新年のご挨拶

2006.01.01

皆様、よい年明けを迎えられましたでしょうか?大晦日の夜は、娘・のりことメールのやりとりをしている中で、孫娘・ミク(障害を持って生まれてきた子です)のことが不憫に思われてならなくなり、父が亡くなったとき以来記憶にないほど涙があふれ出て止まらず、その気持ちのままで年明けを迎えました。朝になってのりこのHPを訪れたところ、ミクが去年1年入院せずに過ごすことができたことを、喜びを込めて記していることを知りました。のりこは、私が想像する次元を越えた世界でミクと生きてきていることを嬉しい気持ちで実感させられるとともに、めそめそしてしまった自分が恥ずかしくなりました。2006年も、1ヶ月に1度は必ずミクに会いに行き、ミクの成長を見守っていきたいと決意を新たにしています。のりこのHPのBBSに何人もの方が大晦日から年明けにかけて書き込みをしてくださっていることにも、本当にありがたい気持ちでいっぱいになりました。

このご挨拶を書くに当たって、去年の新年のご挨拶を読み返しました。残念ながら、日本政治も国際政治も、私が記したとおり、あるいはさらに深刻さを増して動いてしまった、と言わなければなりません。唯一私が危惧したよりいい方向に動いたのは北朝鮮問題をめぐる6者協議の枠組みが崩壊しないでいるということぐらいでしょうか。

経済界挙げての支援を受けた小泉政治は、市場原理を最優先にし、経済的強者のみに利益をもたらす「改革」を突き進めてきました。日本をミニ・アメリカにしようとするこの政治は、日本社会に深刻な亀裂をもたらしています。市場原理と民主主義は両立しません。市場原理は人間の尊厳を根底から踏みにじることを本質としています。その小泉「三位一体」改革を支持する国民が過半数を占めた、という世論調査の結果が中国新聞に出ていました。正直な感想を言えば、このことは、日本国民の多くが迫り来る自分自身への深刻な結果を予想できず、「今ある現実は、自分自身については今後も続く」という幻想から抜け出せないでいることを表していると思います。丸山眞男が指摘してやまなかった既成事実への屈服、権力の偏重という日本人の病理に近い性格(国民性?)が根強く支配していることをまざまざと見る思いがします。この性格を根本から克服し得ない限り、日本政治の明るい展望を切り開くことは厳しいと思わずにはいられません。

日本の国としてのあり方についても、対米追随だけを旨とする小泉政権の下で、日米軍事同盟の変質強化が加速し、都道府県での「国民保護計画」作りが進行して、日本はますます「戦争する国」に向けての道を加速させています。侵略戦争によって最大の被害を被った沖縄、広島、長崎の3県でも「国民保護計画」作りが最終局面を迎えています。沖縄県の計画内容をスクープした(?)沖縄タイムスはさすがに批判を込めた大きな報道をしました(琉球新報は、私の目にとまるような報道はしていません)が、広島県と長崎県では、中国新聞及び長崎新聞によって判断する限り、ほとんど両県民の警戒心を呼び起こすような内容になっておらず、このままでは「ノー・モア・ヒロシマ」「ノー・モア・ナガサキ」「ノー・モア・ウォー」もいっそう形骸化を迫られる状況になっています。2006年度には、市町村レベルの「国民保護計画」も作られることになっており、いよいよ広島市と長崎市の動向が全国的意味合いにおいて注目されることになります。両市においてすら核攻撃を前提とした「国民保護計画」が作られるようになってしまったら、被爆国・日本としての核廃絶を訴える基本的立場そのものが完全に崩れ去ることになると考えなければならないでしょう。

日本の国際関係も、小泉政権によって独立回復(1952年)以来の最悪の状況に追い込まれています。一国主義・アメリカとの心中をよしとする小泉政権の下で、日本は国際的孤立を深めています。さすがにメディアにおいてもこうした状況をもたらした小泉政権に対する批判の論調が増えていますが、その場合にも、「小泉政権にも責任があるが、相手側にも責任がある」というどっちつかずの、国民が明確な判断を行うことを妨げる論調が支配的です。小泉首相は今年退陣するとしても、後継者争いに取りざたされる面々の多くは、国際認識・歴史認識を含めた外交に関しては、小泉首相に勝るとも劣らない危険な思想(と言うほどの内容もない、「それ行けどんどん」式の確信犯的な信条)の持ち主ばかりですので、情勢はかなり厳しいと考えておかなければならないでしょう。

唯一の救いは国際政治において、ブッシュ政権がイラク問題を引きずって猪突猛進する勢いがなくなってきたことでしょうか。その意味で今年も引き続きイラク情勢の推移が大きなカギとなるでしょう。イラク問題がブッシュ政権の重い荷物である状況が変わらない限り、他の問題(とりわけイラン、北朝鮮)に対して先制攻撃の戦争を仕掛ける余裕(?)は生まれないでしょうから、国際社会は少なくとも時間稼ぎをする余裕を与えられることになります(その間に少しでも情勢の改善を目指す国際的な動きが強まることを願わずにはいられません)。しかし、この可能性はあくまでもイラク問題でブッシュ政権が手足を縛られるという前提が成り立つ限りにおいてであり、ブッシュ政権の一国主義・好戦的性格が本質的に変わったということではないことを、私たちは冷静に認識してかかることが必要だと思います。そういう意味では、危険なマグマが何時爆発するかは予断を許しません。

以上の内外情勢をふまえるとき、私たちに課せられた課題は巨大なものがあることを覚悟しなければならないと思います。私の日本政治に関する基本認識につきましてはこのコラムの「日本の民主主義の前途」で、また、国際情勢に関する基本認識につきましてもコラムの「戦後60年における国際情勢認識への視点」でそれぞれ明らかにしましたので、ここでは繰り返しません。両文章をまとめていいますと、長期的には、私は国際社会の前途に対して悲観していません。しかし、日本政治の前途に対しては、長期的に見ても決して楽観を許さないと気を引き締めています。国際政治においては、人類史の足取りは確実に前進していることが読み取れるのに対し、日本政治に関しては戦後60年を経た今日なお、国民の政治的自覚に顕著な変化が見られない(むしろ再び危険な方向に向けての動きが強まっていて、歯止めをかける積極的な要因が生まれていない)ことに、この基本的判断の違いの根拠があります。

私たちにとっての最大の課題は、日本が国際社会の人類史的前進の潮流を促進する大きな力となるようにするために(その第一歩として、国際社会の人類史的前進に竿を差さない存在にするために)、日本政治の危険な動きを食い止め、そして、一歩でも二歩でも民主主義を実現する方向に向きを変えさせることができるかどうかにあると思います。このことが実現できるかどうかのカギは日本国民の政治的覚醒にあります。政治的危機の増大という試練は国民的政治的覚醒のラスト・チャンスでもある、という政治の弁証法を拠り所にして、2006年を粘り強い闘いの最初の年にするという決意を一人でも多くの国民が我がものとすることを願わずにはいられません。

私自身についていえば、広島での生活が2年目に入ります。「最後の仕事人生の場として、広島平和研究所という大きな可能性を持つ職場を選んだ」(去年の「新年のご挨拶」)ことは間違っていなかったという手応えを感じています。今年の年賀状でも次のように記しました。

振り返ってみますと、あっという間の9ヶ月でした。広島(平和研究所)に参りまして最初の正月を迎えます。すべてのことが新鮮で、広島ならではの多くのことを学ぶことができたという、緊張に満ちた充実感を味わっております。ほんの入り口にたどり着いただけであることは十分認識しています。これからもっともっと多くのことを学びたいし、また、学ぶことができるという確信に近い期待感で充たされております。本当に広島に来ることができて幸いです。

2年目を迎えるこれからは、もはや「まだ来たばかりで何も分かりませんので」という言い訳は通用しないことを自覚し、従来にもまして責任をもった言動を心がけることを自分自身に言い聞かせております。また、広島、日本そして世界が平和になるよう私も微力を尽くしたいと、改めて襟を正す思いです。しかし、皆様のご指導や忌憚のないご意見をいただいて自らを鍛えることが大前提となります。広島1年生の私を今年もよろしくご教導下さいますよう、お願い申し上げます。

他方、正直言いまして、広島の状況が私の当初の予想よりも楽観を許さないことも少しずつ分かってきました。私の折々の所感については「広島」のコラムで書き留めてきましたが、2年目に入る今年はいよいよ正念場を迎えることになると気を引き締めています。1年間の観察をふまえ、引き続き学びながらですが、様々な課題に取り組み始める気持ちでおります。決して前途は楽観を許さないというのが正直な気持ちです。そうであればこそ、焦らず、じっくりと、等身大の努力を積み重ねるしかないと、自分自身に言い聞かせています。広島内外のできる限り多くの方々と歩みをともにすることができるような言動を心がけていきたいと念願しています。

そうした私自身の歩みを、成功と挫折、喜びと苦しみを含め、今年もこのHPに書き込んでいくつもりでおります。毎日おおむね約100人以上の方がこのホームページを訪れてくださっていることに心から感謝するとともに、今年も時間があるときに訪れてくださることを願いつつ、新年の挨拶とさせていただきます。

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