北朝鮮の核実験声明

2006.10.05&10

10月3日に北朝鮮外務省が「安全性が徹底的に保証された核実験を行うことになる」という声明を発表しました。私の頭の中を最初によぎったのは、最悪の事態が起こるのでは、ということでした。「最悪の事態」とは、アメリカによる北朝鮮に対する先制攻撃の戦争が開始され、死にものぐるいの北朝鮮が報復のために、日本にゲリラ部隊を送り込み、日本の原子力発電所を破壊する事態です。つまり、国民保護計画が想定していることがそのまま現実になることです。

北朝鮮の無謀な行動に抗議する気持ちは、私も同じです。しかし今の事態はもっともっと深刻なのではないでしょうか。北朝鮮外務省の声明(10月4日付の朝日新聞にかなり詳しい要旨が載っています)は、アメリカの様々な圧力・制裁に北朝鮮が絶望的な気持ちに追い込まれている様子がありありと伝わってきます。北朝鮮の自暴自棄に近い(私は、解説者が好んで使う「瀬戸際外交」というような余裕のある状態とはとても思えません)核実験声明は、のど元に匕首を突きつけられ、死の恐怖に襲われた者の必死のあがきにしか映りません。「米国による孤立・圧殺の策動が、極限を超えて最悪の状況をもたらしている諸般の情勢のもとで、我々はこれ以上、事態が進むことを手をこまねいて傍観することはできなくなった」という声明をブラフと見ることはできません。

私の以上の判断が正しいとすれば、私たちが今まなじりを決してしなければならないことは、アメリカが中心となって行っている北朝鮮に対する生殺しの制裁措置を中止させ、即刻北朝鮮との対話に応じるように国際的な圧力を結束して行使することでなくてはならないはずです。特に北朝鮮のゲリラによって原子力発電所を破壊されたら、広島、長崎以上の事態を招くとんでもないことになる日本の私たちは、きれい事を言っているような場合ではないのです。北朝鮮の核実験を阻止するためには何を為すべきかということを唯一の物事の判断基準に置かなければなりません。

もしアメリカの北朝鮮に対する制裁措置をやめさせることができず、アメリカをして北朝鮮との対話に応じさせることができないならば、北朝鮮の自暴自棄の核実験を阻止することができなくなり、そのことがアメリカをして北朝鮮に対する先制攻撃の戦争を仕掛ける正当化事由にさせてしまうでしょう。その報いを受けることになるのは、韓国と日本なのです。

私たちには本当に死にものぐるいになり、しかも冷静かつ沈着に判断し、行動することが求められていると思います。今はきれいごとを言っている場合ではないのです。そのことを、今こそ一人でも多くの日本に住む人々に分かって欲しいと思います。(以上、10月5日記)

10月9日に、北朝鮮は核実験を行ったと発表しました。今の時点では、まださまざまな情報が入り乱れており、北朝鮮の核実験が成功したのか失敗ではなかったのか(北朝鮮は成功と発表しているけれども、爆発力があまりに小さいとする見方などもあって、最終的結論が出されるには至っていないようです)、これまでの経緯から見ておそらくプルトニウム型原爆と見られるが、確かにそうなのか、今後もさらに実験を続ける構えであるのかどうか等々、今後の解明に待たなければならないところも残されています。

しかし、私がここで声を大にして言いたいのは、これからの日本を含めた国際社会の対応についてです。既に、日本政府、アメリカ政府を筆頭に、対北朝鮮強硬措置を主張する声が他を圧倒せんばかりの勢いで聞こえてくる状況が現れています。これまで「制裁」に対して原則的に慎重な態度を維持してきた中国と韓国が、今回の北朝鮮の行動に対しては厳しい非難・抗議の声明を出しているところを見ても、国連安保理での第7章に基づく制裁決議の成立を阻止する力が従来どおりに機能するのかを危惧せざるを得ない状況が現れているようにも見受けられます。

しかし私は、10月5日に書いたことをもう一度声を大にして訴えたいと思います。北朝鮮が核実験を強行したことは大変遺憾です。しかし、私たちがここで何よりも重視しなければならないことは、事態がこれ以上悪化することを防ぐことでなければなりません。事態の悪化とは、10月5日に記したことが現実になってしまうことです。「ノー・モア・ヒロシマ」「ノー・モア・ナガサキ」の訴えが吹き飛んでしまうのです。

私たちは、「ノー・モア・ヒロシマ」「ノー・モア・ナガサキ」を叫んできたなかで、なにかとても大切なことを忘れかけてはいないでしょうか。つまり、私たちが核廃絶を叫び、核実験に抗議するのは、核戦争が起こることをなんとしてでも阻止するためである、という原点があるということです。私も北朝鮮の核実験には断固反対です。すぐさま核廃絶の道に戻れ、という気持ちでも人後に落ちません。しかし、今私たちが直面する最悪のケースというのは、既に書いたように、アメリカ、日本などが強硬な制裁措置を発動し(一説では海上封鎖も取りざたされているという)、それでも音を上げない北朝鮮に対してアメリカが先制攻撃の戦争を仕掛けることです。そうすれば、今回の核実験で小型化に成功しているならば、北朝鮮は核ミサイルの報復を日本にめがけて行うでしょうし、ゲリラ部隊を大挙日本に忍び込ませて原子力発電所などの破壊を試みることになるのです。そんなことが起こることを絶対に許すわけにはいかない、ということが私たちの発想の出発点にすわらなければなりません。それが、今のこの事態における「ノー・モア・ヒロシマ」「ノー・モア・ナガサキ」の意味でなければならないはずです。広島、長崎は、この訴えを広く国の内外に向けて強力に発信することが求められている、と私は確信します。

私たちは、北朝鮮をここまで追い込んだのはブッシュ政権の強行一本槍の政策に最大の原因があることを思い出さなければなりません。クリントン政権も、1994年には北朝鮮と戦争しようとしたことがあります。しかし、カーター元大統領の訪朝によって戦争は土壇場で回避されました。その後のクリントン政権は、対話と交渉によって北朝鮮との関係を修復し、北朝鮮もこれに応じるかたちで朝鮮半島の危機は回避された、という歴史的実績があります。今のブッシュ政権に求めるべきことは、北朝鮮をひたすら追い詰めることではなく、北朝鮮との対話と交渉に応じることです。それこそが北朝鮮がもっとも欲していることなのです。対話と交渉を通じて、北朝鮮の非核化への道筋をつけること以外に、最悪の事態を回避する可能性はありません。

事態をここまで持ってきたのはひとえに北朝鮮の責任だ、という趣旨の発言を安倍首相は記者会見でいいました(10月9日)。しかし、昨年9月の6者協議の合意後に、アメリカは金融制裁を発動して、北朝鮮を追い込んだのです。北朝鮮からすれば、せっかく合意ができてさあこれから、というまさにその時に、いきなりアメリカから横面をひっぱたかれた気分でしょう。北朝鮮が不法なことをしているからいけないのだ、という議論はあり得るでしょう。しかし、今一番重要な課題は朝鮮半島の非核化実現であり、朝鮮半島の平和と安定を実現することにあるはずです。そういうときに、北朝鮮の態度硬化を招くだけの措置をとるアメリカには、事態悪化の重大な責任があることを、私たちは正確に理解し、認識する必要があると思います。

以上に述べた金融制裁は一例にすぎません。確かに北朝鮮にも責められるべきことはあります。しかし、ブッシュ政権になってからの朝鮮半島情勢悪化の最大の責任はアメリカ・ブッシュ政権が負わなければなりません。アメリカの対北朝鮮政策が今日の北朝鮮の自暴自棄に近いあがきを生んでいるのです。この問題を解決するためには、北朝鮮を責め立てる前に、まずはアメリカの対北朝鮮政策を根本的に改めさせることがカギであるということについて、国際的認識を一致させることが不可欠であるということを、私は改めて強調したいと思います。

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