小学生と考える「平和教室」(お金に振り回される社会は平和とはいえない)

2009.11.08

*しばらく載せなかったのでたまってしまいましたが、中国新聞の子ども新聞での連載は続いており、3回分を一気に載せる羽目になりました。何とか、10年3月号まで連載を続け、できればまとめて本にしたいと思っています。このコラムを訪れる方で、心当たりがある方に仲介の労をとっていただければとても有難いです。(11月8日記)

祖父:おじいちゃんは経済のことについてはしろうとなんだけど、今日は、はるき君とミクちゃんと一緒に、お金がみんなの暮らしを決める仕組みになっている社会が平和だといえるのかについて考えてみたいけど、どうかな?
はるき:ぼくの家でも、最近、お父さんのボーナスが減って住宅ローンを返すのが大変だ、ってお父さんとお母さんが話しているのを聞いて、ぼくの家はどうなっちゃうのかな、って思うことがあります。
ミク:私のお母さんも、最近、お父さんの収入が減ったと言って、生活の足しにしたいと、スーパーのレジでアルバイトを始めたわ。何となく、みんなが追われている感じで、私も不安な気持ちになってしまうの。
祖父:日本の経済が調子のいいときは、みんなの生活もある程度ゆとりがあるから、全体としてそれほど問題はない。ところが、最近のように世界経済がひどく不景気になる(注1)と、輸出に大きく頼っている日本の自動車メーカーなどの物づくりの会社はもろに影響を受けることになるんだ。そうすると、そういう会社で働いている人たちは、給料は減らされたり、首切りされる(注2)から、国内の消費が落ち込む。そうなると、消費者の支出に頼っている国内の多くのお店の商売も悪い影響を受けることになってしまう。そうなると、人件費を減らそうということになって、ますます働き口が狭められるということになる。こうして経済全体が落ち込んでいくという繰り返しが起こってしまうんだよ(注3)。
はるき:普通の家庭でも影響が出ているんだから、もともと貧しい家庭の人たちはもっと大変なんじゃないのかな?
祖父:はるき君の言うとおりなんだ。
 中国地方の障害者施設では、企業から回ってくる仕事が減っており、465の施設のうち、61.2%が仕事が減ったと答えている(注4)。また、2008年度に勤め先を辞めさせられた障害者は、2007年度より82%も増えて2774人になったという数字もある、これも障害者を取り巻く労働環境が悪くなっていることを示しているね(注5)。
 さらに、広島市の調べでは、生活保護を受けている家庭の数が大幅に増えているけど、最近では失業や貯金の減少が原因の人たちが増えているということだよ(注6)。生活保護を受けている人は、全国では、2009年12月で160万6714人で、1年前に比べると5万3121人増えている(注7)。
ミク:日本は世界でもお金持ちの国なんでしょう?どうしてこんなことになってしまうのかしら?とくに、貧しくて困っている人たちには、国も広島市ももっといろいろなことをするべきだと思うわ。
祖父:おじいちゃんもミクちゃんの言うとおりだと思う。でもね、日本ではこの30年近くの間、とくに2001年以後は、本当に社会的に弱い立場の人たちにとって厳しい社会になってきているんだよ。
ミク:くわしく話してくれますか?
祖父:経済の仕組みに深くかかわっていることなので、専門家ではないおじいちゃんも自信はないけれど、なるべくはるき君やミクちゃんにも分かるように話してみるかな。
はるき:「経済の仕組み」かあ。むずかしそうだね。
祖父:日本もそうだけど、世界の多くの国々では資本主義(注8)という仕組みで経済が動かされているんだ。
はるき・ミク:「資本主義」って何ですか?
祖父:むずかしく話し出すときりがないし、おじいちゃんも自信はない。
要するに、人間が行う労働も、その労働によって作り出される品物やサービスも含めて、すべて商品として市場でお金のやりとりを通じて交換することで動かす仕組みということだね。
その場合に、お金を持ってその仕組みを動かす人たちのことを「資本家」といい、自分の労働力を商品として売る立場にある人たちを「労働者」というんだ。
はるき・ミク:そこまではなんとなく分かる気がする。
祖父:そうか、分かってくれてありがとう。
 今あるような形で資本主義の仕組みが本格的に動き出したのは18世紀だけど、その頃は、資本主義の仕組み、つまり市場の働きに任せておけば世の中は丸く収まるという考え方だった。
 しかし、資本主義はお金を握っている資本家には都合がいい仕組みだけど、19世紀に入ると、労働力しか売るものがない人々(労働者)は貧しい暮らしを強いられることがはっきりしてきた。
そこで、多くの人々が貧困と格差から抜け出すためには、資本家、市場にすべてを任せてはおけないということで、資本主義に代わる「社会主義・共産主義」という経済の仕組みに関する主張が生まれたんだよ(注9)。
はるき:社会主義とか、共産主義とかいう言葉は聞いたことがある。でも、社会主義のソ連が1990年につぶれて、社会主義は失敗したと聞いたことがあるけど。
祖父:はるき君はすごいことまで知っているんだねえ。
 でも、ここでは社会主義や共産主義のことにはこれ以上立ち入らないでおこう。 ここでは、そういう労働者の側に立って資本主義を批判する動きが国際的に高まったことに対して、資本主義の立場に立つ側は、資本主義の仕組みを維持するために、労働者のための社会保障をはじめとする社会的に弱い人たちに配慮する政策をとることになった、ということを確認しておこうか(注10)。
ミク:それにしては、今の日本は社会的に弱い立場の人たちに厳しくて、おかしくはないですか?
祖父:さっき、「日本ではこの30年近くの間、とくに2001年以後は、本当に社会的に弱い立場の人たちにとって厳しい社会になってきている」と話したのは、正にそのことなんだ。
 1980年代からアメリカ、イギリス、日本を中心にして「新自由主義」という主張が強くなって、すべては市場に任せるべきだ、政府の役割は小さければ小さいほどいい、という考え方が支配するようになったんだ。そのツケが今になって人々に回されてきているということなんだよ。
 おじいちゃんは、人の暮らし、尊厳が何よりも大切と考えているし、それが「平和」の根っこだと考えている。人の暮らし、尊厳がお金、市場のために踏みにじられるというようなことはとても許されないことだ。
そのことを分かってもらいたくて、少し長い話になったけど、二人にもよく考えてほしいな。

<家族の方のための注釈>

1 2008年秋から本格化した、アメリカの金融市場の破綻を景気にした世界経済不況
2 厚生労働省が3月31日に発表した調査結果によれば、2008年10月から2009年6月までに職を失うか、失うことが決まっている派遣などの非正規労働者が19万2061人に上るそうです。また、正社員でリストラされた人も判明しただけで1万人を超えました。 また、総務省が同日公表した労働力調査(速報)によれば、今年2月の完全失業率は4.4%で、2006年1月以来3年1カ月ぶりの高い水準になりました。完全失業者は対前年同月比33万人増の299万人で、リストラなど「勤め先都合」によるものが94万人を占めました。 (以上、4月1日付毎日新聞記事)
3 国際通貨基金(IMF)が7月8日に発表した報告書によれば、2009年の経済成長率は、アメリカが-2.6%、ユーロ圏が-4.8%であるのに対し、日本は-6.0%と見込まれています(7月8日付共同通信電)。
4 4月21日付中国新聞記事
5 5月16日付朝日新聞記事
6 広島市の2008年度の非保護世帯は1万3535世帯(最小だった1988年度の3倍超)、被保護人員は1万9512人(最小だった1992年度の3倍超)で、中でも失業や貯金の減少を理由とする保護件数が2007年度に比べて大幅に増えています(4月15日付毎日新聞)。
7 3月4日付沖縄タイムス記事
8 「資本主義」という言葉は、19世紀の中頃にマルクスによって初めて紹介されたそうです。
9 19世紀にマルクスやエンゲルスは、資本主義に代わる「社会主義・共産主義」の主張を広めました。
10 市場にすべてを委ねるのではなく、社会的に弱い立場にある人々を積極的に守るように政府の介入を強めることを主張する立場を「修正資本主義」と呼ぶことがあります。

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