中国の核政策

2005.05.01

*以下に紹介するのは、広島平和研究所が2004年3月11-12日に主催した『東アジアの核軍縮の展望』と題するシンポジウムで、中国・清華大学のRong Yu氏が行った「中国の核政策」と題する英文のペーパーから、私が注目した部分の要約です。日本国内では、アメリカの中国に対する警戒的姿勢・政策を丸呑みした「中国脅威」論のみが言論を支配しています。そして、日米軍事同盟強化が「中国脅威」論によって正当化されるという構図が当然視される状況があります。私は常々、「中国脅威」論には根本的疑問を抱いています。このRong Yu論文は、私たちの中国認識を再考する上できわめて有益な内容を含んでいると考えます。

誤解のないようにあらかじめ強調しておきます。私は、核兵器廃絶が人類の存立にとって不可欠な喫緊の課題と考えています。その実現には、アメリカの核固執政策を改めさせることが不可欠の前提となると認識します。この大前提を無視した核廃絶論は、現実政治を直視しないものであり、机上の空論に終わってしまうと思います。

私たちの核廃絶論が現実政治に対する説得力を持つことを期する上で、Rong Yu論文は重要な内容を含んでいると思います。すなわち、この論文が提起するように、台湾問題が解決されない限り米中軍事対決(戦争)の可能性は排除できません。その場合、対米軍事劣勢にある中国としては、アメリカの先制攻撃戦争あるいは核攻撃に対して身構えざるを得ない状況があります。中国が核兵器保有国であるのはそのためです。

私は、中国をして核兵器廃絶に応じさせることは、アメリカが中国に対して取っている核攻撃を含む軍事的脅威を与える政策を改めさせれば、可能になるという因果関係(中国が核兵器に固執するのは、もっぱらアメリカの脅威に対抗するためのものであり、アメリカがその政策を放棄すれば、中国が核兵器に固執する必要はなくなるという関係。Rong Yu論文も指摘するように、中国とロシアとの間には核兵器に関し相互先制不使用協定がありますので、中国の核政策はもっぱらアメリカを対象にしています)を認識しておく必要があると考えます。この因果関係は、私たちが核廃絶という課題を実現する上でも考慮に入れてかからなければならない重要なポイントの一つだと思います。つまり、核兵器保有国に対しても、私たちは一律に扱うのではなく、核廃絶賛成の立場に立たせることが可能な核兵器保有国(中国など)については、そのように彼らの政策を仕向けるように働きかけるという視点を持つことを考えるべきではないか、ということを指摘したいのです。

もう1点、Rong Yu論文に関連して指摘しておきたいことがあります。アメリカがミサイル防衛(NMD)計画を推進していることに、日本が積極的に協力していることです。この論文が強く指摘しているとおり、アメリカのNMDは、アメリカの対中先制攻撃戦争の危険性を高めるものであり、そのNMDに日本が積極的に協力することは、中国の対日警戒感を高めずには済まないことなのです。私たちは、ミサイル防衛という言葉の響きにだまされていますが、その本質は、アメリカの攻撃的戦略に奉仕するものであり、私たちは、核廃絶の立場からも、NMDに対する反対の声を強めなければならないし、日本がNMD開発・配備に協力することを許してはならないのです(2005年5月1日記)。

(中国の核兵器政策)

中国の唯一の安全保障上の関心は台湾問題である。台湾とアメリカの特別な関係故に、台湾問題の軍事的解決となれば、米中対決の可能性を引き起こすに違いない。この場合、中国の核戦力は、核戦争を戦い、これに勝利するための手段としてではなく、米国が戦争に介入することを防止する手段として際だった地位を占めることになる。しかし、この目的の成否は期待される核抑止の信頼性にかかっている。

数年前までは、中国は、自らの核抑止力に十分な自信を持っていた。というのは、アメリカは先制攻撃によって中国の核戦力を一掃できるという確信がなかったので、中国からの核報復を恐れ、中国と核の応酬をするリスクに踏み切る用意はなかったからだ。

しかし、近年になってアメリカがABM条約を破棄し、核ミサイル防衛(NBM)の開発、配備を始めてから、中国にとって事態は大きく変わった。現在の限定的な中国の長距離核戦力では、米国の先制攻撃に生き残り、報復力を維持するICBMは少なくなるだろう。そうなると、アメリカの限られた迎撃力のNBMシステムであっても、中国の報復力に対して深刻な脅威となるだろう。(この事態に対処し)核抑止力を維持するためには、中国としては、核戦力を大幅に増強するか、核戦力の大幅な現代化を行わなければならない。もう一つの可能性は、先制不使用政策を放棄するか、修正することだろう。

しかし、以上の選択肢のいずれにしても、核兵器に対する依存を低くするという中国の意図とは矛盾する。要するに、一方では、中国の平和的興隆という戦略からは、核兵器を可能な限り限定するという方針が導かれる。他方では、中国の国防上の考慮を優先すれば、核兵器をある程度開発しなければならないということになる。中国の政策決定者としては、この矛盾する目標の間で適当な選択を行わなければならないという課題に直面している。その結論は、核の現代化によって、中国の核抑止力の信頼性を維持するということだ。

つまり、中国の核戦力は限定的なものでなければならないし、いかなる状況の下でも中国は核先制不使用を堅持する。この二つの政策を改めることは、中国の平和的興隆という戦略に矛盾するし、「中国脅威」の証拠と見なされるだろう。

この前提の下で、中国としては、台湾問題の軍事的解決に当たって中国と対決する米国がNMDを開発していることにどう対処するか、ということになる。答えは、核戦力の現代化しかない。核兵器を運搬可能にする(サイロに固定するのではなく、道路を動けるようにする。あるいは潜水艦から発射するようにする)ことにより、その生き残り能力を高めることができる。多弾頭化(MIRV)することによっても、米国に到達し、米国のミサイル防衛システムをくぐり抜ける可能性を高めることになる。

(日本の核兵器保有問題)

中国にとって北朝鮮が核兵器保有国になること自体は脅威ではないが、日本が核兵器保有国になることは脅威である。中国からすれば、日本が核兵器を保有する事態は、日本軍国主義復活の最終的及び決定的な一歩を意味し、中国の対日評価は根本的に変わることになるだろう。日本の核化によりすべてが変わってしまう。中国としては、領土紛争や日本軍国主義の歴史的記憶を考慮すれば、日本の軍事的危険性に対して警戒を強めざるを得なくなる。日本は、すでに核分裂物質及び核兵器技術において圧倒的な能力を擁しているので、中国にとって情勢はきわめて厳しいものになるだろう。

このシナリオの下では、中国の核政策は影響を受けるだろうか。答えは、おそらく受けない、ということだ。日本の地理的現実や人口密度を考えれば、日本は核攻撃にきわめて脆弱である。ありそうにはないことだが、大きな戦争になれば、核兵器保有国である日本に対しては、中国が核兵器を使うことがありうるわけであり、そのことは、通常戦力における中国の相対的劣勢を相殺することになるだろう。したがって、日本が核兵器を保有することになっても、中国の核政策を変更することにはならないということになる。

しかし、だからといって、中国が朝鮮半島及び日本の核兵器保有を受け入れるということをまったく意味するものではない。そのような情勢は東北アジアにとってきわめて厳しいものである。これほど複雑な関係にある国々で核保有が増えれば、手違い、誤報、機械的誤作動などによる核破滅の危険性はきわめて高いからだ。

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