核廃絶を呼びかける米英における最近の動き

2008.07.14

*私が見かけた限りでも、米英では最近核廃絶を呼びかける三つの注目に値する文章があります。内容を詳しく見ますと、核兵器国にいる人間の独善的発想があからさまになっている部分もあって素直には喜べませんが、しかし、核兵器廃絶問題が米英においていまやタブーではなくなりつつあることを象徴するものとしては刮目すべきものだと思います(それに引き換え、このような注目すべき動きについて報道もしない、したがって国民的にも注目もされない、「核廃絶」を口頭禅として訴えるだけでこと足れりとするこの日本の現実は何なのでしょうか)。
三つの文章を比較すると、その内容には共通する部分(特に核兵器廃絶に向けた第一歩は米ロによる大幅核兵器削減であるという主張は、キッシンジャーたちも含め共通している点です)もあれば、力点の置き方が違う部分(NPTやCTBTの位置づけなど)もあり、まだまだ議論は緒に就いたばかりという印象を深くします。大統領選挙を戦うオバマ、マケインの核兵器廃絶に関する立場の評価も三者三様であることも、本来両者の発言に厳密に即しているならばこのような齟齬が出てこないと思うのですが、ここでは深く立ち入りません。いずれにせよ、核兵器廃絶問題を巡ってこのように活発な議論が進行すれば、その過程において次第に論点が整理され、方向性が絞られていく可能性があります。私たちとしては、その方向性がアメリカ(及び核兵器国)にとって都合のいい身勝手な、したがって非生産的なものになることをチェックし、私たちの核兵器廃絶さらには核廃絶についての考え方と共通の土俵で論じられることになるよう、しっかりした議論を組み立て、内外に向けて積極的に発信していくことが求められていると思います(7月14日記)。

1.ケリー上院議員の文章:「アメリカは核のない世界を目指す」(6月24日付のイギリスのフィナンシャル・タイムズ紙所掲)

ケリー上院議員は、2004年の大統領選挙で民主党の候補としてブッシュと闘い、敗れた人物ですが、この文章は、「次期大統領がアメリカの核兵器政策を革命することができる注目すべき超党派のコンセンサスが生まれつつある」として、昨年10月にオバマ上院議員が「アメリカは核兵器のない世界を求める」と述べたこと、また、6月にはマケイン上院議員が同様の目標にコミットする演説(浅井注:このコラムで紹介した演説を指しています)を行ったことに注意を喚起しています。そしてケリーは、次期大統領がこの大統領選挙での公約を果たすため、就任後6カ月以内に以下の四つのことを行い、実行に移すことを提案しています。

 第一、アメリカの人びとをしてこの大義に加わらせること。次期大統領は、就任後100日以内に核兵器のない世界にコミットする政策演説を行うべきである、というのがケリーの提案です。ケリーも認めるように、多くのアメリカ人が相互確証破壊核戦略の秩序に惰性的に慣らされてしまっていますが、国務及び国防長官経験者の24人のうち17人が核のない世界への動きを支持しているとケリーは指摘して、「すでに大きな政治的転換に向けての舞台が設定されている」と強調しています。
第二、核テロリズムを防止することを専管する大統領の安全保障担当副補佐官のポストの新設
第三、この副補佐官をして、爆弾製造を争うのではなく、誰もができないようにする「逆向きマンハッタン計画」(a Manhattan Project in reverse)を担当させること。ケリーは、次期大統領の最初の任期の終わりまでに世界中の規制の「緩い」核物質を確保し、安全な管理のためのグローバルな基準を確立するべきだと主張しています。
第四、新大統領は、アメリカの核政策が約20年前の冷戦終結を反映するものを保障するべきである。具体的には、ケリーは、米ロ間での1991年の戦略兵器削減条約の延長及び配備弾頭数を1000以下にすることなどを内容とする新条約締結を提案します。

さらにケリーは、核のない世界の実現は速やかに、アメリカだけで、同盟国との緊密な協議なしでできるものではないとし、また、その過程においてはアメリカの圧倒的な通常兵力を維持する必要があるとし、小さなステップの積み重ねによって大きな変化を生むことができるという弁証法的な議論を行っています。圧倒的な通常兵力を維持するという主張には、アメリカが世界の警察官たるべきだという救いがたい傲慢さが見て取れますし、核兵器廃絶を長期にわたる課題だととらえていることは、キッシンジャーたちの主張と軌を一にするものであり、こういうアメリカ中心主義の発想をどのように克服するかということは、私たちに突きつけられた大きな課題です。
ケリーはまた、次期大統領が議会と緊密に協働することが不可欠だと指摘し、上院に対しては、核兵器実験を禁止する条約(浅井注:CTBTのことでしょう)を批准することによってアメリカのコミットを印象づけることができると呼びかけています。
ケリーはさらに、国際的な不拡散体制を強化する必要があるとも主張しています。この体制の取引の核は、核兵器国が核のない世界に向けて動き、かつ、原子力の利益を広げる見返りに、非核兵器国が核兵器を持たないことを約束することにある、というのはケリーが指摘するとおりですが、ケリーの言い分は、非核兵器国に約束を守らせるように圧力をかけるとともに、具体的な行動でリードすることによって立場を強化できるということであり、ここにもアメリカ中心主義がはしなくも露呈されています。しかもケリーは、以上のことだけではならず者国家を協力させることができないかもしれないが、協力しない場合には我々の立場が格段に強まる、と言っており、「ならず者国家」論は健在です。
ケリーはさらに加えて、大統領が途上国に対し、濃縮及び再処理計画をあきらめさせるためにインセンティヴを提供する努力をも指導するべきだとし、具体的な案として、合理的な価格の核燃料の国際的供給へのアクセスを保障する「核燃料銀行」の設立を提案しています。
以上に見たように、ケリーの主張はあいも変わらぬアメリカの独善主義がありありです。このようなけんか腰のアプローチでは、イランのような国家と建設的な議論を行う条件はなかなか生まれないでしょう。また、私たちとしては、核兵器廃絶がもはやアメリカ国内でもタブーではなくなっていることについてはその意義を確認すると同時に、だからといって有頂天になっているわけにはいかないのであって、アメリカの一国主義的発想を改めさせて、真の核兵器廃絶に向けての民主的で建設的な条件が整備されるように国際世論を強めることが必要であると思います。

2.イギリスの3人の外相経験者及び1人のNATO事務総長経験者の連名による文章:「悩み事を始め、核兵器の処分について学ぼう (副題)簡単ではないが、核兵器のない世界は可能だ」(6月30日付のイギリスのタイムズ紙所掲)

外相経験者であるリフキンド、ウエストウエル及びオーエンとNATO事務総長経験者であるロバートソンは、「冷戦期においては、核兵器は世界を比較的安定させるひねくれた効果を持っていたが、今やそうではなく、拡散の広がり、過激主義及び地政学的緊張の組み合わせによって新たな危険な局面の縁に遭遇している」という基本認識に立った文章を発表しています。

彼らの危機感の根底にあるのは、「今日のテロリストの組織の中には、自分たちの目的達成のためには大量破壊兵器を使用することにほとんどためらいがないものがある。アル・カイダ及びそのグループは、想像を絶する規模の大殺戮を引き起こすために核物質を手に入れようとしている。…どんなに不快ではあれ、政府というものは抑止が効くのだが、アル・カイダなどのグループには効かない。理詰め尽くしの冷戦時代は、非対称的戦争及び自殺テロに取って代わられた」という、キッシンジャーたち以上にテロリストの脅威に絞って現代の危機を考える姿勢です(「政府というものは抑止が効く」という認識表明からは、アメリカの論者とはひと味違い、ならず者国家的発想からは基本的に自由な、したがってイランなどにはより偏見のないアプローチの余地を残す発想を窺うことができます)。
そういう彼らが主張するのは、やはり核兵器の大幅削減であり、そのような歴史的イニシアティヴは集団的努力と多国間組織を通じてのみ成功が見込めるということです。その点に関して彼らは、キッシンジャーたちによってアメリカで影響力のあるプロジェクトが開始されたとし、マケインが最近キッシンジャーたちの分析を支持したこと、オバマも同調するだろうことなどを積極的に評価しています。そして彼らは、イギリス及び欧州においてもアメリカと同じように議論が必要だ、と指摘しています。
彼らの判断によれば、英仏両核兵器国は、現存の核兵器数を削減するためのマルチの努力に参加しやすい立場にあり、核兵器削減における進展は、共通の目標に向かって、合意された手続きと戦略によって他国と一緒にやってのみ達成できるということになります。ここでもアメリカの論者に比べると「オレが、オレが」といううさんくささからは自由な発想を感じ取ることができます。
彼らが核兵器削減の第一歩として重視するのは、やはり圧倒的保有国である米ロ両国による大幅削減です。「本気で進展させようとするのであれば、まず両国から始めなければならない」と主張します。彼らもまた、ケリーと同じく、1991年の条約に着目し、それが引き続き基礎となるべきことを主張しています。
彼らの文章の特徴は、ミサイル防衛に触れていることです。ここで彼らは、欧州やアメリカに対するミサイルの脅威は、ロシアに対しても脅威なのだから、両者の間には拡散防止という点で共通の利害がある、と論じています。ここでは、一体どこの誰がミサイルを発射するのかという肝心の点に触れていません。最初の方で紹介したように、国家に対しては抑止が働くといっているのですから、アメリカがミサイル防衛の必要性を主張する根拠であるならず者国家論自体がおかしいはずです。彼らが論じるべきは、ミサイル防衛計画自体の失当性であり、ロシアを懐柔することではないはずです。
本文に戻って、彼らも、ケリーと同じく、世界中(特に旧ソ連)に核物質が管理されることなく放置されている問題を重視しています。この問題に対処するための具体的な処方箋として、彼らは安保理決議1540に基づく監視・管理体制の強化の必要性を強調しています。
NPTについては、彼らはモニタリング遵守に関する規定の強化などの総点検(英語はoverhaul)が必要だと主張しています。IAEA追加議定書はすべてのNPT署名国が受諾するべきだとしています。「イラン及びシリア以下の国々が民用目的という口実のもとで核兵器計画を進めているかもしれない時に、これらの要件が実施されることにより、申告された核物質及び申告されない活動に対するIAEAによる保障提供の能力を強化できることは決定的に重要である」と論じています。NPTの「点検」に明確に言及していることは目新しく感じますが、その趣旨はあくまで不拡散を強化するためのものであり、核兵器国の義務についての言及がないという致命的弱点を抱えています。また、イランなどのウラン濃縮計画をやめさせるという文章になっていないことも一応注目されます。イランは追加議定書を受諾する用意があることは、このコラムで前に紹介しましたが、そうした場合には、平和目的のウラン濃縮については認めるのか、という問いに対しては、この文章は慎重に避けて通っている印象です。
文章はまた、CTBTを発効させることが核の脅威を削減させる闘いにおいて重要な進展になるだろうという認識を表明しています。しかし、条約が発効するためには、批准していない9カ国(アメリカ以下を列記)が批准しなければならないと述べ、イギリスは、NATO、EUを通じてこれあの国々の批准を促すべきだとしています。
イギリス自身については、文章は、過去20年間に核兵器能力を大幅に削減したとし、重力落下型及び戦術核兵器は廃棄し、トライデント・システムの弾頭数も核抑止力維持と両立する最低限度にまで削減したとしています。ただしマルチの軍縮が進展する場合には、フランスなどの核兵器国とともに、共通の目標を達成するためにさらに何がなし得るかを考えることになるだろうと述べています。ここでも核抑止力を維持することに対する執念が表明されています。
最後に文章は、「遅くなりすぎる前に我々は行動しなければならない。我々は、アメリカにおける核兵器のない世界を目指すキャンペーンを支持することから始めることができる」という言葉で結んでいます。キッシンジャーたちの動きを意識し、これに連帯していこうという姿勢が顕著です。

3.社説オブザーバー(カーラ・アン・ロビンズ署名)の文章:「考えられないことを考える:核兵器のない世界」(6月30日付ニューヨーク・タイムズ紙所掲)

この文章は、キッシンジャーたちの動きに関して、NYT紙としての(あるいはそれに準じた)立場を表明したものと見ることができるのではないでしょうか。文章は、キッシンジャーたちの2編の文章が、伝統的な抑止がもはや働かなくなった、無限に核を求める恐るべき新しい世界について述べ、アメリカがそのような危険に立ち向かう上で必要とする協力を集める唯一の道は核兵器のない世界というゴールに明確にコミットすることだ、と論じていることを紹介し、その主張を支持するために、キッシンジャーたちは、タカ派にとっては長年タブーであった政策(すべての核実験の禁止、米ロのミサイルの即応警戒態勢を解くこと、両国の核兵器の「さらなる実質的削減」など)を求めているとし、「彼らの提案は、ブッシュ大統領の破産した核兵器政策を拒否する以外の何者でもない」と言い切っています。
この文章が警戒するのもやはりテロリストが核兵器を手に入れることの可能性です。その点について文章は、次のように述べています。「ベルリンの壁が崩壊してから19年経った今日、アメリカとロシアはなお20000以上の核兵器を保有し、そのうちの数千は数分以内に発射できる状態だ。北朝鮮は、核兵器を放棄するよう説得されるかもしれないし、そうでないかもしれない。イランは、自力で作るのに必要な技術をマスターしようとしている。他の多くの国々は、原子力及びいつの日にか核兵器を作ることにつながる燃料計画に対する関心をにわかに高めている。これらを背景にして、テロリストが核兵器を購入し、盗みあるいは製造する危険性もまた恐ろしく現実のものになっている。」
そのような危機感からすると、「シュルツたちのイニシアティヴがかくも人々の注目を集めていないということは、アメリカ人が如何にこうしたことに無感動になってしまったかということを示している」という慨嘆を生むのですが、しかし文章は、「この提案は、アメリカ内外の国家安全保障のエスタブリッシュメントの注目を引きつけている。さらに14人の国務、国防長官経験者及び国家安全保障補佐官経験者がこの提案を支持した」(浅井注:数字はケリーの言っていることと食い違いがありますが、その点は改めてチェックしてみたいと思います)点に注目し、オバマ上院議員は彼らの提案に喜んで応じていること、マケイン上院議員はそうではないが、ロシア側との軍備管理交渉の再開と両国の核兵器の大幅削減を呼びかけていることを指摘の上、「8年間にわたる(ブッシュによる)怠慢と拒否の後であることを思えば、このことは進歩と映る」と締めくくっています。

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