6者協議と日朝国交正常化の展望

2008.03.09

*2月23日にお話しした内容を主催者(文中で横間さんと言及している方です)がテープ起こししてくださいましたので、ここに再録します。文中で、評論集という言葉が出てきますが、これは、私がこのコラムで朝鮮関係で書いたものを主催者がまとめて資料として印刷してくださったものです。自分自身の朝鮮関係に関するこれまでの発言の内容を再吟味する上でとても有用で、感謝しています(3月9日記)。

皆さん,今日は。(会場,拍手)ありがとうございます。宜しくお願いします。最初にお断りしておかなければいけないのは,私は,決して朝鮮問題の専門家でも何でもないわけでありまして,外務省におりました時に,私は中国関係が多かったのですけれども,隣の課が「北東アジア課」といって朝鮮問題を担当しているということもありまして,いろいろ接触とか関心があったということで,主に外交という観点から朝鮮問題に対して関心を持ってきているということであります。

横間さんが私のHPから朝鮮関係に関する私のコラムに基づいてこんな素晴らしい評論集をつくって下さって,私は2002年から今日までこんなに朝鮮問題で発言しているのかと思って,ちょっと自分でもビックリしているんですけれども,しかし,自分でも内心忸怩たるものがありまして,このように一生懸命書いてきても,日本における「北朝鮮脅威論」というのは収まるどころか,ますます高まるばかりで,本当に私は,今の日本というのはおかしい状況になっているなというふうに思っています。

一昨日の夜,広島平和研究所の研究員たちと懇親会をやる機会があったのですけれども,うちの研究所には韓国の学者が2人おります。たまたま席が真正面ということで,いろいろ話したのですけれども,私が改めて非常に力強く思ったこと,あるいは私自身のこれまでの見方というのが本筋からずれていないなと思ったことは,その2人が異口同音に「金正日氏は非常に考え抜いた外交をやっている」ということを言っていて,彼の考え尽くした上での外交というのは,彼ら2人は韓国人ですけども,韓国人の立場から見ても,非常に参考になることが多いということを言っていたことです。

と言いますのは,私自身は,25年間外務省にいた(old professional)ですけども,やっぱり金正日氏の行動と言いますか,共和国の外交というのは,誤解しないでいただきたいのですけれども,ずーっとフォローしてきた私が見ても非常に分かりやすいのですね。共和国としては,仮に嘘の外交をやったら,そのことで本当に世界中から叩かれる,あるいはアメリカからは「これ幸い」と真っ先にやられるということになるわけですから,どうしても本気で,国家の生存を賭けた外交をやらざるを得ないのです。そういう意味でも,私としては金正日氏に率いられた共和国の外交路線は高く評価する価値があるというのが基本認識なのです。

今日は,6者協議と日朝国交正常化という2つのテーマを基にして,共和国の外交がいかに筋の通ったものであるかということを,皆さんと一緒に確認できたらいいなと思っています。もっとも,この評論集を隈無く読んでいただきますと,今日お話しすることは,必ずどこかに出てくることなので,あまり新味はありません。ただ,この評論集は60ページ近いものなので,皆さんの中にはそんなに読む気力は起きないという方もおられるでしょうから,そういう方は,私がこれからする話をその要約版ということで理解していただければいいのではないかと思っています。

今日皆さんにお配りしているレジュメは,最初のテーマが<6者協議>,2番目が<日朝国交正常化の展望>というふうになっていて,2部構成にしていますが,まず最初に6者協議の問題から入っていきたいと思います。

<6者協議>
1.ブッシュ政権の先制攻撃戦略

まず私たちがはっきりと確認しておかなければいけないのは,「6者協議はなぜ行われるようになったか」ということですが,そのことを考える上では,やっぱり,アメリカのブッシュ(George Walker Bush)政権の登場と,そのブッシュ政権が9・11事件を契機に本格的にやり始めた先制攻撃戦略というものを理解しておかなければいけないと思っています。

そこで私は,最初にブッシュ政権の先制攻撃戦略を取り上げました。この戦略こそまさに,共和国に対してもの凄い脅威感・恐怖感を与えているのですね。ブッシュ政権の先制攻撃戦略についてはレジュメの中に1ページほど使って書いておきましたけれども,ごく簡単に言いますと,9・11でテロリストが操縦するわずか3機の航空機によって,アメリカはあれだけ甚大な被害を受けました。それでブッシュは,「テロリストと,そのテロリストと徒党を組んでいる“ならず者国家(rogue states)”は何をしでかすか分からない。アメリカに対して,いつ,どこで,何を仕掛けてくるか分からない。だから,そういう相手を手をこまねいて待っていたのでは,また9・11の二の舞になってしまう。それを防ぐために,自分から積極的にその相手を探しに行って,それを見つけ出して先制攻撃をして叩くというのが一番確実な戦法・戦略である」というふうに考えたわけです。

これが,私が先制攻撃戦略の本質として理解しているものなのですが,その“ならず者国家”に共和国が含められたわけです。その当時アメリカは,共和国,イラン,イラク,アフガニスタン,そしてリビアなどを,“ならず者国家”と一方的に決めつけました。そして2003年には,そのうちのイラクに対して,アメリカ・ブッシュ政権は本当に先制攻撃の戦争を仕掛けたのですね。

そうなると,共和国の立場からすると,「自分たちもいつ何時(なんどき),攻撃されるか分からない」という恐怖感・危機感に襲われるのは当然のことです。そのため,「ブッシュ大統領の先制攻撃戦略からいかに身を守るか」ということが,共和国にとっての最大の課題となったのは間違いないところだと思います。

2.米朝関係の推移と共和国の核開発問題

次に,6者会談が始まるまでにどういう経緯があったのかということをごく簡単におさらいしてみたいと思います。

まず,非常にはっきりしていることは,1950年11月の段階,つまり朝鮮戦争(1950年6月~1953年7月)が始まって間もない段階で,当時のアメリカの大統領だったトルーマン(Harry S. Truman)が「原爆が朝鮮で使われることを望まないが,その使用可能性について積極的検討を行っている」ということまで言ったことがありました。金日成主席が率いる共和国は非常に早くからアメリカの核の脅威に晒されていたわけですね。ですから,共和国としてはアメリカの核恫喝政策に対抗するために,やっぱり早くから核兵器を持つということに関心を持っていただろうと思っています。

ただ,いろいろな外交的な関係もありますし,核兵器を持たなければ持たないに越したことはないのですね。金日成氏は“非核の朝鮮半島”ということをずーっと言ってきていましたので,もし共和国が先に核兵器を開発するということになると,それに対してどんなことが起こるかも分からないということですから,当然,そこら辺のことを,いろいろバランスを取りながら,考えていかざるを得なかったということだと思います。

共和国にとって特に大きな脅威が及んだのは,最近に飛んで言えば,1993年から94年です。クリントン(William Jefferson “Bill” Clinton)政権のもとで,共和国に核開発疑惑があるということを口実にして,アメリカが共和国に対して戦争を仕掛けようとしたことがありましたよね。この時は,皆さんもご存じのように,カーター(“Jimmy” James Earl Carter, Jr.)元大統領が平壌に飛んで,金日成主席と直接話をつけることによって,危機は土壇場で回避されたと言われています。

もちろん,今の状況で見ますと,アメリカが共和国に対して戦争を仕掛けると言っても,日本全土が基地化されていなかったら,そんなことはできないわけですけれども,当時の日本にはそういう準備と言いますか,アメリカが思い通りに使うことができるような全土基地になっていなかったのですね。だから,クリントンは最終的には戦争を諦め,そしてそれが94年10月の「米朝基本合意」へと結びついていくわけです。

それで,ひと言だけ言っておきますと,その時の教訓ですね,つまり,アメリカが共和国に対して戦争を仕掛けようとしても,日本にそういう戦争の準備ができていない,日本が戦争する国になっていなかったということが,実は,アメリカがその後日本に対して日米軍事同盟を再編・強化しようという圧力をかけてくる出発点になっているということです。それが,例えばこの近くで言いますと,最近の岩国基地の米軍再編ということに結びついているのですね。この米軍再編が完成したら,岩国は嘉手納を凌ぐ空軍基地になります。ですから,将来アメリカが共和国に対して戦争を仕掛けるようなことがあれば,岩国は最大の空軍発進基地になるという問題があるということです。

ちょっと話が飛んだのですけれども,とにかくクリントン政権の時は米朝基本合意ができて,皆さんもご存じのように,朝鮮半島エネルギー機構(KEDO)というようなものもできました。クリントン政権末期には,もうクリントン自身が共和国に飛ぶのではないかと言われるぐらいにまで,米朝関係が進んだ時期もあったということです。しかし,冒頭にも申し上げましたように,ブッシュ政権になって,“ならず者国家”論と先制攻撃戦略というものが出てきて,米朝関係は,まさに一触即発の状況に陥ってしまいました。

レジュメにも年表式に書いておきましたけれども, 2002年10月にアメリカ側が共和国のウラン濃縮疑惑というのを出してきたのですね。それで,それに反発した共和国が翌年1月にNPTからの脱退を宣言して,朝鮮半島は非常に危険な状況になったのです。でも,後で見ていただくと分かると思いますが,それに非常な危機感を持った中国が,何とか朝鮮半島を非核化し,同時に共和国の国家としての安全を確保するために,外交的に努力したわけです。その結果,「朝鮮半島の非核化と見返りに共和国の安全を保障する」,あるいは「共和国に対してエネルギーを供給することによって共和国を経済的に安定させる」ための話し合いを目標にした6者協議というものが始まりました。

6者協議についてはレジュメで詳しく書いてありますけども,ここで先に言っておきたいことは,6者協議は決して順調に進んだわけではないということです。つまり,2003年8月から2004年6月にかけて,3回の6者協議が行われたわけですけれども,2005年1月にブッシュ政権は共和国を“圧政国家(Oppression State)”と決めつけ,それに対抗して,共和国が翌年の2月に核保有を宣言しましたが,それにもかかわらず,6者協議は更に進展し,第4回6者協議では合意が成立し,共同声明が発表されました。しかし,その直後にアメリカは,マカオのバンク・デルタ・アジア(BDA)における共和国のマネー・ローンダリング疑惑をまたぞろ言い始めて,それによってまた事態が膠着するということになって,共和国は6者協議を拒否する。そして,2006年の12月には,核実験に踏み切るということになったのです。

この経緯を見れば分かるように,仕掛けているのは全部アメリカで,共和国がそれに反発して,いろんな措置を重ねてきたのですね。そして,それが決定的にエスカレートしていったのが核実験だったわけです。私たちは,その事実を踏まえておかなければならないのですね。私が「共和国の核保有についてどう考えるか」というのは改めて後で申し上げますが,ここで押さえておきたいのは,共和国が,ブッシュ政権から次から次へと突きつけられる難癖に対抗するために一歩一歩核兵器の開発に近づいていったということです。

共和国の対米政策については,2006年12月29日に中国の唐家璇国務委員と会談した際の金正日氏の発言内容が共同通信で配信されていますが,私はこれが一番よくまとまっていると思います。そこでは,2回目の核実験をやるかも知れないという憶測について,「現時点で核実験を実施する計画はないが,アメリカが圧力をかけ続けるなら共和国としても対応せざるを得ない。だから,第2回目以降の核実験をするか否かは,アメリカの態度如何だ」というふうに述べていますし,それから「6者協議は否定しないが,アメリカによる金融制裁が障害である」とも言っています。

この金融制裁問題については,最終的にはアメリカが国内的に超法規的措置を取ることによって解決の方向へと向かい,再び事態が転がり始めたのですが,私がこれまで説明してきたことからもお分かりのように,金正日氏が「現在の共和国を巡って起きている事態は全てアメリカに責任がある」と言っているのは決して虚仮威しなんかではなくて,本当にそう考えざるを得ない状況があったからなのです。つまり,金正日氏が「アメリカは共和国敵視政策をとって,共和国を潰そうとしている」という認識を,アメリカに対して持たざるを得ない現実があるわけです。

その次に,「共和国としては情勢の悪化を望んでいない。今後,事態がどう推移するかは単にアメリカの出方次第である。アメリカが敵視政策を止め,共和国を潰そうとしなければ,共和国もそれに応える用意がある。共和国は最終的には朝鮮半島の非核化を望んでいる。これは故金日成主席の遺訓でもある」と,非常に系統的に共和国の立場を述べています。そういう意味で,金正日氏のこうした一連の発言というのは,私たちが6者協議の進展について考えていく上で,非常に大きな指針になるのではないかと思っています。

その6者協議の問題に入る前に,特に私たち日本人,あるいは日本に住んでいる者が考えておかなければいけないことが,共和国の核兵器開発,核保有をどういうふうに見るかということです。皆さんの中には同意されない方も多いかも知れませんが,やはり私は「核兵器は人類を破滅させる兵器であり,核兵器を廃絶すべきである。従って,核兵器を保有すること,あるいは核実験をするということは人類破滅に近づく」と考えていますので,原則的に反対する立場に立っています。ですから私は,共和国の核実験に反対せざるを得ないし,核保有に対しても原則として反対せざるを得ないのですね。ただ,そういう立場と,「なぜ共和国が核兵器を開発し,保有するに至ったか」という問題を事実認識として理解するということは,別次元の問題だと思っています。

共和国が核実験をし,核保有に踏み切ったのは,アメリカ・ブッシュ政権の先制攻撃戦略による“共和国潰し”というのは,共和国にとっては非常にリアリティのある,本当に恐ろしい事態として映っているに違いないわけですね。ですから,それに対して何とか身の安全を保つためには核兵器を持つ以外にないという切羽詰まった判断になったのだろうと思うのです。つまり,仮にアメリカが共和国に対して戦争を仕掛けたら,共和国としては適わぬまでも,1つでも2つでもアメリカの都市に核兵器をお見舞いするぞという意思表示をしたわけです。例えば,テポドンは今のところアラスカまでしか届かないと言われていますけれども,もし共和国のミサイルがアラスカを襲うという事態を招いたら,いかなる政権のもとであろうと,それだけでアメリカの政治は立ちゆかなくなると思うのですね。そうなると,アメリカとしては共和国に対する戦争を思いとどまらざるを得ないわけです。通常,それを「核抑止」という言葉で表しているのですけれども,私はそういうふうにはとっていないのです。生きるか死ぬかという瀬戸際に立たされて核兵器を持たざるを得なかったということだと思っています。

それで,そういうことを私がある論文に書いたら,「そういう主張は,結局は共和国の核保有を認めるということであり,客観的に核抑止論を認めたことになる」というふうに言われたのですけれども,私はそうは思ってないのです。それとは違うということです。なぜなら,アメリカが共和国に対する敵視政策を止める,あるいは米朝が国交を正常化するというのが一番望ましいのですが,そういうことになれば,金正日氏は確実に核兵器を放棄すると,私は思っているからです。ですから私は,共和国の核保有の問題は“核抑止”ということ以前の問題であるというふうに考えているのですね。ですから私は,6者協議の進展,とくに米朝関係の進展によって,共和国が核兵器を廃棄する,あるいは保有しないという道を選択する可能性は充分にあると思っています。それを示しているのが,この2006年10月29日の金正日発言であると思っています。

3.6者協議の経緯

その次に,6者協議がどういう遍歴を辿ったかということなのですけれども,これを一々喋っていたのではとても時間が足りませんので,ごく掻い摘んで,ポイントだけ申し上げておきたいと思います。要するに“共和国の非核化”を実現したいというのがアメリカ,日本,韓国,そして中国,ロシアの目的なのですけれども,共和国が非核化するだけということでは取り引きにならないわけです。当然,共和国はその代償を求めることになるわけですが,ポイントは3つあるのですね。1つは,今共和国にとって非常に逼迫しているエネルギー事情が改善できるように5ヵ国がエネルギーを提供するということです。それから2つ目は,共和国が主張しているように米朝関係を正常化するという問題です。そして3つ目が,米朝関係ほど重要ではないけれども,日朝関係も改善するということなのです。つまり,共和国の非核化に対して〈エネルギー支援+米朝関係正常化+日朝関係正常化〉を6者協議において実現したいというのが,共和国が「行動対行動」と言っている中味なのです。

レジメの中で長々とまとめてあるところは,そういうことについてどのような発展,あるいは動きが見られてきたかということをまとめてみたものです。そういうところについては,皆さんに見ておいていただきたいと思います。 今は6者協議そのものが開けない状況になっています。最近も,ヒル(Christopher Robert Hill)国務次官補が北京で金桂冠外務次官と会って,いろいろと話をしているようですけれども,やっぱり,この3つのそれぞれについて問題点が残っている状況だと思います。

つまり,エネルギー供給をはじめとする“見返り措置”という点で言えば,なぜか分からないのですけれども,ロシアが共和国に対する原油の供給について約束を履行しておらず,その問題がネックになっていますし,米朝関係においては2つの問題がまだ進展を見ていません。1つは,アメリカは,共和国がウラン濃縮計画を持っていると疑っているわけですけれども,それについてアメリカは,共和国がアメリカの納得できるような明瞭な説明をしていないと見ているのですね。日本の新聞報道によりますと,これが疑惑の中で最も重要なポイントだったのですけれども,アメリカはこれまでアルミニウム管がウラン濃縮に使われたのではないかと言ってきたのですけれども,アルミニウム管がウラン濃縮には使われていなかったということは認めたようです。しかし,共和国がウラン濃縮計画を持っていないという確信を持つに至っていないために動きが滞っているのですね。それから,日朝関係については後で申し上げますように,あまり前向きの動きがありません。だから,6者協議はなかなか動き出さないということではないかと思います。逆に言えば,この3つの問題について前進が見られたら,6者協議が再開されて,事態が動いていくのではないかと思っています。

ブッシュ大統領としては,政権についた時には,“ならず者国家”“圧政国家”として,共和国を抹殺するという戦略を公然と掲げたわけですけれども,今はイラク戦争,アフガニスタン戦争で完全な泥沼に落ち込んでいます。一昨日,広島研究所のアメリカ人の研究員に聞いたところによると,最新のアメリカの世論調査ではブッシュ大統領の支持率は19%まで落ち込んだそうです。これはもう,本当に死に体(lame duck)もいいとこなのですけれども,ブッシュとしては共和国との関係正常化以外に外交的な得点ですね,つまり歴史に名を残せるようなテーマはなくなっているという非常に皮肉な事態になっているのですね。そういうふうに考えると,ブッシュとしては何とか任期中に米朝関係を軌道に乗せたいということを考えても不自然ではないということがはっきりと分かると思います。しかし,それでも米朝の相互不信というのは非常に根強いものがありますので,やはり,今後どのように事態が進むのかというのは必ずしもよくわかりません。次の政権になれば,マケイン(John McCain)という人はもの凄いタカ派ですから,米朝関係がまた振り出しに戻るという可能性がありますし,オバマ(Barack Obama)がなっても,クリントン(Hillary Clinton)がなっても,共和党から民主党に政権が移行するということになると,やっぱり1年や2年のブランクが生まれてくる可能性も出てくるということになります。ですから,今の段階で6者協議や米朝関係がどうなるかということを予測するのはかなり難しいわけですね。

先ほど,朝鮮総聯の権光男総務部長さんは,今度ライス(Condoleezza Rice)国務長官が李明博氏の就任式に行く時に平壌に飛ぶのではないかという考え方も披露されましたし,私もそういう可能性が全くないということを言う材料は何もありません。しかし,先ほど私も申し上げましたように,アメリカは今,共和国のウラン濃縮計画を持ち出していますし,もう1つ言い忘れていましたけれども,シリアに対して核技術,あるいはミサイル技術を移転しているという難癖をまたぞろつけ始めています。だから,アメリカがそのような難癖を撤回するということはほとんど考えられないわけですから,そういう中でライス自身が共和国に飛び込んでいって,自分で問題を打開するというようなことがあり得ないだろうとは思いますが,まぁ,これは開けてみなければ分からないということだろうと思います。

しかし,いずれにしましても,今や共和国は核兵器を持ったのですから,私はアメリカが共和国に対して闇雲に先制攻撃の戦争を仕掛ける状況というのは遠のいたと言えるのではないかと思っています。

<日朝国交正常化交渉の展望>

次に日朝国交正常化の展望というテーマについて考えてみたいと思いますが,これについても私たちは,これまでの日本と朝鮮半島の歴史ですね,第二次世界大戦のことだけに限っても,考えなければいけない,あるいは考えておかなければいけない要素がたくさんあると思います。

1.日韓基本条約

日本と共和国との関係を考える上では,日本と韓国がどのようにして国交を正常化したかということが,どうしても考えなければならない要素になります。関係ないではないかと思われるかもしれませんが,日本の政府・与党としては,韓国に与えた以上の条件を共和国に与えるということはあり得ないという立場なのですね。なぜなら,もし日本と共和国との関係正常化交渉において,日本が韓国に与えたよりもいい内容の取り決めをした場合には,間違いなく韓国国内から,「けしからん。俺たちにも…」という話になってくるわけですから,日本政府としては,そういうことは絶対に避けたいと考えるはずですね。そういう意味で,65年に結ばれた「日韓基本条約」でどういうことが定められていたかを見ておく必要があるわけです。

日韓関係についても,日朝関係についても,根本の問題は同じです。つまり,1つは日本の植民地支配をどのような形で清算するかということであり,もう1つはそういう日本の朝鮮半島に対する植民地支配をどのような形で償うのかということです。それと日本と共和国の場合には,日韓の交渉時にはなかった,いわゆる拉致の問題がそれに加わってくるわけですね。

日韓の間で植民地支配の問題がどのように扱われたかと言いますと,実は何もないのです。「日韓基本条約」と「日韓基本条約の関係諸協定,日韓請求権並びに経済協力協定」を見ていただければ分かると思いますけれども,日本は謝罪もしていないのですね。単に「日韓基本条約」の第2条に「千九百十年八月二十二日以前に大日本帝国と大韓帝国との間で締結されたすべての条約及び協定は,もはや無効であることが確認される」という規定があるだけです。つまり,日本による韓国併合以前の条約などは“もはや無効”になったと言っているだけです。“もはや無効”というのは言葉の綾ですね,日本側は<韓国併合条約も含めて条約は全て有効だったが,この条約を結ぶことによって無効になる>と解釈しているのに対して,韓国側は<元々無効だったし,今も無効だ>と解釈しているということです。典型的な玉虫色の決着の例なのですけれども,そういう形で解決しているだけです。

それから,もう1つ。1990年代以降,いわゆる“従軍慰安婦”の方々とか強制連行の方々が日本の裁判所に訴えて補償を求めて争っておられますけれども,日本の植民地支配下で朝鮮の人々に加えた数々の残虐な行為について生じる請求権の問題については「日韓基本条約の関係諸協定,日韓請求権並びに経済協力協定」の第二条第3項を見ていただくと分かるのですけれども,日本政府はこの規定に基づいて,<外交的には解決済みで義務はない>と言っています。つまり,これは,<被害を受けた韓国の個人には日本に対する請求権はない>と謳っている規定なのですね。

ですから,日韓の関係正常化というのは謝罪もなかったし,請求権も帳消しで,本当に何もなかったのですね。ただその代わりに,日本が韓国に対して総額5億ドルの経済協力を行ったというだけなのです。

2.日朝関係正常化の前提

それに対して日朝の関係正常化の問題はどうなるのかということですけれども,日朝間では2つの共同宣言と合意書が,2002年の「日朝平壌宣言」の前に交わされています。「三党共同宣言」(90年9月28日)と「日朝会談再開のための合意書」(95年3月30日)です。

簡単に申しますと,非常にはっきりしているのは,日韓の場合と違って,過去の清算の問題にきちんと触れているということです。「三党共同宣言」の時の団長は自民党の金丸信でしたが,その第1項で「過去に日本が36年間朝鮮人民に与えた大きな不幸と災難,戦後45年間朝鮮人民が受けた損失について,朝鮮民主主義人民共和国に対し,公式的に謝罪を行い十分に償うべきである」と言っていますし,「日朝会談再開のための合意書」でも,その第1項で「両国間に存在した不幸な過去を清算し,国交正常化の早期実現のために積極的に努力する」というふうに述べて,過去の清算を扱っているのです。それが1つの大きなポイントですし,それを前提にして「平壌宣言」ができたということです。

3.日朝平壌宣言

私は,「平壌宣言」は非常に重要な文書だと思っています。「この宣言に示された精神及び基本原則に従い,国交正常化を早期に実現させる」(第1項)と言っているのです。ですから,この「平壌宣言」こそが日朝国交正常化の精神と原則を示しているということになります。そして,その精神と原則というのが第2項以下に述べられています。

第2項では,「日本側は,過去の植民地支配によって,朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め,痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明した」と言っているのです。だから,小泉(純一郎)氏は明確に謝っているのですね。もちろん,日朝国交正常化の時にこういう文言を再び繰り返すか,あるいは「平壌宣言で言ったからもういいでしょ」と開き直るのかしりませんけれども,とにかく,謝っているという点で,日韓の時とは違うということです。

しかし,喜ぶのはまだ早いわけで,すぐその次には,“償う”という言葉はなくて,「無償資金協力,低金利の長期借款供与及び国際機関を通じた人道主義的支援等の経済協力を実施する」と書かれていて,ここでは日韓方式と同じになっているのです。率直に言わせていただけば,金正日氏がこの文言に応じたのは,ものすごい妥協をした結果なのだろうなというふうに思います。これで,日本側は一安心です。賠償の問題を考えなくていいし,朝鮮人民の対日請求権の問題も考えなくていいということになったのです。非常に率直に言わせていただきますけれども,その意味で私は,金正日氏が「日朝平壌宣言」をつくるためにここまで譲歩してしまったということで,非常に問題があると思っています。

その他にも,「1945年8月15日以前に生じた事由に基づく両国及びその国民のすべての財産及び請求権を相互に放棄する」ということもはっきりと書いていますので,いわゆる“従軍慰安婦”とか“強制連行”の問題についても,補償を求めないということに,金正日氏は応じてしまっているということになります。だから日本側は,金銭面のことは経済協力という形で処理しさえすればいいのだと踏んで,安心しきっていると思います。

そして第3項で,「朝鮮民主主義人民共和国側は,日朝が不正常な関係にある中で生じたこのような遺憾な問題が今後再び生じることがないよう適切な措置をとることを確認した」と書かれていますが,これが,「平壌宣言」が拉致問題について言及している全てです。要するに,共和国は<70年代まで起こしていた日本人の拉致はもうやりません>と言ったのですね。これが「日朝平壌宣言」で約束された全てです。

ところが,当時の安倍官房副長官が,この「平壌宣言」に揺り戻しをかけたのですね。1つは何だったかと言いますと,<日本に帰ってきた5人の拉致被害者はいったん共和国に戻ってその後のことを考える>というのが金正日・小泉会談の合意だったのですが,帰さなかったのです。それで,共和国の方は「話が違うではないか」というふうになったわけです。

それから「平壌宣言」の歪曲の問題です。「拉致問題の解決なくして国交正常化なし」ということを言い出したのも,やっぱり安倍官房副長官です。つまり,「平壌宣言」では,先ほども見ていただいたように,被拉致者を日本に帰すかどうかということについては何も書いていないのですから,これは完全に「平壌宣言」の精神及び原則とは関係のないことなのですね。共和国側は一貫して,「日朝国交正常化の前進は望むべくもない。我々は拉致問題に関する『平壌宣言』での約束は守っている」と主張していますが,現に拉致を繰り返してないのですから,それだけで約束は果たしているわけです。

ですから,そういう点から見ても,日本がこの「拉致問題の解決なくして国交正常化なし」に固執する限り,日本側の要求・立場というのは,「平壌宣言」に基づけば,やっぱりおかしいと思います。もちろん私は,もし拉致された人の中でまだ生存者がいるのであれば,それはもちろん帰してもらわなければいけないと思っています。しかし,それは「日朝平壌宣言」に基づく国交正常化問題とは切り離した外交問題として,処理すべきであるというのが最大のポイントなのですね。日本政府がこれまでの立場を変更しない限り,日朝関係の前進というのはなかなか見られないだろうと私は思っています。ここが非常に大事なところですね。

4.6者協議の枠組みにおける日朝交渉

もう1つ言うと,日朝関係というのは,今や6者協議の枠組みの中に組み込まれているということです。例えば,2007年2月8日から13日に行われた第5回第3次の会談で合意に達した「初期段階の措置」の中に,「⑶日朝:日朝平壌宣言に従って,不幸な過去を清算し懸案事項を解決することを基礎として,国交を正常化するための協議を開始する」という一文があります。もちろん,外務省はこの“懸案事項”の中には拉致も含まれるという立場をとっています。ですから,6者協議の枠組みの中で,3月7日から8日にかけて日朝正常化のための作業部会が行われたわけですけれども,この場で日本側は相変わらず,最初に拉致問題を持ち出したのですね。それで,共和国は「話が違うではないか。どうして,いつまでも“拉致”なんだ。そんなのは日朝平壌宣言に基づいていないじゃないか」ということで腹を立てて,翌日には早々に作業部会が打ち切られたしまったいうことです。

日本の新聞は,全然そういうふうに報道しないのですね。ですから,ほとんどの新聞に“頑なな共和国の態度”というふうに書かれましたけれども,実際は,「日朝平壌宣言に従って,不幸な過去を清算し懸案事項を解決する」ということで合意しているのですから,6者協議の枠組みの中においても,まずは“不幸な過去を清算する”という問題を扱わなければいけないのです。それなのに,日本側は相変わらず,「拉致」「拉致」…と言ったわけですよ。ですから,話は,あっと言う間にダメになっちゃったのですね。

それからその次に,2007年7月に第6回6者会合に関する首席代表者会合というのがありまして,プレス・コミュニケが発表されました。それによりますと,「6者は,上記の全般的なコンセンサスを実施するために,以下の措置をとることを決定した」ということで,8月末までにいろいろな作業部会をやるということが発表されていますが,その中に日朝国交正常化のための作業部会も入っています。

それを受けて,9月5日から6日にモンゴルのウランバートルで開かれたのが第2回日朝国交正常化のための作業部会ですけれども,そこでは,第1日目に“不幸な過去”の問題を取り上げています。日本側は2日目に相変わらず,“拉致”の問題を持ち出してはいますが,第1回目の作業部会と違って,順番が変わったのですね。ですから,共和国側は「日本側の誠意を感じた」と,一応の評価をしたわけです。

5.日朝国交正常化の展望

結局,安倍内閣のもとでも,<“拉致問題の解決なくして日朝国交正常化なし”ということを言っていたのでは,6者協議の枠組みの中にある日朝作業部会が前に進まず,他の作業部会から取り残されてしまう>という国際的なプレッシャーがかかってきて,日本側も譲歩を余儀なくされているということですね。ですから私は,今後の日朝関係の動きを見ていくには,常に6者協議の枠組みの中でも考えなければいけないということを申し上げておきたいと思います。

日本が6者協議の枠組みを遵守するのであれば,日朝交渉は前進していく可能性があります。しかし,その場合でも,日本側に「日韓基本条約」の枠組みを越える気持ちがないために,それを巡って日朝間で二揉めも三揉めもすることがあるだろうと思っています。従って,結論としては,日朝国交正常化の将来展望というのは,まだまだ一波乱も二波乱もあると見ておかなければならないのではないかということであります。

これでちょうど6時15分になりましたので,私の報告を終わらせていただきたいと思います。ありがとうございました。

(2008年2月23日,呉市・山の手会館にて)

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