「国民の保護に関する基本指針(要旨)」に関するコメント

2004.12.23

*2004年12月14日に、政府は、国民保護法に基づく「国民の保護に関する基本指針(要旨)」(以下「指針」)を発表しました。翌日付の朝日新聞によると、発表したその日(14日)には、都道府県の担当者に対する説明会を開いたそうです。都道府県は、この指針に基づいていわゆる国民保護計画を作成することになります。

 私は、指針を読んで本当に愕然とし、言葉も出ませんでした。

私はこれまでにも、このコラムで、武力攻撃事態対処法やいわゆる国民保護法制、更には新防衛計画の大綱についてのコメントを書いてきました。これらの法律や政策に一貫している最大の特徴は、アメリカがはじめる先制攻撃の戦争に対して、それに反対するのではなく、無条件に支持し、協力するという点にあります。アメリカが戦争を仕掛けなければ、日本がそれに協力し、その結果攻撃される相手側(新防衛計画の大綱では、中国、北朝鮮を念頭においていることがハッキリしています)から反撃を受け、日本が戦争状態に陥ることはありえないわけです。

ところが指針は、アメリカへの戦争協力を当然の前提にしたうえで、日本が中国や北朝鮮から反撃を受ける場合に、国民に対してどういう「保護」を行うかについて、詳しく書いているのです。私が特に愕然としたのは、中国からのミサイルによる反撃、北朝鮮の特殊部隊・ゲリラによる反撃作戦について、核攻撃や原子力発電所に対する攻撃、更には生物兵器や化学兵器が使われることを当然のように予想し、その対策について詳しく書いていることでした。被爆国で核廃絶に最も力を入れてきたはずの平和国家である日本が、核攻撃や生物化学兵器による攻撃を想定したマニュアルを公然と作る、ということは、いったいどういう感覚でしょうか。私は、小泉政権に代表される今の保守政治は、本当に正常な感覚すら持ち合わせなくなっているという恐怖感にすら襲われます。

以下におきましては、多くの人々が指針を自ら読むことはないだろうことを考え、指針が、核攻撃、原発攻撃、生物化学兵器による攻撃に対して、どういう「国民保護」を考えているのかを、指針の文章を紹介することで、明らかにしておきたいと思います。また指針は、「戦争する国」になる日本では、国が国民に対してどういう事態を押しつけようとしているかについても、いろいろ言及していますので、それらの点についても紹介します。

この文章を読んでくださる人々が、狂気としか形容のできない小泉政治・保守政治のこれ以上の暴走を許さないために、本気で政治のことを考えてくださるようになることを願わざるを得ません(2004年12月23日記)。

なお、この「基本指針(要旨)」の全文は、こちらです(2005年1月8日追記)。

1.指針が示す、弾道ミサイルやゲリラによる攻撃といわゆる「国民保護」の中身

指針は、アメリカがはじめる先制攻撃による戦争に日本が協力する結果、弾道ミサイル攻撃、ゲリラ・特殊部隊による攻撃で日本に降りかかることが予想される戦慄するしかない恐ろしい事態について、至極平然と無機質でくどくどしい説明を加え、それに対する対応・国民の避難のあり方について言及しています。襲いかかるであろう地獄絵を平然と想定するその無神経さ、その地獄絵に備えるために示された国民「保護」「避難」の余りにも貧弱で原始的な内容(要するに、ほとんど手だてらしい手だてはないことを認めるに等しい内容であり、国民に「死ね」といっているに等しいものです)に、本当に暗然となるほかありません。

2004年12月14日に行われた政府による都道府県担当者への説明会においては、原子力発電所や米軍基地を抱える自治体から、「攻撃されると大量の避難民が出る」との指摘が相次いだそうです。また、弾道ミサイル攻撃についても、「警報発令では間に合わないのでは」との疑問が出された、と報道されました。特に99年に臨界事故が起きた茨城県の担当者は、「原子力施設にミサイル攻撃があったら何十万人、何百万人が避難する。収容できる避難先はない」と、至極まともな問題を提起したそうです(翌日付朝日新聞)。

指針が平然と描き出す地獄絵を現実のものとさせないためには、アメリカが先制攻撃の戦争を始めることを許さず、日本は絶対にアメリカに協力しないという政策をとることによってのみ可能となる、ということをしっかり認識することが求められていると思います。

(1)指針が想定するゲリラ・特殊部隊による攻撃の態様

指針の第2章「武力攻撃事態の想定に関する事項」第1節「武力攻撃事態の類型」では、「着上陸侵攻の場合」、「ゲリラや特殊部隊による攻撃の場合」、「弾道ミサイル攻撃の場合」、「航空攻撃の場合」の4類型が示されています。しかし、新防衛計画の大綱で政府自身が認めたように、本格的な武力侵攻は可能性が低くなったわけですから、「着上陸侵攻の場合」と「航空攻撃の場合」の可能性は考えなくても良いはずです。つまり、問題になるのは、「ゲリラや特殊部隊による攻撃の場合」(恐らく北朝鮮によるものを考えているのでしょう)と「弾道ミサイル攻撃の場合」(中国からの反撃が念頭にあることは間違いありません)ということになります。

「ゲリラや特殊部隊による攻撃の場合」(8〜9頁)の項では、「事前にその活動を予測あるいは察知できず、突発的に被害が生ずることも考えられる。そのため、都市部の政治経済の中枢、鉄道、橋りょう、ダム、原子力関連施設などに対する注意が必要である」、「攻撃目標となる施設の種類によっては、二次被害の発生も想定され、例えば原子力事業所が攻撃された場合には被害の範囲が拡大する恐れがある。また、汚い爆弾(以下「ダーティボム」という。)が使用される場合がある」という記述があります。原発被害のことを織り込んでいることが見て取れます(後述)。

その際の「留意点」としては、「ゲリラや特殊部隊の危害が住民に及ぶ恐れがある地域においては、市町村(消防機関を含む。)と都道府県、都道府県警察、海上保安庁及び自衛隊が連携し、武力攻撃の態様に応じて、攻撃当初は(住民を)屋内に一時避難させ、その後、…適当な避難地に移動させる等適切な対応を行う」と書いているのです(なお、19頁にも類似の記述が行われています)。「攻撃当初は屋内に一時避難」とは、私たちの生命と安全を一顧だにしない、なんと無責任を極めた「国民保護」だと思いませんか。

(2)指針が想定する弾道ミサイルによる攻撃の態様

「弾道ミサイル攻撃の場合」の項では、「発射の徴候を事前に察知した場合でも、発射された段階で攻撃目標を特定することは極めて困難である。さらに、極めて短時間でわが国に着弾することが予想され、弾頭の種類(通常弾頭であるか、NBC弾頭であるのか)を着弾前に特定することは困難であるとともに、弾頭の種類に応じて、被害の様相及び対応が大きく異なる」と、その対応の難しさを正直に認めているのです。そして「留意点」としては、「屋内への避難や消火活動が中心となる」としかありません(19頁では、「当初は屋内避難を指示するものとし、弾道ミサイル着弾後に、被害状況を迅速に把握した上で、暖冬の種類に応じた避難措置の指示を行う」ということが付け加えられています)。要するに、国民には諦めてもらうしかない、といっているに等しいのです。

(3)指針がNBC攻撃の場合に想定する事態

続く第2節は、「NBC攻撃の場合の対応」(指針自体の定義によれば、NBC攻撃とは、「核兵器または生物剤若しくは科学剤を用いた兵器による攻撃」です)を専門に扱っています。

(イ)核兵器等

まず「核兵器等」では次のように書いています。長いですが、そのまま引用します。

「核兵器を用いた攻撃(以下「核攻撃」という。)による被害は、当初は主に核爆発に伴う熱線、爆風、初期放射線によって、その後は放射性降下物や中性子誘導放射能(物質に中性子線が放射されることによって、その物質そのものがもつようになる放射能)による残留放射線によって生ずる。核爆発によって①熱線、爆風及び初期放射線が発生し、物質の燃焼、建造物の破壊、放射能汚染の被害を短時間にもたらす。残留放射線は、②爆発時に生じた放射能をもった灰(放射性降下物)からの放射線と、③初期放射線を吸収した建築物や土壌から発する中性子誘導放射線に区分される。このうち①及び③は、爆心地周辺において被害をもたらすが、②の灰(放射性降下物)は、爆心地付近から降下し始め、逐次風下方向に拡散、降下して被害範囲を拡大させる。このため、熱線による熱傷や放射線障害等、核兵器特有の傷病に対する医療が必要となる。」

「放射性降下物は、放射能をもった灰であり、爆発による上昇気流によって上空に吸い上げられ、拡散、降下するため、放射性降下物による被害は、一般的には熱線や爆風による被害よりも広範囲の地域に拡大することが想定される。放射性降下物が皮膚に付着することによって皮膚が被ばくし、あるいはこれを吸飲し、放射性降下物によって汚染された飲料水や食物を摂取することにより内部被ばくする。したがって、避難に当たっては、風下を避け、手袋、帽子、雨ガッパ等によって放射性降下物による皮膚被ばくを抑制するほか、口及び鼻を汚染されていないタオル等で保護することや汚染された疑いのある水や食物の摂取を避けるとともに、安定ヨウ素剤の服用等により内部被ばくの低減に努める必要がある。…」

「ダーティボムは、爆薬と放射性物質を組み合わせたもので、核兵器に比して小規模ではあるが、爆薬による爆発の被害と放射能による被害をもたらすことから、これに対する対処が必要となる。」

(ロ)生物兵器

生物兵器についての説明は、次のようになっています。

「生物剤は、人に知られることなく散布することが可能であり、また発祥するまでの潜伏期間に感染者が移動することにより、生物剤が散布されたと判明したときには、すでに被害が拡大している可能性がある。」

「生物剤による被害は、使用される生物剤の特性、特にヒトからヒトへの感染力、ワクチンの有無、すでに知られている生物剤か否か等により被害の範囲が異なるが、ヒトを媒体とする生物剤による攻撃が行われた場合には、二次感染により被害が拡大することが考えられる。」

「したがって、厚生労働省を中心とした一元的情報収集、データ解析等サーベイランス(疾病監視)により、感染源及び汚染地域を特定し、感染源となった病原体の特性に応じた、医療活動、まん延防止を行うことが重要である。」

(ハ)化学兵器

化学兵器についての説明は以下のとおりです。

「一般に化学剤は、地形・気象等の影響を受けて、風下方向に拡散し、空気より重いサリン等の神経剤は下をはうように広がる。また、特有のにおいがあるもの、無臭のもの等、その性質は化学剤の種類によって異なる。」

「このため、国、地方公共団体等関係機関の連携の下、原因物質の検知及び汚染地域の特定又は予測を適切にして、住民を安全な風上の高台に誘導する等、避難措置を適切にするとともに、汚染者については、可能な限り除染し、原因物質の特性に応じた救急医療を行うことが重要である。また、化学剤は、そのままでは分解・消滅しないため、汚染された地域を除染して、当該地域から原因物質を取り除くことが重要である。」

(4)指針が示すNBC攻撃の際の住民避難の内容

指針は、NBC攻撃の際の住民の避難誘導に関して、さらに特別に次のような方針を示しています(20〜21頁)。

「NBC攻撃の際に消防機関、都道府県警察、海上保安庁及び自衛隊が避難住民を誘導する際には、風下方向を避けるとともに、皮膚の露出を極力抑えるため手袋、帽子、ゴーグル、雨ガッパ等を着用させること、マスクや折りたたんだハンカチ等を口に当てさせることなどに留意するほか、次の点に留意すること。

ア 核攻撃の場合

・核攻撃に伴う熱線、爆風等による直接の被害を受ける地域については、対策本部長は、攻撃当初の段階は、武力攻撃が行われた場所から直ちに離れ、地下施設等に避難し、放射性ヨウ素による体内汚染が予想されるときは安定ヨウ素剤を服用するなどの指示をすることとし、一定時間経過後、放射線の影響を受けない安全な地域へ避難させるものとすること。

・核攻撃に伴う熱線、爆風等による直接の被害は受けないものの、放射性降下物による被害を受けるおそれがある地域については、対策本部長は、放射線の影響を受けない安全な地域へ避難するよう指示するものとすること。

・放射性降下物による外部被ばくを最小限に抑えるため、風下を避けて風向きとなるべく垂直方向に避難させるものとすること。

イ 生物剤による攻撃の場合

・生物剤による攻撃が行われた場合またはそのおそれがある場合は、対策本部長は、武力攻撃が行われた場所またはそのおそれがある場所から直ちに離れ、外気からの密閉性の高い屋内の部屋または感染のおそれのない安全な地域に避難するよう指示するものとすること。

・ヒトや動物を媒体とする生物剤による攻撃が行われた場合は、攻撃が行われた時期、場所等の特定が通常困難であり、住民を避難させるのではなく、感染者を入院させて治療するなどの措置を講ずるものとすること。

ウ 化学剤による攻撃の場合

・化学剤による攻撃が行われた場合またはそのおそれがある場合は、対策本部長は、武力攻撃が行われた場所またはそのおそれがある場所から直ちに離れ、外気からの密閉性の高い屋内の部屋または汚染のおそれのない安全な地域に避難するよう指示するものとすること。

・化学剤は、一般的に空気より重いため、可能な限り高所に避難させるものとすること」

(5)指針が想定する武力攻撃による原子力災害の事態

原発付近の住民の避難に関しては、第4章「国民の保護のための措置に関する事項」の中に、次の記述があります(18頁)。

「武力攻撃原子力災害が発生した場合及び発生するおそれがある場合には、原子力事業所に近接している地域が放射性物質等による被害を受けるおそれがあることから、原子力事業所周辺地域における住民の避難については、次のような措置を講ずるものとすること。

・武力攻撃原子力災害が発生するおそれがある場合には、対策本部長(筆者注:首相)は、屋内避難を指示するとともに、被害が及ぶおそれがある地域に対して避難の準備または避難を行わせるものとすること。

・武力攻撃原子力災害が発生した場合には、原則として、対策本部長は、コンクリート屋内等への屋内避難を指示するものとすること。また、自体の進捗に応じて、放射性物質等の長期間放出が予想され、しかも避難によらなければ相当な被ばくを避け得ない場合等には、他の地域への避難を指示するものとすること。」

2.指針のその他の問題点

以下においては、1.で扱った点以外で、指針に盛り込まれている問題点をまとめて指摘しておくこととします。

(1)基本的人権との衝突

指針は、「基本的人権の尊重」をタイトルとしては採用しています(1頁)が、その内容は、「救援のための物資の収用及び保管命令、救援のための土地、家屋及び物資の使用、警戒区域の設定による退去命令等の実施に当たって、国民の自由と権利に制限を加える場合には、…公用令書の交付等公正かつ適正な手続の下に行うよう努めるものとする」としか言っていません。「努める」という表現には、極めて怪しいものを感じます。

また、「国民保護措置の実施に伴う損失補償、国民保護措置に係る不服申立てまたは訴訟その他の国民の権利利益の救済に係る手続」について言及しています。これは、武力攻撃事態対処法、国民保護法制などが憲法違反の代物である以上、これらの法律に基づいて国などが国民の権利を侵害すれば、国民としては当然それを不服として訴訟に訴えて権利を回復・保全する手段に訴えることを、指針としても考えざるを得ないことを示しています。

このような事態に対して、指針は、「国民保護計画等により、これらの手続について迅速な処理が可能となるよう、担当部署を定め、具体的な状況に応じて必要な処理体制を確保するよう努めるものとする」という抽象的な対応しか述べていません。

政府・保守政治の腹は、そういう違憲訴訟が日本中で起こされるようなことになってはかなわないから、武力攻撃事態対処法や国民保護法制が合憲だと言えるようにするためにも、憲法改定を急ぎたいということになるでしょう。逆に私たちの側から言えば、政府が意見の行動を取り始めたら、違憲訴訟に訴える大波を全国で巻き起こし、政府・保守政治の目指す危険な方向性を暴き出し、改憲に向けた流れを押しとどめるエネルギーを生み出すことに努めなければなりません。

(2)地方公共団体にとっての試練

指針を通読してすぐに気がつくのは、いわゆる国民「保護」の実施において地方公共団体にとてつもない負担が課せられるということです。指針は、「地方公共団体と自衛隊は、防災のための連携体制を活用しつつ、NBC攻撃による災害への対処その他武力攻撃事態等において特有の事項を含め、平素から連携体制を構築しておくものとする…。この場合において、自衛隊の部隊等による国民保護措置が円滑に実施できるよう、相互の情報連絡体制の充実、共同の訓練の実施等に努めるものとする」(3頁)と、あからさまに地方自治体と自衛隊とが連係プレーをすること、そしてNBC攻撃などを想定して、「平素から…共同の訓練の実施」をするように求めているのです。

私は先日、K市の市職労の会合に伺ってお話をする機会がありました。その際、同市職労が戦争協力拒否宣言を出したことを伺い、とても頼もしく思ったのですが、指針を読む限り、一つや二つの市職労が非協力の立場を取るだけでは体制に抗しがたい流れが作り出されてしまうのではないか、という懸念も感じました。

(3)国民保護に関する自衛隊の係わり方

指針には、次のような記述があります。つまり、「自衛隊は、その主たる任務である我が国に対する侵略を排除するための活動に支障の生じない範囲で、可能な限り国民保護措置を実施するものとする」(4頁)、というのです。要するに戦争をするのが主任務だから、国民保護にかかわる仕事は片手間にやる、ということです。

そのくせ、上に書いてあるように、地方自治体と自衛隊は平素から共同訓練をするというのですから、結局地方自治体は、自衛隊が戦争をしやすいようにするための訓練をやらされると言うことになるのです。

(4)国民の動員

指針は、「国は、地方公共団体の協力を得つつ、パンフレット等防災に関する啓発の手段等も活用しながら、国民保護措置の重要性について平素から教育や学習の場も含め様々な機会を通じて広く啓発に努める」(4頁)と書いています。「平素から教育や学習の場…を通じて…啓発」するというのです。学校教育の場が、戦争に備えるための心がけを養うために利用されることになるというのです。

さらに指針は、「国及び地方公共団体は、国民保護措置についての訓練を行う場合は、住民に対して、訓練への参加を要請するなどにより、国民の自発的な協力が得られるよう努める」(同頁)と言うことも述べています。かつての防空訓練と同じことが今や現実の問題として、私たちに突きつけられようとしているのです。それとの関連では、「地域住民の消防団への参加促進」(同頁)も触れられていることも見逃せません。

ボランティアも例外ではありません。「国及び地方公共団体は、平素から、日本赤十字社、社会福祉協議会その他のボランティア関係団体との連携を図り、武力攻撃事態等においてボランティア活動が円滑に行われるよう、その活動環境の整備を図るとともに、武力攻撃事態等におけるボランティアとの連携方策について検討する」(5頁)とあるのも不気味です。指針はさらに市町村職員、運送事業者、医師、看護婦その他の医療関係者についても触れています(6頁)。

指針には、次のような驚くべき記述もあります。「国及び地方公共団体は、国民保護措置の実施に監視国民に協力を要請する場合には、…要請に応じて協力する者の安全の確保に十分配慮する」(6頁)というのです。国や地方公共団体に「協力する者」には特別目をかけるというのです。逆から言えば、協力しない者にはそれ相応の対応をするぞという言外の威嚇がこもっているのです。

(5)避難措置にかかわる問題点

戦争となれば、港湾、飛行場、道路などが真っ先に戦争にかり出されます。指針は、「対策本部長は、武力攻撃を排除するための行動及び国民保護措置の的確かつ迅速な実施を図るため、港湾施設、飛行場施設、道路等の利用の調整を行う必要があると認めるときは、武力攻撃事態等における特定公共施設等の利用に関する法律の規定に基づき、関係する地方公共団体の長等及び指定公共機関の意見を聞いた上で、これらの利用に関する指針を定める」(16頁)としています。

指針は、住民の避難に当たっての「地域特性」の問題も扱っています。「都道府県の区域を越える避難」の場合には、「避難先の都道府県と避難の経路となる地域の都道府県との間で避難住民の受入れ、移動時の支援等に関する協議を実施する」(17頁)という極めて非現実的なことを書くかと思えば、「大都市における住民の避難に当たっては、その人口規模に見合った避難のための交通手段及び受入施設の確保の観点から、多数の住民を遠方に短期間で避難させることは極めて困難である」(同頁)と、大都市攻撃の時は手の打ちようがないとお手上げであることを露骨に述べる無神経さです。

新防衛計画の大綱では島嶼部に対する攻撃の可能性を指摘していますが、指針では特に沖縄県について触れています。「沖縄県の住民の避難については、沖縄本島や本土から遠距離にある離島における避難の適切な実施のための体制づくりなど、国が特段の配慮をすることが必要である」(同頁)とあるのがそれです。米中戦争の際に、中国が南西諸島(尖閣諸島を含む)に上陸作戦を挑む可能性を念頭においた者だと思われます。

指針は、避難住民の誘導については「平素からの備え」が大切であるとして、「市町村は、関係機関と緊密な意見交換を行いつつ、消防庁が作成するマニュアルを参考に、複数の避難実施要領のパターンをあらかじめ作成しておくよう努める」(23頁)とします。また、「国及び地方公共団体は、学校、病院、駅、空港、大規模集客施設、大規模団地、官公庁、事業所その他の多数の者が利用する施設の管理者に対して、火災や地震等への対応に準じて警報等の伝達及び避難誘導を適切に行うために必要な措置及び訓練の実施に努めるよう要請する」、「国土交通省及び地方公共団体は、鉄道、バス、航空機、船舶等を運行する一般旅客運送事業者に対して、的確かつ迅速な状況判断により、災害や事故への対応に準じて適切な旅客誘導を図るために必要な措置の実施に努めるよう要請する」(同頁)などと、各界各層に対する締め付け強化を狙っています。

指針はまた、市町村による避難住民の誘導に当たっては、「できる限り自治会、町内会等または事業所等を単位として実施するよう努める」(24頁)と、自治会、町内会にかつての隣組の機能を担わせる意図も隠していません。避難の指示に従わない者については、指針は、「警告等を発することができ」「避難の指示に従うようできる限り説得に努める」(同頁)としています。しかし指針は、「(避難誘導は)危険が現実化していない場合でも、危険な事態の発生のおそれが認められる時点で行うことができる者であり、具体的には、避難経路となる場所に避難の障害となるような物件を設置している者や避難の流れに逆行する者等に対して行うもの」であり、「警察官、海上保安官または自衛官による強制措置については、これらの警告又は指示に従わない者がいる場合や警告又は指示を行ういとまがない場合などに行う」(25頁)とも書いています。つまりは、言うことを聞かない者にも有無をいわせない、といっているのと同じです。

(6)埋葬・火葬

指針は、「厚生労働省は、大規模な武力攻撃災害の発生に伴って多くの死者が発生した場合など、埋葬又は火葬を円滑に行うことが困難となった場合」を取り上げています。そして通常の場合によらない「特例を定める」(29頁)ことができるとしています。国民保護の指針が、「多くの死者」が出ることを当然のように想定して、特例を設けて処理する、というのですから、本当に、指針を作った官僚たちの神経が分かりません。

(7)その他の留意点

指針は、ダム、原子力事業所、大規模な危険物質等取扱所、発電所、駅、空港、石油コンビナートなどの安全確保についても詳しい対応を定めています(36〜43頁)。交通の管理についてももちろん扱っています(50〜51頁)。物価安定(53頁)、上下水道、工業用水道、電気、ガス、通信等のライフライン施設の機能確保(55〜59頁)も重点的に取り扱われています。

指針は、最後の方で「訓練」について扱っています。「国、地方公共団体並びに指定公共機関及び指定地方公共機関は、国民保護措置についての訓練を実施するよう努める」とし、「訓練の実施に当たっては、具体的な事態を想定し、関係機関の連携によるNBC攻撃等により発生する武力攻撃災害への対応訓練、広域にわたる避難訓練等武力攻撃事態等に特有な訓練等について実際に資機材を用いて行うなど実践的なものとする」(60頁)ときわめて具体的です。ここでは「避難住民等への炊き出し等の訓練」(同頁)もありますし、「都道府県警察は、訓練の効果的な実施を図るため特に必要があると認めるときは、標識の設置、警察官による指示等により、交通の禁止または制限をする」(同頁)とも書いています。そして、「住民の避難に関する訓練を行う場合において、必要と判断するときは、地方公共団体の長は、住民に対し、当該訓練への参加について協力を要請するものとする」(同頁)とまで書いています。先に書いたように、市職労の人たちだけではなく、一般住民である私たちも、戦争避難訓練に駆り出される事態に直面しているのです。

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