北朝鮮のミサイル発射についての視点

2006.07.07

北朝鮮のミサイル発射に対する日本国中の大騒ぎは広島に伝染して、広島の2テレビ局の取材を受ける羽目になりました。こんなことは広島に来てから初めての体験です。それだけ、北朝鮮関連の問題になると、冷静でいられない日本人の心理傾向を反映していると改めて思わされました。

私も、北朝鮮が7発ものミサイル発射を行った今回の行動に関心を持たないわけではありません。しかし、そのことを直ちに「北朝鮮脅威」に結びつけて騒ぎ立てるこの国の有様には、もっと恐ろしいものを感じます。そのことを書いておく必要があると思いました。

まずその前に、北朝鮮の7発のミサイル発射の背景にある意図、7発の発射の意味について、私の理解を記しておくのが筋でしょう。

北朝鮮外務省報道官の発言(要旨)が7月7日付の朝日新聞に載っています。日本、アメリカにおける対北朝鮮批判の根拠の一つは、北朝鮮がミサイル発射凍結の約束をしているのに、それを破ったという点にあります。それについて報道官は、その約束は朝米間に対話が行われる期間に限られたもの、平壌宣言に関しては、「日本は、我々が「拉致問題」を完全に解決したにもかかわらず、(宣言の)自身の義務は何一つ履行せず、米国の対朝鮮敵視政策に積極的に便乗して「拉致問題」を国際化するなど、朝日関係全般を原点に逆戻りさせた」と述べて、宣言を守らない日本に宣言不履行を批判されるいわれはない、という認識を明らかにしています。私は別に北朝鮮の肩を持ついわれはさらさらありませんが、少なくとも北朝鮮には北朝鮮なりの理屈はあるし、一方的に北朝鮮を責めればすむという単純な話ではないことを、私たちは理解する必要はあると思います。つまり、アメリカも日本も100%清廉潔白ではないということは確かなことです。

また、ミサイル発射は6者協議の共同声明にも違反するという批判もアメリカ、日本から出されていますが、その点に関して北朝鮮外務省の報道官は、「米国は、我々に対する金融制裁を実施したり、我々を標的にした大規模な軍事演習などで威嚇・恐喝をしたりして、6者協議共同声明の履行を阻んでいる」として、もともとの原因はアメリカ側の金融制裁に端を発している、という認識を示しています。この点は、実は昨年11月に開かれた6者会合において、「北朝鮮は、米国の最近の姿勢(特にマカオの銀行を通じた「北朝鮮のマネロン」摘発)を激しく非難。北朝鮮は、右措置は共同声明違反である、また、共同声明履行のために北朝鮮が行った公約を実現できなくするものである、米国は敵視政策を止めるべしとの立場を示した」(日本外務省HP)とされている重大問題です。7月6日に民主党の小澤代表と会談した6者協議の中国代表である武大偉外務次官も、ミサイル発射の背景に「米国の金融制裁」があると指摘(7日付朝日新聞)したそうです。6者協議を拒み続ける頑なな北朝鮮、というイメージが日本では一般的ですが、6者協議を暗礁に乗り上げさせたのはアメリカの金融制裁に原因があるという指摘は、アメリカ国内にもあるもので、ここでも私たちは先入主にとらわれない冷静な見方をすることが求められていると思います。

また、今回発射されたミサイルが、テポドンー2と見られるもの(新たなテポドンー2の発射準備が進められているとする報道が正しいとすれば、今回発射されたものは失敗した、という見方は多分当たっているのでしょう)を除き、ほぼ正確に日本海の日本側ではなくアジア大陸側海域に着弾していることを見ても、北朝鮮のミサイルの精度の向上を物語っていると同時に、日本を過度に刺激することを避けようとした配慮(?)を読み取ることはむずかしくないはずです。つまり、北朝鮮としては、北朝鮮を孤立に追い込むアメリカや日本の動きに対抗する姿勢を示しつつ、しかし、事を収拾がつかないまで荒立てる気持ちはないことを、この着弾点の選択で伝えようとしていることは間違いないところだと思います。

北朝鮮の最大の目的は金正日体制の国際的認知(アメリカによるレジーム・チェインジの口実を与えない確かな保証取り付け)にあることは明らかです。その戦略に沿った北朝鮮の布石がミサイル発射だということもほぼ間違いないことでしょう。したがって私たちとしては、「脅威、脅威」と騒ぎ立てるのではなく、冷静な対応を行うことが必要です。

このように見てくると、私は、安部官房長官の声明をはじめとする日本側の一連の対応は明らかに過剰反応であると思います。ただの過剰反応であるならば、「殿ご乱心」を戒めればすむことですが、そんな簡単なことではないと思われるところに実は大きな問題があるのです。

私は、今回の事件のそもそもの発端となった、アメリカによるテポドンー2発射の兆候を大々的に取り上げるキャンペーンが始まった段階から、非常にきな臭い感じを否めませんでした。それは、日米軍事同盟の変質強化を推し進める度に利用されている「北朝鮮脅威」論がまた演出されているという感じが強かったからです。1993年の朝鮮半島有事・危機を引き金とした1996年の日米安保共同宣言そしてそれを受けた日米新ガイドラインの制定、1998年のテポドン発射をも利用したブッシュ・小泉連携の下での日米軍事同盟の変質強化を思い起こせば、日本の一連の有事法制によって日米軍事同盟の変質強化の法的基盤が整えられた(もちろん、正々堂々と憲法改正、その後での安保条約改定という手続きを踏まず、憲法の下位にある法律で憲法違反の有事法制をでっち上げ、日米軍事同盟の変質強化を実現すること自体、法治国家として到底許すべからざることです)いま、在日米軍の再編計画の実現が至上課題になっているこの時点での北朝鮮のミサイル発射は、対米公約の実現を迫られる日本政府にとって、これを利用しないはずがありません。

つまり、基地機能移転を拒む地元自治体に対し、北朝鮮脅威を声高に言うことによって、地元の利害のみに拘泥するのはけしからん、という世論を興し、その世論を味方に付けて関係地元自治体を孤立化させ、ゆさぶり、スクラムを崩し、再編を強行する、という魂胆が透けて見えてきます。

私が以前からこのコラムで書いているように、北朝鮮脅威論は虚妄であり、アメリカの先制攻撃によって始まる朝鮮有事のみが考えられる戦争シナリオであること、北朝鮮は、ライオン(アメリカ)、虎(日本)にいつ何時襲われるかと戦々恐々しているハリネズミであること、戦争を起こさない(したがって日本に飛び火が飛んでこないようにする)最大かつもっとも確実な保証はアメリカをして先制攻撃の戦争をさせないことです。そのためには、岩国を含めた在日米軍基地の再編強化を許さないことこそがアメリカの危険な戦争を阻止することにつながるのです。この私の考え方は、今回の北朝鮮のミサイル発射によって何ら修正を受けるものではありません。

したがって、私は、岩国をはじめとした地元自治体やこれを支援する全国の世論が、今回の事件によってパニック・受け身になるのではなく、そして政府が繰り出すであろう脅し・すかしに惑わされることなく、断固として基地機能移転受入を阻止する方針を堅持することを心から期待したいと思います。

もうひとつ述べておかなければならないことがあります。北朝鮮がミサイルを発射するのと前後して、中国及び韓国の海洋調査船が、日本の排他的経済水域と日本政府が主張する海域で海洋調査を行ったことも伝えられています。これら3つの事柄が相互に関連あるわけではありませんが、私たち日本人としては、どうしてこういうことが立て続けに起こるのか、という点について真剣に考えなければいけないと思います。結論から言えば、これは5年間にわたる小泉政権のアジア無視(蔑視かも知れない)の外交的無為無策を集中的に表しているということです。もし小泉政権がアジアを重視し、きめの細かい外交を行っていたのであれば、このような事件が起こることはあり得なかったでしょう。そのように考えるとき、私たちは、対米一辺倒に終始し、日本を限りなくアメリカの思い通りの国にしてしまい、アジア諸国との関係をがたがたにしてしまった(本稿では書きませんが、内政における小泉「改革」による破壊ぶりも、もはやこれ以上その暴走を許してはいられない段階にまで来ています)小泉政権の5年間を厳しく総括し、日本政治の根本的転換を目指す決意を我がものにしなければならないと思います。

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