オバマ政権の政策アジェンダ

2009.01.21

*政権発足早々、オバマ大統領のホワイト・ハウスは、公民権、防衛、障害など24項目(A、B、C順)に関するアジェンダをウェブ・サイトに掲載しました。障害問題が独立して取り上げられているなど、内政問題に関しては新自由主義的発想からでは出てこない内容が盛り込まれていますが、ここでは、日本国内で上滑りの期待感すらある核兵器問題(対外政策の1項目として掲載)、日米軍事同盟に関わる部分、イラン及びイスラエル関連部分(朝鮮に関しては下記の言及を除いて独立した項目としては扱っていません)に関して、どのように記述されているかを見ておきたいと思います(1月21日記)。

1.核兵器

<結果の記録>

アメリカの人々に対するもっとも深刻な危険は、テロリストによる核兵器での攻撃の脅威と危険な政権に核兵器が拡散することである。オバマは、核兵器及び核物質を安全にするために以下の超党派の行動を取ってきた。 -アメリカと同盟国が世界中で大量破壊兵器の密輸を探知し、ストップすることに役立つ法律の通過についてルガー上院議員(共和党)と協力した。 -核テロリズムを防止し、世界的に核兵器を削減し、核兵器の拡散をストップさせる法案の提出についてヘーゲル上院議員(共和党)と協力した。

<管理の甘い(loose)核物質をテロリストから守る>

オバマとバイデンは、4年以内に世界のすべての管理の甘い核物質を安全にする。両者は、現存する核物質の備蓄を安全にするとともに、新たな核兵器原料の生産に関する検証可能な世界的禁止について交渉する。このことにより、テロリストが管理の甘い核物質を盗みまたは購入することを許さないようにする。
(コメント)
 「新たな核兵器原料の生産に関する検証可能な世界的禁止」ということは、イランが平和利用目的で進めていると主張するウラン濃縮、朝鮮が進めているプルトニウム再処理を許さないという意味合いが込められています。後でも取り上げるように、オバマはイランなどとの無条件での話し合いに応じるといいながら、その出発点は両国の核兵器の原料となるウラン濃縮やプルトニウム再処理を認めないということがはっきりしているわけで、これではイラン、朝鮮が話し合いに応じる可能性を初めから封じているのと変わりありません。対テロリスト対策といいながら、イラン、朝鮮の立場をはなから否定するのでは外交交渉の糸口はなかなか見つからないでしょう。

<NPTの強化>

オバマとバイデンは、ルールを破る北朝鮮、イランなどの国々が自動的に強力な国際的制裁に直面するよう、NPTを強化することによって核拡散を厳しく取り締まる。
(コメント)
 オバマが考えているNPTの強化とは、私たちが理解しているような、核兵器保有国による核軍縮の約束の誠実な遵守ということではなく、もっぱら朝鮮やイランなどに対する取り締まり強化を意図したものであることが分かります。オバマにおける核兵器廃絶が対テロリスト対策という意味合いで語られる点で、私たちの意味する核兵器廃絶(最悪の反人道兵器として認めることがあってはならないということ)と出発点が180度違うように、「NPT強化」という言葉は同じでも、その意味するところはまるきり違うということです。「核兵器廃絶」を口にするというだけでオバマに対する根拠のない期待感が生まれる雰囲気がありますが、「NPT強化」についても同じような言葉の罠に陥らないように心がけたいものです。

<核のない世界への前進>

オバマとバイデンは、核兵器のない世界というゴールを設定し、それを推進する。両者は、核兵器が存在する限り強力な抑止力を維持する。しかし彼らは、核兵器廃絶に向けた長い道のりにおいて、いくつかの措置を取る。すなわち、新しい核兵器の開発をやめる。アメリカとロシアの弾道ミサイルの即時警戒態勢を解除するべくロシアと協力する。米ロの核兵器及び物質の備蓄の大幅な削減を目指す。米ロの中距離ミサイルに関する禁止を拡大する目標を設定する…。
(コメント)
 ここで挙げられている具体的措置の中には、ヒラリー・クリントンが上院の公聴会で言及したCTBTの批准やカットオフ条約交渉が含まれていませんが、米ロ間の交渉の中身についてはさらに具体的な言及になっています。この出入りが何らかの意味を持つのかどうかは、本年5月に開催されるNPT再検討会議第3回準備委員会に向けてのアメリカの対応の中で次第に明らかになっていくと思われます。

2.同盟関係

<アジアにおいて新しいパートナーシップを探求すること>
(「対外政策」の項目での言及)

オバマとバイデンは、二国間の協定、時折開かれるサミット、そして北朝鮮に関する6者協議のような特別の取り決めを超えたより効果的な枠組みをアジアで作る。彼らは、日本、韓国及びオーストラリアなどの同盟国との強力な結びつきを維持する。安定と繁栄を促進しうるインフラを東アジアの国々と樹立するようにする。中国が国際ルールに従って行動するようにする。
(コメント)
 この短い記述だけでは、オバマが対東アジア政策について具体的に何を構想しているかを窺うことはむずかしいと言わざるを得ません。アメリカの軍事世界戦略でもっとも重要な地位を与えられている日本の扱いがこの程度のものであるということは、クリントンの上院での発言と比較すると一見奇異に感じられるかもしれませんが、「何でもアメリカの言うがまま」の日本に対する正直な位置づけはこの程度のものなのでしょう。
 中国については、オバマも気を許していないことが「国際ルールに従って行動するようにする」という短い表現の中からも窺うことができます。

<共通の安全保障上の挑戦に対処するための同盟国の関与>
(「防衛」の項目での言及)

アフガニスタン、国土防衛、反テロリズムのごとき共通の安全保障上の関心事を含め、NATOのような伝統的同盟関係を変質強化しなければならない。オバマとバイデンは、同盟関係を更新し、同盟国が共通の安全保障に公正な分担を行うことを確保する。
(コメント)
 NATOには言及するが日米同盟には言及がないということは、日本政府・外務省などに言わせれば、日本が「共通の安全保障上の関心事」に十分な寄与を行っていないからだ、ということになるでしょう(だからもっと軍事貢献を、ということになる)。しかし、「同盟関係を更新し、同盟国が共通の安全保障に公正な分担を行うことを確保」というくだりは、今後日本に対する圧力が増大することを予見させるものです。「変革」をいうオバマに対する多くの日本人の無邪気(?)な歓迎ムード・お祭り騒ぎを見ていると、本当に寒気がしてきます。

<助けを求める友好国及び同盟国を援助するための組織的努力>
(「防衛」の項目で言及)

オバマ・バイデン政権は、地域的及び局地的レベルで友好関係を樹立し、同盟者を引きつけるための人道的活動を拡大(例:南・東南アジアにおける津波対応)し、その過程で人心を勝ち取る。
(コメント)
 「人道的」軍事活動のアメリカにとっての効用をあからさまに述べています。

3.防衛

(コメント)
 ここでは、21世紀においてもアメリカの軍事的覇権を確保し続けるために軍事力の拡充強化を図る姿勢が露骨なまでに表明されています。一つ一つの内容には立ち入りませんが、ここで挙げられている内容を見れば、オバマ政権が軍事力に強いこだわりを持っていることを実感するほかありません。「スマート・パワー」などのキャッチ・フレーズに惑わされないことが肝要です。
 ちなみに、ドイツのシュミットたちの提言の中にあったミサイル防衛の抜本的見直しの提案については、「オバマ・バイデン政権は、ミサイル防衛を支持する。しかし、現実的そして費用に対して効果的であるように開発されることを確保する。もっとも重要なことは、他の国家安全保障上の優先順位が高いものから資源をそらせることがないようにすることだ」と述べており、オバマ政権が簡単にミサイル防衛に見切りをつけるとは考えにくいというのが、今の時点での私の印象です。

4.イラン
(「外交」の項目)

オバマは、前提条件なしにイランとタフで直接の外交を行うことを支持する。今こそ、イランが不法な核計画、テロリズム支援及びイスラエルに対する脅迫を行うことをやめさせるために、アメリカの外交力を行使する時である。オバマとバイデンは、イラン政権に対して選択肢を与える。イランが核計画及びテロリズム支援を放棄すれば、我々は、WTO加盟、経済投資、正常な外交関係への動きといったインセンティヴを与える。イランが面倒な行動を続けるのであれば、経済的圧力と政治的孤立を強化する。この外交を行うにあたり、我々は同盟国と緊密に協調し、周到な準備をもって臨む。このような包括的な解決を探ることが進展を図る最善の道である。
(コメント)
 これがオバマの対イラン政策のホンネであるとすれば、イランとの交渉の前途は厳しいと言わざるを得ないでしょう。「前提条件なしに」と言っていますが、「核計画及びテロリズム支援を放棄すれば」が前提条件でなくてなんだというのでしょうか。オバマが十分なブリーフを受けて、イランに対する認識を正確にするとともに、イランのNPT上の原子力平和利用に関する法的権利を認めた上での納得ずくの解決策を提起するようにならないと、事態の進展は望めないでしょう。

5.イスラエル
(「外交」の項目)

<強固なアメリカ・イスラエルのパートナーシップの確保>
オバマとバイデンは、米・「イ」関係を強く支持する。中東における第一義的かつ議論の余地のないコミットメントは、地域におけるアメリカの最強の同盟国であるイスラエルの安全保障に対するものでなければならないと確信する。彼らはこの緊密性を支持しており、アメリカは絶対にイスラエルから距離を置かないと述べてきた。
<イスラエルの自衛権に対する支持>
2006年7月のレバノン戦争の間、オバマは、ヘズボラの奇襲及びロケット攻撃に対して自衛する権利を強く支持した…。オバマ及びバイデンは、イスラエルが自国の市民を守る権利があると強く確信する。
<イスラエルに対する外国の支援に対する支持>
オバマとバイデンは、一貫して外国のイスラエルに対する支援を支持してきた。…彼らは、イスラエルがミサイル防衛システムを開発することにアメリカが協力することを要求してきた。
(コメント)
 驚くべきことは、ここにはパレスチナを初めとするアラブ諸国の立場に対する一言の言及もないことです。確かに大統領就任演説の中ではイスラム世界に対する呼びかけはありましたが、それもかなり高圧的な内容でした。中東問題には就任直後から着手するというオバマですが、このようなイスラエル偏重の姿勢ではとうてい先行きを楽観することはできないでしょう。

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