岐路に立つ日中関係

2004.11.30

*これは、ある雑誌のインタビューに応じた記録です。雑誌の編集者が起こした内容に私が若干手を加えたものです。日中関係は、小泉首相個人の暴走によって、本当に危うい状況になっています。しかも、その背景には、アメリカの抜きがたい対中不信があり、それに日本の右翼勢力が悪のりするというきわめて危険な要素が絡んでいます。皆さんにも一読願って、考えて頂けたら幸いです(2004年11月30日記)。

<日中関係の基礎を崩す靖国参拝>

—日中関係の軋みが目立っています。

浅井 現在の日中関係を中国人はよく「経熱政冷」と表現していますが、これが当たらずとも遠からずだと思いますね。経済関係での交流が維持されていなかったならば、もっとひどい状況に陥っていただろうと思います。改革開放をすすめる中国は、香港・アメリカに次いで第三の投資国でもある日本との関係を重視しています。しかし、中国側の心のなかに煮えたぎるものがあることは間違いありません。今は必死になって耐えているのですが、その傷口に塩を塗りつけるようなことを日本が無神経に続けている状況です。

最大の問題は、やはり小泉首相による靖国神社参拝です。この四年間、毎年、四回にわたって参拝を続け、さらに今後も続けると言っています。中国側は靖国参拝の行為ももちろんですが、根本的には、靖国参拝に小泉首相をつき動かしている、その歴史観や、中国に対する戦争責任の自覚の欠落を問題視しています。日中国交正常化が可能になったのは、不十分ながらも戦争責任を日本が認めて謝罪したことが前提としてあります。このことを踏まえれば、小泉首相の靖国参拝は、日中国交正常化の原点のひとつを突き崩していることになるのです。

靖国神社が日本国内においてどう扱われるかについては、中国側は日本の内政問題だと認識しています。靖国神社そのものは日本の軍国主義を象徴する神社ですから、彼らとしては歓迎できない存在であることは間違いないでしょうが、そうしたことで口をはさむことは厳に控えています。唯一彼らが問題にしているのは、そこに東条英機など、A級戦犯として極東裁判で断罪された人びとが合祀されている点です。中国侵略や南京事件などで断罪された戦犯を、日本の首相という最高指導者が公然と参拝することは許されない。

侵略の過去に対する国家としての責任、国家指導者の態度の取り方は、中国からすれば、日中関係の基礎にかかわる問題ですから、決して日本の国内問題ではない。この中国の論理は非常に明快だと思います。

靖国参拝だけではありません。去年の後半から、チチハルでの日本軍遺棄毒ガス事件、珠海での日本企業による集団買春事件、西安の日本人学生による卑猥な寸劇事件と、立て続けに中国人の対日感情を悪化させる事件が起こりました。日本のマスコミが健全な報道姿勢や対中認識を持っていれば、彼らとしてもまだ救いがあるのでしょうが、日本での報道は中国側の堪忍袋の緒が切れかかるようなものばかりで、要するに反中宣伝材料としてしか扱わず、日本人の中国人に対する違和感を増幅する書き方しかしない。それも各紙とも共通してワンパターンな書き方ばかりとなると、いったい日本人とは何なのかということになってくる。この悪循環が増幅してきています。

「反日教育」という虚妄

—そうした状況のなか、日本側からは開き直りとも思える言説が聞こえてきています。例えば中国側の反発の強さを指して、「反日教育」が中国で行なわれているからだとする言い方が散見されます。

浅井 そういう形でしか中国側の反応を受け止められないことは本当に問題だと思います。いま私がショックを受けているのは、いわゆる中国問題専門家と言われる人たちまでが、中国の歴史教育を「反日教育」だと論難していることです。普通の日本人は、専門家がそう言うなら本当にそういう教育が中国で行なわれているのだろうと考えてしまうでしょう。

   先般、私のゼミの学生を連れて南京の大虐殺記念館や北京の抗日戦争記念館を訪れたのですが、素直な目で二つの記念館を見れば、日本への敵意・反感を植えつけるために歴史教育を行なっているのではないことは、たちどころに分かるはずです。中国の近現代ナショナリズムの生みの親は、まさに日本の横暴を極めた対中侵略政策にありました。一九二〇年代から四五年までの中国の歴史は、日本軍の侵略に抵抗することがその大半を占めているわけですから、中国の歴史教育が抗日戦争を主要な題材とすることは当然のことです。

しかし、だからといって中国人が日本への恨みを増幅するような方針で教育を行なっているかといえば、まったくそうではありません。学生と訪れた南京で、私たちは養老院を訪問しました。ご老人の方々は口々に「日中友好が大事だ」と言います。しかし、こちらから南京大虐殺での体験のことを尋ねると、堰を切ったようにその生々しい体験を語るのです(私たちのことを思ってか、養老院の責任者が老人達の発言を途中で止めるぐらいでした)。やはり日本軍国主義、日本の侵略によって味わった体験が鮮烈に彼らの記憶の中に残っていることを改めて実感させられました。しかし、だからこそ二度と日中対決を繰り返さない、日中友好なんだと、中国政府は必死になって国民を教育してきているわけです。

ですから、私は中国の教育を「反日教育」と捉えることは間違っていると痛感します。もっと謙虚な姿勢を持つべきでしょうし、謙虚であるべきだという以前に、私たちの前世代の政治指導者や軍人たちの起こした南京大虐殺や三光作戦に象徴される加害行為を忘れてはいけないし、加害者であった重い事実を噛みしめないと、日中友好の基礎は成り立たないと思います。

ちょうど私が中国大使館に勤めていた一九八二年、歴史教科書事件(●注1)が起こりました。この事件で中国側は思い知らされたわけです。国交正常化したにも関わらず、実は日本側の歴史認識はまったく変わっていない、と。これが契機となって、北京の抗日戦争記念館と南京の大虐殺記念館の建設ということになっているのです。まさに、日本の歴史教科書事件がきっかけとなって、侵略戦争を反省しようとしない日本を目の前にして、中国において日本の中国侵略に関する歴史教育を中国人民が記憶し、「弱ければ侮られる」(南京大虐殺記念館出口にあった結語の一節)ことの重要性を国民的に確認する動きが政策的に取られるようになったんですね。中国で行われてきている歴史教育の原因がほかならぬ1982年の歴史教科書検定事件にあったという因果関係を、ほとんどの日本人は知りません。

—むしろ日本側の教育に問題があるのではないかと。

浅井 非常に大きな問題があると思います。 八二年に歴史教科書事件の結果、不十分ながらも、日本の歴史教科書に、南京大虐殺など中国侵略に関する記述が入るようになりました。ところが、八〇年代から九〇年代にかけて、そうした是正の動きに対して自民党から強い反発が出てきました。その結果、たとえば「従軍慰安婦」の記述が教科書から消されるといった逆流が強まってきています。

そもそも、なぜ八〇年代から九〇年代にかけて、加害の事実を教科書に記述することが可能になったのかといえば、実はそれは「外交的配慮」という理由だったのですね。つまり、歴史的事実だから記述を認めるということではなく、「外交的に問題が起きると困るので記述を認める」ということだったのです。過去の歴史的事実に正面から向き合うということではなく、中国がうるさいから、韓国がうるさいから、加害について教科書に書いても目をつぶると、そういうことに過ぎない。だから九〇年代に入って自民党が反撃に転じてくると、文科省は待ってましたとばかりに、その動きに乗じたわけです。

今の歴史教科書から日中戦争の真実を理解するなんて、よほど良心的な先生が自分で教材を準備して子どもたちに提供するほどのことでもしなければ不可能でしょう。そういう段階にまで至っていると思いますね。日中関係を展望するうえで最も大事な基礎となる条件がますます欠落していく流れにあるのではないでしょうか。

ワンパターンな偏見煽る中国報道

—中国に対しては、日本の世論もそういう方向に流れてしまっている傾向が感じられます。

浅井 それは国際政治の要素が大きいと思いますね。巨大化する中国とどのように接していくのかという、二一世紀の国際関係における最大の問題のひとつと言ってもいいでしょう。

アメリカのブッシュ政権はこの問題に対して二重基準の政策を行なっています。ブッシュ大統領の就任当初に起きた二〇〇一年四月に海南島事件(●注2)で、アメリカは中国に対して強い姿勢で臨んだけれども、原則を曲げない中国に対して、結局は謝罪して矛を収めざるを得ませんでした。そういう体験から、中国とは簡単に対立できない、敵は手強いという認識はあるわけです。

しかし、ブッシュ大統領は就任直前にクリントン政権からの引き継ぎを受けた際に、アメリカが直面する脅威として、イラクとアルカイダ、そして三番目に中国ということを受け継いでいたんです(『ブッシュの戦争』参照)。したがって、表面的には中国を刺激しないように「ひとつの中国」を唱えながら、一方では台湾へのテコ入れ政策を行なうという二重基準の政策をとっているのです。

軍事的に見れば、アメリカは日本に対して集団的自衛権の容認へ圧力をかけ、憲法「改正」を迫るなど、日米軍事同盟の強化路線を進めていますが、このアメリカの政策の背景にあるのは、北朝鮮をスケープゴートにしていますが、実は中国なんですね。それに対して、対米追随一本槍の小泉政権が、もう本当に無条件でアメリカに従っています。日本の対中世論の変化の背景には、小泉首相以下の保守政治層が中国との友好関係を重視する方向ではなく、中国と対決する方向に国民を持っていこうとする、彼らなりの思惑が働いていると見ざるをえません。もし中国が良き隣人として日本の多くの人びとに認識されてしまったら、アメリカと中国が台湾問題をめぐって関係が悪化し、台湾独立などの事態になって、アメリカが日本に「台湾独立」承認に同調を求めてきた場合に、日本は股裂きとなってしまいます。国民が中国に違和感を持つように布石を打っておけば、台湾問題が緊迫したときにも、「台湾独立でいいじゃないか」と彼らは主張しやすいわけです。彼らなりにそういう計算をしていると思います。

日本のマスコミは足腰が鈍っていて、政府の説明をあたかも自分の認識であるかのように、言わば御用聞きが主人面して、政府の論調を国民に浸透させる旗振り役を勤めているのではないかとすら思いますね。

—そうしたマスコミの論調の影響は無視できませんね。若い人の対中意識をどう見てらっしゃいますか。

浅井 世論調査などがあるわけではないので、一般論として語ることはできないのですが、私が大学で教えている経験で言うと、学生たちは中国に対しては、よく言って白紙の状態ですね。

私は「日中比較政治」という授業を昨年から受け持っているのですが、昨年は中国に関する何らかの理解や知識が学生にあると思いこんでいたので、いきなり中国の歴史から入り、中国における抗日戦争の歴史と人民民主主義というテーマにスポットを当てて、日本と中国の民主主義の違いとそれぞれの本質の問題などを取り扱ったわけですけども、率直に言って失敗でした。

学生達は、白紙の状態というよりも、マスコミで流されている中国脅威論だとか、「中国は変な国」だという偏ったイメージが圧倒的なのです。まずそれを揉みほぐさなければ、いきなり中国の歴史から入ってもダメなんですね。ですから私は今年については、まず中国はどういう国なのかということを、中国側の文献を通じて紹介することから入っています。たとえば中国の国防白書の全文や人権報告を資料として提供し、中国側がどういう防衛政策や人権観、対日観を持っているのか、社会状況はどうなのか、彼ら自身の言葉で書かれた文章を読ませると、学生は仰天します。そういう作業を一〇回くらい繰り返して、ようやく学生たちも認識が変わってきます。いかに日本のメディアによってイメージが歪曲されているか、その乱暴さを認識する学生が多いですね。しかし、逆に言うと、十回以上の講義を経てやっと偏見を解除してスタートラインに立つことができるということですよ。

—ほとんどの学生はそういう講義を受ける機会もありませんし、一般人であればなおさらです。

浅井 最近の事例でいうと、中国原潜の領海侵犯問題でもメディアがいっせいに書き立てました。そうすると学生も、中国の国防白書に書いてあるような防衛主体の国防政策が本当なら、どうして領海侵犯という問題が起こるのか、言っていることとやっていることが違うのではないか、という疑問を持ちます。

もちろん、中国の艦船であると分かったら抗議すべきですし、必要な説明を求めることは当然でしょう。しかし、この問題について注意深く調べると、日本政府の当初の方針は、艦船に対して、浮上して国旗を掲揚しろと、もしそれをしないなら速やかに領海から立ち去れと、それだけだったんですね。しかも、その通告が届く前に艦船は領海を離れていたので、通知する意味もなくなったわけです。ところがそれに気が付いた自民党タカ派が騒ぎ出し、新聞も飛び付きました。自民党タカ派やメディアの騒ぎで、日本政府も無理やり押されて「厳重抗議」となりましたが、本来はたいした事件ではありません。

—北朝鮮の九・一七ショック以来、メディアと世論が強硬姿勢を煽り立てる危険な相乗効果が出ているように思います。

浅井 それも結局、中国と北朝鮮に対してだけの「毅然とした姿勢」なんですね。たとえばアメリカがイラクでファルージャを無差別攻撃している非人道的行為は、ヨーロッパなどでは強く批判されているわけです。ところが日本では、アメリカ軍が「突撃」だとか、もうアメリカの視点でしか報道しない。ファルージャという大都市の、人が住む条件のすべてが破壊されつくされる、ものすごい状況ですよ。数十万の人びとが米軍によってどん底に突き落とされている。そういう状況を前にしても、人間としてそれを批判する目も持てないようにされているわけです。

民主党の岡田代表と小泉首相との党首討論の際に、小泉首相が薄笑いを浮かべて「アメリカのファルージャ攻撃を支持するのは当然」だと言い放ち、「自衛隊がいるところは非戦闘地域」だと言って今度は勝ち誇ったような笑みを浮かべて着席する。あの姿を見たときは、もうやりきれない思いをしましたね。

それに対してはさすがに新聞にも批判的な論調の記事が出ましたが、しかし、それだけですよ。これが、もし中国関連のニュースだったらどうでしょうか。もうヒステリーのようなバッシングが起こるでしょうね。中国が東シナ海で無人島を探索しただけで「侵略行為だ」と言っていっせいにバッシングするわけですから。

日本に独自外交を展開する力があるのか

—かつては保守派のなかにも日中友好を重視する流れがあったと思うのですが、最近その流れに連なる人々の元気がないようです。

浅井 私が外務省で中国課長をやっていたときは、日中友好を重視する日中友好議員連盟に国会議員の半数以上が加入していたんですね。ところが、八九年に天安門事件が起こり、中国に対して厳しい姿勢を取ろうとする流れが強まりました。それでも日本は西側諸国の中では最も中国に融和的だとして欧米では批判されましたけれども。九〇年代に入ってから、いわゆる親中派と言われた人、あるいは知中派といわれた人たちが急速に発言力を弱めていき、政界から姿を消していきました。

一方、台湾は豊富な資金力を背景に、アメリカ・日本の議会に強烈に働きかけ、親台派を増やしてきています。いわゆる台湾ロビーです。日本の場合、かつて外国の資金源といえば韓国だったわけですが、韓国は民主化され、それは消えました。そこに現われたのが台湾でした。

私が中国課長をやっていた頃は、台湾ロビーに連なるのは金丸信や藤尾正行など、ほんの一握りの政治家に過ぎませんでした。しかし、彼らも政治家としての資質をそれなりに持っていた人で、たとえば彼らが怪しい動きを取ろうとしたときには、私は中国課長の分際ではありましたが、彼らの事務所に駆けつけて、「それをしたら日中関係は本当にダメになる」と必死に訴えました。すると、彼らはそれなりに理解してくれて、「日中関係を台無しにする気持ちは無い、ただもっと台湾を大事にしてやれという気持ちで動いているんだ」と言う。そこにおいて歩み寄りができたんですね。しかし、今の親台ロビーとなると、安倍晋三がその典型例ですけども、もう親台即反中なんですね。かつてのような関係は、現在の外務省と親台ロビーとの間には無いだろうと思います。というよりも、一連の不祥事があって、外務省は本当に弱くなってしまいました。

—確かに外務省バッシングは右派が唱導した部分があるようですね。やはりアジア諸国との友好関係を重視する人びとをバッシングした面もあったわけですか。

浅井 もちろんそういう面もありました。かつてはアジア局長というのは、中国や、少なくともアジアを知る者がなっていたんですよ。しかし、現在のアジア局長の藪中三十二氏にしても、前の田中均氏にしても、欧米派なんですね。つまり、アジア外交も対米外交の一環として位置づけられてしまっているのです。現在の政治家で日中関係を重視する与党の政治家と言えば、河野洋平や加藤紘一、政界を引退した野中広務などもいますが、それぞれ大きな派閥を持っているわけでもなく、中国も有効な政治的パイプがなくなってしまい、現在の日本の政治状況に対応しようがない状況にありますよね。

しかし、この点で言うと、中国側にも問題がないわけではありません。かつては周恩来が陣頭指揮をとって、廖承志(●注3)が対日関係を取り仕切ったように、中国の最高指導部に対日関係を重視する太い流れがありました。それが次第に薄れてきたと思います。特に訒小平亡きあとの指導部のなかに、対日関係を自分の領分とするという幹部がいなくなってしまい、日本から訪問客が中国へ行ったときに、中国側で誰が対応するのかすら一定していないわけです。現在の胡錦涛体制になってからは曽慶紅(国家副主席)取り仕切るようになっているようですが、かつてのような強力な対日布陣ができているかといえば、やはり疑問ですね。

—中国側にとって対日関係の重要性が薄らいでいるんでしょうか。

浅井 いや、対日関係が重要だということは中国側も非常に強く認識していると思うんですよ。しかし、結局ですね、今の日本に中国を相手にして独自外交を展開する能力があるのか、ということだと思うんですね。中国としては、日本に独自の外交を展開するだけの器量がないから、やむを得ず日本を素通りしてアメリカと交渉するしかないという判断だと思います。

—アメリカと交渉したほうが早い、と。

浅井 そうです。日本と交渉するぐらいなら、アメリカと交渉して、アメリカから言わせたほうが効果的なんですね、率直に言って。情けない話です。中国側は対日関係を軽視してはいません。ですから、小泉首相が退陣して靖国参拝問題が事実上消えたら、中国指導部は対日関係の改善のための手を打ってくるでしょう。

一方の小泉政権には、これから対中関係をどうしていくかという独自のビジョンは何もない。これはもう、本当に何もないですよね。

—その小泉氏をはじめ、石原慎太郎など、タカ派がもてはやされています。やはりメディアの問題が大きいのでしょうか。

浅井 根底的には日本人のアジアに対する意識の問題があると思います。これは外務省にいた頃から痛感していることなんですが、日本人の非常に多くの部分が、日本はアジアの一部であり、日本人はアジア人なのだということを素直に受け入れる気持ちがないんですね。

それはもうまさに福沢諭吉の脱亜論以来のことでしょう。日清戦争以降はアジア侵略の歴史を歩んだ日本の、抜きがたいアジア蔑視があるように思われてなりません。

一九四五年の敗戦は、その歪んだ見方を改める機会となりえたのですが、アメリカの単独占領によって、アジアに日本人が目を向ける可能性は封じられてしまいました。極東裁判でもアジアの視点から日本が裁かれることはなく、中国侵略も部分的にしか取り上げられませんでしたから、日本の中国侵略を総括的に裁くことは行なわれていないわけです。

—中国側は非常に自制して対応していると感じるんですが、しかし中国内での対日感情の悪化を見ると、いつまで中国が抑制的対応を続けていけるのか、やや恐い感じがします。

浅井 そうです。こと日中関係においては、中国共産党が振る旗のもとに中国の人々が一糸乱れずに動くという時代は遥か過去のものになっています。中国のナショナリズムは、先ほど申し上げたように、抗日戦争のなかで生まれ育ち、現在に至っているわけですから、日本があまり理不尽なことを続けていると、堪忍袋の緒が切れてしまうでしょう。そういうことになったら、もう手が付けられない時代になると思いますね。

—そのような状況にさせないため、私たちも努力していきたいと思います。本日はお忙しいところ、貴重なお話をありがとうございました。

【編集部注】

注一 歴史教科書事件 

一九八二年六月、高校社会科の教科書検定において、「侵略」という文言が文部省(当時)によって「進出」に書き換えさせられたことが明らかとなった事件。過去への無反省を教育に押し付けるものとして、国の内外から強い抗議が寄せられる事態となった。マスコミの誤報が一部あったものの、「侵略」が「進出」に書き換えさせられたことは事実である。韓国政府などの強い抗議を受けて日本政府は検定の是正を約束した。

注二 海南島事件

二〇〇一年四月一日に中国・海南島沖で偵察活動をしていた米軍の偵察機と中国空軍機が空中衝突した事件。中国軍機は墜落し、パイロットが死亡した。この偵察機は沖縄の嘉手納基地から飛び立っており、日本とも無関係ではない。

注三 廖承志

一九〇八〜八三。広東省出身。父は国民党左派の要人だったが暗殺された。日本に留学、早稲田大学で学んだ体験を持つ。1932年帰国後、長征に参加して延安にいたり、中共出版局長などを歴任。解放後は中共中央統一戦線工作部副部長を務めるとともに中日友好協会会長に就き、日中国交回復に尽力した。

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