米国大統領選:朝鮮半島情勢にとっての意味あい

2004.09.26

*この文章は、アメリカ大統領選でブッシュが勝利することについての危険性について検証してほしいという依頼を受けて、考えてみたものです。文中でも指摘しましたように、ブッシュ、ケリー両候補の対外政策に、少なくとも今の段階で本質的な違いがあるわけではないので、ブッシュ勝利がもちうる格別の危険性を、対外政策一般について論じることには無理があるというのが私の判断です。

 しかし、朝鮮半島情勢に限って考えますと、ラムズフェルドによる海外兵力展開見直し計画が進行する中で、ブッシュ勝利は、アメリカの先制攻撃発動による朝鮮戦争の危険性を確実により高いものにする可能性が大きいことを、私たちは覚悟しておかなければならないという結論が出てきます。この文章は、その問題点に焦点を当てて書いたものです。

アメリカの北朝鮮に対する先制攻撃は、必ずや北朝鮮の反撃行動を招き、その結果は日本に対する北朝鮮のゲリラ攻撃という事態を引き起こさずにはすみません。その際、もっとも標的になる可能性が高いのが原子力発電所であることは、1994年当時、北朝鮮「核疑惑」を契機として一触即発の事態になったときに明らかになりました。アメリカの北朝鮮に対する先制攻撃を私たちが許すようなことがあれば、チェルノブイリのような大惨事が引き起こされる可能性が現実になってくるのです。

私たちは、核戦争の危険性については、それなりの危機意識を持ちますが、アメリカの北朝鮮に対する先制攻撃による戦争発動は、核戦争に勝とも劣らない核被害を私たちに押しつける危険性が高いことに関しては、国民的な危機意識はおろか、自覚すら皆無に近い状態があります。この点に関する自覚・危機意識を早急に我がものにし、それが現実になることを回避するためには、アメリカの北朝鮮に対する先制攻撃による戦争の発動を阻止することが緊要な課題になっていること、そのためには、小泉政権(及び保守政治)が進める全面的な対米軍事協力の政策を押しとどめることが最重要な国民的課題であることについて、是非一人でも多くの日本に住む者が認識を深めることを希望しないわけにはいきません(2004年9月26日記)。

米国大統領選は、イラク問題と米国経済情勢を最大の争点として、ブッシュがやや優勢と伝えられながらも、予断を許さない激戦が続いている。イラク戦争の泥沼化を反映して、ブッシュのイラク戦争に対する米国民の批判は厳しさを増している。それにもかかわらず、民主党のケリー候補がブッシュに対して有利に選挙戦を進めることができないでいるのは、最大の争点であるイラク戦争に対するケリーの言動が一貫性を欠き(少なくともそういう印象を与えてしまっており)、「ケリーが大統領になれば、米国はイラク戦争の泥沼から抜け出すことができる」という確信を米国民に与えられないでいることに最大の原因があることは明らかである。

しかし、より本質的な問題は、ケリーがブッシュに対して、イラク問題に対する明確な代替肢の提起に失敗しているのみならず、イラク戦争の発端になった先制攻撃戦略そのものについても基本的には肯定する姿勢で臨んでいること、テロリズム問題に対して戦争(武力行使)一本槍で臨むブッシュ戦略に対する説得力ある代替肢も提起しえないでいることなど、要するに「どちらが大統領になっても、状況は変わらない」という醒めた判断が米国民の間で広がっていることにあると見られる。

このように見てくると、米国大統領選の結果如何は、2005年以降の国際情勢に対して本質的な変化を生み出す可能性がない、と判断するほかないように見える。筆者としても、そういう判断に傾くのだが、こと朝鮮問題に関する限りは、ブッシュが当選することは、朝鮮半島情勢に一触即発の危険性をもたらす危険性が増大することを指摘しておく必要性を感じている。

問題は、ラムズフェルド国防長官が中心になって進めようとしている米海外兵力展開計画の見直しにかかわる。巷間大きく取り上げられていることは、在韓米軍の縮小問題である。すなわちラムズフェルド戦略においては、米ソ冷戦時代のままで基本的に維持されてきた海外における兵力展開を、いかなる事態にも迅速かつ機敏に対応できる兵力展開を目指すことを主眼として抜本的に見直すことが目標になっている。在韓米軍もその一環という位置づけだ。もっとも、在韓米軍に関しては、イラク展開兵力の不足を補うという、「背に腹は代えられぬ」という現実的考慮も働いていることは明らかだ。

このような削減計画に対しては、米国国内でも、朝鮮半島の軍事バランスを崩す危険性があるとか、北朝鮮からの具体的な見返りもなしに米軍を一方的に削減するというのは政策的におろかを極める(北朝鮮からの代償を引き出すためのカードとして削減問題を考えるべきだ)とかの批判が提起されている。

だが、筆者の判断に間違いがなければ、在韓米軍の見直し問題のもっとも重大で危険な要素は、その削減にあるのではない。むしろ削減計画と同時に進められる在韓米軍のソウル以南への展開計画の方がはるかに重大な意味を持つ。

これまで38度線とソウルの間に展開してきた米軍は、朝鮮で戦火が勃発すれば、北朝鮮の砲火に直面する「人質」だった。したがって、その「人質」を危険にさらす結果を必然的に伴う、北朝鮮に対する先制攻撃による戦争発動は、米国としては取り得ない選択だった。つまり、先制攻撃戦略を採用したブッシュ政権以前の米国の戦略では、在韓米軍は北朝鮮が仕掛ける先制攻撃の戦争を思い止まらせる(在韓米軍が砲火にさらされる事態になれば、米国は必ず報復攻撃に訴えるということを北朝鮮に確信させる)「抑止力」としての位置づけだった。

しかし、在韓米軍がソウル以南に展開すれば、米国は在韓米軍に対する直接の攻撃の危険性を考慮する必要なく、北朝鮮に対して先制攻撃の戦争を仕掛けることが可能となる。つまり、ブッシュが再選されれば、2005年以降、朝鮮半島では常に米国の先制攻撃によって引き起こされる戦争の危険性が現実のものとなるのだ。

ケリーは、朝鮮問題を外交的方法によって解決することを強調している。また、六者会談重視など関係諸国との強調を重視する点でも、猪突猛進の危険性を常にはらむブッシュよりは、より危険性が少ないとはいえるだろう。

結論として、米国大統領選の帰趨は、国際情勢一般についてはともかく、朝鮮問題に関する限り、大きな違いを生む可能性があることを指摘しておきたい。朝鮮半島の平和と安定を希求する立場から言えば、ブッシュ再選を拒否する米国民の健全な判断力に期待したいところだ。

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