韓国・光州のテレビ局とのインタビュー

2007.03.11

*韓国・光州のテレビ局のインタビュー取材を受けることになり、以下の発言を準備原稿として用意しました。インタビューは3月12日に行われる予定です(3月11日記)。

1. 2007年2月13日、北朝鮮の核問題を解決するための6者協議の合意は韓半島の平和だけではなく、東北アジアの平和体制の構築に重要な足掛かりになると評価されています。つまり、北朝鮮の核廃棄は韓半島を含む東北アジア地域の非核化、軍備縮小に大きな影響を与えると思います。これに対する先生のご意見と東北アジア地域の恒久的な平和体制の構築の可能性について聞かせてください。

今回の合意は、2005年9月19日の共同声明による基本的合意を実施するための初期段階の措置を定めたものです。六者協議を貫いているのは、「約束対約束、行動対行動」の原則であり、互いに約束したことを行動に移すことによってのみ、次の段階に進むことができるものです(この方式は、相互不信が基調になっている者同士が物事を進め、その過程で互いの不信感を取り除いていく上で有効なものだと思います)。したがって、今回の合意は「約束対約束」の部分が出来たということであり、これから30日ないし60日以内に北朝鮮を含む六者がそれぞれの約束を実施するという行動をとった場合に、次の段階に進むことが出来るということです。ですから、合意が出来たからといって手放しで評価するよりも、まずはこれからの30日ないしは60日の間の各国の行動を見守る必要があります。

アメリカ、北朝鮮、日本を含む各国がこの初期段階の措置を実行してはじめて、「韓半島の平和だけではなく、東北アジアの平和体制の構築に重要な足掛かりになる」という評価を行うことができるようになるでしょう。しかし、北朝鮮の核廃棄に至るプロセスはまだ始まったばかりであることを忘れるわけにはいきません。まだまだ紆余曲折があるだろうと考えて、関係者みんなが辛抱強く一歩一歩前進していくために、粘り強く取り組んでいくことが必要だと思います。

こういう段階的な取り組みの最終結果として、北朝鮮が核兵器を廃棄することに応じる事態となれば、朝鮮半島の非核化が実現することになります。しかし、そのことが東北アジアの非核化に直結すると楽観視するわけには行かないと思います。なぜならば、アメリカの核政策が根本的に変わらない限り、アメリカの核兵器によって脅威を受けている中国が自らの核兵器を廃絶することに応じる可能性はないからです。東北アジアの非核化を現実的に構想するための前提条件は、アメリカが自らの核政策を根本的に見直すことに応じることである(そうすれば、中国も核政策を再検討する用意が出てくるでしょう)ということを、私たちは冷静に見極め、そのための努力(アメリカに対する国際的な働きかけ)を行う必要があると考えています。

2. 北朝鮮の核問題についての協議の過程で、日本は過去日本人拉致者問題について消極的な立場を取ってきました。北朝鮮の核問題の平和的な解決のために日本が担う役割について先生のご意見を聞かせてください。また、今後朝・日国交正常化の行方と展望についてのご意見もお願いします。

日朝国交正常化のための原則となるのは、日朝平壌宣言です。この宣言で北朝鮮が約束したのは、再び拉致を起こさないということです(第4項)。ところが安倍首相の日本政府は、「拉致問題の解決なくして国交正常化なし」と主張していますが、その意味は、「生存している拉致被害者の日本帰国を実現しない限り、国交正常化には応じない」ということです。

しかし、平壌宣言には、そのようなことは書いてありません。北朝鮮が宣言で約束したのは、「もう拉致は起こさない」ということだけですし、そのことを北朝鮮は守っているのですから、「拉致問題は解決済み」という北朝鮮の言い分の方が正しいのです。

私も、生存している被拉致者がまだいるのであれば、その人たちの帰国実現を要求するのは当然だと思います。しかし、その問題は平壌宣言とは直接かかわりがない事柄なので、日本政府としては、国交正常化交渉とは別の外交交渉の問題として扱うべきです。日本政府がそのように物事の筋道を弁えた対応をとれば、日朝国交正常化を可能にする道筋が開けてくると思います。

日朝国交正常化交渉とは別に行うべき生存する被拉致者がいるかどうかについて話し合う外交交渉においては、北朝鮮としては、「生存者はいない」ことについて、日本が納得する材料を示すことが求められます。生存者がまだいるのであれば、日本への帰国を認めなければならないと思います。

しかし、3月7日及び8日にヴェトナムのハノイで行われた日朝作業部会では、北朝鮮側は生存する被拉致者がいるという前提に立って話した日本側の主張を否定しました。ということは、この問題のこれ以上の「進展」は考えにくいということであり、日本側がこの問題にこだわり続ける限り、日朝交渉は進展しない可能性が強いということになります。他の作業部会が順調に進めば、日本の孤立が突出することになるでしょうし、安倍首相のいわゆる従軍慰安婦問題での妄言についてアメリカ国内での批判が強まっていることなども考えると、アメリカとしては、核問題のために拉致問題で足を引っ張られるという事態を避けるために、日本の政策変更を促す場面も出てくるかもしれません。

生存する拉致者がいるかどうかの問題と切り離して行われる日朝国交正常化の交渉では、最大の問題は、日本の過去の植民地支配に関する謝罪と償いの問題です。この点についても、平壌宣言が指針を示しています。つまり、日本側が正式に謝罪し、賠償に代えて経済協力を行うことになっています。

私は、日本が過去を直視し、本当に謝罪するのであれば、賠償や補償を行うのが筋だと考えています。ところが平壌宣言では、1965年の日韓国交正常化の時と同じように、賠償・補償ではなく、経済協力ですますことに、金正日氏は同意してしまいました。私は、この点が平壌宣言の最大の問題点であると思います。北朝鮮としては、経済の苦境を打開するために実利をとらざるを得なかったのだとは思いますが、日本はこれによって過去を直視し、心から反省の気持ちを表すという課題から逃れることができてしまうのです。次の問題への答えで触れるように、自らの過去に対して不誠実な日本では、いつまで経っても朝鮮半島をはじめとするアジアの国々の人びとから信頼と友好を獲得することは出来ないでしょう。

なお、北朝鮮の核問題の平和的な解決のカギは、米朝が握っています。日本としては、米朝間の平和的解決の努力を妨げるような行動を慎む(つまり、拉致問題を利用してアメリカの行動を牽制し、米朝交渉の邪魔をしたりしない)ことがもっとも求められています。

3. 韓国では、日本の平和憲法の改定、自衛隊の海外派遣や軍備拡張など日本の軍事大国化を心配しています。さらに、歴史教科書の歪曲問題、竹島問題、従軍慰安婦問題などで韓?日間の葛藤が続いています。このような韓・日関係を改善するために、両国がどのように努力すればよいのかを聞かせてください。

私は、韓国側が一番不安に思い、警戒せざるを得ないのは、「歴史を直視しない者は、その歴史を繰り返す」ということであり、日本は正に自らの犯した歴史的過ちを直視しないから、その歴史を繰り返す危険があると考えざるを得ないということであると思います。ご指摘の問題は、すべて日本が過去を直視しないことに起因するだけに、私は韓国側が日本を警戒するのは当然だと思います。私も、日本の保守政治はますます危険な道を突き進んでいると、非常に警戒感を深めています。先ほども触れましたように、安倍首相が従軍慰安婦問題で再び妄言を繰り返していますが、安倍首相は、日本の保守反動勢力の思想を代表しています。

日韓関係を改善するためには、私は、何をさておいても、日本が朝鮮半島を植民地支配し、朝鮮半島の人びとに対して本当に残酷なことを行ったことを直視し、自らの責任を認め、韓国の人びとに謝罪し、罪を真摯に償うことが必要だと考えます。また安倍首相以下の保守政治層は、アメリカとの軍事協力を強化し、憲法を「改正」して「戦争する国」にするために目の色を変えています。このような危険な動きが日本国内で加速するようなことになれば、日韓関係の真の友好関係を築く展望は出てこないと思います。

4. 広島は第2次世界大戦中、米国が原子爆弾を投下した地域です。広島は戦争の直接的な被害都市であり、残酷で苦しい戦争の経験を請け負っています。このような広島が戦争の被害都市から平和都市へと定着させるためどのような活動と努力をしてきたのかを聞かせてください。

私は、広島に住んで2年になろうとしています。広島が「戦争の被害都市から平和都市へと定着させるためどのような活動と努力をしてきたのか」というご質問に対しては、正直言って、複雑な気持ちになっています。というのは、過去はともかくとして、復興を遂げてからの広島が、果たして平和都市として定着するための自覚的な努力を行ってきたと言えるかどうか、確信を持ってYESと言い切れないからです。

被爆地・ヒロシマの内外に向けた訴えは、「ノーモア・ヒロシマ ノーモア・ウオー」です。しかし、今日の広島には、「ノーモア・ヒロシマ」へのこだわりはまだありますが、「ノーモア・ウオー」については、ほとんど誰も真剣に考えているとは言えない状況になっています。しかし、「ノーモア・ヒロシマ」に代表される核兵器廃絶の訴えと、「ノーモア・ウオー」に代表される戦争放棄(その中心は憲法第9条)の訴えとは、切っても切り離せない関係にあるはずであるし、そうでなければならないと、私は強く確信しています。

ところが、現実の広島は、県選出の国会議員は全員が憲法「改正」賛成の保守政治家です。広島のすぐ近くの岩国基地には、米軍再編によって極東最大の攻撃発進基地ができようとしていますが、ヒロシマは無関心を決め込んでいます。朝鮮有事になれば、日本中が米軍と自衛隊の基地になる仕組み(「戦争する国」づくり)が着々進められていますが、この問題に対してもヒロシマはだまったままです。このようなヒロシマは、平和都市としての資格を自ら放棄しようとしているのではないか、と私は最近深刻な思いを味わっています。

やはり、この問題を考える上でも、「歴史を顧みないものはその歴史を繰り返す」ということを思い起こすほかありません。結局ヒロシマは、原爆投下の悲惨な歴史から真摯に教訓をくみ取る努力を怠ってきたといわれても仕方ないのです。「二度とあの悲惨を繰り返さない」という決意が育っていたのであれば、このような無気力なヒロシマにはなっていないはずです。

5. 韓国の光州は1980年代民主化のための5?18民衆抗争の経験がある地域です。光州は、このような歴史的な不幸をを清算し、今後民主、人権、平和都市へと生まれ変るため努力してきました。今後光州が広島のように平和都市へと発展するために必要なことは何であるかを聞かせてください。

私は、韓国・光州と日本・広島を区別する最大のものは、歴史を直視し、その教訓に学ぶ姿勢があるかないかの違いだと思います。私は、軍事独裁体制と戦う過程を経て民主主義を確立した韓国は、自ら戦って民主主義を勝ち取る歴史を持っていない日本よりも、人権・民主主義の成熟・定着という点で、はるかにしっかりしていると実感しています。とくに光州は、ご指摘の民衆抗争の貴重な体験を持っております。私は、残念ながら、光州が広島の経験から学ぶものはほとんどない、と言わざるを得ません。人権・民主主義を自らの手で勝ち取るという貴重な経験をしている韓国とくに光州の人びとは、自らの手で平和都市への展望を切り開いていくに違いないと確信しています。

広島にあって光州におそらくないだろう唯一のものは、原爆体験をしている広島の「反核文化」です。原爆体験を幸いにして味わっていない光州の人びとにとって、核兵器のことについて考えることは縁遠いことかもしれません。しかし、広島では、核兵器は絶対悪、と確信する人びとが今日でも多数いますし、そのことは私が広島に、核廃絶を内外に訴えていく平和都市としての可能性を感じる数少ない要素です。しかし、この「反核文化」すら、次第に弱りつつあるのが現状です。

6. 最後に先生のご意見を自由にお聞かせください。

私は、日本にとって一番近い国である韓国には強い関心があります。私はかつて日本の外務省で25年勤めた経験があるし、その時に何度も韓国を訪れる機会がありました。ところが、そのつど都合が悪くなり、結局私は一度も韓国を訪問したことがありません。また、何度もハングルを習おうとしましたが、長続きせず、断念してばかりです。

最も近い隣国同士である日本と韓国は、日本が過去の植民地支配の歴史をきっぱり清算する基礎の上に、真に友好と信頼に満ちた関係を築いていくユタ間条件を持っています。日本が歴史に学ぶ国に生まれ変わるために、私としては微力を尽くしたいと思っていますし、日韓関係に関心を持ってくださる韓国の人たちと交流を深めていきたいと心から希望しています。そして、是非機会を見つけて、韓国を訪問したいと希望しています。

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