと思います。それなのに、「核の傘」を早々と認めたということは、非核三原則を民主党政権が本気で守るつもりがないことを強く示唆しています。
もう一つ、これもステートメントにかかわりますが、「「核兵器のない世界」に向けた日米共同ステートメント」という表題の極めつけのごまかし性です。このステートメントを歓迎する向きがある(朝日、毎日、中国は勿論、広島市まで)ことは本当に驚くべき、というより、本当に悲しむべきことです。
ステートメントでは、「核兵器の全面的廃絶を達成するという挑戦を認識しつつ」という一言が、核兵器廃絶にかかわる唯一の言及箇所です。他のどの部分にも、核兵器廃絶に関する具体的政策の記述はありません(先に述べた「核兵器廃絶は「ビジョン」であって、「政策」ではない」というのは、正にそういうことなのです)。ちなみに、こういうスタイルは安保理首脳会議での安保理決議においても踏襲されたものです。
しかも、ステートメントは、中国新聞がゆがめて書いているように「核兵器の全面的廃絶に挑戦」と言っているのではありません。「廃絶に挑戦」ではなく、「廃絶を達成するという挑戦」と言っているのです。前者であれば、確かに“廃絶に向かって進んでいく”というニュアンスになります。しかし、「廃絶を達成するという挑戦」なのですから、この「挑戦」とは「難題」というニュアンスで使われていると受け止めるのが普通でしょう。分かりやすくいえば、ステートメント自身が、「核兵器の廃絶はむずかしい課題です」と認めているのです。中国新聞の歪曲した報道ぶりを見た時は、正直言って、「中国よ、ここまで操作するのか」と私は暗澹とした気持になりました。

 以上のような重大な問題点を見て、特に核問題に関する内容を見る時、私は改めてオバマ大統領(あるいはオバマ政権)の核政策に対する私たちの評価を正確にすることの必要性を痛感します。じつは、日米共同ステートメントについて新聞記者からコメントを求められて上述の内容を話したのです。その時強く感じたのは、オバマのプラハ演説以来、メディアが一方的にオバマの核問題に関する立場について理想的イメージを作り上げてしまっている(オバマ本人の意向にお構いなしに、オバマは核兵器廃絶に深くコミットした人間であってくれなければ日本のメディアのこれまでの報道姿勢に疑問符がつくので、オバマの本当の姿・考え方が明らかになることをなんとしてでも防ぐという本末転倒の意識が働いている)こと、今回のようにその作られたイメージは事実をもってしても成り立たないことがあまりにも明らかにされる段階になっても、メディアは何とか作られたイメージを保全するべくしがみつく傾向がある、ということでした。
 また14日に津山でお話しした時も、「やはりオバマには期待感を持つ」と発言された方がいました。私が以上のような内容のお話しをした上でなおこの発言が出たのです。私は、プラハ演説(あるいは米大統領選)以来に作られたオバマ・イメージが、本当に多くの人たちの冷静かつ事実に即した判断の可能性を奪いあげていることをひしひしと感じさせられました。
 私も、将来核兵器のない世界が実現した暁に、人々が歴史を振り返って、オバマのプラハ演説が起点だった、というふうに評価する時が来る可能性を否定しません。プラハ演説は、歴史的に見れば、それだけの意味はあるだろうと思います。しかし、プラハ演説から本当の核兵器廃絶までの道のりは平坦ではあり得ません。特に、「オバマなら何かやってくれる」が如きオバマ頼みでは、核兵器廃絶が実現するはずはありません。私たちがもっともっと強力な国際世論を作り上げ、日本政府の政策を改めさせ、アメリカにもの申すようにさせるようになってこそ、オバマ(あるいはその後継者)は重い腰を上げざるを得ないということになるのです。歴史を動かすのはオバマ(一人のリーダー)ではなく、あくまで私たちです。「オバマジョリティ」ではなく「ヒロシマジョリティ」なのです。

2.国民的監視を強めて鳩山・民主党政権の政策を正そう

日米首脳会談では広範囲な問題が取り上げられましたが、私は以上の二つの問題が最も重要だと思います。そして、核問題については、鳩山・民主党政権が自民党政権・自公政治を文字通り継承する姿勢を明確にしたことが、今回のオバマ訪日の第一かつ最重大の特徴であると思います。
このことは、非核三原則の問題にも重大な形で尾を引くことを懸念しないわけにはいきません。すでにこれまでの民主党指導部の人々の発言から、非核三原則に対して彼らが重大な修正(非核三原則の空洞化、空文化)を加えることを私は懸念してきましたが、彼らがアメリカの「核の傘」に入る政策を鮮明にしたということは、「持ち込ませない」という原則が無意味化される危険性が高まったことを意味する、としか考えられません。そして普天間問題における鳩山首相自身の重大な後退姿勢をあわせ見ますと、外交・安保(そして憲法)に関する民主党政権の政策は結局自民党政権、自公政治となんら変わるところがない、という懸念が非常に現実味を帯びてきた、ということだろうと思います。
 そこでまず現実的に問いただすべきは、三党連立を組み、連立政権に加わった社民党の政治姿勢です。今回のオバマ訪日と、その結果としての以上のような鳩山政権の後退姿勢に対して、社民党が断固とした発言と対応(最終的には三党合意の解消と政権からの離脱)をとることができるかどうかです。自民党に取り込まれて衰退への道を歩んだ村山富市氏の時代の重大かつ社民党にとっての最大の禍根であるはずの過ちを再び繰り返すのか、ということです。その去就如何は、民主党政権の対米政策を正すことに本気で取り組む社民党であるか否かという意味において捉えなければならないと思います。
 私としてはまた、先ほども触れましたように、民主党指導部の意識と一般議員(さらには民主党支持者、民主党に投票した人々)との意識差は非常に大きいものがあることに着目します。私たちがそういう人たちに積極的に話しかけ、彼らがまた民主党内での議論を正すべく積極的に発言していく、という可能性を大切にする必要があるのではないでしょうか。
私が14日に伺った津山での「9条の会」の集会でも、民主党に期待する人が少なくない印象を受けました。しかし、ただ期待するのではなく、「非政治的市民の政治的行動」(丸山眞男)を心がける私たちであってこそ、民主党を変え、日本を変える力になるのだと思います。民主党そのものを一派ひとからげにするのではなく、もともと雑多な成分から成り立っている民主党の中の良心的な人たちが政治的責任感を持って行動するように私たちが積極的に話しかけ、励ましていく、それが今日もっとも求められ、必要とされていることだと思います。

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