他者感覚の欠落と天動説的国際観
 -毎日新聞社説に思うこと-

2009.03.14

3月14日付毎日新聞は、「北朝鮮「衛星」 発射阻止の努力を続けよ」と題する社説を掲載しました。
これは、私が3月10日付の同紙の「新聞時評」欄に載せた「「北朝鮮の人工衛星」批判に疑問」という文章で、2月27日付同紙の社説「人工衛星でも容認できない」を批判したことに対して、もう一度念を入れて同紙の反対の立場を明らかにしようとしたものと受け止めるしかないでしょう。しかも今回の社説は、朝鮮民主主義人民共和国(以下「朝鮮」)が宇宙条約に加盟し、国際機関に打ち上げに関する所定の情報を提供したことを踏まえた上で、なお「発射阻止の努力を続けよ」というものです。
私としては、同社説の以下の主張について疑問を呈する責任を感じます。
第一に、社説は、朝鮮の打ち上げは安保理決議1718に違反するという前回社説の立場を繰り返しています。私が新聞時評で指摘した点(安保理決議が条約上(国際法の藤田久一教授の指摘を踏まえれば一般国際慣習法上といっても良い)の権利を奪いあげることができるというのは通らない)についてはなんら答えていません。
そもそも安保理が決議さえ通せば国家の条約上の権利も奪いあげることができるというような解釈がまかり通ったら、安保理常任理事国が結束したら、世の中は大国の思い通りになってしまうということです。朝鮮が憎い、朝鮮を懲らしめなければ気が済まない、という感情に駆られて、国際法を踏みにじることまで安保理に認めるということになったら、ただでさえ無政府的な国際社会はますます不安定な状況に陥ってしまいます。安保理常任理事国である中国やロシアが日米韓の立場に同調しないのは、そういう意味ではせめてもの救いなのです。そういう危険性を毎日新聞ともあろうものが認識しないのでしょうか。
第二に、社説は今回も、「北朝鮮が発射するのが人工衛星であっても、弾道ミサイルと同じ技術を使っている」ので決議違反、と繰り返していますが、それならば平和利用を持つ日本の宇宙利用も許されなくなるはずだ、という私の新聞時評での指摘にはやはりなんら答えていません。すでに30トン以上のプルトニウムを保有し、弾道ミサイルに転用できるロケット技術を確立している日本の核武装化に対する国際社会の潜在的警戒心を私たちが正確に認識するのであれば、「日本は平和利用なので良いが、北朝鮮は何をしでかすか分からないからダメ」というような幼稚な次元で議論をするようなバランス感覚の欠如を、毎日新聞ともあろうものが恥ずかしく思わないのでしょうか。
金正日の政権第3期に入るのを控え、他にお祝いをする余裕がない(国民に餅代を配るゆとりもない)中で、せめて得意技術であるロケットを使って人工衛星打ち上げに成功して景気づけをしたいというのが朝鮮の気持ちではないでしょうか。人工衛星打ち上げに成功したら、「これで宇宙の平和利用の国々への仲間入りができるね」というぐらいの言葉をかけてあげるのが、平和憲法を持ちつつ宇宙の平和利用をする日本の矜恃というものでしょう。
第三に、社説は次のように書いています。「原則論を言えば、宇宙の平和利用の権利はどの国にもある。しかし北朝鮮は、韓国で今実施されている毎年恒例の米韓合同軍事演習を理由に、北朝鮮領空や周辺空域を通過する韓国民間機の安全を保証できないと突然宣言するなど、「平和」とは矛盾する行為を重ねてきた。これでは信頼を得られない。」
「原則論を言えば」というのはどういうことでしょう。国際条約というルールに原則と例外があるとでもいうのでしょうか。そのように国際法を恣意的に捉えるのでは、先ほども述べたように、国際社会は無法社会になってしまうでしょう。毎日新聞社説の国際法に対するこのような軽い認識表明は大問題です。
また、「毎年恒例」の米韓合同軍事演習なら許されるというのでしょうか。この演習が朝鮮との戦争に備えるためのものであることは公知のことです。仮に中国とロシアが、対日本有事を想定して毎年日本の近辺で合同軍事演習をするというような事態になったら、日本は国を挙げてのパニックに陥ることでしょう。中国や朝鮮の艦船の日本領海侵犯だけでも大騒ぎする日本ですから。毎年繰り返される米韓合同軍事演習が朝鮮にとってどれだけの恐怖であるかぐらい、ほんの少し想像力を働かせれば分からないはずがありません。その恐怖感から朝鮮が精一杯の強がりをいっているのだということが、毎日新聞は分からないのでしょうか。朝鮮に難癖をつける前に、米韓は軍事演習を止めるべきだというのが、毎日新聞社説に求められるあるべき論説の姿ではないでしょうか。

今回の毎日新聞社説のかたくなな姿勢を見ていてつくづく感じることがあります。それは、他者感覚の欠落、天動説の国際観という日本社会を覆っている病理の根の深さということです。朝鮮の立場(他者感覚)で世の中を見たらどのような姿が浮かび上がってくるか、ということを考えようともしないこと(天動説的国際観)が、私たちが物事を正確に判断する可能性を奪っているのです。朝鮮のような貧しく、国際的に孤立している国家にとって、朝鮮を敵視する米日韓の存在自体が大変な脅威なのです。その米日韓がことあるごとに朝鮮に脅しをかけてきた、というのが朝鮮戦争以来の朝鮮にとっての国際環境なのです。朝鮮が軍事的に身構えざるを得ないのは、60年近くも続いてきた恐怖心故なのです。
イソップの寓話ではありませんが、朝鮮の恐怖心、警戒心を解かすためには、北風の冷たさではなく太陽のぬくもりが必要なのです。あるいは6者協議における「行動対行動」原則のように、相互信頼を積み重ねる長年の行動の蓄積が必要です。そういうことにはお構いなしで、日本国内では、あり得ない「北朝鮮脅威」論がはびこってしまい、私たちがまともに物事を見ることができなくなり、朝鮮を「お化け」扱いにする見方しかできなくなってしまっています。毎日新聞の二つの社説はまさにそういう産物なのです。これでは何時までたっても問題解決の糸口は見えてこないでしょう。問題の根幹は日本側にあることを深刻に認識しない限り。
(3月14日記)

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