アメリカ議会調査部の対議会報告:「日本の核の将来」

2008.06.02

*一部の新聞で報道されていたのでネットで検索してみたところ、アメリカの議会調査部(Congressional Research Service, CRS)が5月9日付で「日本の核の将来:政策的議論、見通し及びアメリカにとっての利害」(Japan’s Nuclear Future: Policy Debate, Prospects, and U.S. Interests)という報告書(二人の著者によるもの)を出していることが分かりました。CRSの報告は、議会の議員や委員会のために準備するという性格のものとされています。その内容は、まったくアメリカの立場から書かれたもので、私たちの視点からいえば多々問題があります。しかし、日本の核武装の可能性に対するアメリカの関心の所在を理解する上では、参考とするべき内容が含まれていると思いますので、以下においてその要旨を紹介しておきます。ちなみに、この報告の内容は、今後随時アップデートされるとのことです(6月2日記)。

内容は4つの部分からなり、「展開しつつあるアジアの安全保障環境」、「日本の核能力」、「日本の法的及び政治的制約」、そして「アメリカの政策にとっての課題」となっている。

「展開しつつあるアジアの安全保障環境」では、1998年の二つの出来事が冷戦後の日本にとっての安全保障上の安全観を揺るがせたとして、北朝鮮による日本上空越えの弾道ミサイル実験とインド及びパキスタンによる地下核実験をあげています。そして2006年の北朝鮮の核実験は、日本の攻撃される可能性に対する恐れを高め、核兵器を追求するべきかどうかについて公然とした議論を行うべきだとの麻生外相(当時)らの発言を導いたとしている。また、米印間の民間原子力取引は、NPTがさらに弱体化するという懸念を日本の不拡散専門家の間に生んだとし、日本が非核の立場にコミットしてきたのは、世界的な不拡散体制の正統性及び抑止効果があったからこそだとするこれらの専門家の見方を紹介している。また報告は、多くの日本の防衛専門家は、北朝鮮はより当面の危険ではあるが、より深刻で長期的な脅威は中国であると見ていると紹介している。そして、小泉政権当時の緊張と比べれば中日関係は安定してきたとしながらも、両国間の「根本的な不信と紛争の危険性はそのままだ」と分析している。

「日本の核能力」において注目されるのは2点である。まず原子力計画に関して報告は、非核兵器国では最初の六ヶ所村再処理施設が拡散の懸念を引き起こしていると指摘している。特に、「日本において産業用スケールの再処理施設が建設されていることに対する懸念が高まっている」と指摘する。これに加えて、「高速増殖炉は消費する以上のプルトニウムを生産するもので、拡散のリスクを生んでいる」とも指摘している。
日本の核兵器製造の技術的能力に関しては、報告は、1974年における羽田孜首相(当時)の「日本は核兵器を保有する能力はあるが、作ってはいない」との発言を紹介して、短期間で作ることができるとしている。他方で報告は、「少数の核兵器を開発することと、完全な核抑止力のための財政的及びマンパワー上の必要条件とについて(分けて)考える必要がある」と指摘し、「核兵器を製造するには、冶金及び化学の専門知識が必要であるし、信頼できる抑止力を獲得するためには、信頼できる運搬手段、第一撃から防護し及び秘匿するためのインテリジェンスのプログラムそして秘密情報保護システムが必要」であること、また、日本の地理的条件と密集した人口により、核兵器計画のためのインフラストラクチャーを建設するための政治的・経済的コストは「途方もない」ものになるとする1995年の防衛庁の報告を引用している。したがって報告は、高度の信頼性と精度のある兵器を作ろうとすれば、外部からの支援がない限り、もっと時間がかかるだろうという見通しを述べている。また、日本が核弾頭を製造するとしても、少なくとも1回の核実験が必要になるが、この島国でそんなことをできるかどうかはまったく明らかでない、あるいは、日本の核物質と施設はIAEAのセーフガードの下にあり、秘密の核兵器計画を隠し通すことは困難であるなど諸点も指摘し、さらに「日本の法的及び政治的制約」で様々な制約条件を列挙して、報告としては、日本の核兵器開発の可能性に対しては否定的な見方を色濃く示している。

「アメリカの政策にとっての課題」の項では、アメリカの日本の安全保障に対するコミットメント、アジアにおける軍備競争の可能性、米中関係、朝鮮半島情勢、世界的不拡散体制への打撃などについて検討が加えられている。
まず報告は、日本が核武装しないように説得する上で最も重要な単独の要因は、日本の安全を守るというアメリカの保障であると指摘している。報告は、アメリカが中国との関係を緊密化する場合には、日米間の安全保障に関する見方のギャップが広がり、アメリカのコミットメントを弱めるのではないかとする日本側の懸念があること、六者協議において北朝鮮の非核化に関して日本が弱い交渉力しかないことは、日本の戦略的見方をアメリカが重視しないことにつながるのではないかとの見方もあることなどから、それらの結果として日米同盟関係が弱体化することになれば、日本が独自の抑止力を開発する可能性を検討するべきだと主張する勢力の影響力を強める可能性があるとの見方を紹介している。
しかし報告の立場はむしろ、中国の台頭という事態は、アメリカがこの地域における軍事的プレゼンスを維持しようとすることになり、日本は東アジアにおける米軍にとって主要な即戦用プラットフォームであるから、「アメリカが日米同盟を太平洋におけるプレゼンスにとっての基本的部分と考え続ける限り、アメリカの指導者は、日本を防衛するコミットメントを繰り返すだけにとどまらず、同盟の漂流に関する懸念を和らげるために日本の指導者と高級レベルの協議を続けるだろう」という点にポイントがある。そして報告は、「日本の戦略的計算、特に核兵器開発に関する議論において、アメリカの行動が決定的である。日本の核オプションに懸念を持つ安全保障の専門家は、アメリカの役人や政治評論家が日本に対して核武装をいかなる形でも容認するというシグナルを送るべきではないと強調している。例えば、他の国に対して日本が核武装する可能性があると脅迫することは、日本の中で核武装が容認されたと受け止められる可能性がある」と具体的に記述している。
報告は、日米協力で進められているミサイル防衛についても積極的に評価する立場を隠さない。ミサイル防衛システムが作戦化されれば、「侵入してくるミサイルを迎撃できるという確信によって、外国からの攻撃という日本の恐れを鎮めることができるし、そういう再保証によって核抑止力を開発したいとする潜在的な考え方を押さえることができる」としている。
報告は、日本が核兵器を開発するという決定をする場合のもっとも警戒すべき結果は何かといえば、地域的な軍備競争が起こることであるというのが多くの安全保障専門家の見方だとする。その懸念は、核武装する日本は韓国の同様の計画を誘発し、中国の増強計画を招き、台湾も核兵器開発に向かうという確信に基づいている。すでに歴史的不満や緊張が充満しているこの地域でいくつかの核兵器国が出現するとなったら、深刻な不安定化につながるだろう、と報告は指摘する。
米中関係という要素に関して、報告は、米中関係が悪化し、冷戦型の緊張状態が発展すれば、アメリカが抑止力を増強することを求める声がアメリカ国内に起こるだろうし、現にタカ派の論者の中には、中国の戦力に対抗するために、日本が「束縛を解かれる」べきだと主張するものもいることを紹介している。そして報告は、「考えられる中国の脅威の厳しさ如何によっては、日米当局は日本の非核の地位に関する見方を再考するかもしれない」と述べる。他方報告は、米中関係が親密になり、特に両国が二国間の戦略または核に関する協議を行うようになれば、日本がより独立性の高い防衛態勢を開発する必要があると感じるようになるかもしれない,とも述べている。
朝鮮半島という要素に関しては、報告は、朝鮮半島の最終的統一という事態が日本の核政策を再検討する誘因になる可能性を指摘している。北朝鮮が核兵器を持ったままの状態で統一し、新国家が核兵器を保有することを選択した場合、日本の中には、核武装して再統一した朝鮮は、核武装した北朝鮮よりもより脅威だと主張する分析家がいると、報告は紹介している。報告はさらに、植民地統治に起因する反日感情の強い朝鮮が日本に対して敵対的となれば、日本はますます核兵器能力を開発する誘惑に駆られるだろうとも指摘している。したがって報告は、韓国と軍事同盟関係にあり、六者協議で指導権を持っているアメリカとしては、朝鮮半島での将来のシナリオに関する有事を計画するときには、日本の核兵器開発に関する計算を考慮に入れるべきだとする。
報告は、日本が独自の核戦力を開発するとなれば、アメリカの不拡散政策にとっても打撃となると指摘している。例えば、アメリカが他の非核兵器国に対してその地位を維持することについて確信を持たせることや、北朝鮮に対して核兵器計画を断念させるよう説得することもより難しくなるだろう。日本がNPTを脱退するか、それに違反するような場合、原子力の平和利用に関する保証人としてのNPTや査察体制としてのIAEAにとってのダメージは回復不可能になるであろう。アメリカの核の傘にある同盟国が核兵器を取得することを選択すれば、アメリカと同じように緊密な同盟関係にある他の国々も独自の選択を追求することに妨げがなくなるだろう。そうなれば、アメリカの安全保障上の保障に対する確信そのものを揺るがすことになるだろう。

(参考)
CRSの報告の全文(英語)です(651KB)

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