イランの原子力政策に関するイラン大使の話

2008.05.26

*5月21日に広島を訪れたセイエッド・アッバス・アラグチ大使が広島平和研究所を来訪し、所長の私と懇談しました。その中で、私の質問に答えながら、イラン政府の原子力政策について詳しく紹介がありました。その内容は、イランが核兵器を開発する意図をまったく持っておらず、あくまで平和利用を目指すものであることを強調するものでした。大使の発言内容を、ここに紹介します(5月26日記)。

1.イランの独自開発までの歴史:西側諸国の背信行為

イランが自力で原子力平和利用計画を進めるに至ったことを正確に理解するためには、歴史を振り返らなければならない。イランにおける原子力開発の歴史は、革命前の1957年にアメリカとの間で原子力平和利用に関する協定を結んだのに始まる。1974年には、アメリカが実験用原子炉を提供し、同年、イランはNPTを批准した。その後イランは、フランス、カナダ、ドイツとの間で原子力平和利用に関して契約を結び、フランスとの間ではウラン濃縮、ドイツとの間では原子力発電所について交渉が進んでいた。ところが、1978年にイラン革命が起こると、西側諸国は手のひらを返すような行動に出てきて、イランとしては欧米に対して不信感を持たざるを得なくなり、1980年代初期に自力で原子力平和利用計画を推進する方針を決定し、レーザー、ウラン濃縮、遠心分離などあらゆる方法を追求することを決定した。

近年では、2003年にEU-3( 仏独英)との間に追加議定書(交渉の期間中はイランが原子力開発にかかわる諸活動を停止することを内容とするもの)を締結し、2003年から2005年までイランは自発的措置としてすべての活動を停止したほか、議定書に定めた以上の完全な透明性を実施した(27の軍事施設の査察をも認めたほど)。しかるに彼らは、いたずらに交渉を長引かせようとしたのみならず、2005年8月には、ウラン濃縮計画の放棄、既存の開発計画の断念、そしてそれへの見返りとしてのイランのWTO加盟という3点からなるパッケージを提案してきた。そこで、イランとしては堪忍袋の緒が切れ、拒否を決定し、ウラン濃縮を再開し、それまでの自発的諸活動停止措置も取りやめることになった。それに対して西側諸国は、対抗措置として国連安保理決議による制裁措置を発動した(これまで3つの決議)。しかし、これらの措置はかえってイランの国民的団結心を強化するものであるのみならず、イランはすでに3000の遠心分離装置を製造したし、今後さらに6000を増やす予定である。今や、ウラン濃縮の技術を完全に我がものにした。

2.イランの原子力政策

我々は、NPT上の権利を実行しているだけのことである。我々は、日本を参考にしている。先進的技術を自己開発して、原子力を平和利用している日本は我々の見本だ。我々が核兵器開発に向かうことはあり得ない。我々は、西側諸国がサダム・フセインに提供した化学兵器により、10万人以上が犠牲になった歴史を有する。そのような我々が核兵器の開発に向かうわけがない。

核抑止力を持つということは自殺的行為だ。核兵器は誰のためにもならない。核大国のアメリカは9.11を防げなかったし、イラクで泥沼に陥っている。もう一つの核超大国ソ連は崩壊した。イスラエルにしても、パレスチナ、ハマス、ヒズボラに対して何もできない。要するに、核兵器を持つということは何の意味もない。北朝鮮が核兵器開発に向かったこととのかかわりで言えば、イランと北朝鮮とではまったく事情が異なる。イランは地域大国として一定の力を持っている。また、豊富な石油と天然ガスの資源を保有している。地政学的条件も違う。北朝鮮と異なり、イランは孤立することを望んでいない。仮にイランが核兵器開発に向かうならば、いくつかの他の中東諸国も開発に向かい、核開発競争を招くだけだ。

アメリカがイランを軍事的にたたく可能性があったとすれば、それは去年までのことだ。すでにイランはウラン開発の独自の技術を確立している。仮にアメリカが現在の施設をたたいたとしても、我々はすでにノウハウを有しているから、また新しく施設を作るまでのことだ。また、仮にアメリカがイランを攻撃すれば、戦火はイラン国内にとどまらない。アメリカは地獄のふたを開けることになる。アメリカもいまやそのことを知っている。したがって、アメリカはその現実から学ばなければならなくなっている。軍事的手段もだめ、経済制裁もだめ、ということが明らかになってきている。アメリカの対イラン政策にはすでに変化が始まっている。3年前にはレジーム・チェインジを狙っていたが、いまや外交的解決しか残されていない。イランの立場からすれば、NPT上の原子力の平和利用の権利さえ確保されるならば、それ以外のあらゆることは外交交渉の対象になる。アメリカの大統領選の結果は一つの機会になりうる。オバマはイメージ・チェインジをはかろうとしている。イランとしてはwait and seeということだ。

イランが原子力の平和利用に熱心なのは、石油、天然ガスの資源は数十年で枯渇するからだ。代替エネルギーとしてもっとも有望なのは原子力だ。放射性廃棄物の問題にしてもいずれ技術的に解決が可能となるだろう。原子力こそ環境に優しいエネルギーと言える。したがってイランは、原子力エネルギーを開発することによりエネルギーの自給を目指す方針だ。2020年までに2万メガワットの生産を目指す。その時点でのエネルギー総生産の20%程度になるだろう。

我々にとって日本は見本だ。我々は、日本がそうであるように、平和国家でありたい。日本は、IAEAの完全な査察体制の下でIAEAの権利義務を受け入れ、平和国家としてやっている。NPTは3本の柱からなる。平和利用、不拡散、核軍縮だ。NPT体制を強化するためには、この3本柱のバランスをとることが必要だ。ところがアメリカは、NPTに入っていないいくつかの国を特別待遇している。ところがそのアメリカが安保理を使ってイランに制裁を加えるのはどういうことか。イランが核武装するかもしれないとして制裁を科するのは、まさに犯行を犯していないものを罰するということでまったく論理的でない。

イランに対する対処の道は二つしかない。一つは協力、もう一つは対決だ。イランはどちらでも準備ができている。イランとしては、NPT上の権利が確保されるのであれば、何事も交渉可能だ。例えば、ウラン濃縮の国際管理も受け入れる用意がある。あるいは、ウラン濃縮が5%を超える場合には濃縮施設を自動的に爆破するというような提案も、イランとしては受け入れ可能だ。今月、イランは包括的なパッケージの提案を行った。2日前には日本政府にもイランの提案を伝えた。こういう分野では、日本が貢献できるだろう。

キッシンジャーたちの文章(注:2007年及び2008年の1月にキッシンジャー、シュルツ、ペリー、ナンが発表した文章のこと)は、もはや核抑止論が何の役にも立たないことを認めたものだ。冷戦が終わって、脅威の中身が変わった。いまやテロリズムが最大の脅威だ。ビン・ラディン、アルカイダ、タリバンは、アメリカだけでなくイランにとっても脅威だ。彼らはシーア派が異端であるとし、テロの対象にしている。アメリカとイランは、核テロリズムという同じ脅威に直面しているのだ。だから、両国は不拡散に共通の利益がある。核軍縮と原子力の平和利用についてバランスをとって進める必要がある。

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