原水爆禁止2004年世界大会での冒頭発言

2004.07.30

*この原稿は、8月2日に広島で開催される原水爆禁止2004年世界大会での冒頭発言として準備したものです。実際の発言時間は10分ですので、全文を読み上げることはできないのですが、このHPには全文を掲載しておくことにしました(2004年7月30日記)。

 私は、三つの問題に絞って報告する。

第一に、アメリカ・ブッシュ政権の先制攻撃戦略に基づく対イラク戦争・占領支配が、いかなる意味においてもまったく正当性のない国際犯罪であることについて、私たちが明確な認識をもつ必要性があることである。第二に、対イラク政策の挫折にもかかわらず。ブッシュ政権は、先制攻撃戦略と不可分な、攻撃的な核戦略を撤回する意思がないことである。第三に、このように危険を極めるアメリカ・ブッシュ政権の政策に対して、日本の保守勢力は徹頭徹尾追随的な姿勢に徹しており、アメリカとの軍事同盟を強化するために、憲法「改正」に向けた足取りを強める危険な段階に入っていることである。

この三つの問題に対して、原水禁世界大会に集う私たちが認識を深め、日本を含む国際世論の力によって国際社会が平和と安定の秩序を生み出す方向に向かうようになるため、今回の原水禁世界大会が重要な役割を果たすことを期待する。

1.アメリカの対イラク戦争・占領支配という国際犯罪を糾弾しよう

ブッシュ政権の先制攻撃戦略は、二〇〇一年年九月三〇日の「四年ごとの防衛見直し」(QDR)、同年一二月三一日の「核態勢報告」(NPR−後述−)、二〇〇二年一月二九日の年頭教書によって明らかにされたものである。特に九・一一事件直後に発表されたQDRは、事件を引き起こしたものに対するすさまじいまでの怒りを爆発させた。QDRの冒頭は、次の文章で始まっていることを記憶しておきたい。

「二〇〇一年九月一一日、アメリカは悪質な血なまぐさい攻撃に曝された。アメリカ人は仕事場で死んだ。彼らはアメリカの土の上で死んだ。彼らは戦闘員としてではなく、無実な犠牲者として死んだのだ。彼らは、伝統的な戦闘を仕掛ける伝統的な軍隊によって死んだのではなく、恐怖という残忍で顔のない兵器によって死んだのである。(中略)アメリカが今日戦う戦争はアメリカが自ら選んで行うものではない。それは、恐怖という悪の力によってアメリカに対して暴力的かつ凶暴に持ち込まれる戦争である。これは、アメリカ及びアメリカの生き方に対しての戦争である。これは、アメリカが大切にしているものに対する戦争である。これは自由そのものに対する戦争である。」

以上の強調を付した認識、つまり、アメリカに対する攻撃が予測不可能な性格なものである(注:ただし、予測不可能だったかどうかについてアメリカ国内で疑問が提起されている)ことに対する常軌を失した反応から、先制攻撃戦略に直結する次の文章が導かれた。

「我々はどこでいつアメリカの利益が脅迫されるか、いつアメリカが攻撃されるか、あるいはアメリカ人はいつ攻撃によって死ぬかについて正確に知ることはできない。(中略)我々は常により正確な情報を手に入れるように努めるべきだが、我々の情報力には常にギャップがあることを知らなければならない。予測できないことに迅速かつ決定的に適応すること、これが戦争計画における条件でなければならない。」

これを受けて出された二〇〇二年の年頭教書では、先制攻撃によって対テロ戦争を世界中に拡大していく意思表明と「悪の枢軸」に対する対抗宣言を行った。そして、イラクが大量破壊兵器を保有しており、アルカイダとも連携しているから、先手を打ってイラクを叩かなければならないという理屈づけで、イラクに対する先制攻撃の戦争に乗り出していくことになった(改めていうまでもないことだが、この理屈・口実はまったく根拠がないことが今や明らかになっており、ブッシュ政権の先制攻撃戦略に基づく対イラク戦争の軍事的正当性は根本から覆されている)。

イラクに関しては、イラクに主権移譲が行われて、新しい局面に入ったといわれる。しかし、私たちがしっかり確認しておくべきことは、ブッシュ政権による先制攻撃の対イラク戦争は、戦争を全面的に禁止した今日の国際法上、一〇〇%違法であること、その違法な戦争において一万人以上ともいわれるイラク市民を犠牲にし、多大な破壊をもたらした点において重大な国際犯罪にほかならない、ということである。

残念ながら、今日の国際社会の現実を前提にしたとき、唯一の超大国・アメリカを背にするブッシュ大統領を、旧ユーゴの大統領だったミロセビッチのように国際法廷に引き出して断罪する可能性はない。しかし、だからといって、ブッシュ大統領及びその政権の責任を見逃すことがあってはならないのであり、原水禁世界大会は、ブッシュを断罪する国際世論の先頭に立たなければならない、と私は主張したい。

ちなみに、アジアに生きる私たちが深刻に認識しておかなければならないことは、先制攻撃戦略は、当初からアジアに対する攻撃的認識と、その認識を実現するために日本を軍事的ハブとして機能強化する意図とを露わにしていたことである。

「中東から北東アジアにつながる不安定な半円形に沿って、アジア地域には台頭するあるいは勢いの衰えつつある様々な国々を含んでいる。そのアジアで安定したバランスを維持することは複雑な仕事だ。強力な資源をもった軍事的競争者がこの地域には現れる可能性がある。ベンガル湾から日本海に至る東アジア地域は特に挑戦的な地域である。アジアという戦域では距離が広大だ。この地域でほかの地域よりもアクセスが少ないアメリカにとって、追加的なアクセスとインフラに関する協定を確保することのメリットは大きい。」

「強力な資源をもった軍事的競争者」とは中国であり、台湾問題と絡めて、名指しこそしないけれども、「悪の枢軸」、潜在的脅威の最たるものとして中国がブッシュ政権の念頭にある。そして、中国を含むこの地域におけるアメリカの攻撃的な軍事態勢を確保するためには、「追加的なアクセスとインフラに関する協定を確保」しなければならず、日米軍事同盟の重要性が、間接的に表現ではあれ、強調されているのである(ブッシュ政権の下では、世界的規模で海外展開戦力の再編が進められているが、独り日本については米軍の軍事能力の集中強化が図られようとしているのは、以上の軍事戦略的判断に基づくものであることは明らかである)。ブッシュ政権の危険な政策を押しとどめなければ(具体的にはブッシュ再選を、国際世論の高まりによって、アメリカ国民が拒否する選択を行うように持っていかなければ)、今後のアジアは、ますます軍事的緊張を強いられる可能性があることを指摘しておきたい(ただし、ケリー当選で事態が根本的に変わるということではない)。

2.ブッシュ政権による攻撃的な核戦略の追求を阻止しよう

NPRでは、「核戦力及びその計画においては、冷戦時代におけるより柔軟性が大幅に必要になっている」という認識に基づき、「様々な敵対者が新しい安全保障環境において価値あるものと見なす資産は様々であり、時には、敵対者が価値あるものと見なすものについての理解も変化する」とする。そして、「アメリカの核兵器は、広範な目標対象を危機にさらすために引き続き必要とされる。この能力は、様々な事態において広範囲な敵対者に対して有効な抑止戦略を支える上で、核戦力の役割にとってカギとなるものである。規模、範囲及び目的において異なる核攻撃のオプションは他の軍事的能力を補助するものとなるだろう」と、先制攻撃戦略の中での核兵器の担うべき役割が明らかにされている。

先制攻撃戦略における核政策としては、三つの特徴を指摘することができる。

第一は、アメリカが襲いかかる敵対者から反撃として行われうる核ミサイル攻撃を未然に封じ込めるためのミサイル防衛(BMD)の役割に対する大きな意義づけである。NPRでは、次のように述べている。

「ミサイル防衛は、潜在的な敵による戦略的及び戦術的な計算に対して効果のあるシステムとして台頭しつつある。(中略)ミサイル防衛の様々な技術やシステムを証明することにより、潜在的な敵に対して抑圧的な効果を与えることができる。ミサイル防衛とくに多層的な防衛システムに対抗するという問題は、潜在的な敵にとって、困難で時間のかかるしかも高価な任務を与えるものとなるだろう。」

ちなみに、日本はアメリカが推進するBMD開発に率先して協力しようとしている。その表向きの口実は、北朝鮮のミサイルに備えるため、ということにある。しかし、BMD計画を推進するブッシュ政権の本音は、台湾有事に際して中国が使用することが考えられる核ミサイルに対抗する手段を保有することにあることは公知の事実である。

第二は、核兵器を戦術兵器として現実に使用することに対する強い意欲である。NPRでは、「(非核及び核の双方の兵器を考えることにより)敵を決定的に打ち破る軍事作戦においてより柔軟性をもつことができる」とあからさまに述べている。戦術兵器としての核兵器として重点がおかれているのは、核兵器と非核兵器との間の差を埋めることを目的とする実戦用の小型化と、地下深く潜む敵や地下深くに設けられている敵の施設などを破壊しうるようにするための地中貫徹型核兵器の開発である。

特に地中貫徹型核兵器に関しては、アフガニスタン戦争における非核兵器による攻撃がアルカイダ壊滅には効果を発揮しなかったこと、また、中国を始めとする多くの国々が重要な軍事施設を始めとする政権の神経中枢を地下に配置するようになっていることを念頭においたものである。

第三は、戦術兵器としての核兵器開発に不可欠な地下核実験の再開をめざす動きである。すでにアメリカは早くから臨界前核実験に踏み切っているが、ブッシュ政権は、一九九二年以来のモラトリアムを破り、また、核実験を禁止した包括的核実験禁止条約(CTBT)をも無視してでも、地下核実験に踏み切る構えを崩していない。

ブッシュ政権が地下核実験に踏み切れば、他の核保有国がそれを口実として地下核実験を再開する可能性に結びつく。また、ブッシュ政権は、北朝鮮、イランなどのいわゆる「ごろつき国家」による核兵器保有問題には厳しい姿勢で臨むが、自らの核政策については国際的批判に目もくれない、という二重基準の政策を臆面もなく追求している。

このような政策の横行を許すならば、国際社会は、再び核戦争の危険と隣り合わせの危険に直面することになる。原水爆禁止世界大会に集う私たちは、到底ブッシュ政権の横暴に手をこまねいてはいられない。私たちはなによりもまず、以上の三つの特徴を持つブッシュ政権の核政策を徹底的に批判しなければならない。そうした徹底的な批判の基礎の上に、核兵器全廃に向けた説得力のある、実現可能な提案を行うことが、今回の原水爆禁止世界大会のもう一つの中心的な課題であると考える。

3.日本の保守勢力による改憲の企てを、内外の世論を強めることによって、阻止しよう

国際社会は、九・一一事件のショックに引きずられて、致命的な誤りを犯した。同事件を「戦争だ」と叫んだブッシュのアフガニスタンに対する軍事行動を、自衛権の行使と認めた国連安保理の決議や、アメリカとともに集団的自衛権を行使することを宣言したNATO諸国などの行動は、アメリカの国際犯罪を合法化し、正当化してしまった。

その後のアメリカ・ブッシュ政権は、自らの主張・政策が正義・善を代表するもの、アメリカに反対するものはすべからく邪悪であると特徴づけ、自らの思う方向に軍事外交政策を進めてふりかえることがない。その行き着く先は、イラクという主権独立国家に対する先制攻撃という国際法違反の戦争であり、一万人を超すともいわれるイラク人の生命を奪う国際犯罪であった。

理由の如何を問わず、独立主権国家に対する先制攻撃を認めてしまったら、国連憲章制定以来の国際法体系は崩壊することは目に見えている。さすがに国際社会は、アメリカの対イラク戦争に対しては強く批判し、アメリカは孤立を強いられ、イラクにおいて泥沼に陥っている。しかし、ブッシュ政権が犯した国際犯罪の負の遺産であるイラク復興にどう向き合うかは、国際社会に投げかけられた重い問題である。

日本人である私たちが深刻に認識しなければならないことは、国際的にはブッシュ政権の危険性に対する認識が徐々にせよ広がり始めているのに、日本の小泉政治がアメリカの行動を全面的に支持する政策を脇目もふらず突き進んでいることであり、しかもそのことの重大性に対する日本国民の認識が希薄なレベルにとどまっていることだ。そのことは、イラクに対する自衛隊派兵に示されるように、日本政府は国際法違反、国際犯罪加担そして平和憲法違反の道を選択していること、それなのに、イラク派兵に対する国内世論の支持率はむしろ過半数を超えるに至っていることに如実に示されている。

しかし、平和憲法が明確に禁じる戦闘行為については、保守勢力といえども、これを無視するだけの無法者にはなりきれていない。その結果、イラクに派兵された自衛隊は、進んで戦闘に参加することはできず、集団的自衛権に基づいて組織される、と説明される多国籍軍にも参加できない中途半端な状態にとどまることを余儀なくされた。これでは、アメリカが求める軍隊の姿にはなりきれていない、ということだ。

こういう状況に直面した日本の保守勢力にとって、自衛隊の活動を制約する平和憲法は、もはや一刻も早く「改正」しなければならない存在となったのである。戦争を固く禁じた平和憲法は、アメリカとの軍事同盟関係をとことんまで推し進め、日本を再び「戦争する国」にしようとする保守勢力にとっては、邪魔者以外の何ものでもない。本年七月の参議院選挙ではじめて、保守勢力は公然と憲法「改正」の公約を打ち出した。そして選挙の結果、改憲勢力(自民党+公明党+民主党)は躍進し、護憲勢力(共産党+社民党)は惨敗した。国会の勢力分布は、改憲勢力が圧倒的多数を占めることになった。私たち国民は今や、数年後にも国会による憲法「改正」提案を突きつけられ、その是非を判断することを迫られる事態を迎えている。

日本が「戦争しない国」に徹するか、それともアメリカと一緒に「戦争する国」に変身するのかは、国際の平和と安定そのものに直結する大問題である。もちろん、この問題に立ち向かう主体は、私たち日本人をおいてほかにない。この問題の重大性を一刻も早く多くの国民に理解してもらうために、私たちは全力を挙げてとり組まなければならない。

しかし、日本の侵略戦争・植民地支配の惨禍を味わったアジア諸国はもちろん、ナチス・ドイツ、ファシズム・イタリアとともに枢軸国として第二次世界大戦を引き起こした軍国主義・日本によって国際的試練を経験した国際社会全体にとっても、日本のこれからの進路を誤らせないことについては、重大な関心を寄せることが当然である。日本が道を誤らないようにするために、国際世論が日本の政治情勢に対しても関心を高め、私たちの主体的な闘いに連帯して大きな声を上げることを、私は心から期待する。原水禁世界大会がそういう国際世論を喚起する重要な場になることを切望して、私の発言を終えたい。

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