6者協議をめぐる検証問題

2008.12.16

10月1日から3日まで朝鮮民主主義人民共和国(以下「朝鮮」)を訪問したアメリカのヒル国務次官補と朝鮮側との交渉に関し、朝鮮新報に「ブッシュ政権に提供された『最後の機会』」という題名の報道記事が掲載されました(10月17日付)。その交渉では極めて厳しい内容の話し合いが行われたことが十分に推察できるものです。これに対して、後述するように、ライス国務長官が朝鮮を対テロ支援国家リストから正式に外した10月11日に、アメリカ国務省は、この米朝交渉によって米朝間に査察について重要な合意が達成されたとして「北朝鮮に関するブリーフィング」を行っていたことを国務省のウェブサイトで見つけました。その内容は余りにも上記キム・ジヨン記者の伝える米朝交渉の雰囲気とは桁外れに食い違う印象を与えます。しかもアメリカ政府は、このブリーフィングでの立場から12月8日-11日の6者協議に臨んだことは明らかです。 12月11日に終了した6者協議に関しては、朝鮮側が対米約束を反故にする強硬姿勢ゆえに成果が終わらないままに終了したとする報道が日本国内では満ちあふれていますし、「非妥協的な」「嘘をつく」朝鮮に対して厳しく出るべきだという主張すら横行する始末です。
関係者の発言や資料にあたりながら、今回の6者協議について私なりの分析を行ってみましたので、皆さんの参考に供します。ちなみに資料としては、アメリカ国務省、中国新華網、日本外務省及び在日の友人から教えていただいた連邦COREA21のウェブサイトで検索したものを利用しています。

1.2008年10月17日付朝鮮新報所掲キム・ジヨン記者署名記事:「ブッシュ政権に提供された『最後の機会』」

私はまだ朝鮮語を習いだして半年にもなりませんが、朝鮮語を教えていただいているL 先生から、語学上達にもっとも良いのは朝鮮語の文章を読むことだ、と言われ、私自身も中国語学習の際にはまったく同じ方法をとったことも思い出したので、試みることにしたのですが、L先生が最初に渡してくれたのがヒル訪朝(10月1日~3日)に関する上記朝鮮新報の記事でした。L先生によれば、朝鮮新報はこの記事の日本訳を掲載していないそうです。朝鮮の見解・立場を朝鮮新報を通じて発表させるという手法はしばしば見られることとのことでした。
 私は、文字通り電子辞書に首っ引きで一語一語訳してみたのですが、L先生のチェックもいただいて、以下の全訳を作りました。誤訳もあるでしょうし、微妙なニュアンスは伝えることはできていないと思いますが、大体の雰囲気を感じていただくことはできる(とくに朝鮮の極めて厳しい対米姿勢)と思いますので、記事全文を以下に紹介します(誤訳その他のご指摘をいただけることを期待しています。ご指摘いただいて直しを入れたいと思いますので、よろしくお願いいたします)。

<米国務次官補の朝鮮訪問、「政策転換をめぐる協議」>
 アメリカの公約違反によって6者構図が膠着状態に落ち込んでいる最中に、クリストファー・ヒル国務省次官補が朝鮮を訪問した(1日~3日)。朝鮮側は、 6者会談の米側首席代表を担当する外交官を通じて、核問題の平和的解決の方途を伝えるとともに、これと関連した「最後通牒」を行ったと思われる。今後、合意点を探すことができない場合、朝鮮は6者構図にこれ以上執着しない公算が大きい。任期末に入るブッシュ政権が「対話」と」対決」の岐路において、朝鮮側の提案にどのような結論を出すか注目される。
<6者構図の危機>
 8月以後、朝米双方は、核申告の検証に関する相異なる見解を公開的に表明した。しかし、一番に平壌でなしとげられる協議の焦点は、おそらくは単純な技術・実務問題ではない。
 アメリカは、朝鮮の核申告に対する検証が合意されるにいたらなかったことを口実にして、「テロ支援国」リストの削除措置の効力発生を無期限に延期した。一方で朝鮮は、核施設の無力化作業を中断し、寧辺の核施設の原状復旧に着手した。現在表面化した朝米の対立点は、検証の形式及び方法のみを調節しても解消することはできない(強調は浅井。以下同じ)。朝鮮の立場から見る時、6者合意に従って非核化過程を逆転させた朝米の対立構図は、敵対関係の清算に対する両国の相反する立場に起因している(浅井注:この一文は訳に自信がありません)。追究しなければならないもっとも重要なことは、政策転換に対するブッシュ政権の意志である。
 朝鮮は何よりも、6者や朝米間で、文献上はもちろん口頭においても合意したことがない検証問題につき、アメリカがにわかに引っ張り出した経緯及び背景を厳重視している。アメリカの主張する「国際基準」に従う検証を、朝鮮側は「自主権の侵害」、「一方的核武装解除」の狙いと断定した。そして、アメリカ側の要求が6者合意に規定されている原則とはずれたことであると主張した。
 朝鮮とアメリカは、技術的には依然として戦争状態にある。6者合意によって規制される「行動対行動」の原則は、互いに銃口を突き合わせている交戦双方が非核化の目標を目指して信頼醸成と関係改善の過程を着実に推進していくための原則である。しかし、ブッシュ政権は、土壇場に来て「国際的基準」に従った検証という論理で、朝鮮側が一方的に動くことを要求した。朝鮮としては、アメリカが敵対政策は放棄しない一方、その本心は6者構図を交戦一方の核武装解除のための場として利用しようとしていると判断するほかない。
 当然ながら、「同床異夢」を継続することはできないという決定がついて来る以外にない。任期満了の近いブッシュ政権が6者合意に従った義務の履行を保留した時点において、朝鮮は、「核抑制力」に関する二種類の選択肢について議論をスタートさせた。8月26日に外務省スポークスマンの声明がそれである。「核抑制力放棄」対アメリカの「敵対政策放棄」という「行動対行動」で平和と安定を確保する道が閉ざされたならば、やむをえず、「核抑制力」を強化して「勢力均衡」に基づく国家の自主権を守らざるを得ないだろう。核施設の現状復旧は、そういう主張をしっかり支える行動である。
<軍隊の観点>
 原状復旧された核施設において核兵器の製造に必要であるプルトニウムがふたたび生産し始められることを、アメリカは黙認することはないだろう。朝鮮側は、朝米両国の関係が6者構図から自由になり、対決激化の方向に向かっていく場合に、軍事的緊張が高まる可能性を予見している。この前の9月、建国60周年を慶祝した平壌において行われた民間武装力による閲兵式においてみられたように、国内においては、アメリカとの「決死的抗争」を見据えて万端の準備を整えなければならないという世論が喚起されている。
 検証問題が発端になって、朝鮮側の軍事的対応を触発させた。現在の朝米対立構図は、6者会談で論議されてきた核問題が、本質的で、朝鮮半島及び東北アジアの安全保障に関する問題であるという事実を想起させつつある。
 10.3合意に基づいて規制される「第2段階」では、軍事問題は全面的に扱われていない。朝鮮は、核施設の無力化の申告を行い、アメリカは「テロ支援国」リストの削除等の政治的補償措置をとることになっていた。「第2段階」においては、朝鮮側がアメリカの政策転換の意志を予見できると留意していたこともあったであろう。ところで結果についてみてみるならば、ブッシュ政権は、対話一方が設定した初歩的である試験において「不合格」に該当した。
 ヒル次官補が今回の朝鮮訪問期間にパク・ウイチュン外相、金桂寛次官以外に、リ・チャンボク朝鮮人民軍板門点代表部代表と会っていた事実は注目に値する。アメリカのこのような侵犯行為に対しても常に警戒感を高めざるを得ない軍隊として、6者会談が推進中であっても状況により核施設復旧等の非核化過程逆転の事態が起こるということも考えられた。実際に、このことに関わる立場を公式表明した先の8月の外務省スポークスマンの声明は、核施設復旧が「該当機関の強力な要求」に従ったものだと述べた。 朝鮮人民軍は、昨年7月、朝米軍部会談の開催をアメリカ側に提案してみた。そのときについて述べれば、6者合意に従うことは、非核化過程がまだ「初期段階」にあるということだ。会談を提案する板門店代表部のスポークスマンの談話は、朝米が不安定な停戦状態にある事実について言及を行った。そして、「アメリカが、盗賊が牙をむくように騒ぎ立てたことは、我々の核問題とは本質的にアメリカの核問題」であり、恒常的にアメリカの核の脅威を受けてきた朝鮮は、「南朝鮮からの核兵器撤収と朝鮮半島の非核化を終始一貫主張してきた」と強調した。
<対決清算の道程表>
 朝鮮人民軍側が堅持する原則的立場を勘案する時、核申告検証に関する朝米の対立点を技術論でも実務協議でも解消することは容易ではない。すでに朝鮮側は、検証に対して、「9.19共同声明に即して、全朝鮮半島を非核化する最終段階に行った時に6者全部がともに受け入れなければならない義務」(外務省スポークスマン声明)であるとの見解と立場を明快にした。したがって論理的には、非核化の最終段階に入っていない現時点における議論は不可能である。とくに検証問題は、軍隊が大きな関心を向けている事案であるだけに、これに対する接近方式は、交戦状態にある朝米関係の現実に立脚した高度の政治的判断を必要とする。
 ともかく、現在の膠着状態を打開できる当事国は、朝鮮とアメリカである。合意点を探すことができない場合、朝鮮の地下核実験(2006年10月)以後再稼働した6者構図は崩壊の危機に陥ることがある。全朝鮮半島の非核化のために行かなければならない道は遠い。そして、現時点において朝米が敵対関係清算の道程表を立てなければならない必要性が提起されている。それでこそ、核問題の平和的解決のための推動力が得られる。ブッシュ政権が自らの義務を履行せず、「第2段階」を仕上げない場合、朝鮮としては、アメリカの政策転換についてのどのような担保もなくお手上げで、「後任者」の登場を待つしかない。政策的選択の幅を広げるためにも、朝鮮は、現存の核計画を6者合意前の状態に逆回りさせ、「核抑制力」強化の条件を整えるつもりである。そのようになれば、アメリカの次の政権は、最初から困難な課題を抱えることになる。
 朝鮮側が今回米国務次官補を呼び入れたことは、その間の外交的努力が水の泡に返ることを願っていることではない信号である。朝鮮は、今回、外交窓口と軍隊が行った発言でアメリカ側に最後の機会を提供した。アメリカの大統領選挙を目の前にして、次官が切迫している中で度量が大きい画期的な解決策が提示された可能性がある。ブッシュ政権が積極的に呼応するのであれば、状況打開の突破口が開かれ、朝鮮半島情勢は大きく好転されうる。

2.2008年10月11日のアメリカ国務省による「北朝鮮に関するブリーフィング」

以上の記事を読むならば、朝鮮側が検証問題について安易に妥協する可能性は全くないことを読み取らざるを得ないと思います。とくに、「朝鮮人民軍側が堅持する原則的立場を勘案する時、核申告検証に関する朝米の対立点を技術論でも実務協議でも解消することは容易ではない。すでに朝鮮側は、検証に対して、「9.19共同声明に限定して、全朝鮮半島を非核化する最終段階に行った時に6者全部がともに受け入れなければならない義務」(外務省スポークスマン声明)であるとの見解と立場を明快にした。したがって論理的には、非核化の最終段階に入っていない現時点における議論は不可能である。とくに検証問題は、軍隊が大きな関心を向けている事案であるだけに、これに対する接近方式は、交戦状態にある朝米関係の現実に立脚した高度の政治的判断を必要とする」とする記述の部分を読む時、朝鮮側がヒルに対してサンプル採取をはじめとする具体的な検証方法について歩み寄りを示したなどということは考えられるものではありません。  しかるに10月11日に行われた国務省のブリーフィングは、次の内容の「ファクト・シーツ」なるものを示し、これは米朝間の合意となっていることを繰り返し強調し、その内容を、ヒル国務次官補と一緒に訪朝したというスン・キム大使を登場させて「間違いない」と言わせているのです。まず、どんな内容のものであるかを見ておきます。

<検証に関する米朝の了解事項>
●6者協議の参加者は、プロセスが前進するに伴い、北朝鮮の非核化を信頼できる形で検証することを当事者に許す検証措置の重要性について、この間議論してきた。
●6者首席代表は、7月に検証措置を討議するために会合し、案文ペーパーが当事者の間で交換された。
●6者協議の議長である中国は、7月12日、検証措置には施設への訪問、文書のレビュー、技術的人員とのインタビュー及び6者間で一致して認められるその他の措置が含まれる旨述べたプレス・コミュニケを発出した。
●北朝鮮政府の招待により、6者を代表するアメリカの交渉チームが検証措置について突っ込んだ話し合いを行うべく、10月1日~3日に平壌を訪問した。
●これらの議論に基づき、アメリカと北朝鮮の交渉者は、以下のことを含むいくつかの重要な検証措置について合意した。
○全6者からの専門家(非核兵器国の専門家を含む)が検証活動に参加するという合意
○IAEAが検証において重要な協議及び支援の役割を持つという合意
○専門家は、すべての申告された施設及び、相互の合意に基づき、申告されていない施設にアクセするという合意
○サンプル採取活動を含む科学的手続きを使用するという合意
○検証議定書に含まれるすべての措置は、プルトニウムを基礎とする計画並びにウラン濃縮及び拡散に関する活動にも適用されるという合意。さらに、6者の文書に関する遵守をモニターするための6者によって合意されたモニタリング・メカニズムは拡散及びウラン濃縮活動にも適用される。
●これらの検証措置に関する米朝合意は、アメリカと北朝鮮の間の共同文書及び他の了解事項に成文化されており、突っ込んだ協議を通じて再確認されている。
●これらの措置は、近い将来に行われる6者(狭義)によって最終化され、採択される検証議定書の基準となる。
●北朝鮮が6月26日に提出した申告の検証は、北朝鮮が5月8日に提供した寧辺からの18000ページ以上の運転記録のレビューによりすでに開始されている。

ブリーフィング記録によりますと、キム大使は以上の内容が平壌で朝鮮との間で合意されたと述べていますが、サンプリングといい、これらの検証メカニズムがウラン濃縮や拡散問題にも適用されるなどといい、これらの内容が米朝間ですでに合意されたと強弁するアメリカ側の物事の運び方は、外交的に余りに稚拙ですし、あきれてものが言えないですし、腹立たしい傲慢さを感じます。しかも、こういう一方的な主張を垂れ流すことにより、「口約束をすぐ撤回する信用ならない北朝鮮」というイメージづくりにつなげていこうとする魂胆もあけすけですから、本当にアメリカという国も落ちたものだと思うほかありません。
実は、この国務省ブリーフィングにはヒル国務次官補は出席していません。その彼は、このブリーフィングの後のいろいろな機会に記者に対して発言している(国務省のウェブサイトに掲載)のですが、国務省が行ったブリーフィングには一切触れていませんし、ファクト・シーツにも言及していません。余りにも自らが行ったこととは異次元で勝手に話が作られ、それに基づいて12月の6者会議が行われたことにヒルとしてはいたたまれない気持ちに襲われたとしても不思議ではありません(それを裏付けるかのように、ヒルは6者協議が終わるのを待たず帰国してしまっています)。
また、国務省ブリーフによりますと、アメリカ側は日本外務省側と十分な協議を行ったということを明らかにしています。12月の6者協議では、日本代表が検証議定書を作ることを強硬に主張したことが盛んに報道されていますが、アメリカが勝手に作り上げた「米朝合意」なるものを根拠に、日本代表は恥知らずにも朝鮮を難詰することに乗り出したということでしょうか。日本外交も地に落ちたものです。

これまでにも、2002年のウラン濃縮疑惑持ちだし、2005年のマネー・ローンダリング騒ぎなど、ブッシュ政権は、性懲りもなく6者協議に水を差し、米朝関係の改善にことさらに障害物を持ちこむなどの手段を弄してきましたが、今回の「米朝合意」のでっち上げは余りにも小物官僚的な「悪さ」だけが際だつ代物で、本当にいただけません。最後の最後まで汚点を残し続けたブッシュ政権の外交の象徴と言ってもおかしくない茶番劇でした。

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