アメリカの対中軍事戦略と沖縄

2008.02.04

*歴史教育者協議会の年報『歴史地理教育』に寄稿した文章です(2月4日記)。

1.台湾問題:アメリカの対中軍事戦略のカギ

私は、拙著『中国をどう見るか』(高文研、二〇〇〇年)で次のように書いたことがある。

「アメリカが現在もっとも望ましいことと考えているのは、台湾が中国の一部にならないこと、つまり現状維持である。現状維持がなぜ望ましいか。台湾が中国の一部となるか、それとも中国の「息のかからない」状態でいるかによって、東アジアの軍事情勢は大きく変わってくる、とアメリカの専門家は考えている。もっと具体的にいえば、アメリカと日本の中国に対する軍事的最前線が台湾海峡になるか、それとも台湾の東岸の沖合にまで後退するか、ということだ。アメリカの軍事専門家にとって、このちがいはとてつもなく大きい。…
したがって台湾海峡をはさんで緊張が高まれば、アメリカが台湾「防衛」を名目にして軍事力行使にふみこむ可能性は大きい、と見なければならない。…一九九六年三月に中国が台湾沖で軍事演習をしたのは、李登輝が総統選(同月)で勝利したときには、余勢をかって独立に走る可能性があったため、それを押さえるためのギリギリの行動だった。アメリカは二隻の空母を派遣し、当時米中間の軍事緊張は大変なものがあったことがわかっている。」(p.131)

以上に述べた状況は、七年たった現在も基本的に変わっていない。むしろこれから明らかにするように、アメリカ(及び日本)と中国が軍事的に対峙する状況は、この七年間でますます厳しいものになっている。

2.アメリカの対中戦争シナリオ

 将来あり得べき米中戦争において、沖縄はアメリカの対中戦争において決定的に重要な地位を占めることになる。戦争のエスカレーション次第では、沖縄は真っ先に中国のミサイル攻撃にさらされる。最悪の場合は、核ミサイルで壊滅させられることを覚悟しなければならない。この点に関して、私は、拙著『集団的自衛権と日本国憲法』(集英社新書、二〇〇二年)で、二〇〇一年五月にアメリカの有力なシンク・タンクであるランド研究所が出した「アメリカとアジア」と題する報告に注目して次のように書いた。

 「「アメリカとアジア」報告は、次のように中国を脅威とする主張を展開します。…報告は、「もっとも重要な変化の一つは台頭する勢力としての中国の登場、その軍事力の現代化計画および東アジア地域における増大するプレゼンスである」と言っています。そして報告は、「短期的には、台湾に対する中国の武力行使の可能性にどう対応するかという問題がきわだっている」と強調します。しかも、「長期的には、とくに中国が地域的優越の政策を追求する場合には、中国の力の増大が地域およびアメリカの戦略・軍事力にとって重大な意味をもつことになるだろう」とも指摘するのです。つまりアメリカは、短期的にも長期的にも、中国を脅威とする軍事戦略をおこなうことを明らかにした、ということなのです。
 とくに注目しなければならないのは、「短期的には」とわざわざことわりをつけて、「台湾に対する中国の武力行使の可能性にどう対応するかという問題」がアメリカにとって大きな課題だと指摘している点です。…報告は、アメリカは近い将来に中国と武力衝突する可能性がある、という認識を示していたのです。アメリカは、このように現実的可能性として米中軍事衝突の可能性を考えたからこそ、そのための戦争態勢づくりの一環として、日本が全面的にアメリカに軍事協力すること…を求めることが必要になったのです。…
 また長期的にも、アメリカが中国を警戒していることは重大です。アメリカは、中国がアメリカのアジアでの地位をおびやかす可能性があると考え、これに対抗する戦略をおこなう構えなのです。ということは、アメリカの日本に対する軍事的な要求も長期にわたって続くことを意味します。中国を脅威とするアメリカの認識が続くかぎり、そして日本がアメリカの言うままになり続けるかぎり、アジアはつねに緊張を免れることはできません。」(pp.30-31)
 「中国と戦争することを念頭におく戦略のもとでは、アジアにおけるアメリカの戦争シナリオそして戦争態勢も大幅に修正する必要が生まれます。その点について「アメリカとアジア」報告は、「五〇年代以来、アメリカのアジアにおける焦点はソ連および北朝鮮に向けた北東部にあった。この態勢は大きく南方に移動する必要がある」と、ハッキリ指摘しています。…
 報告の眼目は、「琉球諸島南部にアメリカ空軍戦闘機用の前線作戦基地を設置するように日本における基地機能を修正すること」です。そうすることは、「中国との紛争において台湾の支援を求められるアメリカ軍にとって大いに役立つ」というのです。ここで私たちがとくに注目しなければならないのは、アメリカ(とくに空軍)の軍事態勢の重点を中国にシフトさせるうえで、沖縄県南部の島嶼の軍事機能が重視されている点です。」(pp.49-50)
 「報告は、きわめて具体的な提案をおこなっています。「在沖縄海兵隊を削減ないし廃止する場合、アメリカは、普天間にある海兵隊空港を戦闘機用共用作戦基地とする可能性を調査するべきである。…伊江島の飛行場も使用できるし、那覇の航空自衛隊基地にも配備することができる」。「沖縄本島は、琉球列島のちょうど中央に位置している。さらに南西方向の台湾にかなり近い地域には多くの島嶼がある。…たとえば下地島は、台北から二五〇カイリ以下であり、一〇〇〇〇フィート(約三〇〇〇㍍)の滑走路をもつ商業用空港がある。同島はまた、日本の巡視船の基地として機能する相当の規模をもつ港湾もある。…」(中略)
 しかも報告は、次のようなことにまで触れています。
「沖縄の南部にアメリカの基地設置を許可する試みに対しておこりうる抵抗を克服する一つの手段は、日本政府とくに沖縄の人々に見返りをなんらかの形で与えることではないか。沖縄からの海兵隊撤退など、沖縄駐留のアメリカ軍の撤退または削減は、台湾海峡という紛争水域周辺の重要な地域に足場を確保するために、アメリカが支払う代価でありうる」。
 つまり報告は、アメリカ空軍の基地拡張および新設に対する日本とくに沖縄の反対をかわすエサとして、在沖縄海兵隊の撤退を示しているのです。」(pp.62-63)

3.沖縄を巻き込む日米軍事同盟の変質強化

 ブッシュ政権は、九・一一事件以後、対テロ戦争に突っ走り、イラク戦争の泥沼に陥った。しかし、日米間では、以上の報告に示されたグランド・デザインが日米安全保障協議委員会(「2+2」)の三つの文書(とくに最初の二文書)によって着々と具体化されてきたことは、事実が示すとおりである。在日米軍再編は、沖縄の基地機能の軽減を図るものではまったくなく、以上の報告で示されたとおり、むしろ日本の他の地域と同じく更なる機能強化の対象であった。

まず、二〇〇五年二月一九日の共同発表では、「日米安全保障体制を中核とする日米同盟関係が…地域及び世界の平和と安定を高める上で死活的に重要な役割を果たし続けることを認識し、この協力関係を拡大することを確認」し、両国の地域における共通の戦略目標の一つとして、「台湾海峡を巡る問題の対話を通じた平和的解決を促す」という表現で、台湾海峡有事に備えることを公然と掲げた。そして、「自衛隊及び米軍が多様な課題に対して十分に調整しつつ実効的に対処するための役割、任務、能力について、検討を継続する必要性」及び「自衛隊と米軍との間の相互運用性を向上させることの重要性」を強調して、「在日米軍の兵力構成見直しに関する協議を強化することを決定」した。

 同年一〇月二九日に発表された「日米同盟:未来のための変革と再編」(浅井注:日本国内では「中間報告」と呼ばれたが、それは、関係自治体との協議抜きでアメリカとの合意を急いだ日本政府の苦肉の策であり、この文書こそが、「2+2」の実質的合意の根幹だった)では、「同盟に基づいた緊密かつ協力的な関係は、世界における課題に効果的に対処する上で重要な役割を果たしており、安全保障環境の変化に応じて発展しなければならない」として、日米同盟が世界規模の軍事同盟として変質強化されることを公言した。

そして、中国を強く念頭に置いて、「アジア太平洋地域において不透明性や不確実性を生み出す課題が引き続き存在していることを改めて強調し、地域における軍事力の近代化に注意を払う必要があることを強調」し、「米国は、…周辺事態を抑止し、これに対応するため、前方展開兵力を維持し、必要に応じて兵力を増強する」こと、「周辺事態が日本に対する攻撃に波及する可能性のある場合…に適切に対応し得るよう、…周辺事態への対応に際しての日米の活動は整合を図るものとする」という表現で、台湾海峡での米中軍事衝突(周辺事態)が、アメリカに全面協力する日本にまでエスカレートする事態(対日攻撃事態)を明確に視野に収めて、日米軍事協力を強化することとした。

そのためまた、「日本は、米軍のための施設・区域を含めた接受国支援を引き続き提供する。また、日本は、…米軍の活動に対して、事態の進展に応じて切れ目のない支援を提供するための適切な措置をとる」、及び「双方は、(共同作戦計画の)検討作業を拡大することとし、そのために、検討作業により具体性を持たせ、関連政府機関及び地方当局と緊密に調整(浅井注:地方自治体の国民保護計画はそのためのものである)し、…一般及び自衛隊の飛行場及び港湾の詳細な調査を実施し、二国間演習プログラムを強化することを通じて検討作業を確認する」として、沖縄を含む日本全土をアメリカの基地化することにも合意した。

ちなみに、二〇〇六年五月一日の共同発表におけるいわゆるロード・マップは、いわば実施細則という位置づけがなされるべきものである。 二〇〇六年六月二九日のブッシュ・小泉の共同文書「新世紀の日米同盟」は、「2+2」の成果を、次の表現で自画自賛している。「総理大臣及び大統領は、双方が就任して以来日米の安全保障関係において達成された著しい進展を歓迎した。日米の安全保障協力は、弾道ミサイル防衛協力や日本における有事法制の整備によって、深化してきた。」 即ち、日米軍事同盟は、安保条約の改定という正規の手続を迂回し、もっぱら日本側の「有事法制の整備」、つまり国内法上の操作によって変質強化を実現した、というのである。

4.米中関係と日米軍事同盟

 アメリカでは、ブッシュ政権の対テロ戦略の破綻を踏まえ、アメリカの対外戦略の軌道修正を目ざす動きがあわただしくなっている。日米関係との関連で重要なのは、二〇〇七年二月一六日に発表された「米日同盟:2020年までアジアをいかにして正しい方向に導くか」と題する報告(「第二アーミテージ報告」)と、アーミテージとジョセフ・ナイが中心で作った「スマート・パワー」に関する報告(11月6日発表)である。

両者に共通する大きな特徴は、ブッシュ政権の対テロ戦略との決別を志向しながら、ブッシュ政権のもとで達成された日米軍事同盟の変質強化については当然視していることである。特に第二アーミテージ報告は、「日米同盟は、アメリカのアジア戦略の核であり、そうでなければならない」とし、そのためのカギは、「日米同盟が、共通の脅威に対する排他的な同盟から、共通の利害及び価値に基づくより開放的で包容的な同盟に向けて深化していくことにある」(p.15)と述べて、日米同盟をさらに強化していくことを目ざす立場を鮮明にしている。本稿とのかかわりでいえば、二〇〇八年以後も、沖縄の基地機能強化及び第九条改憲を迫るアメリカの政策は不変と見ておかねばならないだろう。

私たちは、一九九〇年代から一貫している、アメリカの対中軍事戦略を重要な柱の一つとする日米軍事同盟の変質強化を目ざす政策の危険な本質を正確に認識する必要がある。しかも、「スマート・パワー」報告は、「米中関係ほど世界の安全と繁栄にとって重要な二国間関係は恐らくほかにない」(p.24)と言いきっており、台頭する中国が将来的に、アメリカをけ落としかねない存在になる可能性があることを、警戒感をあらわにしながら指摘している。

もちろん、アメリカは中国との軍事対決を望んでいるわけではない。核報復力をもつ中国との戦争は、アメリカとしてもできる限り回避したいものであることは間違いないところだろう。しかし、アメリカは、第二アーミテージ報告が「時とともに、民主的過程を通じて、台湾が異なる道を選択するのであれば、アメリカと日本は、この地域における日米の共通の利害をどうしたらもっともよい形で追求することができるかについて再評価する必要が起こるかもしれない」(p.12)と示唆するように、台湾を手放す用意はなく、米中間には常に台湾有事に基因する武力衝突の危険性が存在する。アメリカは、そのために対中軍事戦略をどうしても考えることになる。そして、その際、アジア大陸の東端に位置し、アメリカが中国に対して戦争を発動する際の発進拠点となる日本の存在は、アメリカにとって絶対不可欠であり続けるのである。

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