「『戦略的互恵関係』の包括的推進に関する日中共同声明」を読んで

2008..05

中国の胡錦涛国家主席の訪日(5月6日-10日)及び福田首相との首脳会談に関しては、ネットで日本の新聞各紙の報道ぶりを検索する限り、ギョーザ、チベット、東シナ海油田開発など目先の問題を取り上げるだけで(その点はNHKも大同小異)、5月7日に日中両首脳が署名した共同声明については、8日付の『朝日新聞』『しんぶん赤旗』が全文を紹介しましたが、そのきわめて重要な内容について正面から取り上げる報道がなされていない印象が否めないのはまことに遺憾です。私は、ギョーザ、チベット、油田開発などの「懸案」があるにもかかわらず訪日を行った胡錦涛主席の決意と抱負には並々ならぬものがあったと感じるものですが、その決意と抱負が共同声明に強く反映されていると感じるのです。確かに共同声明の性格上、多くの文章の主語は「双方」ではありますが、日本政府の外交・安保・対中政策の実情を踏まえるものであるならば、共同声明の中のいくつかの重要な記述が中国側の対日認識(姿勢)・世界認識(姿勢)を強く反映したものであることを読み取ることは難しくないはずだと思います。

私たちがこの共同声明からくみ取るべき中国側の対日認識・日中関係に寄せる思いは何か、について私が理解したことを記しておきたいと思います。

「双方は、日中関係が両国のいずれにとっても最も重要な二国間関係の一つであり、今や日中両国が、アジア太平洋地域及び世界の平和、安定、発展に対し大きな影響力を有し、厳粛な責任を負っているとの認識で一致した。また、双方は、長期にわたる平和及び友好のための協力が日中両国にとって唯一の選択であるとの認識で一致した。」

私はかつて外務省の中国課長として、日中両首脳(胡耀邦及び中曽根康弘)の相互訪問の準備をしたことがありますが、苦々しい思いがしたことを今でも鮮明に思い出すのは、日本側は必ず、日米関係が日本にとって最重要ということを、問われもしないのに中国側に念押ししなければ気が済まない、という精神構造があるということでした。対米従属の度合いがその後ますます進行している日本側の事情から言って、以上のような叙述が日本側の発想から出てくるはずもありません。ましてや日本は、「2+2」合意によってアメリカの世界戦略に深々と組み込まれるようになっており、在日米軍の再編及び日米軍事一体化は台湾有事に備えることを一つの大きな目的としていることは何ら秘密ではないのです。

そのような日本であることを深く認識しているからこそ、その日本がアメリカと一緒になって暴走することがないように日本側に歯止めをかけるため、胡錦涛は上述の文章(特に「世界の平和…に対し…厳粛な責任を負っている」及び「平和及び友好のための協力が日中両国にとって唯一の選択」)を提案したのだと思います。そこには、日中関係がアジア太平洋及び世界のための真の平和のための柱になることを切願する中国の思いがにじみ出ているのです。その思いは真摯であり、一片の疑いの余地もありません。胡錦涛としては、そういう認識を真に共有する日本であってほしいと切望しているのだと思います。

「双方は、歴史を直視し、…将来にわたり、絶えず相互理解を深め、相互信頼を築き、互恵協力を拡大しつつ、日中関係を世界の潮流に沿って方向付け、アジア太平洋及び世界のよき未来を作り上げていくことを宣言した。」

「世界の潮流」という言葉もおそらく間違いなく中国側の発案になるものだと思います。なぜならば、対米一辺倒の日本の保守政治家たちの中に「世界の潮流」が何であるかに思いを寄せるだけの経綸の持ち主が見当たらないことは明らかであるからです。21世紀に入って以来アメリカ・ブッシュ政権の対テロ戦争というまったく誤った「戦略」に乗っかって、ひたすら「戦争する国」に向けて邁進する以外に何ものも眼中にない小泉・安倍・福田政治だったのですから、「世界の潮流」といわれてもおそらく何のことかも分からないでしょう。

これに対し中国では、「平和と発展」こそが世界の潮流であるとする明快な世界認識・歴史認識がどっしりと根を下ろしています。そういう世界の潮流の中に日中関係を方向付けしたい、というのが中国側の心からの願いなのです。

共同声明あるいは首脳会談で、中国側が歴史問題に踏み込んでこなかったということが日本のメディアではあたかも「事件」であるかのように取り上げられています。しかし、これはとんでもない皮相的な見方であると思います。日本人は多分に非歴史的民族でありますが、中国人はDNAにも「歴史」が組み込まれていると思うほど歴史的民族です。上の文章が「歴史を直視し」で始まっているところにすべての思いの丈が詰まっていることを、私たち日本人は深く受け止めなければならないのです。そもそも明確な歴史観なくして、世界の潮流を読み取ることなどできるはずがないではありませんか。

「双方は、互いに協力のパートナーであり、互いに脅威とならないことを確認した。双方は、…平和的な発展を堅持する日本と中国が、アジアや世界に大きなチャンスと利益をもたらすとの確信を共有した。」

「互いに脅威にならない」という文言も、中国脅威論を居丈高に叫び、台湾海峡をにらみながら日米軍事同盟の変質・強化をひた走る日本の保守政治の発想からは出てくるはずがありません。しかし中国は、経済建設に邁進したい、そのためには長期にわたる平和な国際環境を確保したいと真剣に願っています。日中関係を「脅威」という視点で捉えるという不毛を極めた発想から解放したい、というのが胡錦涛の切なる願いだと思います。そして、とかく中国を異端視し、警戒してみなければ気が済まないメディアを含む日本の対中認識のあり方に対する自覚的反省を迫る内容が以上の叙述に含まれていることを、私は強調したいと思います。

「台湾問題に関し、日本側は、日中共同声明において表明した立場を引き続き堅持する旨改めて表明した。」

この文章が何を意味するかといえば、日本は、「台湾の領土的帰属が未決であるという立場」に固執するということです。台湾が中国の領土の一部であることを承認したら最後、台湾海峡で米中軍事衝突が起こったときに、日本はアメリカに加勢することができません。なぜならば、そうすることは内政干渉になるからです。日本としては、そういうときに、アメリカの側に立って中国との戦争に加わるためには、台湾の領土的帰属は未決であるという立場を固執する必要があるのです。この文章が入ることにより、せっかくの今回の極めて思想的に格調の高い共同声明も振り出しに戻る結果となってしまっています。

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