社説のあり方への強い疑問

2009.03.05

*3月10日付の毎日新聞に掲載された「新聞時評」の文章です。朝日新聞及び毎日新聞は、朝鮮民主主義人民共和国(以下「朝鮮」)の人工衛星発射に関する問題についてそれぞれ社説を掲載し、それが絶対に許されないと論じました。しかし、その論旨はまったく感情的であり、「北朝鮮バッシング」に走る国民感情を煽るだけのものだと思います。もっと冷静な議論を心がけてほしいと思って書いた文章です。
ちなみに、国際法の権威である藤田久一教授の『軍縮の国際法』(日本評論社)には、次の指摘があることを紹介しておきます。

この条約は宇宙環境に適用される諸原則、規則及び手続を定めているが、その一般原則は「平和目的のための宇宙空間の探査及び利用の進歩が全人類の協同の利益である」(前文)こととされた。これに基づく宇宙空間の基本的法制度は、条約の中心原則として一条で次のように述べられている。すなわち、月その他の天体を含む宇宙空間の探査および利用は全人類に認められた活動分野であり「すべての国がいかなる種類の差別もなく、平等の立場に立ち、かつ、国際法に従って、自由に探査し及び利用することができるものとし、また、天体のすべての地域への立入りは、自由である」。そして、かかる宇宙空間はいかなる手段によっても国家による取得の対象とはならず、そこでの活動も国連憲章を含む国際法に従って行なわれなければならない(二、三条)。このような宇宙空間の自由および領有禁止の原則は、この条約を離れても、国際法の慣習法的原則の地位を今日得るに至ったとさえいえるであろう(203頁)」(強調は浅井)


以下の私の文章は、字数の制約のため正確を欠く部分はありますが、以上の藤田教授の指摘を踏まえて読んで頂きたいと思います(3月5日記)。

私は、全国紙の社説に関心を持っている。特に毎日、朝日は、他の全国紙に比べ公正性、中立性が高いと見られている。したがって、読者にとっては物事の判断の指標として受け止められる確率が格段に大きいと思う。それだけに社説を書く際の責任は重いはずだ。
 したがって、2月27日付の本紙社説「人工衛星でも容認できない」及び翌日付の朝日社説「北朝鮮ミサイル 「ロケット」は通らない」には唖然とした。両社説には北朝鮮に対する嫌悪感があふれ、北朝鮮バッシングの雰囲気が支配する国民感情への迎合を感じる。
 この問題を論じる出発点は、いわゆる「宇宙条約」により、宇宙の平和利用は「すべての国がいかなる種類の差別もなく…自由に探査し及び利用することができる」(第1条)権利であることを認識することである。日本を含め多くの国がその権利に基づき宇宙利用を行っている。北朝鮮もその権利を行使できることは自明だ。
「弾道ミサイルも衛星用ロケットも基本的には同じ技術によって飛ぶ」(毎日)、「誘導装置を備えたロケットがミサイルに他ならない」(朝日)というのなら、平和憲法を持つ日本が宇宙利用すること自体も許されないはずだ。
 両社説は、国連安保理決議1718が、北朝鮮に対して「弾道ミサイル計画に関連するすべての活動」を停止することを求めていることを根拠に、人工衛星打ち上げもミサイル計画に関連があり、この決議に違反すると主張する。つまり両社説は安保理決議があるから北朝鮮は宇宙条約上の権利は行使できない、と言いたいのだろう。
しかし、訪中した中曽根弘文外相が朝鮮の発射は安保理決議違反だとの立場を伝えたのに対し、「中国側は賛同しなかった模様」(2日付本紙)という。「中国とロシアが最近、北朝鮮が人工衛星を打ち上げた場合、制裁は困難だとの立場を韓国政府に伝えた」(4日付長崎新聞による共同電)ともいう。
当たり前だ。「弾道ミサイル計画に関連するすべての活動」という文言が宇宙利用の条約上の権利をも奪いあげる、と読むことにはどう見ても無理がある。そもそも安保理がすべての国家に認められる条約上の権利の行使まで禁じる権限があるとは思えない。
 1998年の北朝鮮のロケット発射に際して、日本では「北朝鮮脅威」論を増幅する騒ぎが起こったが、毎日社説の指摘のように、米国は「ごく小型の衛星を打ち上げようとしたが失敗した」との判断を公表した。しかし毎日社説はなお、「北朝鮮が…ミサイルだけを発射し、人工衛星の打ち上げに成功したと再び虚偽の発表をする可能性も排除できない」という。
 「北朝鮮は国際秩序に挑戦し、周辺国を脅迫してきた」(毎日)、「ミサイルに関して、北朝鮮はいわばやりたい放題だ」(朝日)というが、北朝鮮の核実験までの強硬姿勢はブッシュ政権の強圧政策が招いた結果という認識は、米国内では今や常識である。だからこそオバマ政権の対北朝鮮対話・交渉路線につながろうとしている。
朝鮮問題は日本の重要な外交問題だ。両紙には、多角的に情報を提供し、理性的な国内世論を喚起する気骨を持ち、冷静な社説を心がけてほしい。

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