「核のない世界へ -ドイツの見解」

2009.01.20

*1月9日に、ドイツのシュミット(社会民主党員。1974年-1982年の間首相。文章自体における紹介による。以下同じ)、ワイツゼッカー(キリスト民主党員。1984年-94年の間大統領)、バール(東方政策の設計者)、ゲンシャー(1974年-1992年の間外相)の4者連名による表題の文章がインタナショナル・ヘラルド・トリビュン紙に掲載されました。
この文章は、キッシンジャーたちの連名による核兵器廃絶に向けた文章で表明された増大する核の危機に対する関心が、彼らの知識及び過去の経歴から、特別の重みを持っているとし、「彼らは、現実主義者として、すべての核兵器の廃絶が段階的にのみ実現できることを理解しており、したがってこのビジョンを実現するための緊急かつ現実的なステップを提案した」と高い評価を与えた上で、この訴えがアメリカ国内では広く支持されているのに対し、欧州諸国政府からは支持する決定が出ていないと指摘し、「来るべきオバマ政権に対するドイツの期待を考慮した」のがこの文章であるという自己規定をしています。
 キッシンジャーたちの文章と同様、シュミットたちの主たる関心も核兵器の拡散及びそれがもたらすテロリストによる核兵器への接近を何としてでも防がなければならない、という点にあります。広島・長崎に対するいかなる言及もないことに、「現実主義者」である米欧の論者による核兵器廃絶論のあり方に根本的な違和感を覚えずにはすみません。それはしかし、これまでの日本政府の矛盾を極める核政策(タテマエとホンネの使い分け)及びその日本政府の政策に対して広島と長崎が正面切っての異議申し立てを行わないままできたことに原因があるという意味では、私たち自身の核兵器廃絶を目指す運動のあり方をも厳しく問うものではないかと思います。
 他方、「ドイツの見解」には、注目に値する独自性のある主張があります。
①ミサイル防衛に極めて批判的な部分。この点は、アメリカと一緒になってミサイル防衛に乗り出している日本に対する強烈な批判の意味合いを持っていることを読み取らなければなりませんし、ブッシュ政権が推し進めたミサイル防衛について明確な態度を示すにいたっていないオバマ政権としては、とうてい無視することができないところでしょう。
②ミサイル防衛にも関わるのですが、ロシアの安全保障上の関心を十分に考慮した枠組みづくりの必要性を提唱している点。これも、オバマ政権にとっては重視せざるを得ない提言だと思います。国務長官指名承認の米上院外交委員会でのクリントンの発言において、クリントンはほとんどロシア問題に正面から触れようとしませんでした。ということは、対ロシア政策が固まっていないという可能性を強く示唆しますし、そういうオバマ政権にとって、ロシアの立場を十分に考慮した外交を行うことを強く打ち出している「ドイツの見解」は、むしろ高く評価される可能性もあると思います。
③北半球の安全保障のメカニズムを構想する上で、アメリカ、ロシア、EU及び中国に言及し、日本には言及していない点。私たちは憤慨するのではなく、日本が北半球の安全保障のあり方を構想する上で勘定に入れられないのは、アメリカべったりで主体性も何もない日本であるからであることをしっかり認識するべきでしょう。堂々と独自の外交をする中国だからこそ、中国は新しい国際秩序の担い手として承認されているのです。
④「ドイツの見解」は、キッシンジャーたちの現実主義を評価するとしながら、冷戦時代の「旧思考」・権力政治的発想を克服するべきだとしている点において、国務長官指名承認の米上院外交委員会でのクリントンの発言に濃厚な、アメリカ中心の国際秩序形成というアメリカ側の「旧思考」そのものの考えを根本的に批判していること。つまり、アメリカを中心とした国際秩序の再編ではなく、関係国の「協力」による新しい秩序のあり方を目指すべきだというメッセージが明確に出ています。
全体を通じて改めて深刻に考えざるを得ないのは、日本からは国際的に注目されるような何らの声も上がっていないということの情けなさです。国内の政争に明け暮れるだけの目先的考慮しかない日本政治の土壌では、国際的に注目されるだけの政治家(statesman)が生まれるはずもないということは、本当に慚愧の極みです。核テロリズムにおびえ、これへの対処として出発している核兵器廃絶の国際的な議論の流行に対して、核兵器の反人道性、国際法違反性を踏まえた根本的な核兵器廃絶の必要性そして戦争そのものを廃棄しなければならない必然性(憲法第9条の人類的意義)を説く立場を対置することもままならないこの日本は、国民の一大覚醒・一大奮起がない限り、ますます国際関係においてその重みを失っていくだけだと思わざるを得ません(1月20日記)。

<基本認識>

我々の世紀のキー・ワードは協力である。世界のいかなる問題も…対立や武力行使によって解決することはできない。このことは、核兵器を保有しまたは生産する能力を取得しつつある国家の数、したがってまた破局的スケールでテロリズムのための原料が増大している時においてますますそうである。

<具体的提案>

(全般的な提案)
-レーガンとゴルバチョフによって展開された核の脅威から自由な世界というビジョンは再び火が灯されなければならない。
-核兵器の数を大幅に削減することを目指す交渉は、最大の保有国であるアメリカとロシアがまず始めるべきであり、そのことを通じて核兵器を保有する他の国々の支持を獲得するようにするべきである。
-核不拡散条約(NPT)は、大幅に強化されなければならない。
-すべての短距離核兵器は破壊されなければならない。
(ドイツとしての追加提案)
-2010年のNPT再検討会議の信頼性にとって、核兵器国が核不拡散条約に基づく約束である核兵器削減に関する約束を最終的に守ることが決定的に重要である。
-反弾道ミサイル(ABM)条約は復活されなければならない。宇宙空間は平和的目的のためにのみ利用されるべきだ。

<解説>

(中距離核ミサイルの廃棄及び欧州通常戦力(CFE)条約、ドイツ再統一、ワルシャワ条約終了、ソ連解体を乗り切ったこと、EU拡大などの成果を挙げた上で)これらの取り決めは、NATOの東方国境であるポーランドとチェコにミサイルとレーダー・システムを配備しようとするアメリカの願望によってはじめて危うくされようとしている。新たな軍備競争と緊張に導く対決の時代に戻ることは、ミサイル防衛に関する協定、つまりABM条約の復活によって最善の形で回避することができる。
 オバマは、ベルリンで、冷戦の思考を克服するべきだと呼びかけた。ロシアのメドヴェージェフ大統領は、新・汎ヨーロッパ安全保障体制を提唱している。北半球の安全及び安定は、アメリカ、ロシア、欧州及び中国の間の安定した、信頼できる協力を通じてのみ達成できる。この協力は、既存のNATO、EU、OSCEの諸協定を尊重するだろうし、必要であれば、自らの組織を持ってもいい。  核兵器のない世界を目指すアメリカとロシアの真剣な努力は、他のすべての核兵器国との間で適切な行為に関する協定を達成することを容易にするだろう。協力の精神は、中東からイランを経由して東アジアに広がるだろう。
 対決の時代の遺物は、この新世紀にはもはや適切ではない。パートナーシップは、いまだに生きているNATO及びロシアの核第一撃ドクトリンとは折り合いが悪い。核兵器国間の全般的な先制不使用条約締結は、緊急に必要とされるステップだろう。核・生物・化学兵器の使用を放棄したドイツは、核兵器国が核兵器を保有していない国々に対して核兵器を使用しないことを求めるあらゆる理由がある。我々はまた、すべての残っているアメリカの核弾頭をドイツの領土から撤去するべきだという見解である。
 我々の世紀のキー・ワードである協力及び北半球における確実な安定は、核兵器のない世界への道における画期的な出来事となることができる。

RSS