イギリス労働党政権の核政策とNPT2010年再検討会議

2008.03.23

*イギリスのブラウン首相は、3月19日にイギリス政府初めての「国家安全保障戦略」(National Security Strategy。以下「NSS」)を下院に提出し、声明を発表しました。私は、このコラムですでに彼の1月21日のデリーにおける発言を紹介しました。今回の声明及びNSSは、その発言をより詳細にしたものという位置づけです。というよりも、労働党政権が行っていたNSS作成作業を踏まえて、ブラウンが1月21日に先取り発言をした、というのが正確でしょう。NSSは、1月のブラウン発言を裏付ける形で、極めて包括的な意味での安全保障を取り扱っていることが特徴ですし、したがって詳しい検討を必要とします。しかし、ここでは核政策にかかわる部分だけに注目して見てみたいと思います(3月23日記)。

1.ブラウン首相声明(核関連の注目点)

-我々のアプローチの基礎をなすものは、強力で、バランスのとれた、弾力的で展開可能な軍事力を維持することである。

-イギリスは、非核諸国に対する新しい取引を提供することにより、核兵器の管理及び削減に関する外交活動の前線にあり続けるだろう。
 我々は非核諸国を援助するだろうし、非核諸国がその必要とするエネルギー源を取得することを援助するために新しい国際システムを創造すること(世界的濃縮債券を通ずるものを含む)を提案した。そして今日我々は、本年後半にこれらの問題に関する国際会議に関心のある国々を招待する。しかし、見返りに、我々は、兵器を削減し及び拡散を防止することを目的とするより厳格な管理に関する合意を求める。
第一に、核分裂物質のカットオフ条約及び包括的核実験禁止条約(CTBT)に関する行き詰まりを止めること
第二に、2010年後に核兵器保有国の間の軍縮を加速し、拡散を防止し及び究極的に世界から核兵器をなくすことを目的として、核不拡散条約(NPT)のより精力的な実施を実現すること。そして、新たな国々への拡散及びテロリストの手に核物質が渡る危険性に対処する新たな優先順位として、イランのような潜在的な拡散者に対してより厳格な措置をとるだけでなく、供給者に対しても新たな措置をとること。すなわち、輸出管理レジームを強化し、及びいかなる核装置において使用される物質の真のソースをも判別するためのより有効な法的核能力(a more effective forensic nuclear capability)を設けること。
 そして、すでに我々の作戦用弾頭数をすでに20%削減し、我々の専門技術を核弾頭の検証可能な廃絶に利用可能にするものとして、我々イギリスは、自らの役割を果たす用意があることを確認する。

2.NSS(核兵器関連)

(1)核兵器に関する安全保障上の挑戦(第3章)

3.10 核兵器開発以来60年そしてNPT以来ほぼ40年を経て、核兵器は世界の安全保障にとってもっとも破壊的な脅威であり続けている。冷戦以後世界の保有数は減りはしたが、大量の核兵器が貯蔵されている。NPTのおかげで多くの人びとが予想したよりは核兵器を取得した国の数は少ないとはいえ、核武装した国の数は増大した。…北朝鮮は、核装置及び弾道ミサイルの実験を行い、イランは、国連安保理の義務に挑戦して核活動を継続している。…我々は、すべての拡散に反対する。なぜならば、拡散は、エスカレーションの阻止及び多角的軍縮という目的を損ない、国際システムにおける不安定の危険を増大し、最終的には核の対決の危険を増大するからである。

3.11 我々は、当面、イギリス及びその死活的利益に対して直接の核の脅威となる意図及び能力を持つ国家はないと判断している。しかし、そういう脅威が将来の数十年にわたって再び現れる危険を排除することはできない。

3.12 我々はまた、核兵器または核物質あるいは技術(商業的なものを含む)がテロリストの手に渡る可能性についてもモニターしている。…

(2)イギリスの対応(第4章)

4.17 我々の拡散に対するアプローチは、将来の脅威を少なくするために早期に行動すること、多国間主義及び規則に立脚した国際システムへのコミット…を反映したものである。それは四つの柱からなる。
-国々が大量破壊兵器(WMD)及び関連物質・専門的技術を取得し、開発し、及びその拡散に力を尽くすことを思いとどまらせること(Dissuade)
-国家及びテロリストがそういう能力を開発しまたは取得しようとする試みを探知すること(Detect)
-WMD…に対するアクセスを阻止すること(Deny)。ただし、平和目的のための取引及び技術開発は促進する。
-拡散による脅威から国家、市民…を防衛すること(Defend)

4.19 思いとどまらせることとしては、国連及びEUの義務に従わない国々に対して照準を定めた制裁を支持し及び科することを含む。ただし、それらの義務が満たされた場合には、経済的及び政治的関係を改善する可能性を与える。…我々は、CTBT(検証システムの完成を含む)の早期発効を促進し、前提条件なしに核分裂物質カットオフ条約の交渉を開始する合意を探求し、国際的アプローチの基礎としてのNPTに対する支持を継続する。2010年の再検討会議に向けて、交渉によるすべての核兵器の廃絶という目的を追求して、保有国間の軍縮を加速するための国際的努力の先頭に立つ。我々は、核軍縮の検証に関するNPT5核兵器国の技術会議を主催する提案を行っている。我々はまた、アメリカとロシアが現在の二国間協議をさらなる削減の機会とするよう引き続き勧奨する。我が国の稼働可能な弾頭数を更に20%削減して160以下(1997年に計画されたレベルの半分以下)にするという計画は、我が国の抑止力を維持するという2006年の決定に沿って行われたものであるが、いまや完了した。

4.22 防衛することとしては、英国に対する核の脅威が今後50年にわたって出現することを排除できないという2006年の評価に基づき、我が国独自の核抑止力を維持することを含む。…

3.イギリス労働党政権の核政策の注目点・留意点

① 最大のポイントは、ブラウンの声明では触れていませんが、NSSが今後50年間の見通しに立って核抑止力を堅持する方針を改めて確認していることです。核抑止は有効だという考え方はまったく変わっていません。つまり、労働党政権のイギリスは、明確な「力による」平和観に立っていることが分かります。

② しかし、核拡散の危険性及び核テロリズムの脅威を認識するとき、労働党政権としては、核軍縮の分野で手をこまねいているわけにはいかないという問題意識を持っていることは確かです。この点に関しては、キッシンジャーたちの文章が核テロリズムの脅威をより重視しているのと比較すると、労働党政権の場合は核兵器保有国が更に増大する危険性をより重視している印象を受けます。イランの動きに対する警戒感(その裏返しとして、イランがその核計画を改めれば、経済的・政治的インセンティヴを与えるという硬軟両様の対応を重視する姿勢)が強いことが読み取れます(北朝鮮についても言及はありますが、6カ国協議を支持するというぐらいにとどまっています)。そして、核拡散を防止するためには、核兵器国による核軍縮を進めることが重要だという認識につながっています。

③ NPTの存在によって核兵器国数の増大がチェックされてきたというように、NPTに対する高い評価が行われていることは、2010年の再検討会議を考える上で一つの好材料とは言えるでしょう。NPT体制を更に強化するために、2010年再検討会議に向けて核兵器国が核軍縮に向けた努力をしなければならないという判断を明確に示していることも注目されます。キッシンジャーたちの文章では、NPT及びその再検討会議を視野に収めた提案がなかったことと比較しても、労働党政権のNPT重視の姿勢は顕著です。
 その関連で留意する必要があるのは、ブラウンもNSSもキッシンジャーたちの発言に対して何ら言及していないのですが、核拡散防止の具体的ステップとして、CTBTの早期批准やカットオフ条約交渉の促進、核関連の国際的管理システムの強化などを挙げている点では、両者が共通していることです。アメリカにおいてブッシュ政権を継ぐのが誰であるかはともかく、2009年以後にはこの二つの条約の取り扱いが現実的課題として浮上するであろうことが予想されます。

④ 交渉による核軍縮さらには究極的な核兵器廃絶について言及している点については、すでに言及したように、NSSが今後50年にわたって核抑止力を維持すると言い切っていることを勘案すれば、いわば日本政府の究極的核廃絶論と大同小異であり、核兵器廃絶に関する私たちの立場からすれば、労働党政権がどこまで深刻に核兵器廃絶にコミットする気持ちをもっているのか、極めて疑問と言わざるを得ません。しかし、動機の如何はともかくとして、キッシンジャーたちの文章と同じく、核兵器保有国の指導者が核兵器廃絶を口にせざるを得なくなっているのは、そういうことを必要だと判断せざるを得ない国際的環境が生まれつつあることを意味することは間違いありません。

⑤ 私たちとしては、更に国際世論を高めることによって、核兵器廃絶を現実のものとする条件を作り出すことが重要です。そのためにはまず、日本政府の二重基準を決め込む核政策を克服することが、私たちの核廃絶の主張を国際的に説得力あるものとするための大前提であることを認識しなければならないと思います。「ノーモア・ヒロシマ/ナガサキ」と対米核抑止依存政策は両立し得ないのです。スローガン(お経)としての「ノーモア・ヒロシマ/ナガサキ」ではなく、核兵器廃絶/戦争廃絶に本気で取り組む日本を実現しなければ、私たちの訴えが国際社会から重視されるのは望むべくもありません。

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