オバマ上院議員のベルリン演説

2008.07.27

*5月にアフガニスタン訪問を皮切りに中東及び欧州を歴訪したアメリカの民主党大統領候補に確定しているオバマ上院議員は、24日にベルリンで約20万人の聴衆を前にアメリカと欧州との連携による21世紀国際社会の立て直しを呼びかける演説を行いました。7年あまりのブッシュ政治に批判が大きい欧州諸国は、メディアを含め、オバマの演説に注目し、ブッシュ政治の負の遺産からの離脱を明確にした部分(一国主義の否定、核兵器廃絶にも言及した核政策、子孫をも考えた環境問題への取り組み、公平性に言及した国際経済政策、グローバリゼイションがもたらした負の遺産への取り組み)については積極的な評価を行う一方、特にアフガニスタン問題に関しては、米欧共同の軍事的な取り組み強化を訴えたオバマに対して批判的、警戒的な反応を示したと日本の各紙が伝えています。私は、オバマが準備した段階での演説のドラフトを見る機会がありましたので、私なりの感想を書いておきます(7月27日記)。

1.顕著な欧州重視の姿勢

欧州訪問ということなので欧州を重視する内容といえばそれまでのことですが、オバマは、「20世紀は我々が運命共同体(common destiny)を分け合っていることを教えたが、21世紀は人類史のいかなる時よりも世界がはるかに絡み合っていることを明らかにしている」という時代認識を表明し、そういう中で、欧州では、世界がうまくいっていない一因はアメリカにあるという見解があまりにも行き渡っているし、アメリカはアメリカで安全保障及び将来に関する欧州の役割の重要性をあざけったり、否定したりする声があることを指摘した上で、しかしこういった見解は、「今日の欧州は、世界の枢要な地域で新しい負担を担い、より大きな責任を取りつつあること、また、前の世紀に作られたアメリカの基地は欧州大陸の安全保障を引き続き防衛することに役立っている、という真実を見逃している」と強調しています。そして、「この新しい世紀においては、アメリカ人も欧州人ももっと少なくではなく、もっと多くのことをすることが求められている。諸国間のパートナーシップと協力は、選択ということではなく、我々の共通の安全保障を守り、共通の人間性を推し進めるための唯一の道である。だからこそ、すべてにとっての最大の危機は、我々を分かち隔てる新しい壁を許してしまうことなのだ」と主張しています。

オバマは更に、「だからこそアメリカは内向きになることはできず、欧州も内向きになることはできない。アメリカには欧州ほどのパートナーはほかにない。…いまこそ、緊密な協力、強固な制度、分かち合う犠牲心、進歩に対する世界的コミットメントを通じて、21世紀のチャレンジに向き合うべく一緒になるときである。」と訴えています。

オバマが欧州を重視する姿勢、言葉にこそ出さないけれどもNATOを通じた世界的な安全保障を構想していることは明らかです。そこに、伝統的な「力による」平和(権力政治)観が貫かれていることを見ることも難しいことではありません。私たちは、まずこの点をしっかり確認しておくことが必要でしょう。

このように欧州重視を明らかにしたオバマがアジア太平洋に対してはいかなる認識と政策を打ち出すかについては、この演説には窺う手がかりはまったく示されていません。次のステップとしてアジア歴訪に乗り出すようなことがあれば、私たちはその時に改めて考える材料を与えられることになりますが、その材料がないいまは、判断のしようがありません。実際、北朝鮮問題をのぞけば、オバマのアジア観、アジア政策を窺う材料は非常に不足しています。

2. 米欧の協力対象分野

以上の基本認識を示した後、オバマは、米欧が協力して対処すべき問題分野を列記します。

第一に挙げるのは、テロリズムを打ち破ること及びテロリズムを支持する過激主義の温床をたつことです。そこでは、「共産主義者との思想戦に勝つことができた我々ならば、希望ではなく憎しみにつながる過激主義を拒絶する広範なイスラム教徒と一緒になることができる」というくだりもありますので、オバマの共産主義に関する認識が旧態然のものにとどまっていることをはしなくも理解することができます。

第二に挙げるのがアフガニスタンで、「米欧の安全保障をおびやかすテロリストを根絶する決意を新たにしなければならない」と主張しています。オバマは確かに、「戦争を歓迎するものはいないし、アフガニスタンでの巨大な困難を認識している」とはいうのですが、「アメリカも欧州諸国も、NATOの最初の域外における使命が成功することに利害がある。アフガニスタンの人びとにとり、また、我々の共通の安全保障のため、この事業をやらねばならない。アメリカは一人ではできない。」という議論の展開によって、欧州側の軍事的協力を強く求めています。
しかし、なぜアフガニスタンにこれほどてこ入れしなければならないかについては、オバマは、あたかも自明のこととでも見なしているのか、まったく説明を加えていません。これは、イラクの戦場は引き続き重要とするマケインに対し、対テロ戦争の主戦場はイラクではなくアフガニスタンであるとするオバマのこれまでの言動を考慮したときには、当否は別として、それなりに筋が通るのですが、対テロ戦争そのものに懐疑的な欧州の人びとからすれば、説得力に乏しい主張だという批判は免れないところでしょう。

第三に挙げたのが核兵器の問題です。オバマの発言は次の通りです。「いまは、核兵器のない世界という目標を再確認しなければならないときだ。この街(注:ベルリン)の壁を通して向き合った2超大国が、我々が培ったもののすべて、我々の愛するもののすべてを破壊せんばかりの時があまりにしばしば起こった。その壁がなくなったいま、我々はぼんやりと突っ立って、恐ろしいアトムが更に広がるのを見てはいられない。いまは、管理の緩いすべての核物質を確保し、核兵器の拡散をストップさせ、前世紀からの核兵器を削減しなければならないときである。いまこそ、核兵器のない平和な世界を追求する仕事を始めるときである。」
 この発言に対しては、例えばパグオッシュ会議の会員たちが熱狂的に支持し、歓迎するコメントをメールなどを通じて記しています。確かに、ブッシュ政権下での危険きわまる核政策に脅かされ続けてきた私たちにとって、アメリカの大統領候補になる人物から「核兵器のない世界」という発言が公然と述べられるというのは、大きな変化であることはその通りでしょう。しかし、すでにこのコラムで紹介したように、オバマの核政策の内容は核抑止の考えに立脚するものであり、核テロリズムの脅威を未然に防止し、核拡散の流れをチェックするためには、核兵器国が核兵器の削減及び究極的廃絶に向けたステップを取るべきだ、とするキッシンジャーたちの認識を受け入れたものであることを、私たちは冷静に判断する必要があります。そうでないと、私たちは、「核兵器廃絶を言っているのだから、それに同調すべきだ」という議論に安易に呑み込まれてしまう危険があります。私たちとしては、あくまでも核兵器が人類の意味ある存続とは相容れないものであり、その反人道的本質、反国際法的本質故に無条件で廃止するべきだという主張を、今後ますます強く主張していくことの必要性を片時も忘れるべきではないと思います。

第四に挙げたのは、ロシアとの関係のあり方を念頭に置いたものです。

第五にオバマが挙げたのは経済問題でした。このように言っています。「いまや、開放された市場が作り出した富の上に創造し、その利益をより衡平に分かち合うべき時だ。…成長が少数者を利し、多数者を利さないのであれば、そのような成長は維持することはできないだろう。我々は、富を作り出す仕事に真に報い、人びと及び地球にとって意味ある保護を伴う、そういう貿易を進めるべきだ。いまや、貿易はすべてのものにとって自由かつ公正であるべき時だ。」
 オバマの過去の経歴から見るとき、オバマが新自由主義の生み出してきた貧富の格差や絶対的貧困のひろがりに無関心ではないということが窺われますが、以上の発言は、新自由主義そのものに対する正面からの批判ではないにせよ、それが生み出したものに対する反省の気持ちを込めたものであることを理解することはできるでしょう。オバマが新自由主義に対してどのような立場を取るか、アメリカ追随の日本の行く末を考える上でも、興味深い内容ではあります。

第六にオバマが取り上げたのは中東問題です。特にイラン問題に関しては、「我々は、欧州と一緒に、イランは核の野望を放棄しなければならないというメッセージをイランに直接送るべきだ」と述べており、イランに対する認識は極めて警戒的であることが窺われます。

第七番目に取り上げられたのは環境問題です。「海面が上昇し、飢饉が広がり、嵐が土地を破壊する世界を子どもたちに残すことがないよう決意を固めよう」という発言は、環境問題に無関心を決め込んできたブッシュ政権とは様変わりです。

オバマは、第八番目の問題としてグローバリゼーションによって取り残された人びとの問題に注意を向けます。ここでは、人間としての尊厳を奪われた人びとに対するまっとうな関心表明とともに、ビルマ、イラン、ジンバブエ、スーダンのような人権侵害が問題視されている問題領域に対する「人権」を名目にした干渉を当然視する危険な見方とが示されています。

(まとめ)

総じて言えば、オバマは、安全保障問題については伝統的思考の枠組みの中で物事を考えており、経済、環境問題では、迫り来る危機的状況を認識して、アメリカが欧州諸国とともに取り組む姿勢を示している、とまとめることができるでしょう。私たちとしては、ブッシュに比べれば積極的な考え方を示しているオバマの立場・政策については、特に新自由主義に関する部分を含め、更に注意深く観察していく必要があると思います。

核兵器の分野については、2010年のNPT再検討会議を控えていますから、オバマ(及びマケイン)がどのような政策を打ち出してくるかが要注意ですが、安易な楽観論は戒める必要があるでしょう。更に安全保障政策全般に関して言えば、アメリカの一国主義はお蔵入りとしても、米欧が主導権を取って軍事的に世界を取り仕切ろうという姿勢が顕著であることを見逃すわけにはいきません。オバマ自身の対日政策が出てくるのはこれからでしょうが、日米軍事同盟はアメリカにとって「もっとも美味しい」資産ですから、アメリカが自ら進んで手放すことはあり得ず、そういう意味で、私たちが主体的な力量を高め、国内政治を変えることを通じて日米軍事同盟の解消を追求するという長い道のりになるであろうことをしっかり認識したいものです。

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