オバマ政権の世界戦略及び対日政策をどう見るか

2008.11.06

*アメリカの大統領選挙でオバマが勝利したことに関する日本国内の受け止め方を見ていると、何かとても肯定的な変化が生まれるのではないか、という期待を込めた好意的な雰囲気が支配的です。これは、8年に及ぶブッシュの悪政、とくにブッシュの推し進めた対テロ戦争、先制攻撃戦略の危険性が広く理解されてきたこと、サブプライム・ローン問題を発端としたアメリカ発の国際経済危機打開への期待等の背景を考えれば、理解できないことはありません。しかし、手放しの楽観論が許されるのか、とくに日米関係についてはどうかといえば、私は冷静に見ることが必要だと思います。私の見方を以下にご紹介しておきます(11月6日記)。

1.アメリカの国内政治と対外政治を分けてみる視点の必要性

<国内政治>

アメリカの国内政治についていえば、確かに今回のオバマ当選は極めて重要な意味を持っていると思います。誰もが認めることですが、やはり黒人初めての大統領ということはアメリカの変化を端的に示しています。それはまた、アメリカ社会における人権・民主の流れが、紆余曲折を経ながらも、確実に歴史的な進展を遂げていることを示すものだと思います。このことは、日本で例えてみるならば、「部落」出身者が首相になることに匹敵する事態です。現実にアメリカにおいても、事前の世論調査では白人候補を大きくリードしていた黒人候補が選挙のふたを開けてみれば逆転されるとか、僅差に追い上げられることが多かった(「ブラッドレー効果」)過去の歴史を考えれば、そのようなわだかまりをはねのけてオバマの大勝(ただし、得票数でいうと、オバマ 6200万票余り(52%)、マケイン 5500万票余り(46%)とそんなに大差はありません。要するに各州で勝者が大統領を選ぶ選挙人を総取りするというアメリカ大統領選の独特の仕組みによるところが大きい)を導いたアメリカ国民の人種問題に関する政治的成熟と理解することができます。
また、オバマが勝利したことにより、国内政治の面では確かに新自由主義万能のブッシュ政治の見直しが行われる可能性が生まれたことも重要なポイントだと思います。具体的には、オバマは、95%の国民に対する減税を主張してきたように、新自由主義が生み出し、加速させた貧富・格差の拡大を是正する姿勢が見られます。格差是正にとどまらず、1980年代からの新自由主義に基づく経済政策を根本的に見直すのであれば、その影響はアメリカ国内にとどまらない意味を持つ可能性も出てきます。ただし、オバマの応援に踏み切ったクリントン大統領の下でも新自由主義は勢力を伸ばしたことを考えれば、クリントン時代の経済運営を高く評価するオバマがどこまで本気に新自由主義にメスを入れるかについては、今の段階では判断する材料が不足しています。

<国際政治>

国際政治についていえば、オバマの選挙戦中及び当選直後の演説などから明らかなことですが、「アメリカを変え、世界を変えよう」という発想の根底に権力政治的発想が牢固として座っていることをまず押さえる必要があると思います。つまり、国内政治においては人権・民主を重視する姿勢を示すとしても、国際政治については当然のように権力政治を基本とするという二重基準は、オバマにおいても顕著に見られるということです。アメリカを立て直すことにより、今後も引き続き世界をリードしていく、それがオバマの基本的発想なのでしょう。
ただし、ブッシュとオバマの違いが出てくるとすれば、ブッシュが一国主義(第2期目になって必要に迫られて渋々多国間協力を認めるようになった)だったのに対し、オバマの場合は、アメリカのリーダーシップを前提にしながらも、多国間協力の必要性を積極的に認めていることです。そのことは、ともすれば軍事力行使に走りがちなブッシュに対し、外交の重要性を強調するオバマという違いにもなってきます。多国間協力を重視し、一国主義のブッシュ政治を清算する必要性については、後述する第2アーミテージ報告(2007年2月16日)で明らかにされていますが、イラク戦争の泥沼化を体験したアメリカ国内においては、今や一般認識(今や明確に少数派に転落したネオコンを除く)となっていると見ても良いでしょう。
ちなみに、第2アーミテージ報告では、「イスラム過激主義に対抗することはより緊急であるかもしれないが、主要国間の協力を確保するという長期的要請こそが、持続的で効果的なアメリカの対外政策の組織原則でなければならない」とか、「対テロ世界戦争(という表現)は、問題を正確に明らかにすることができない誤った言い方である。対テロ戦争とは、実際には、過激主義に対する闘いであり、その闘いのわずかな部分のみが軍事的手段に訴えることができるに過ぎない」という表現で、ブッシュの対テロ戦争戦略からの決別と多国間協力を明確に要求しています。
ただし、オバマにも根強い先制攻撃戦略を正当化する発想が潜んでいることは正確に見ておく必要があると思います。それはイラン政策に関し、オバマが「世界は、イランのウラン濃縮計画をストップするように努力しなければならない。急進的な神政体制の手に核兵器があるのはあまりにも危険である。軍事行動を含めあらゆる選択肢をも除くべきではないが、厳しい制裁と結びついた持続的かつ攻撃的な外交を行うことが、イランの核兵器開発を防止する主要な手段であるべきだ」(強調は浅井。以下同じ)と述べたことからも明らかです。また、オバマは、イラクからは米軍の早期撤退を主張してきましたが、対テロ戦争の主戦場はアフガニスタンであるとして、対テロ戦争(先制攻撃戦略の現れ)を継続する姿勢であることにも表れています。

<核兵器問題>

オバマが核兵器の廃絶問題に対しても踏み込んだ発言をしていることが注目されていますので、前のコラム(http://www.ne.jp/asahi/nd4m-asi/jiwen/thoughts/2008/242.html)から、とくに注目すべき点をもう一度抜き出してみておきます。
オバマが核兵器廃絶について述べているのは、「私は、大統領として、核兵器の役割及び危険を削減し、究極的には廃絶する世界に向けて動くべく指導する」とあるように、あくまでも「究極的」という断りがついています。そして核抑止力について、「我々は、単独での軍縮を追求するだろう。核兵器が存在する限り、我々は強力な核抑止力を維持する。しかし、我々は、核兵器を廃絶する長い道のりにおいてNPTに基づく約束を守るだろう」とするように、核兵器の反人道性、国際法違反性を承認するものであれば「抑止」という考え方を根本的に清算せざるを得ないはずですが、オバマにおいて抑止力肯定は当然の前提となっていることを見ておかなければなりません。
オバマの核兵器に関する政策で具体的に積極面があるとすれば、核テロリズムの危険性に対処する方法として「私は大統領として、4年以内に脆弱な場所にあるすべての核兵器及び核物質を確保する世界的な努力を指導するだろう。それが、テロリストが爆弾を手に入れることを防ぐ最も有効な方法である」と述べていること、「私が大統領になれば、NPTを強化し、従わない国々が自動的に強力な国際的制裁に直面するようにする」とNPTの強化に言及していること、またCTBT批准優先を明言していることぐらいでしょうか。
ただし、NPT強化をいうそばから、「(NPTに)したがわない国々に対しては強力な国際的制裁」と言っているのですから、「NPT強化」ということをどういう意味で言っているのかは不明です。ブッシュが積極的だった新型核兵器と地中貫通型核兵器について言えば、オバマは、「私は、我が抑止力の有効性にとって絶対に不可欠であり、核戦力をさらに削減し、世界規模での核の安全という目標に資する新型核兵器に限って開発を支持する。私は、戦略的、政治的に意味をなさないいわゆる地中貫通兵器に関する開発をキャンセルするだろう」と言っており、新型核兵器の開発を無条件で否定しているのではないことも要注意でしょう。オバマ政権もイランの核濃縮問題に直面することになりますが、先ほども紹介したように、「世界は、イランのウラン濃縮計画をストップするように努力しなければならない。急進的な神政体制の手に核兵器があるのはあまりにも危険である。軍事行動を含めあらゆる選択肢をも除くべきではないが、厳しい制裁と結びついた持続的かつ攻撃的な外交を行うことが、イランの核兵器開発を防止する主要な手段であるべきだ」とするオバマに手放しの楽観はできません。

2.対アジア・対日本政策の見通し

<第2アーミテージ報告>

オバマ政権における対アジア・対日本政策を見る上では、二つのアーミテージ報告と9月22日にナショナル・プレス・クラブで行われたオバマ及びマケインの対アジア政策立案ブレインによるディベートにおけるオバマのブレインの発言が基本文献という位置づけになります。このディベートに出席した民主党のF.ジャヌージは、オバマの副大統領候補のバイデン上院議員の秘書であり、かつ2000年の第1アーミテージ報告作成にも関与したと自ら語っており、報告がオバマ政権の対日政策のベースになることを明らかにしていますから、私たちとしては、二つのアーミテージ報告を重視する必要があると思うのです。
とくに第2アーミテージ報告は、アジアにとって最善の構造は「アメリカの力、コミットメント及びリーダーシップに依拠し、アジアの他の成功している国々が地域の問題に積極的に参加することと結びつく」ことによって実現するとして、「アメリカとのパートナーシップ及び共有する民主的価値に立脚する、日本、インド、オーストラリア、シンガポールなどが範を示すことで導く開かれた構造こそが、自由市場、法の支配に基づく繁栄の継続及び政治的自由の増大を強調するアジアの課題を実現する最も有効な道である」と述べています。ただし、この報告は、アメリカに端を発した世界不況の前に書かれたものであり、その点を割り引いて考える必要はあると思います。
第2アーミテージの今ひとつ大きな特徴は、中国に対する強い警戒感を隠していないことです。そのことは、次のような記述に反映しています。

「中国は、国内に大量の課題を抱えている。(中略)これらの課題ゆえに、中国は国内に専念しており、対外的安定を重視している。(中略)中国としては、経済成長及び公共の福祉という目的とは無関係の課題に資源を大きく振り向ける余裕はない。(中略)とはいえ、アジアの他の地域と同じく、中国でもナショナリズムが台頭している。(中略)このナショナリズムは、アメリカと日本が中国との間において期待できる相互交流を進める上で、予見できる将来にわたって、制約となるだろう。同じく制約となるのは価値観の違いである。(中略)次第に明らかになっていることは、価値観と対外政策が結びつくことにより、アメリカの利害にマイナスの影響を及ぼしていることだ。このことは、イラン、スーダン、ヴェネズエラ、ジンバブエそしてウズベキスタンなどの国々に対する中国の行動で明らかだ。」
「中国が現代化し、成長することによって、力がつき、豊かになることは間違いないが、中国がどの方向に向かうかは予断を許さない。2020年には、中国は…政治的自由が増し、自由な制度をもった責任ある安定要素になる可能性もあるし、度量のない制度、熱狂的ナショナリズム及び腐敗を伴った重商主義で国際 規範をゆがめ、隣国を脅かすようになるかもしれない。」 「アメリカと中国の価値観が違い、地域的及びグローバルなそれぞれの利害について明確な認識が欠けている限り、米中によるアジアの共同統治などということは、米中関係の可能性を過大評価するものだと考える」
また、報告は、台湾問題についても重大な考え方を表明しています。
「台湾及びその民主主義の成功はアメリカと日本にとって重要である。…2005年2月にアメリカと日本は、2+2の閣僚声明で、『台湾海峡をめぐる問題の対話を通じた平和的解決を促す』とする共通の戦略目標を発表したこの賢明な目標は、2020年まで、あるいは中台が政治的違いを解決できない限り、日米の基本的指針となる。」
日本は、アメリカの(台湾防衛)の義務を理解するべきであり、同盟のパートナーとして、台湾海峡の平和と安定を維持するのに適当な方法で適応するようにするべきである。つまり、アメリカ及び日本にとり、中台の間の積極的かつ建設的な対話を促し、挑発的な言辞を弄したり、役に立たない政治的行動に出たりしないようにし、断固として軍事的恫喝や圧力に反対するということが大切である。」
「このアプローチの底流にはまた、平和な両岸の対話に有利な環境はどうしたらもっとも効果的につくり出すことができるかについて、台湾の人びとはアメリカと日本のビジョンに近い考え方を支持しているという想定がある。しかし、時とともに、民主的過程を通じて、台湾が異なる道を選択するのであれば、アメリカと日本は、この地域における日米の共通の利害をどうしたらもっともよい形で追求することができるかについて再評価する必要が起こるかもしれない。」

つまり、台湾防衛は日米共通の課題であり、アメリカが台湾防衛のために中国と戦争する場合には、日本がアメリカの側に立って中国と戦争するのは「2+2」合意に基づく日本の当然の義務だといっているのです。また、台湾が独立の道を選ぶ場合のことも想定して、日米が共同対処する必要にも言及していることも極めて重大なことです。人権派弁護士出身のオバマが、台湾問題を人権・民主に関わる問題として位置づける場合には、米中関係が緊張することは排除できないでしょう。

<9月22日のディベートでの対日政策に関する発言>

9月22日にナショナル・プレス・クラブで行われたオバマ及びマケインの対アジア政策立案ブレインによるディベートにおいては、日本についての質問にジャヌージが次のように答えています。そこからは、対日政策に関する限り、オバマ政権はブッシュ政権の政策と基本的に変わりがないと見ておかなければならないことを示しています。ただし、ジャヌージの最後の発言部分は、日本国内に保守政治・自公政治に対する異論が存在していることをハッキリ認識していることを窺わせるものです。私たちは、9条の会をはじめとする世論形成によって、アメリカ手動の日米軍事同盟の変質強化に対して明確に「ノー」と言い切る主体的な努力を強めることが大切であることが分かります。

(質問)日本がもっと「普通の国」になるのを奨励するアメリカについての見解如何。つまり、安全保障理事会、憲法改正、イラク外での自衛隊使用、米国から日本に対する高性能戦闘機などのハイテク兵器売却などについて。

(回答)すばらしい質問だ。日本は、アジア太平洋におけるアメリカの政策の将来にとって不可欠である。オバマ上院議員は、米日同盟が太平洋における我が安全保障政策の要であると確信しており、したがって、彼は、北朝鮮、中国の台頭及びそれに伴う予測困難性を筆頭とする東アジアの挑戦に焦点を当てるだけでなく、世界規模で気候変動、中東での平和活動、経済発展、民主化促進等にも焦点を当てて、この同盟を強化しさらに強固なものとするためにあらゆる努力を行うだろう。したがって日米関係は絶対に重要である。…
私は、冷戦後の時代に東アジア諸国との関係を改善するために日本の人々が東アジア世界で行った建設的役割を高く評価している。また私は、10年前のアーミテージ報告作成の超党派の努力の一員だったが、その報告で始められたプロセスを継続しなければならないと考えている。この同盟を強化するプロセスは順調に進捗している。しかしこの段階においては、我々は、日本のデモクラシーについて注意深くまたこれを尊重する必要があるとも考えている。ワシントンにいる人々、シンクタンクではなく、日本の人々が世界における日本にとって適切な役割を自ら決定しなければならない。我々は、彼らの選択を尊重するべきだ。日本の人々が公にはしたくない分野もあり得る。我々としては、日本が居心地がよい分野で彼らと一緒に働く方途を見いだす必要がある。

RSS