イランの「核兵器開発」計画(NIE報告)

2007.12.11

*1973年に設立されたアメリカの国家情報会議(NIC)は、CIA以下の16の政府情報機関によって構成されており、その最も権威ある判断を文書により示すものが国家情報評価(NIE)です。12月3日に「イラン:核に関する意図及び能力」が出され、2005年に出された報告で示された判断と非常に違う内容があるために、ブッシュ政権の対イラン敵視政策(先制攻撃戦争を視野に入れる)に重大な影響を与えるものとして、大きな注目を集めています。注目される点をまとめておきます(12月11日記)。

1.2007年NIEの注目点

(1)まずNIE(以下「報告」)は、「今後10年間におけるイランの核計画及び計画の見通しを評価する」と述べ、太字で、「報告は、イランが核兵器を取得しようとしているとは想定していない。むしろ報告は、少なくとも部分的には民用であるイランの軍民両用ウラン燃料サイクルほかの核活動を全面的に考慮しつつ、核兵器取得に関するイランの能力及び意図の有無を評価する情報を審査するものである。」と強調しています。報告は、10月31日までに入手した情報に基づいたものであることを断っています。

(2)「主要な判断」として、報告は、次の諸点を挙げています。報告自らが2005年と2007年の記述の対照表を作って紹介しており、2005年5月と2007年との違いの主要点は次の3点です。

〇核兵器開発
<2005年評価>
 「イランは、国際的義務及び圧力にもかかわらず、核兵器を開発することを決意している、と高い確信をもって評価する(assess)。ただし、我々は、この点に関しイランが変わらないと評価するわけではない。(強調は浅井。以下同じ)」
<2007年評価>
 「テヘランは2003年秋に核兵器計画を中止したと、高い確信をもって判断する(judge)。中断は少なくとも数年間は続いてきたと、高い確信をもって判断する。(エネルギー省と国家情報会議は、これらの活動の中止がイランの全核兵器計画の中止を意味することについて一定の確信をもっている。)テヘランは、2007年央現在の時点で核兵器計画を再出発させていないと、一定の確信をもって判断するが、現時点で核兵器を開発する意図を持っているかどうかについては分からない。中止は、イランの以前の未申告の核活動暴露に基づく国際的な精査及び圧力の増大に対する対応として主に執られたと、一定の確信をもって判断する。テヘランは、少なくとも核兵器開発のオプションをオープンにしていると、一定ないし高い確信をもって査定する。」

〇核兵器開発時期
<2005年評価>
 「イランが何時核兵器を製造することになるかについて一定の確信がある。即ち、次の10年間の早いないし中頃の時期まではなさそうである。」
<2007年評価>
 「イランが技術的に兵器用の高濃縮ウランを製造することができるのは最も早くて2009年後半であると、一定の確信をもって判断するが、その可能性はきわめて低い。イランが兵器用高濃縮ウランを製造する技術的能力を持つのは、2010-2015年という時間枠においてだろうと、一定の確信をもって判断する。INRは、予見しうる技術的及びプログラム的問題により、イランは2013年以前にはその能力を取得しそうにないと判断している。)」

〇核兵器用濃縮ウラン製造時期
<2005年評価>
 「イランは、我々がこれまで見てきた以上の急速かつ成功裏の進歩をするならば、2010年の終わりまでに兵器用に十分な核分裂物質を製造できるだろう。」
<2007年評価>
 「我々は、イランが技術的に兵器用高濃縮ウランを十分に製造できる最も早い時期は2009年後半だと、一定の確信をもって判断するが、それはまずありそうにない。」

2.報告の政治的意味

(1)イランに対する先制攻撃の戦争を仕掛ける口実が失われたこと

対イラク戦争の時にも、ブッシュ政権は、イラクには大量破壊兵器製造計画があるという情報判断を根拠に戦争を開始した前科があります。そして、2005年評価は、ブッシュ大統領がイランに対して厳しい姿勢をとり続ける際の有力な根拠になってきたのです。今回2005年の評価が間違っていたことを明らかにし、イランには核兵器計画がないことを明確にした評価が示されたことにより、ブッシュ政権としては今やイランに対する先制攻撃戦争をはじめる口実を失った、ということになります。この点は、ブッシュの動きに警戒感をもっていたアメリカ国内でも非常に重視されています。

なお、インタナショナル・ヘラルド・トリビュン紙(12月5日付)によれば、イラクに関する情報見積もりが重大な判断ミスを犯したこと(それがイラク戦争開戦の根拠にされたこと)に対する反省から、NICの情報分析のあり方について見直しが進められたのですが、2005年評価作成の段階ではまだその見直し作業に取りかかったばかりであったために、イラクの時と同じ誤りを犯す結果になったと指摘されています。

(2)ブッシュ・チェイニーの発言の信憑性が改めて疑問視されること

今回の報告が発表される以前の8月の段階で、ブッシュはすでに判断変更につながる新しい情報について早い時期に知らされていたことが明らかにされました。ブッシュ自身は当初、内容について知らされたのは最近のことだと記者会見で答えましたが、12月5日のホワイト・ハウスの声明では、国家情報局長のマイク・マッコネルが8月の時点でブッシュに「イランは秘密の兵器計画をもっているが、その計画は中止されたようだ」と報告したことを認めました(12月7日付インタナショナル・ヘラルド・トリビュン紙)。

 以上の事実を踏まえますと、ブッシュが10月17日の記者会見で、記者の質問に答えて次のような発言をしていたことは、明らかに与えられた情報を無視してことさらにイランの脅威をあおり立てる重大な問題と言わなければ成りません。
 「質問:あなたは、イランが核兵器を作ろうとしていると明確に信じているのですか?
  答え:彼等は、核兵器を作るために能力と知識を得たがっていると信じる。彼等にそうさせないことは世界の利益である。もしイランが核兵器を所有したら、世界平和に対する脅威となる。イランには、イスラエルを破壊したいと公言する指導者がいる。だから私は人びとに、もし第三次世界大戦を避けたいのであれば、核兵器を作るのに必要な知識を得ることを妨げることに関心を持たなければならない、と話してきたのだ。私は、核兵器を所有するイランの脅威をきわめて深刻に考えている。だから、我々は、この深刻な脅威についてすべての国と一緒に動くつもりでいる。」

 つまり、ブッシュは、新しい情報に基づく事実関係を無視して、イランとの間に第三次世界大戦の可能性をにおわせるきわめて挑発的な発言をしていたということになります。

 ちなみに、チェイニー副大統領も、10月21日の演説で、イランに関して次の発言をしていました。
 「中東を不安定化し、覇権力を獲得しようとするイラン政権の努力は、記録に残っている。そして今や、イランの核計画という逃れることのできない現実がある。(中略)イランは、核兵器を開発することに使われうる技術を追求している。世界はそのことを知っている。安全保障理事会は、二度にわたってイランに制裁を科し、ウラン濃縮を止めるよう要求した。しかし政権は、濃縮を続けており、明らかに時間稼ぎのために引き延ばしとごまかしをやり続けている。(中略)イランが現在の歩みを止めないならば、国際社会は深刻な結果を課す用意があることを、イラン政権は知っておく必要がある。アメリカは、ほかの国々とともに、イランが核兵器を持つことは許さないという明確なメッセージを送る。」

 日本国内ではほとんど注目されなかったブッシュとチェイニーの以上の発言ですが、アメリカはイランの核施設をめがけた大規模な空爆作戦を開始するのではないか、という大きな不安と警戒を国際的に引き起こしたものです。しかもそれらの発言が、2005年評価の判断が間違っていることがブッシュ、チェイニーに報告された後においてなされた、というところが大問題です。

(3)ブッシュ大統領の弁明

12月3日にNIE報告が公表されると、翌4日の記者会見で、ブッシュは三度にわたり、記者から執拗な質問を受ける羽目に追い込まれました。しかし、以下に見るように、ブッシュは、2007年報告のほかの部分を引用することによって、イランを警戒する政策には変更ないという立場に終始しました。

例えば、10月17日の発言では「第三次世界大戦」という言葉も飛び出したことに対して、新しい報告が出た以上、少しは前の言い方を訂正するつもりはないか、と質問されたブッシュは、次のように答えました。
 「私は今でもイランは危険だと強く感じている。報告は、イランについて心配することなんか止めようなんて言っておらず、何にも変わっていない。まったく逆であって、報告は、イランを平和に対する脅威とみなすべきことを非常に明確にしていると思う。私の見解は変わっていない。」

また、報告によってアメリカの対イラン政策が変わるということはないのかという質問にたいしては、ブッシュは次のように答えました。
 「報告前にイランは危険だと信じていたし、報告が出てからもイランは危険であると信じる、といっているのだ。(中略)この報告がいっているのは、過去において起こったことは繰り返されるだろうということ、また、イラン政権が核兵器開発を中止するように導くために用いられる政策は有効であり、我々としてはそれを維持し、一緒に行動し続けるということだ。」

また、記者がブッシュとアメリカ人との間にクレディビリティ・ギャップが生まれることについて心配しているかと質問したのにたいしては、直接反応せず、次のように答えています。
 「報告は、イランが世界に対して及ぼしている危険に関する私の見解をなんら変えるものではない。全く反対に、私は、この報告を仲間や同盟国を鼓舞していく機会として使うつもりだ。報告は、過去の我々の戦略が有効であることを明確にしている。この戦略を今後とも進めていくことを確保する必要があるのはなぜかといえば、もしイランがある時点で核兵器を持ち出したら、世界は次のようにいうだろうからだ。2007年には何が起こったのだ?迫っていた危険を見抜くことはできなかったのはどういうことか?かつて兵器計画をもっていた国がその兵器計画を再びやり出すということを認識しないのはなぜか?兵器開発の最初の重要なステップはウランを濃縮する能力であることが分からないというのはどうしてか?その能力があれば知識を秘密計画につなぐことができることぐらい知らなかったとでもいうのか?どうして世界の現実が見えなくなってしまったのだ? そのようなことは、私の目の黒い限り起こさせない。」

以上に見たように、ブッシュはさすがにイランに対する先制攻撃の戦争のことについては触れることはありませんでした。むしろ、報告に示されている、イランは国際圧力に対して反応して核兵器開発を中止したとする判断の部分をことさらに重視し、これからも「アメとムチ」の政策を続けていくと言っているのです。

3.結論

任期1年しかないブッシュ政権がイラン相手にばくちをするとは考えにくいこと、戦争が始まったら、イランが豊富にもつ機雷でホルムス海峡を閉鎖し、世界の石油市場に大打撃を与えることが見込まれること(それは世界経済恐慌に直結する)、イラクより人口規模だけでも3~4倍のイラン相手の戦争は長期戦にならざるを得ず、また、中東の強いシーア派の反米心を巻き起こすことによって、各地で紛争・混乱が拡大し、事態が収拾つかなくなる危険性が大きいことなど、ブッシュ政権がイランに対して戦争を仕掛けることは、合理的に考える限り、ありえない、という結論しかありません。そういう意味で、今回の報告が出たことは、さらにブッシュ政権にとっては足かせをはめられたようなものだと思われます。

しかし、ブッシュは、世界の指導者の誰と比べても、「何をしでかすか分からない」という点で最も危険な人物であることは間違いありません。その危険を極める人物が唯一の超大国・アメリカの最高指導者であるということで、私たちとしては、2008年もホッと息をつける時はなかなか期待できないのではないでしょうか。

RSS