オーストラリア首相の核兵器に関する演説

2008.06.16

*6月8日に訪日して広島を訪れたオーストラリア労働党政権のラッド首相は、9日に京都大学に核問題と環境問題を主題にした演説をしました。以下においては、核兵器に関連する演説の前半部分だけを紹介します。ラッド首相の論点には直に同意できない内容もあります(「究極的」核廃絶という問題のとらえ方、北朝鮮やイランに対する一方的断定の仕方、日本政府の核軍縮分野での活動に対する肯定的評価など)が、対米追随が際だった前政権と比較すれば明らかに自主外交を展開しようとする意欲は見えますし、核軍縮に向けて日豪が協力することを呼びかける点は新鮮ですし、そういうことを踏まえて2010年のNPT再検討会議にも積極的に取り組む姿勢を示すなど、やはり、2010年に向けた国際的な動きの一つとして注目に値する内容が含まれていると思います(6月16日記)。

演説は、「過去10年間、世界は核兵器に十分な注意を払ってこなかった」という認識を示し、その根拠として、1980年代のピーク時から比べれば核兵器が大幅に削減されたし、2超大国の核戦争を日常的に恐れなくてもよくなったという事情をあげています。しかし、ラッド首相は、核兵器は今なお存在し、核兵器を取得しようとする新たな国々が存在し、自分たちの地域を含め現存能力を拡張している国々もあることに注意を喚起し、「広島は、これらの兵器を恐ろしい力を思い起こさせているし、拡散が続くことをストップするために改めて警戒感を高めることを想起させるべきである」と述べ、広島に対する期待を述べています。その上で同首相は、「我々は核兵器のない世界という究極の目標にコミットしなければならない」、「世界的な核兵器廃絶の努力の土台はやはりNPTである」として、NPTが核兵器の存在という現実に立脚しながらも、その最終的な廃絶を確固としたゴールにしていること、条約を交渉した1960年代には拡散の危険があったにもかかわらず核兵器の拡散を押さえることに貢献したとNPTを評価します。

しかし、ラッド首相は、40年たったいまNPTは大きな圧力のもとにあるとし、条約の枠組みの外で核兵器を開発した国家が出てきたこと、北朝鮮などは、国際社会に挑戦してNPTを完全に脱退したと述べたこと、またイランなどは、IAEAに挑戦することで条約の内容にも挑戦していることを指摘し、国際社会には二つの道があり、一つはNPTがばらばらになるのを許してしまうことであり、もう一つの道は条約を回復し、守るために世界的に努力することだと述べた上で、オーストラリアとしては断固として条約を守る側に立つし、前途にある困難な課題を全面的に受け止めると表明しています。

その上で同首相は、日豪両国が協力することにより、拡散に関する世界的討議において重要な役割を果たすことができると強調します。なぜならば、ラッド首相の見るところ、両国は特別の資格があるからです。日本は核兵器の結果を経験した唯一の国家であり、巨大な原子力産業を保有しているのに対し、オーストラリアは世界一のウラン確認埋蔵量をもっており、核問題に関する議論についての国々の関心を理解できる立場にあるからです。そして日豪両国は、NPTの重要性について見解を共有しているからです。

ラッド首相は、国連などにおける核問題に関する日豪協力に触れた上で、1990年代にオーストラリアが核兵器廃絶に関するキャンベラ委員会を招集し、日本も1990年代後半に核不拡散及び軍縮のための東京フォーラムを設置したことに言及し、この二つの機関が出した報告は、核兵器を扱う国際社会の努力における指標になっているとし、それらをもう一度見直すべき時が来ているという問題提起をしています。 以上を述べた上で、ラッド首相は2010年のNPT再検討会議について、次のように述べました。

「NPT再検討会議は、2010年に開かれる。それは、条約の目的に対する進歩を評価するための締約国の5年ごとの会合であり、条約の規定を強化できるかどうかを見る機会である。2007年に元アメリカ国務長官のヘンリー・キッシンジャーが2007年に述べたように、核不拡散は今日の世界が直面している最も重要な課題である。したがって、再検討会議に向かう前に、条約をどのように支持し、我々の目的に向かってどう動くかについて真剣に考えておく必要がある。
私は本日、オーストラリアが前豪外相ギャレス・エヴァンスを共同議長とする核不拡散及び核軍縮国際委員会の設置を提案することを発表する。委員会は、キャンベラ委員会及び東京フォーラムの報告を検討し、どこまで来たか、どんな仕事が残されているかを確認し、そして将来に向けての可能な行動計画を作成する。委員会は、オーストラリアが後援する2009年後半における専門家の主要な国際会議に対して報告する。私は、この委員会の仕事に日本が参加するように日本側と協議したいと思っている。豪日はまた、この重要な国際的討議を促進するため、不拡散及び軍縮に関するハイレベルの討議を行うことでも合意している。委員会及びその後の会議が2010年のNPT再検討会議への道のりを敷くことになるだろう。我々としては、何もせず、再検討会議がなんの成果も上げないとか、もっと悪いケースとして崩壊するのを見ているわけにはいかない。条約はあまりにも重要である。核不拡散のゴールはあまりにも重要である。これらの追加的努力をもってしても成功の保障はない。しかし、あらゆる外交努力をしないわけにはいかない。」

ラッド首相は最後に、以上のことは、戦略的政策に貴重な経験を有する人々の見解でもあるとして、アメリカで、元国務長官だったジョージ・シュルツ及びヘンリー・キッシンジャー、元国防長官のウィリアム・ペリー、元上院軍事委員会議長のサム・ナンが1月のウオール・ストリートに文章を発表していることを紹介し、彼らが我々の執るべき措置として、NPT査察手段の強化、国際燃料サイクルを管理する国際システムの発展、CTBTを発効させるためのプロセスの採用をあげていることを紹介し、「今こそ、NPT及びIAEAの活性化を中心とする新しいアプローチをとるべき時である」と強調しています。

(参考)
CRSの報告の全文(英語)です(651KB)

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