大西洋評議会:「北朝鮮に対するアメリカの新外交戦略」

2009.02.13

*アメリカ大西洋評議会は、2009年2月付の”Issue Brief”において「北朝鮮に対するアメリカの新外交戦略」を発表しました。この最終報告は、約3年間にわたる研究に基づくものであり、ハイ・レベルの超党派の作業グループによる結論を反映するものとして、オバマ政権への提言であるとされています。以下においては、その主な点を整理してみておくことにします(2月13日記)。

1.文書の最大の特徴:包括的解決の進言

「朝鮮と東北アジアにおける平和と安全の達成」とする副題がついたこの文書の特徴は、その冒頭の次の文章に要約されています。

-オバマ大統領が朝鮮において包括的解決の新戦略を採用しないのであれば、アメリカは北朝鮮の核計画を除去することはできそうにない。
-北朝鮮の核の脅威を終了させる新外交戦略を採用することは、孤立した共産主義国家に対する政策に関するオバマ政権に向けての詳細な勧告を伴う、本日発表される大西洋評議会の最終報告の核となる提案である。
-朝鮮において包括的解決(1953年の休戦協定に代わる平和協定を含む)を探求することは、6者協議の成功を容易にし、北東アジアにおける核問題及び燃料に関わる緊張の下に横たわる他の重大な安全保障、政治及び経済問題を解決するだろう。

そして戦略的勧告(要旨)としては、次の4点が挙げられています。

-包括的解決の探求:北朝鮮の核計画を除去するための6者協議の成功を容易にし、北東アジアにおける核問題及び燃料に関わる緊張の下に横たわる他の重大な安全保障、政治及び経済の諸問題を解決するための包括的解決を朝鮮において実現するというアメリカの確固とした誓約の表明
-特使の任命:北朝鮮との間で懸案の安全保障、政治及び経済の諸問題を最高レベル(決定が行われる)で担当する大統領の権限のある特使の指名
-非核化協定その他の協定の締結:非核化協定と並行して行われる包括的解決は、一連の協定という形を取る。それには、1953年の休戦に代わる平和協定、関係正常化のための米朝協定、軍事措置に関する米韓朝三者協定及び1991年の基本合意書(浅井注:「南北間の和解と不可侵および交流・協力に関する合意書」)に基礎を置く南北協定が含まれる。
-北朝鮮に対する外交的承認の提供:北朝鮮が厳格な諸条件を満たし次第、速やかにアメリカが北朝鮮を承認することを発表する用意の表明

以上の内容を見る限りにおいては、朝鮮の原則的立場を踏まえたものであると評価することができます。しかしながら、もう少し詳しく見ていきますと、朝鮮にとってはそう簡単に飲めないあるいは反発せざるを得ない要素が含まれていることが分かります。それらの点をさらに以下において見ておきます。

2.包括的解決追求の戦略的目標

この最終報告は、包括的解決を追求することで実現できるアメリカの戦略的目標として次の5点を挙げています。

 -朝鮮半島の非核化及び北朝鮮による核拡散の脅威の削減:1990年代初期に戻るアメリカの政策との一貫性において、北朝鮮による核の脅威を監督し、押さえ込み、削減し、最終的には除去することが決定的に重要である。
-朝鮮半島での戦争を回避して地域的な平和と安定を確立すること:このより広範なアメリカの戦略的目標は、関係諸国間の関係正常化、非武装地帯両側の安定的軍事態勢を確立するために朝鮮半島における通常兵力に関わる相当規模の再配備及び削減の交渉、並びに1953年の休戦に代わる安全保障、経済及び人道問題に関する南北及び多国間の協力を生み出す包括的解決によって容易になるだろう。
-北朝鮮政権の行動を変えさせること:アメリカは、北朝鮮が経済改革を進めることを助長し、人民に対する規制をゆるめることにより、同政府の行動を変えさせることに強い利害がある。北朝鮮における経済改革は、国際的行為基準及び恩恵的な外部の影響に対して同国社会を開放するだろう。
-日本の安全保障向上:平壌は短中距離の兵器運搬手段を潜在的に保有しているが、長距離ミサイル運搬システムはまだないので、日本は、アメリカよりも北朝鮮の核攻撃の危険がある。朝鮮の平和と安定を増進する北朝鮮との間での解決は、日本の国益を強力に高めるだろう。
-米韓同盟の強化:勧告は、アジア太平洋におけるアメリカの戦略的同盟構造において不可欠な役割を担っている。共通の政治的価値及び自由貿易協定を通じた経済的紐帯を強化する双方の願望に基づき、米韓同盟の非軍事的要素も拡大している。米韓の政策を協調させることにより同盟を強化する措置を自覚的に促進することは、アメリカの主要な政策目標であるべきだ。

北朝鮮の政治の変質を狙うこと及び米韓同盟を強化することを公言することは、朝鮮にとってはもっとも刺激的かつ挑発的であり、朝鮮が反発するであろうことが容易に想像されます。また、日本の安全保障向上に関しては、朝鮮が先手を取った軍事行動に走る可能性を暗黙の前提にするもので、最終報告の判断力が健全であるかどうかという基本的問題に疑問を感じさせるものです。

3.オバマ政権に対する勧告

 報告は、1.で紹介した4項目の勧告(要旨)を含む次の9項目の勧告を挙げています。要旨で挙げられたものは、概ね同一の表現ですが、細部では異なっています。

-6者協議の成功を容易にし、北東アジアにおける核問題及び燃料に関わる緊張の下に横たわる他の重大な安全保障、政治及び経済の諸問題を解決するための包括的解決を朝鮮において実現するというアメリカの確固とした誓約の表明
-北朝鮮との間で懸案の安全保障、政治及び経済の諸問題を最高レベルで担当する大統領の権限のある特使の任命
-「直接の当事者は、適当な別個の話合いの場で、朝鮮半島における恒久的な平和体制について協議する」との2005年9月の6者共同声明を実行するため、朝鮮半島の平和取り決めに関する交渉を開始することに関する広範な協議を関係国と行うこと。
 非核化協定と並行して行われる平和的諸取り決めは、一連の協定という形を取る。それには、1953年の休戦に代わる平和協定、関係正常化のための米朝協定、軍事措置に関する米韓朝三者協定及び1992年(ママ。本当は1991年)の基本合意書に基礎を置く南北協定が含まれる。
 米韓相互安全保障条約の範囲内の軍事的事項(韓国におけるアメリカの通常兵力レベルを含む)は、韓国及びアメリカの明確な承認がない限り、平和協定における直接交渉の対象にならない。
 2005年9月の6者協議における合意された原則の声明に示されたように、北東アジアにおける安全及び協力のための地域的組織に関する協定を締結することは、平和に関する諸取り決めに対する重要な貢献となるだろう。
-アメリカ及び北朝鮮が過去の敵意から自由な、「敵対的意図」のない新たな関係を樹立することに合意した2000年10月の「共同コミュニケ」の再確認
-北朝鮮が次のことを行い次第、近い時期にアメリカが北朝鮮を外交承認する旨の発表をする意思の表明
 「すべての核兵器及び既存の核計画」を放棄するという2005年9月の誓約を再確認し、早い時期に、非核兵器国として核不拡散条約に復帰し、IAEAの全面的補償措置を受け入れることに合意すること
 2005年9月の6者の共同声明に従い、朝鮮半島の平和取り決めに関する交渉を開始すること
 日朝関係を正常化する2002年の「平壌宣言」を完全に実施するため、冷戦期に拉致された日本市民の問題について日本との二国間協議を再開すること
 IAEA査察官が科学的分析のために試料を採取し、申告されていない、疑いのある核関連敷地を訪問することを認める強固な文書による検証議定書に合意すること
 核施設の無能力化の過程で取り出したすべての使用済み核燃料を速やかに放棄すること
 完全に核施設を解体し、すべての核物質を放棄することに向けて重要な進展を示すこと
 1991年の基本合意書及びその他の現存する二国間協定(2000年6月15日及び2007年10月4日の共同宣言を含む)の実行に関して韓国と全面的に協力すること
-北朝鮮との全面的な非核化及び政治的正常化に向けた対等なステップに関する詳細な協定を締結するため、北朝鮮を含む6者協議の全参加国による十分に準備されたハイ・レベルの会合(大統領サミットの可能性を含む)を考慮するアメリカ政府の意思の確認
-6者協議を司会する中国の不可欠な役割の承認
-これらの交渉を監督し、地域的安全保障及び協力のための新たな多国間組織の核を形成するため、包括的解決に関わっている諸国(韓国、北朝鮮、中国、日本、ロシア及びアメリカ)の外相による一連の会議の開催。2007年2月13日の6者の共同合意書(浅井注:「共同声明の実施のための初期段階の措置」)で合意された外相の最初の会合は、これらの問題を取り上げるべきである。
-地域的安全保障対話を促進し、北東アジアにおける安全保障及び協力のための新しい多国間組織に向けての勢いを作る手段として、新たな課題ごとの作業グループ(外相に報告する)を創設することの支持。これらの作業グループは、エネルギー安全保障、農業、開発金融、及び運輸などの問題に関する関係国間の協力を増進することに焦点を向ける。特定の課題に関心があるいかなる国家も、それぞれの作業グループに参加することができる。いかなる国家も、他の国々が設立しようとする作業グループの創設に対して「拒否権」を持たない。
外相及び作業グループの作業を容易にするべく、地域的課題に関する協調及び連絡を強めるため、6者協議の中に新たな行政的メカニズムを形成することを奨励すること

一つ一つについてはコメントを避けますが、以上の勧告項目の中における朝鮮が絶対に応じることがない最大の問題は、第6項目でしょう。つまり、「IAEA査察官が科学的分析のために試料を採取し、申告されていない、疑いのある核関連敷地を訪問することを認める強固な文書による検証議定書に合意すること」が「アメリカが北朝鮮を外交承認する旨の発表をする意思の表明」の見合いとして含まれていることは、全朝鮮半島の非核化の枠組みの中においてのみ検証を受け入れると強調する朝鮮としては絶対に受け入れることができないものであることは明らかです。せっかくの包括的解決を目指すというのに、検証措置においていまだに朝鮮側の一方的行動を前提とすることにこだわっているのでは、オバマ政権が朝鮮半島の非核化を目指す取り組みを本格化させようとしても、道のりはまだまだ遠いと言わざるを得ないと思います。

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